3-5 立場の違い
「クライヴ。ブレンダン様は、お休みなんでしょう? 家に居らっしゃるかしら? そうと決まったら、必要なことは早めに聞いておいた方が良いと思うんだけど」
ガーディナー商会でのスイレンの紹介者はあくまでブレンダンなので、仕事上の何かを相談する時はまず彼に話を通すようにしていた。それから、何かの担当者に聞いたり店主のジョルジオに聞いたり、当たり前だがあの商会での仕事について彼はとても詳しいのだ。
いずれ将来ガーディナー商会を継ぐ予定のブレンダンのアドバイスは、的確だし話が早い。時間を無駄にしないということに、気が付いたからだ。
「あ……うん。この前の遠征に行ったから、今日は代休だし家でゆっくりしているよ。あの、スイレン。頼みがあるんだ。ブレンダン、最近何か悩んでいるみたいなんだ。ああいう性格だから、周りにも言わない。でも、君なら多分……だから。もし良かったら、スイレンが聞いてあげて欲しいんだけど」
「私が? ええ。もちろん。それは、構わないけど……」
スイレンはクライヴの歯切れの悪い言いようを不思議に思い彼のことを見つめた。けれど、それ以上何かを言う気はなさそうだった。
「クライヴ。わかってると思うけど、スイレンはリカルドの恋人だ。彼女がブレンダンに出来ることには、限りがあるよ」
「そんなことは、僕だってちゃんとわかっている。けれど、友人ではあるはずだろう? ブレンダンは、あれ以来ずっとスイレンに対して迷惑になるようなことは、何もしてないし言ってもいない。困らせていない。親しい友人として、悩んでいるのなら相談に乗ってあげて欲しいだけだ」
リカルドの気持ちを自然と考えてしまったのか、ワーウィックは不満そうな表情になった。スイレンは、そんな二人に微笑んで頷いた。
「ブレンダン様には、私もお世話になってますし。そういう時に力になれるのなら、なりたいです。もしかしたら、今日は聞けないかもしれないけど……もし、悩み事を話せそうなら話してみますね」
「……スイレン。ありがとう」
クライヴは、慎重な口調でそう言った。彼は、ブレンダンの事を大事に思っている。それは、ワーウィックがリカルドを思っている気持ちと同じことだ。
けれど、クライヴはブレンダンがこの先報われないことを、理解してはいる。だから、誰にも言えずに抱えている悩みくらいは聞いてあげて欲しいと言った。ワーウィックはまだ気持ちがありそうなブレンダンを期待させるようなことを、スイレンにさせたくないと言いたいのだ。
スイレンが世界に一人しか存在しない限りは彼らがこの事についての利害が一致することは、絶対にない。
険悪な雰囲気になりそうなことを察して、スイレンは慌てて立ち上がった。
「あの……じゃあ、私。今から、ブレンダン様の家に行って来ますね」
◇◆◇
「やあ。スイレンちゃん。こんにちは。クライヴから、聞いてるよ。何か、仕事のことで相談があるんだって?」
玄関に出て来たブレンダンはいつものように、明るく微笑んでスイレンを迎えてくれた。彼らしいお洒落な色合いの居間へと案内してくれて、ブレンダンが淹れてくれたお茶を前に置かれてからスイレンは話を切り出した。
「あの、ガーディナー商会が所有されている花の種のことなんですけど……必要があって、少し分けて欲しいんです。出来たら色んな種類を少量ずつにしたいので、金額を決めることは難しいとは思うんですけど」
花の種は大量に入った一袋に値段を付けるので、多くの品種を少量ずつを分けて貰うのはそれを専門としている店では難しい。
「もちろん。構わないよ。使った分は後ほど清算することになるだろうが、僕が担当者にある程度の金額をスイレンちゃんに支払うお金から引くように言っておくよ」
このくらいでどうかな? と彼が提案した金額はスイレンが思っていたより安かったので、ブレンダンにお礼を言った。
「ありがとうございます。本当に助かります」
スイレンがはにかんで微笑めばブレンダンも笑顔を返し、特にその花の種の用途なども聞かなかった。察しの良い彼はワーウィックとクライヴが内緒にしたい話に、これも関わっていると察しているのかもしれない。
ブレンダンは告白を断って以来、スイレンに仲の良い同僚の恋人に対する態度を踏み越えるようなことは一度もなかった。
けれど、ふとした瞬間の視線から彼から隠し切れない自分に向けられる甘い恋情を感じ取ってしまうことがあった。その度に、どうしても胸が苦しくなった。まるでブレンダンの感じている切なさが、心の奥にまで伝わって来るようで。
(確かに……あの時に、まだ好きで居て良いかと言われたけど。ブレンダン様ほどの人なら、私なんてすぐに忘れて。素敵な恋人が出来そうなのに)
ヴェリエフェンディの英雄のリカルドと並び称されるようなブレンダンは、彼の持つ特別な容姿も相まって雨が降るようにして異性からの誘いがあるはずだ。けれど、彼はスイレンには望みは全くないと知っていても、尚もまだ一人身のままだった。
「あの……えっと……」
彼にじっと見つめられて、なんとなく黙ってしまったままだったスイレンは、何か話さなきゃと話題を捻り出した。
「……うん?」
ブレンダンはスイレンが自分に何かを言いたそうだと察して、軽く身を乗り出して話を聞く姿勢になった。
「クライヴが、心配していました。なんだか、元気がないって……もしかして、何かありました?」
スイレンが恐る恐るそう聞けば、ブレンダンはそのことかと息をついて苦笑をした。
「ああ……クライヴか。あいつは、心配性でね。既に成人して仕事も持つ僕のことを、必要以上に心配している。スイレンちゃんも知っての通り、僕は商会の息子で……今、凄く良い縁談があるんだ。大陸のある国の、大きな商会の娘さんで多数の船が所属する船団を持っている。そんな引く手数多の女性からの申し込みなど珍しいし、僕が跡を継ぐガーディナー商会にとって、こんなに良い話はない。父も問題がないのなら会うだけ会ってみたら良いとは、言っている」
ブレンダンはこんなにも喜ばしい話はもうないだろうと、まるで自分にそう言い聞かせているようだった。
「あの……あまり、ブレンダン様は、そのお話に気が進まないみたいですね」
スイレンは微笑んでいるというのに、どこか苦しそうに見えるブレンダンを見た。
(ブレンダン様……何でも上手くこなすような人が、こんな表情をされるなんて……)
ブレンダンから告白されて、スイレンは自分にはリカルドが居るからとそれを断って彼を振っている。自分たちはそういう関係性だとは、わかってはいる。けれど、スイレンはブレンダンが辛そうにしているのは、嫌だった。
ブレンダンが今抱えている想いが叶わないことは、スイレン自身が一番理解している。だって彼は、リカルドではないから。
そういった激しい葛藤を解決してあげることは、決して出来ないのに。これは自分勝手でどうしようもない気持ちだとは理解してはいても、やはり切なくなった。
「金勘定が一番大事な商人になるというのに……損得を第一に考えられないなんて、やはり僕がおかしいんだ。こんなにも良い話はそうそうないことは、理解はしている。自分の気持ちなんて、割り切るべきなのはわかっているけど……それが、出来ない。僕は今、本当におかしいのかもしれない」
ガーディナー商会の将来を思えば、すぐに了承の手紙を送るべき案件なのだろう。けれど、ブレンダンはそうであると痛いほどにわかっていても、したくないのだ。
将来結ばれることもない、叶わぬ恋のために。
「あの……結婚は、一生の問題ですもんね。ごめんなさい。もっと、何か良い案を言えたら……良かったんですけど。いつも、私は助けて貰ってばかりなのに」
しゅんとして落ち込んだ様子のスイレンに、ブレンダンは今回は自然な笑顔で微笑んだ。
「うん。まぁ……まだ……時間があるからね。ゆっくり考えるよ」
ブレンダンはもうこの話はここで終わりにしようと言わんばかりに、時間を掛けてゆっくりとお茶を飲んた。
「あの……私。前からブレンダン様に聞いてみたいことがあったんですけど」
「うん。何かな?」
「ブレンダン様は、いずれ竜騎士を辞めてガーディナー商会を継ぎますよね? もし、竜騎士を辞めればクライヴと離れ離れになりますか?」
「……それは僕でなくてクライヴが選ぶことだけど、竜騎士と契約を結んだ竜は、大体竜騎士が死ぬまで一緒にいるよ。長い寿命を持つ彼らからすれば、僕らと共に居る時間などあっという間に過ぎていくから。イクエイアスは上位竜で彼らの群れのリーダーではあるけど、そこまで彼らのことを縛ることは無い」
「そうなんですね……ふふっ、良かったです」
「どうしてそう思ったか、聞いて良い?」
「だって、クライヴはブレンダン様の隣が似合いますし……仲が良いから、離れ離れになるのはなんだか嫌だなと思って……」
「……うん。僕たちのために、心配してくれて、ありがとう……リカルド。呼び鈴くらい鳴らせよ」
何かに気がついたようなブレンダンがそう言ったので、居間の入口を見ればそこには当たり前のように何も言わずに家に入って来たリカルドが立っていた。家に帰れば、スイレンが居なかったのでワーウィック達に聞いてここまで追い掛けて来たようだった。
「ただいま」
「リカルド様っ……おかえりなさい」
彼の登場に驚いて立ち上がり掛けたままのスイレンに、リカルドは座るように身振りで示して自分もその隣に座った。
「おい。ここは、お前の家じゃないけど?」
揶揄うようなブレンダンの言葉に、リカルドは肩を竦めた。
「あれは、スイレンに言ったんだよ。何の話してた?」
リカルドはこうして二人が一緒に居たことなど特に気にもしていない平然とした様子で、スイレンの隣に座った。




