3-6 言えない
「ああ。お前なら、僕と恋人が話していても……何の誤解も、しないだろうな」
「……何の話だ?」
恋人のスイレンが友人と言えど別の男であるブレンダンと一緒に居たとしても、リカルドは特に気にせずに気分も害した様子もない。
育ちが良く恋愛経験も少ない彼は、二人は何か仕事上で必要な話でもしていたのだろうと、少しも疑いもせずに呑気な様子だった。
「……いいや。こっちの話。リカルド。お茶淹れるよ。遠征帰りしてすぐに、朝番担当は疲れただろう」
「悪い」
いつもと特段変わらない様子を見せるリカルドに苦笑して、ブレンダンは立ち上がってから同じようにしてお茶を淹れてくれた。
「そういえば、イルドギァの様子はどうだって? やっぱり……僕たちも、また出なきゃいけないのかな」
「……多分な。同盟国の危機なら、条約通りに俺たちも出撃するしかないだろうな……嫌だ」
大きく溜め息をついたリカルドは、一度だけお茶に口を付けてから背中をソファの背もたれに付けた。
「急に、どうしたんだ? 戦闘バカの、リカルドの癖に。どうやって敵に勝つかを考えて、それを実践することが一番楽しいんだろう?」
これまでの活躍振りから常勝の英雄と呼ばれていたリカルドに相応しい楽しみ方を聞いて、スイレンは何気なく隣に座った彼を見た。
「それは一人身だった時の、仕方なかった楽しみだ。今の俺には、スイレンが居る。早く家に帰りたいし、仕事以外は出来るだけ家に居たい」
リカルドはこちらに視線を向けてそう言い、目が合った。茶色の瞳に見つめられて、心臓がいきなり跳ねたような気持ちになったスイレンは何も言えずにただ顔を赤くした。
「戦うことしか楽しみのない、戦闘狂かと思っていたけど……人も変われば、変わるものだね。恋は、やはり人を変えるんだ。最近、リカルドが恋人のスイレンちゃんを一番に優先しているから。ゴトフリーやナイジェルもこの前に話した時に、寂しがってたよ」
「……ああ。同期会には、出るようにする。この前は俺も、断って悪かったと思ってる」
話し掛けたブレンダンに目を向けたリカルドの視線が自分から離れて、息をすることを思わず忘れそうになっていたスイレンは、安心してほっと息をついた。
(リカルド様が……私を、一番に優先……そうだったんだ。同僚さんとの、飲み会も断って?)
そういえば、最近やたらと職場から真っ直ぐに家に帰っているとリカルドがワーウィックに揶揄われてたことがあったことを思い出した。
きっとこういう事情も何でも筒抜けな彼の竜に、それを暗に指摘されていたのだとスイレンは納得した。
大好きなリカルドが、自分を一番に優先して貰えていると知れて嬉しい。思わず綻びそうになった口元を引き締めようと、スイレンは赤くなっていた頬を両手で押さえた。
「ゴトフリーの彼女と初めて近くで話したのも、あの同期会の時だったのに。リカルドは本当に、惜しいことをしたよ。あれを見れば、一生あいつを揶揄えたのに」
「……確か……城の文官なんだろ。あいつが彼女会いたさに代わりに持って行ってくれるから、俺はわざわざ窓口に書類を提出に行かなくても良いから助かってるけど?」
リカルドは肩を竦めて姿勢を直すと、また目の前に置かれていたお茶を飲んだ。
「あのゴトフリーが……その初対面の彼女の前で緊張し過ぎて、自己紹介以外何も言えずに、お酒を飲んでるだけだったんだよ。あのゴトフリーが、だよ」
ブレンダンが念を押すようにして再度そう言い、リカルドは思わず身を乗り出した。
「見たかった」
「そう言うと思ったよ。もう、今ではいつも通りのあいつだけどね。喜ばしいことに、今回は続きそうだよ。彼女もすごく良い子だし」
「……それは、良かったな。もう、失恋のやけ酒には付き合いたくない」
心底そう思っている様子のリカルドに、ブレンダンは苦笑しつつ同意した。
「ああ。それは確かにね……でも、大丈夫じゃないかな。あの調子だと、あの子とそのまま結婚まで行きそうだし」
「そうであるように、祈るよ。あいつが泣くのは、もう見たくないから」
「僕もだ。リカルドが、駆り出されていて今まで忙しかったから。話せなかったんだけど、今回の夏季休暇はレオの別荘に行くことにしたけど……リカルドはどうする? スイレンちゃんも、連れて来る?」
(夏季休暇……?)
仲の良い同僚である二人の話を黙って聞いていたスイレンが、不思議そうに首を傾げた。それを見た気の利くブレンダンが、情報を補足してくれた。
「……ああ。スイレンちゃんは、これは知らないよね。僕らの所属する竜騎士団は、夏は同期同士で合わせて二週間の休みを一緒に取るんだよ。先輩も後輩もそうするから、その時ばかりは特別な勤務体制になるんだ。僕たちは、いつも夏季休暇は同期全員で旅行に行くことにしているから」
「わあ……素敵ですね」
リカルドの竜騎士団での同期の話は、彼から何度か聞いたことがあった。なんでも、幼い時に入った騎士学校の頃からずっと一緒の付き合いで、彼らとは家族よりも長い時間を過ごした兄弟のような存在だと。
「恋人がその時に居る奴は……一緒に連れて来たりもするんだけど。今年は、ゴトフリーとリカルドの二人だけだから……レオも、付き合って長かったのにね」
「長い戦争が、ようやく終わって帰って来たら、他の男に取られていたんだろ。ガヴェアが全部悪い……ゴトフリーの彼女は、一緒に行くのか?」
「あいつは休みを合わせてから連れて来たいって、この前は言ってたよ」
「じゃあ、俺もスイレンを連れて行く。女の子一人だけだと、寂しいだろうし」
「ああ。僕がそれも、皆に言っておこう。レオが今年新しく購入した別荘は、無人島にあるらしいよ。今年はゆっくり、過ごせれば良いけど。イルドギァのことが長引けば、難しいかもしれない」
◇◆◇
「そういえば、ブレンダンとあの時に……何を話してた?」
あの後も去年までの夏季休暇の思い出をブレンダンと共に聞かせてくれたリカルドは、そのことを尋ねる機会をずっと待っていたのかもしれない。
入浴も済ませて彼の部屋にあるベッドの隣に座ったばかりのスイレンに、あの時にブレンダンと何を話していたかをようやく聞いた。
「あの、職場の花の種を分けて貰おうと思ったんです。仕事で使うものではないので、私に買い取らせて貰えないかとお願いしていました」
「そうか」
リカルドも二人が何を話していたかは、気になってはいたようだ。だが、その気持ちの名前を自分でもまだ何と呼べば良いのか、わかっていないのかもしれない。
(もしかして……これまでずっと、聞けなかったけど気にしてたのかな……)
夕食の時にも何かスイレンに言いたそうな様子は見せていたが、お喋りなワーウィックが今日あったことを話している内に食事の時間は終わってしまった。
だから、ここまで聞けなかったのだろう。
リカルドは、元々の気性は温厚で人に与えることに躊躇しない。竜騎士を目指している時も周囲に恵まれていたせいか、性格には歪んだところがなく真っ直ぐなままだ。
元婚約者のイジェマとあまり合わなかったというのも、そういうところがあったからかもしれない。彼女はリカルドの愚直とも取れる真面目さを良いとは思えず、都会的で世渡り上手で会話の上手い男性に魅力を感じていたのだろう。
けれど、スイレンにはリカルドのそうした部分も、すべてが好ましく思えた。
(そういうところも……全部。全部、好き。あの時に……リカルド様を見た時から、ずっと)
「あの。もしかして……あれから、ずっと気になってました?」
「それは……うん。けど、誤解はしないでくれ。君とブレンダンのことを、疑ってはいない。でも、また……」
「自分にだけ、何かを内緒にされると思いました?」
クスクスと笑い出したスイレンを、リカルドはいきなりベッドの上へと押し倒した。
面白くなさそうな表情を見れば、それが図星だったのだろうと知れて、スイレンは楽しそうな笑い声を上げてしまうことを止められなかった。
彼はスイレンがひとしきり笑うのを待って、ゆっくりと顔を近付けて来た。その口元はまるで何かを企んでいるかのような、不敵な笑みを浮かべている。
「笑ってしまって、ごめんなさい……けど、リカルド様が可愛くて……」
そんなことを言われても嬉しくないと言わんばかりに、リカルドは眉を上げた。
「まだ、言えない?」
「……ダメです」
視線を合わせて見つめ合い、二人は暫しお互いが映る瞳だけを見ていた。




