4-1 準備
リカルドの同期数人と共に無人島への旅行の準備自体は、長期間になることも事前に聞いていたために、こつこつと用意して来た。朝早い時間ながらも着替えなどを済ませていたスイレンは出発直前になっても焦ることなく、ワーウィックの鞍に括りつける用の鞄の中身を最終点検していた。
荷物の中身をベッドに広げて服の枚数を確認し、鞄の中へと仕舞う。そして、肌の保湿用の化粧品など、細々としたものを万が一に備えて濡れないような加工の小袋へと入れていく。
(服以外は、向こうに用意があるって……そう、聞いていたけど……リカルド様のお友達って、どんな人なのかしら)
なにせ、別荘の家主は竜騎士でリカルドの同期、ということしか知らない。別荘付きの無人島を丸ごと購入できるほどなのだから、きっとお金持ちなのだろうとスイレンは思った。
「ね。スイレン。ちょっと良い?」
開けたままにしていた扉から、深紅の髪を持つワーウィックがひょこっと顔を出した。彼の晴れやかな表情から、これからするだろう報告について予想のついたスイレンはほっと安心して息をついた。
(良かった。上手く行ったのね)
ワーウィックはつい昨日、ああでもないこうでもないと試行錯誤して作成した花冠とスイレンの魔法の花を持ってプリシラの元へと行ったはずだった。若い竜の中でも人気のある雌竜であるとは聞いていたものの、ワーウィックの顔を見れば、つま問いが上手くいったことは言わずとも知れた。
「ええ。もちろん。ワーウィック、どうかしたの?」
せっかくなので彼の口から直接聞きたいと考えたスイレンは、このところそわそわとした態度が嘘のように落ち着いたワーウィックに微笑んだ。
「うん。上手く行った。ありがとう。スイレン。君のおかげ」
パタパタと駆け寄って来たワーウィックは、ベッドに荷物を広げて座ったままだったスイレンに抱き着いた。抱き返して、ぽんぽんと背中を叩くとワーウィックは離れてから照れくさそうに隣に座った。
「私は、ほんの少し手助けしただけ。ワーウィック本人が、悩んで頑張って勇気を持って伝えたからよ。好きな人に告白するのって、誰だって勇気が要るものね」
スイレンが産まれて初めて好きになったリカルドには、出会った頃には婚約者が居た。曖昧な関係のまま優しくしてくれる彼に好意を伝えることも出来ずに、ままならぬ初恋に切なくなった過去を思い出して息をついた。
「……うん。恋敵は多かったけど、スイレンの魔法の花と花冠は最強の武器になったよ。可愛いものって、万物共通なのかもしれない。これで、プリシラは僕の番になった。けど、僕はリカルドとスイレンの二人が生きている間は、出来るだけ君たちと一緒に居たいんだ。プリシラも、それで良いって言ってる。僕らはお互いに成竜になったばかりで若いから、子どももまだ先で良いだろうって」
「えっと……もう……子どもの話まで、出ているの?」
竜の番は一度定めてしまえば、生涯変えることはないとは聞いていて人とは意識が違うということはわかってはいても。ワーウィックとプリシラは昨日想いを確かめ合ったはずなのにと、スイレンは衝撃を受けてしまった。
「それは……番になったからね。これから、自分たちはどうするかという話は、どうしても出るよ。スイレンだって、リカルドと将来の話をしたりするだろう?」
「子どもの話は、まだしたことはないわ……まずは、婚約してからの結婚式だと思っていたからかしら」
スイレンがそう言えば、ワーウィックはそれはそうだと頷いた。
「僕たち竜には、結婚式という形式的な概念がないからね。つま問いの儀式を成功すれば、本人たちも群れの皆も番だと正式に認めるから。リカルドとスイレンの結婚式は、それは華やかだろうね。リカルドは貴族だから、それなりに招待客も居るだろうし。竜騎士団も、非番は全員参加だし」
「え……? 全員?」
スイレンはもし貴族のリカルドと結婚式をするのなら、それは華やかな式にはなるのだろうとは、漠然とは考えては居た。だが、自分の想像の範囲内を軽く越えるような規模になりそうだと思い、思わず口を開けてぽかんとしてしまった。
「ふふ。大丈夫だよ。その辺の準備なんかはいつも頼りになるリカルドの妹クラリスが、なんとかしてくれるだろう。適材適所だよ。そういったことは慣れていて知識のある得意な人に任せることは、別に怠けている訳じゃないからね」
「クラリス様は、本当に頼りになりますよね」
外見はリカルドと似ているのに口も達者なクラリスは、身体が完全に回復してからというもの、時間を無駄にしない仕事人間になっている。寝込んでベッドの上に居た頃は手をつけられなかったデュマース家の事業なども、現在はクラリスの指揮の元すべて取り仕切っている。
その上で、病気で不在の時期はあったもののヴェリエフェンディでの社交界でも影響力は大きい。
何でも出来る彼女を思ってスイレンとワーウィックは、顔を見合わせて笑った。
「リカルドって、出来る妹のクラリスが居なかったらどうするつもりだったのかな……あいつは竜騎士という戦闘職については、確かに完璧な男だと僕も思うけど、普段は少し気が回らないところがあるから……まあ、それはスイレンが一番良く知ってるよね」
仕方ない男だと肩を竦めつつも、ワーウィックはリカルドが気に入っているのだ。たまに説教にも似た強い言葉を使うのも、彼により良くあって欲しいという表れだろう。どうでも良い奴だと思っていれば、ただ黙っているだけで良いのだから。
「きっと、リカルド様はご本人が細かいことが気にならないから……そういった人の気持ちが、良くわからないのかもしれません」
スイレンはリカルドと恋人になって、良く知るようになって気が付いたことを口にした。リカルドが人の気持ちに疎いのは、もし自分ならということを想像しづらいからだ。人に対する悪意も薄いので、理不尽な目に遭っても当事者を恨むこともない。
英雄と呼ばれるリカルドのようになれなかったのは、竜騎士となる時に自分がワーウィックに選ばれなかったからだと恨んだジャック・ロイドの件も、彼の心の中では経緯が理解し難いことだったに違いない。
「おおらか過ぎるのも、考えものだよね。もし僕なら、スイレンに気があるような恋敵には事あるごとに威嚇すると思うけど。リカルドは、人を疑うことも知らない。いつものんびりしていて、たまに不安になるよ」
ワーウィックは、こと恋愛事に関して疎く危機感の薄い呑気な相棒を思って、溜め息をついた。
「私は、そんなリカルド様が好きだから。彼にはそのままで居て欲しいんだけど」
照れつつはにかんだスイレンに、ワーウィックは少し嫌な表情になった。
「ダメだよ……スイレンは、恋人を甘やかすタイプ? 優しくし過ぎると、大体はダメな男になるから、止めた方が良いよ。ちゃんと、言うべき時は言わなくちゃ。不満や不安は、隠さずに口に出すんだよ。リカルドは……僕が言うのもなんだけど……察しはとても悪いからね」
「そういうところも、可愛いんです」
「察しがとても悪くて、悪かったな」
長旅の前に一階で鞍の点検をしていたはずのリカルドの声がして、二人は慌てて扉の方向を見た。
「リカルド。声くらい掛けてよ。人型だと、気配が追えなくて不便なんだから」
「ワーウィック。そろそろ、出発の時間だ。竜化して鞍を付けるぞ」
もうそんな時間かとスイレンが時計を確認すると同時に、ワーウィックは立ち上がって揶揄うように声を掛けた。
「もう出発の時間だから、イチャつくなら別荘に着いてからにしなよー!」
パタパタと足音をさせて、去っていくワーウィックは扉に居たリカルドが捕まえようとした腕をすり抜けて階段を降りて行った。
「……リカルド様」
(どこから、聞いていたのかしら……)
スイレンはワーウィックとの会話についつい夢中になって、話題のリカルドが居るだなんてまさか思いもしなかった。
彼に聞かれて特に問題のあるようなことは何も言っていないはずなのだが、さっきまでのワーウィックとしていた会話を思い出してスイレンは顔を赤くした。
「君が俺のことを好きなのは、知っているから。今更、照れることもないと思うけど」
いつの間にか近付いて来ていたリカルドは立ったままで手を伸ばして、スイレンの頬に触れた。
「……どこから、聞いてました?」
上目遣いで聞いたスイレンに、リカルドは微笑んだ。
「言わない。そろそろ、荷物を持って下に行こう。皆もそろそろ準備に取り掛かっている」
「リカルド様……」
「そんな風に俺を見ても、絶対言わないよ。行こう。皆、今日スイレンに会えることを楽しみにしていたから」
「私も、皆さんにお会い出来るの……すごく、楽しみです。旅行って、行く前もすごく楽しくて……ウキウキしますね」
この前ガヴェアに書類を取りに行くついでに南国に寄った時が初旅行だったスイレンは、嬉しそうな表情を見せた。
「うん。じゃあ、行こう」




