3-3 居眠り
「うーん……手作りの贈り物って、こうして改めて考えてみると……意外と難しいね。プリシラは可愛いけど、少し気難しいところがある子なんだ。下手なものを贈れば、逆に嫌われてしまいそうで……」
ワーウィックは彼女を思い浮かべるようにして、そう言った。照れくさそうな表情を見れば、そういった部分も彼は可愛いと思っていることが知れた。
「手作りとは言っても、素人が手を出したとしても、それなりに恰好がつくようなものにしよう。つま問いの季節は、すぐそこだ。ワーウィックがお金を払ってでも手に入れたいと思う品物を作ることが出来る素晴らしい職人になるまで頑張っていたら、プリシラは誰かに奪われてしまうだろう」
真顔のクライヴは、いつも冗談か冗談ではないかわかりにくい。確かにこういう時に良く選ばれるような美しい細工のアクセサリーを作ろうにも彫金の技術を覚えている内に、何年も経ってしまう。
ワーウィック本人も、自分が生きている中でも現在大事な局面を迎えていると思っているのか、頭を抱えてしまった。
「そうですね。うーん……何が良いかしら……あの。ちょっとだけ気になったんですけど、プリシラさんって、モテるんですか?」
スイレンはクライヴが言った「奪われてしまう」という部分に引っ掛かってしまい、そう聞いた。
ワーウィックはあまり竜のことを知らない他国育ちのスイレンから見ても美しい見事な火竜で、リカルドの話では竜騎士団でも彼の飛行の速度は最速だと言っていたからだ。
彼は成竜になってまだ間もないらしいが、それだけの実力があるので竜騎士団の竜の中でも一目を置かれていそうだと、スイレンは勝手に思っていた。
(こんなにも自信がなさそうなワーウィックは、初めて見るわ。きっと……プリシラさんには、絶対に嫌われたくないのね)
「……うん。人のスイレンには、きっと僕たちは同じように見えてしまうとは思うんだけど……雌竜の中でも、特に容姿は可愛いね。あと、性格も明るくて前向きっていうか……とにかく、ワーウィックの好きな感じなんだよ」
「おい。クライヴ。お前、もしかして……」
プリシラのことを褒めたクライヴに、ワーウィックは咎めるような眼差しを向けた。
「つま問いの季節が、近付いて……多少、頭がおかしくなっているとしても、お前は今どうかしている。この僕がお前の番候補に手を出すことは、絶対にない。いい加減にしろ」
冷静なクライヴはピシャリとそう言ってのけて、ワーウィックは面白くなさそうな表情になった。
「ねえ……クライヴは、誰かに贈り物の準備しなくても大丈夫なの?」
ここまで彼らはずっと、ワーウィックのことだけ話をしていた。同じ頃に産まれたというクライヴだって、同じように番に愛を乞わなければならないのではないかと、スイレンは不思議に思った。
「こいつはね。いつも、選ぶ立場なの。今年は何回断るんだよ」
「まだ、誰にも何も言われていない」
ムッとした表情で彼の代わりにスイレンの疑問に答えたワーウィックに、クライヴは涼しい表情をして肩を竦めた。
「そっか……クライヴはブレンダン様みたいに、異性に凄くモテるのね。やっぱり。竜って、いつも一緒に居るから契約している竜騎士に似てしまうのかしら?」
スイレンがそう言うと、ワーウィックは見る間に顔を顰めた。
「止めてよ。その理屈だと、僕が鈍くて不器用ってことになるから」
「誰が、なんだって?」
いきなり聞こえて来た仕事帰りの家主の低い声に、スイレンはぱっと顔を上げて扉の方向へと目を向けた。
「リカルド様! おかえりなさい。ブレンダン様も。こんばんは」
このところ何連勤か続き疲れた様子のリカルドは話をどこまで聞いていたのか、微妙な顔をしたまま頷いた。クライヴがここに居ることを知っているらしい続いて入って来たブレンダンも、苦笑しつつ挨拶を返した。
「スイレンちゃん。こんばんは。なんだか、久しぶりだね。この二人と、楽しそうに何の話をしていたの?」
にこにことしたブレンダンの爽やかな笑顔は、女性が見れば思わずときめいてしまうはずだ。
女性受けの良い甘く整った顔を持つ彼は、この国に来てまだ間もないスイレンが知る限りでも、彼本人を知らない人がそういった逸話を聞けば信じられないと思う程度には異性にモテている。
「えっ……えーっと、えっと……内緒です」
ブレンダンの疑問に咄嗟に適当な嘘のつけなかったスイレンは、口を押さえつつ彼らにはこの事は内緒なのだと正直に言ってしまった。
「……なんだ? 言い難いことか? ワーウィック、何かあったのか?」
リカルドは不思議そうにして、自分の竜に向けてそう聞いた。ワーウィックは軽く片手を振って、舌を出した。
「だから、リカルドには内緒だって。言わないよ。僕らだって、内緒の話くらいするよ。リカルドとブレンダンの二人は、もう何も聞かなかったことにして」
部屋に入って来たリカルドはスイレンの隣に座ると、微妙な表情を浮かべて彼女の顔を覗き込んだ。スイレンは、首を横に振って自分は言わないと態度で示した。
「聞かなかったこと……なんでだ?」
どうしても話していた内容が気になるらしいリカルドは、明後日の方向を向いているワーウィックに重ねて聞いた。
「リカルド。ブレンダン。この話は、僕たちにとって重要機密なんだ。この事に直接関係のあるスイレンには協力を仰いだから伝えたが、君たちには何の関係もないから。これ以上は詮索しないでくれ」
無表情のクライヴは自分たちはこれ以上、何も言う気はないと伝えた。
「ふーん? 僕たちは、関係ないのか……まあ、良いじゃないか。リカルド。どうせワーウィックとクライヴが、秘密にして欲しいと頼みこんだんだろう。スイレンちゃんを、二人との約束を破ってしまうと困らせてもいけない。きっと、時間が経てば、僕らにもどんな理由か知るところになるさ」
リカルドのすぐ隣に足を組みながら座ったブレンダンは、何かを秘密にしたいという三人の意向を尊重しようと微笑んだ。
「……気になる」
「だから、言わないって。リカルド、しつこいよ」
「あっ……もう、夕食の時間ですね。私、用意してきます。ブレンダン様とクライヴも、こちらで食べて行きますか?」
睨み合うリカルドとワーウィックを置いて、スイレンは話を変えようとして立ち上がった。
「うん。ありがとう。本当は僕は帰る予定ではなかったから、僕の家には夕飯がないんだ。助かるよ。もし良かったら、準備を手伝うよ」
「……あ。もしかして、これから遠征に行かれるんですか?」
竜騎士が遠征に行く時は一度家に帰って準備することを知っているので、そう彼に聞いたスイレンにブレンダンは軽く頷いた。食器棚から、スイレンがそうしようと思っていた通りのお皿を人数分出して渡してくれた。
ブレンダンは何も言わなくても、何かして欲しいと思ったことを察して先回りをしてくれる。そんなはずは無いのに心が通じ合っているかのような、不思議な感覚だった。
(ブレンダン様って……女性にモテるの、わかるなあ。きっと周囲のことを良く見て動ける、観察力が一際あるのよね。こういう風にして欲しいことを察して貰えると、女性は嬉しいもの)
わざわざ言葉に出さなくても、自分の気持ちを察して理解して欲しいと思う女性は多い。ブレンダンは万人受けする女性に好まれるような素晴らしい容姿を持つ上に、こうした細やかな気遣いまで出来てしまう。
これは何をどうしても異性にモテてしまうはずだと、スイレンは我知らずに頷いた。
「うん。夜から、僕は遠征なんだ。今はリカルドとは班が違うけど……もしかしたら、あいつもお呼びが掛かるかもね」
「嫌なこと、言うなよ」
「そうなってもおかしくない状況だろ」
ムッとした顔のリカルドは、今回は珍しく頑なな態度を見せるワーウィックから言葉を引き出すのを諦めたのか、彼もソファから立ち上がって食卓の方へと近付いて来た。
共に暮らし出して既に数か月が経ったというのに、スイレンはリカルドがただ自分の方へと近付いて来るだけで心臓が大きく高鳴ってしまうのを感じた。
彼がただそこに居るだけだと言うのに、胸が締め付けられて、ときめいてしまうことを止められない。
「……スイレンちゃん?」
食事の準備を手伝ってくれていたブレンダンに遠慮がちに声を掛けられて、スイレンははっとして彼の方を向いた。
(いけない。二人きりでもないのに……)
そして、以前告白してくれたブレンダンの前で、自分たち二人のそういう姿をあまり見せるのもいけないとは、理解していた。
それでも、家に届いていた書類を取り出して自分の席へと座ったリカルドのことを目が吸い寄せられてしまうように見てしまうのは、もう仕方ない。
「ブレンダン様も、大変ですね。夜から遠征に行くなんて、眠れないでしょう」
リカルドから視線を外したスイレンがスープを入れたお皿を渡せば、ブレンダンは苦笑した。
「そうだね。でも、それが僕たちの仕事だから。国民の生死が関わると思えば、出撃の時間を気にしている場合ではないからね。たまに竜の背に乗ったまま眠って、落ちそうになっている同僚は良く見るね……誰とは、言わないけど」
「ふふっ……大丈夫なんですか? 空の上ですよね?」
思わずその光景を想像してしまったスイレンは、落ちてしまえば洒落になっていない状況にそれは危険だと心配するよりも、ついつい居眠りしてしまった竜騎士を思って微笑ましくて笑ってしまった。
「大体は、お前だけ寝るなって相棒の竜が起こすんだよ。頭の中で直接怒られるから、すぐに起きられる。高速移動で距離は問題ではないんだけど、作戦上長時間空の上で待機することもあるから。僕も話に聞くだけでまだ落ちたところは、流石に見たことはないかな……まあ、でも落ちたとしても、きっと大丈夫だよ」
「どうしてですか……?」
雲の上を飛行する竜騎士たちがその高度から落ちても大丈夫とは、どういうことだろうとスイレンは不思議に思った。
「多分、近くを飛んでいる仲間の竜の口に咥えられるんじゃないかな……僕たち竜騎士は偵察が目的の哨戒任務でもないと、単騎では飛ばないからね」
「まあ……」
また浮かんでしまった微笑ましい光景に、ふふっと微笑んだスイレンに、ブレンダンは片目を瞑った。
「ちなみに、君の恋人も居眠りしてワーウィックの背中から良く落ちそうになってるよ。あ。ごめん。これは、僕が言ったことは、内緒にしといてね」
「おい……聞こえてる。お前、わざとだろ?」
憮然としたリカルドの声がして、スイレンはまた笑ってしまいそうになるのを必死で堪えた。




