3-16 中庭(Side Ricardo)
「リカルド。お疲れ……また、あのことで貴族院に抗議に行っていたのか」
美しい装飾が施された太い柱にもたれ、ぼんやりと城の中庭を見ていたリカルドはブレンダンの声が聞こえて来た方向へと顔を向けた。
戦闘時組むことも多い同期のブレンダンは三勤番制では現在違う班なので、もう交替するような時間になったのかと思いリカルドは溜め息をついた。
「……ブレンダン。もう、そんな時間か」
「いや、僕は少し用があって早めに城に来たから、まだ引継ぎの時間じゃないよ。リカルド、お前らしくもない。大分参っているね」
ブレンダンはリカルドが居る隣の柱に近付き、同じようにして背中を付けた。
察しの良いブレンダンは相手の感情を気取るのが上手く、すぐにどうしてして欲しいと思っていることに気が付く。だから、リカルドが誰かに弱音を吐きたい気分だということを理解したのだろう。
「……なんで、俺なんだろな。他にも居るだろう。別に。俺じゃなくても」
自分が英雄と国民から呼ばれるまでになったのは、ただ結果そのものではなく運もあったとリカルド本人は思っていた。特にブレンダンなどは、戦闘時は参謀のような役割をすることもあったが、どうしても実行する側が目立ってしまうのは仕方のないことだった。
(何も……一人で、成し遂げたことなどない。あの人は俺の話など聞きもしない。自分に都合の良い偶像を、ただ作り上げているに過ぎないというのに)
「現デュマース家の当主でかつ数の限られた竜騎士で、名前が売れた英雄と呼ばれた男という話なら、僕は一人しか知らないけどね? 自分がそれなりに周辺国でも有名であることは、いくらリカルドでもわかっていることだろう」
諭すように言ったブレンダンはリカルドと同じようにして、中庭の庭園へと目を向けた。様々な種類の花々が咲き誇るその場所は、二人が良く知っている女の子のことを自ずと連想させた。
(花魔法という……ヴェリエフェンディでは見たことのなかった不思議な力も、あのスイレンには良く似合う。まるで、頼りない一輪の花のようで、目を離してしまえばすぐに枯れてしまいそうなのに。彼女は自分の力で、前を向き生きることを望んでいる)
「俺は王にもなりたくないし、この身に過ぎた権力を持つことなど望んではいない。ただ、一貴族として責務を全うし、竜騎士として生きていくことが出来たら、それで良いんだ」
さっきまで凪いでいた風が吹いて、腕の良い庭師が丹精込めて育てた花々が一斉に揺れ始めた。
「団長が……間に、入ってくれているんだろう。王家であろうが本人の同意なく、流石に貴族の当主に誰かと結婚せよという命令を下すことはしないだろう。国民に名の知れたリカルドであれば、尚更だ。今はそれだけで満足しなよ。潮の流れは、思わぬ瞬間に反対方向に変わることだってある。今は無理に事を急ぐべきじゃない。もしそうすれば、誰もが望まぬ結果になってしまうだろう。今は時期を待つんだ。リカルド」
ブレンダンはいつも戦場で自分が先陣を切るからと正面突破を望む血気盛んなリカルドを、宥める時のようにしてそう言った。
(ブレンダンが言ったことは、間違いないんだろう。今までだって、そうだった……だが、いつまで待てば良い。殿下が、俺に飽きるのを待つのか? 婚約をしていたイジェマが居た時でさえ、あんなにあからさまなわかりやすい態度だったというのに)
世継ぎの王女カトリーヌが、英雄と呼ばれる竜騎士リカルドのことを殊更特別視し、気に入っているということは周知の事実だ。
だが、親に決められた婚約の相手であるイジェマは、誰の目から見ても絶世の美女だと賞賛されるのが当たり前の美貌を持つ女性で、デュマース家から見れば家格も釣り合う申し分のない婚約者であった。
(イジェマは社交も上手く社交界で、誰からも文句も言わせないような確固たる地位を築いていた。だから、王女だって不満に思っていても、彼女には手を出せなかったんだ。だが、スイレンは元平民で、身を守る術も持たない。もし……あの人に、何かをされたとしたら)
「リカルド。お前が、そんな風に不安そうな顔をするな。この事態を一番不安に思うのは、スイレンちゃんだろう。お前じゃない。お前は、そんな彼女を守るために居るんだ。どうせ、まだ彼女にこの事を何も言ってないんだろう。前から言っていることだが、お前自身が伝えなければ、相手には何も伝わらないぞ」
ブレンダンの言いようは、幼い頃から知っている同僚のリカルドのためを思ってのこともあるとは思うが、その先にあるスイレンが傷つく結果になるのが、何より嫌だと考えているかのようだった。
スイレンは、交際を申し込んだブレンダンを自分にはリカルドが居るからときっぱり振ったらしい。だが、叶わぬ恋を諦めるのも諦めないのも、それはブレンダンの気持ち次第ではあった。
友人のリカルドが、どうしろと口を出すような話でもない。
「確かに……俺との婚約がどうなっているのか、まだスイレンには言えてない。今日……帰ってから伝えるよ。何も知らないままだと、お前の言う通りに……確かに。不安だと思うし」
やっと庭園から目を離してリカルドがそう言ったので、ブレンダンは横目でリカルドを見た。
「スイレンちゃんを、これから幸せにするんだろう。お前がこの程度で落ち込んでいるようで、どうする。あの子は敵国であるガヴェアの出身で、その上に身分も持たない。この国では頼りになる友人だって、まだ数少ないだろう。お前はいつも自分がやるべき事をしていれば良いと思っているかもしれないが、彼女は今までの辛い経験から、自分が我慢しなくてはいけないと思い込んでいるんだから。何も言わずに……辛い思いを耐えているのかもしれない」
「わかっている」
口下手なリカルドが早々にイジェマとの婚約解消を上手く説明していたら、彼女は一人で家を飛び出したりすることもなかった。また、あんな事態が、この先起こらないとも限らない。
それに、家業の伝手で仕事を紹介したブレンダンはスイレンと過ごす時間も長い。スイレンが過去に受けていた不当な扱いの数々も、彼女から何か聞いて知っているのかもしれない。
「……貴族位など、返上すれば良い。ただ、デュマース家に産まれただけという俺なんかより、もっと良い領主になるべき人間は何処かに居るはずだ」
どこか投げやりにも聞こえる発言に、ブレンダンは言い過ぎたかと眉を顰めてリカルドの肩を軽く叩いた。
「おい……落ち着けよ。まだ、いくらでも時間はあるし、出口を全て塞がれた訳でもないだろう。ゆっくりと何もかも上手くいく方法を探そう」
何回も同じような返答をするばかりで抗議しても正式な書類を処理してくれない貴族院に、リカルドも疲れていた。
王家からの指示であれば、彼らも従わざるを得ないことはリカルドにだって理解はしているが、古くからの貴族であるというだけで隷属すると思っているのなら、大間違いだ。
「英雄なんて御大層な呼び名を貰おうが、自分のしたいことも出来ない。大した英雄様だな」
「……リカルド。そう、苛立つな。君が苛立てば、ワーウィックにも通じるだろう。あの子は今、大事な時期だ。それも、わかっているよね?」
竜は、長い長い生涯で唯一の番しか愛さない。そうした番を決めるつま問いの季節は、もうすぐそこまで迫っていた。番を持たぬ若い竜たちは、全部そうだと言って良いほどに目に見えてそわそわとしていた。
「わかっている。悪かった。ありがとう。ブレンダン。おかげで、落ち着いた」
「……しっかりしなよ。リカルド。お前がスイレンちゃんを、幸せにするんだろう。こんな事くらいで、動揺するな」
いつものように微笑んだブレンダンは、出来ればその役目を自分こそが果たしたかったはずだ。
だが、リカルドを選んだスイレンを未だに大事にしたいと思っていることは、鈍感だと揶揄われることもあるリカルドにだって、流石にわかっていた。
「ああ……ごめん。もう、戻ろう」
そうして、柱にもたれていた身体を離して歩き出したリカルドに続くようにして、花咲く庭園にもう一度だけ目を向けたブレンダンは、竜騎士団の本部へと歩き出した。




