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【書籍3巻発売中】ひとりぼっちの花娘は檻の中の竜騎士に恋願う【コミック4巻発売中】  作者: 待鳥園子
第三章

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3-9 波

「どう……見える?」


「うん。見える。あの薄茶色の子よね。凄く、可愛い……」


 スイレンと言葉を交わすために人化の術を使ったワーウィックは、彼女と一緒の木の陰に隠れながら微笑み合った。


 つま問いの贈り物である花冠の試作品を作る前に、プリシラという雌竜を出来れば見てみたいとスイレンが希望したので、彼女が住まう場所にまでワーウィックにわざわざこうして連れて来て貰ったのだ。


 この国の守護竜イクエイアスの眷属の竜たちが群れを作ってどこに生息しているかというと、とある高い山の山頂付近にそれぞれ巣を作って暮らしているらしい。


 竜騎士たちと契約した竜は、何か異常があれば戦場へとすぐさま赴く彼らの傍に居られるように、王都の城の近くにある巨大な竜舎で過ごすことが多い。だが、竜騎士とは契約をしない雌竜や、まだ成竜ではない幼竜たちは、こうして山の中で過ごすことが多いそうだ。


 何匹かの雌竜が何かで集まっているらしく、その中でワーウィックに教えて貰った薄茶色の竜プリシラはおっとりとしたゆっくりとした動きで彼女の持つ独特な可愛らしい雰囲気が伝わって来た。


「そういう竜の美醜って、スイレンにはわかるの? 人の目から見れば僕らは全部同じように見えるのかと、そう思ってたよ」


 肩を竦めたワーウィックは湖の近くで何匹かの竜と一緒に居るプリシラから目を離さずに、そう言った。


「いいえ。プリシラさんが、可愛いらしい竜だということはわかるわ。それに、ワーウィックは綺麗な深紅の鱗で凄く目立つし、身体も一際大きくて立派だから……私は、他にワーウィックと同じ火竜が沢山居たとしても、すぐにワーウィックのことがわかると思うわ」


 ワーウィックはスイレンにとって恋人リカルドと契約した竜という、特別な立ち位置にある。そして、美しい深紅の鱗を持ち、竜騎士団の竜の中で身体も大きくて目立つ。きっと数の多い竜の群れの中に居たとしても、彼のことを見つけ出せるはずだ。


「そう? スイレンにそう思われてると思えば、嬉しい。それはただ僕が産まれ持った外見に過ぎないが、スイレンみたいに可愛い子に自分のことを良いなと思われて、喜ばない訳がないからね」


 ワーウィックは横目でスイレンを見て、意味ありげにそう言った。


「ふふっ……きっと、そんなワーウィックから贈り物を貰ったなら、彼女も喜ぶでしょうね」


「どうかな。彼女はスイレンみたいに可愛くて、色んな雄に狙われているからね。彼女にとって見れば、僕は数多く居る中の一匹なんだ」


 いつも自信満々な様子ではきはきと良く喋るワーウィックは、珍しく自信がなさげにそう言った。


(ワーウィック。いつもと、全然違う……やっぱりつま問いの季節が近付いて、気が立っているのかしら?)


 人はそういった季節柄など全く関係なく、気の向くままに愛を乞う。異国で生まれ育ったスイレンは良く知らないだけで、竜も発情期などがある生き物なのかもしれない。


 ワーウィックがこんな風にいつになく落ち着きがないように見えるのも、もしかしたら特殊な状態にあるのかもしれない。


「ふふ。ワーウィック。私に向かってそんなお世辞なんて、言わなくて良いわ」


「何、言ってんの。全然、お世辞じゃないよ……そういえば、この前のクライヴが言ってた件って、ブレンダンと話したの?」


 呆れたように言ったワーウィックはスイレンにこの事を聞く機会を待っていたのか、この間の話題を慎重な口調で切り出した。


 今までスイレンがワーウィックと共に居る時は何も知らないリカルドが傍に居たので、彼も聞き難かったのだろう。


 スイレンはブレンダンの悩みをワーウィックに言ってしまって良いものか迷ったものの、彼に何か変な誤解を与えたい訳でもない。ワーウィックは、竜だ。彼本人が誠実な高潔さを好み、お喋りな性格だとは言え、個人的な情報を言って良いことと悪いことは弁えている。


「……ええ。ガーディナー商会を継ぐブレンダン様にとって、凄く良い縁談があるんだけど……あまり、気乗りがしないそうなの」


 言葉を選びつつスイレンがそう言えば、ワーウィックは微妙な表情になった。


「ふーん。良い縁談に、気乗りしないねえ……ねえ。スイレン。リカルドはブレンダンのことを、盲目的にと言えるくらいに信頼している。幼い頃からずっと一緒に居たし、激しい戦闘時には力量の似ているあいつと常に組んでいたからね。信頼に応えて来た幼馴染を疑うような、そんな性格はしていない。ブレンダンは君を傷つけることは、絶対にしないと思うけど……どうにも、まだスイレンのことを諦め切れないみたいだからね。僕は正直に言えば、心配してる」


「ワーウィック。ちょっと待って。私は、リカルド様が……」


 何を言い出すのかと慌てたスイレンが自分の気持ちを伝えようとしたが、ワーウィックは頷いてそれを遮った。


「うん。それは、僕にだってわかっているよ。リカルドと近しい僕がこんなことを言うのもおかしな話なんだけど……リカルドとブレンダンの二択なら、大抵の女性は悩んだとしても、ブレンダンを選ぶことが多いだろうからね。容姿どうこうよりも、リカルドは性格が真面目過ぎるし、爵位も持つ貴族で貴族夫人になる覚悟のある子なら確かに良いだろうけど。口が上手くて大富豪と言えるくらいに良い暮らしの出来る商会の主の嫁の方が、楽に生きられるのは確かだ」


 ワーウィックが自分に何を言わんとしているかが、どうしてもわからなくてスイレンは戸惑った表情を見せた。


(……確かに。この国に来たばかりの頃に、ブレンダン様にも……そう、言われたわ。結婚するなら、僕の方が良いだろうって……)


 けれど、その後にスイレンはブレンダンの告白を理由を言って断り、リカルドを選んでいる。リカルドを選んだというか、スイレンには彼のことしか見えてなかっただけで。


 ワーウィックはなんとも言えない表情で、スイレンを見つめ、これからどう言おうかと悩んでいる様子だ。


「ワーウィック?」


「ああ。ごめん。僕も可愛いというだけで何も悪くないスイレンを、困らせるつもりはないんだけど……まあ、スイレンがリカルドを好きなのは、僕も知っている。けど、ブレンダンは、まだまだ君を諦めるつもりはなさそうだから。僕なりに、心配をしているだけ」


「でも……これ以上どうすれば良いか、わからないわ。ブレンダン様からは、嫌なことは何もされていないし。私から変に避けても、おかしいと思うもの」


「それも、わかっている。ブレンダンはスイレンを傷つけることはないだろうし、リカルドのことも裏切ることもしないとは思う。だけど、恋愛は順風満帆な時ばかりではない。時には喧嘩して、二人譲歩し合うことだって必要なはずだ」


「それは、私も……そう思うわ」


 スイレンにとっては何もかもが完璧に見えるリカルドだって、言葉足らずだったり他の誰かの気持ちに鈍感な面もある。彼自身が何でも簡単に出来てしまうので、出来ない人の気持ちが良くわからないのだ。


 恋人同士の関係には波があり、互いが真剣であればあるほどに意見が衝突することだってあるはずだ。


「リカルドがこれから先、故意ではないとしてもスイレンを傷つけることがあれば、君のことをまだ好きなブレンダンはどうするだろうかと、思ってしまうとね……僕は、どうしてもリカルド側の考えになるんだ。だから、こういうことを君に言ってしまうことも、どうか許して欲しい」


 ワーウィックが、言いたいことは理解出来た。けれど、スイレンにとってみれば納得することは難しかった。


(私は、リカルド様だけが好きなのに……)


「……ブレンダン様は、確かに魅力的な男性だと思うけど……私は彼をそういう対象だとして、見たことはないの。だって、私はリカルド様が好きだもの」


 きっぱりとそう言ったスイレンに、ワーウィックはすまなさそうにして眉尻を下げた。


「うん。わかってる。スイレンが僕が選んだ竜騎士のことを、誰よりも好きだということはね。ただ、ブレンダンは僕から見れば危険人物だから。クライヴは、きっと違うと言うだろうけどね。あの二人は仲が良いとは言え、女性の好みも似てしまっているのは厄介だ。クライヴと争うと思えば、僕ならば絶対に嫌だから」


「ワーウィック……」


「ごめん……これは、確かに僕の勝手な先走った予想だよ。だけど、心配なんだ。僕はリカルドと心が繋がっていて、だからこそ……あいつがスイレンのことを、どれだけ愛しく大事に思っているかを誰よりも知っている。君を失えば、どれだけ傷つくかと思えば、心配で。二人の問題なのに、余計なことを言ってしまってごめん……」


 恋が戦いだとすれば、もう勝敗は既に決まっているはずだ。


 けれど、ワーウィックの言う通り、彼にとって大事な存在であるリカルドが傷つく原因になるとすれば、スイレンはなるべく気をつけて欲しいと言っていることも理解出来る。


(ワーウィックは、リカルド様が好きなんだわ……でなければ、竜騎士の契約を与えたりなんてしない。いっそ、私もリカルド様と心の中が繋がってしまったら、彼を不安に思わせたりもしないのかな……)


 意中の竜であるプリシラにまた目を向けたワーウィックは、話を無理矢理変えるように先程までの真剣な顔を嘘のようにして、はしゃいだ様子でスイレンに声を掛けた。



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