3-11 青竜
思っていたよりも短時間で、青い空により濃い青が混じり、それは真っ直ぐにスイレンの居る草原まで降りて来た。
スイレンはイクエイアスとエグゼナガル、そしてライデンヴァーガルという三匹の上位竜に会って話したことがあるが、こうしてまた彼を目の前にすると彼らの放つ存在感が圧倒的なものであることを思い知らされる。
(ライデン様……綺麗。来てくれた)
太陽の光にきらめくような青い鱗は、この世ならざるものだと思わせるほどに美しい。人々の崇拝の対象になってもおかしくない神に近い存在だというのに、彼の持つ姿が夢の中に居るように優美なせいか、ただ圧倒されるだけで決して怖くはなかった。
約束通りにスイレンの呼び掛けに応えてくれた青い上位竜は、草原を見回してから、不思議そうに首を傾げている。竜の姿だというのに人間くさいその仕草が可愛くて、スイレンは思わず笑みを浮かべてしまった。
「ライデン様。来て頂いて、ありがとうございます」
感謝を込めて両手を胸の前で組んで彼を見上げたスイレンに、ライデンは若い男性を思わせる凛とした声で心の中に語り掛けた。
(スイレン。こんな場所に、一人なのか? この前に会った時は、君は一人ではなかった)
彼と初めて会った時に、スイレンと共に居たリカルドとワーウィックは、今は何処に居るのかと言いたいのだろう。確かにこんな山の中にあるただ広い草原にぽつんと一人で居るというのも、変な状況でおかしい。
「はい。先程まで一緒に居たのですが、彼にどうしても行かねばならない用事が出来て……」
(こんな場所に、君のようなかよわい存在が、一人で居るべきではないと思う)
説教するようにしてライデンヴァーガルが言ったので、スイレンは自分の身を彼は心配してくれたのだと微笑んだ。
「ありがとうございます。けれど、私以外がもしライデン様のお姿を見れば、きっと大騒ぎになってしまいますので」
(……イクエイアスが守護する国だから、上位竜が珍しいという訳でもないだろう。それに、僕はイクエイアスと属性の相性が悪いとか、仲が悪いという訳でもない。縄張りの中に入ったとしても、あいつは気にしないと思うが)
どうやら彼は、守護竜イクエイアスとは旧知の仲らしい。上位竜でも、黒竜エグゼナガルは白竜イクエイアスとは対となる存在とされていて互いに干渉出来ないそうなので、同種の彼らの中でも持つ属性で相性が悪いなどという問題があるのかもしれない。
「ライデン様の美しいお姿を見れば、一般の人間であればきっと驚いてしまいます」
その姿を見れば誰もが現実なのかと目を疑ってしまうだろう彼を見上げて、スイレンは言った。
(ならば……これで良いのか?)
ワーウィックたち眷属の竜の何倍かの身体を持つ青竜が、まるで瞬く間に小さく縮んでいくように人化をしたのでスイレンは驚いた。
(えっ……これって)
身近な存在であるワーウィックやクライヴが人化をするところは何度か見たことのあるスイレンも、上位竜がこうして人化するところなどはもちろん見たことがない。
「良し。これで、目立たずに良いだろう。では、願い事を聞こうか……もしスイレンが良ければ、後であの魔法の花を食べさせてくれると嬉しい」
今はとてもそんなことをしている状況でないことは頭では理解しているのだが、スイレンはライデンヴァーガルの人化した姿を見て口を開きぽかんとしてしまった。
彼らの持つ属性の色が色濃く出るのは人化の術の特徴なのか、濃い紺にも似た黒髪に瑠璃色の瞳。そして、人外の存在だと一目見れば、すぐにわかってしまうほどの美しい青年。
「……スイレン?」
いつの間にか間近にまで来ていたライデンヴァーガルに声を掛けられて、スイレンは慌てて身体を後ろに引いた。
「ごっ……ごめんなさい。ライデン様の、鱗を頂きたいんです。どうしても、必要で」
「ああ……自分では試したこともないので、どういったことか理解出来ないが。僕らの鱗には、人にとっては万能薬のような効果があるらしいね。ほら。どうぞ」
そして、ライデンヴァーガルが手を差し出した時には、透き通る青い鱗がその手の平に載っていた。ライデンの人化した姿は大柄な長身の男性で、彼の手の平いっぱいにあるということは、鱗はかなりの大きさだった。
(これで、プリシラさんを救う事が出来るわ……!)
「ありがとうございます!」
「気にしなくて良い。僕たちは、約束は必ず守るんだ。スイレン。約束だ。ここまで来た、ご褒美をくれ」
気取った様子で礼をしたライデンヴァーガルに自分の魔法の花を催促されてると理解したスイレンは、微笑んでから頷いた。
「はいっ!」
スイレンは彼の手から鱗を受け取ると、意識を集中させて二人の立つ周囲の草原を埋め尽くさんばかりに、花魔法で魔法の花を咲かせた。
瞬時に色とりどりの花々に囲まれて、ライデンヴァーガルは辺りを見回して息をついた。近くにある宙に浮いた赤い花を摘んで取り、それを無造作に口に頬り込んだ。
「……うん。甘くて美味しい。本当に堪らない気分になる。スイレンの魔力は、我々竜にとっては格別だ」
ライデンヴァーガルはそうしみじみと言ったので、スイレンは彼の言いようが大袈裟に思えた。鱗を握りしめて、照れつつ頭を下げて言った。
「あのっ、願いを聞いて頂いてありがとうございます……本当に、助かりました」
「さっきも言ったけど、僕がスイレンの願いを叶えると約束したんだ。気にしなくて良い……誰か、それを使って救いたい人でも居るのか?」
ライデンヴァーガルは、自分の鱗をどうするかを気にしてというより、話の流れで聞いたようだった。スイレンは一瞬迷ってから、全く関係ない彼には話しても別に支障はないだろうと自分が上位竜の鱗を欲しがった理由を説明することにした。
「あの……この国の竜が、竜殺しの一族に攫われたんです。彼らの要求は、上位竜の鱗でした。けど、イクエイアス様からは王家との盟約があって、すぐに鱗を頂くことが出来なくて……」
スイレンが語った理由が、ライデンヴァーガルには予想外だったのかもしれない。話を聞きつつもぐもぐと周囲の花を食べていたのを止めて、良くわからないと言った様子で首を傾げた。
「……それだと、スイレン本人には何の得もなさそうだが? 別に鱗を誰かに売る訳でもなくて、攫われた竜と交換して終わりになる」
「いえ。あります。私にとっては、攫われてしまった竜は大事な存在なので。帰って来てくれたら、それ以上のことはありません」
もう会う事もないライデンヴァーガルに自分たちの事情を詳しく説明するまでもないかと、スイレンはそれだけを説明した。
「自分ではない誰かのために、僕との約束を使うのか。上位竜に願えば、人の望みなど、何でも叶うというのに、無欲だね」
ライデンヴァーガルは、心底不思議そうにそう言った。彼の鱗がどれだけの高い価値を持つのかは、スレインにはわからないが、プリシラがそれで助かるのならそれ以上はなかった。
「……思わぬ幸運で手にしたものは、身の丈に合わなければ、いつかその手を離れます。私は私の努力や日々の積み重ねで手に入れたものを、大事にしたいと思っています」
「ほう。だから、スイレンの魔力は、こんなに甘く……気に入った。また、何かあれば呼べば良い。スイレンの呼び掛けには、僕も応えよう」
再度思いも寄らぬ約束をくれたライデンヴァーガルに、スイレンは驚き目を見開いた。一度目の約束は圧倒的な存在の何も考えていないただの気まぐれだと、そう思えた。
(けど……私の呼び掛けには、応えてくれるってことは……それって)
野生の竜は、滅多なことでは人と契約をしない。スイレンも誰からか、そう聞いたことがあった。
先程、ライデンヴァーガルはスイレンが呼べば応えてくれると言った。何度目までなどの、数の指定もない。彼の方から申し出て、約束をしてくれたのだ。
「っえ……でも」
自分に今ある状況のあまりの驚きに言葉を失ったスイレンに、機嫌良くライデンヴァーガルは笑った。
「こんなにも……僕が良い気分になるのは、本当に久しぶりなんだ。なるほど。君の作り出す花は、僕にとって甘い。だけど、魔法の花だから、竜には甘いと感じる訳では……なさそうだね」




