3-2 贈り物
クラリスによる礼儀作法教室が終わり、スイレンはデュマース家の家紋がある馬車から降りたところで、聞き慣れた二つの声が言い争っているのを聞いた。
(この声……ワーウィックと、クライヴ? どうしたのかしら?)
玄関前に居るのは、二人の少年だ。その正体は、竜騎士リカルドとブレンダンと契約を結ぶ二匹の竜。彼らが人化している姿だった。
ワーウィックとクライヴは、彼らと契約を結んでいる竜騎士二人と同じように仲が良い。
人の身であるスイレンには信じられないほどの年月を共に居て付き合いが長いことから、相手との距離感を計ることにも慣れている。こうして、彼らが言い争うようなことは、とても珍しかった。
「……だから、クライヴ。やっぱり良いよ。戻ろう」
「さっき、お前だって賛成したじゃないか。なんで、そんなにスイレンに協力して貰うことを渋るんだ? 恥ずかしいなら、僕が代わりにスイレンに聞こう。プリシラだって、あの魔法の花を食べることが出来ればとても喜ぶはずだ」
「……ねえ。クライヴ。僕のことをそうやって応援してくれていることは、確かに嬉しいけど……やっぱり良いよ……他の贈り物を考えよう」
いつも快活ではきはきとした印象の彼にしては珍しくしゅんとして項垂れたワーウィックに、クライヴは腕組みをしてから、どうしたものかと困っているような視線を向けた。
「ただいま。二人とも、こんなところでどうしたんですか? それに、さっき私の名前が聞こえた気がしたんですけど」
「わあ! スイレン! 帰って来たんだね」
スイレンが彼らに近付きつつ声を掛けると、ワーウィックは驚いた様子で慌ててこちらを向いた。
彼がもし今竜の姿であったら、スイレンが近付いて来たことにすぐに気が付けただろう。だが、人化の術を使うと彼らは産まれながらにして持っている能力に制限がかかり、契約している竜騎士以外と心の声を通わせることだって出来なくなってしまう。
「……スイレン。おかえり。今日はどうだった?」
明らかに挙動不審でそわそわしているワーウィックに対して、肩を竦めたクライヴはいつも通り少年の姿だというのに大人の男性のような落ち着き振りを見せた。
(クライヴは……わざと、話を逸らした? 私に言えない、何かがあったのかしら?)
「うん。クラリス様、教え方が上手だから……」
はにかみつつそう答えれば、クライヴはワーウィックの肩を軽く叩いて言った。
「僕たちがこうしてここに居たら、スイレンは家の中に入れない。もうこの件は良いから、家に入ろう……」
「わかった」
紳士のように気取った仕草で帰って来たばかりのスイレンを先導して、クライヴは扉を開けて家の中へと歩き出した。ワーウィックも、渋々ながらも彼の言葉に従って頷いた。
彼らは自由に出入りすることを家の主であるリカルドから許されているので、玄関前であんな風に言い争う必要もなかったはずなのだが。スイレンはよくわからない二人の様子に首を傾げつつ、彼らの後に続いた。
いつものように三人で居間にあるソファに座っても、お喋りが大好きなはずのワーウィックは、黙ったままで喋らない。
(え……珍しい。ワーウィックが、喋らないなんて……)
スイレンは何か自分には予想もつかないような大変なことが起こっているのかもしれないと、こくりと喉を鳴らした。
夕食まではまだ間があるが、通いのメイドの仕事が全て終わったからと三人に声を掛けて帰って行くテレザに挨拶を返してから、スイレンは再度元気のないワーウィックに目を留めた。
「ね。ワーウィック。なんだか元気ないけど……何かありました?」
パッと顔を上げた彼の頬は、スイレンの見間違いでなければ少し赤い。彼は隣に座っているクライヴをちらっと見てから、視線で何か彼と無言のやりとりでも交わしたのか。
ワーウィックは、はあっと大きく息をついてから話し出した。
「……いや。僕が言う。クライヴは、何も言わないで。ちゃんと説明するから。あの……スイレンは竜が住むこの国の出身でもないし、竜の生態なんて研究している専門家でもないと詳しく知らないと思うんだけど……僕たち竜の、番を選ぶつま問いの季節が、近付いてて……」
「……つま問いの季節?」
「うん。僕たち竜は、そういう年に一度だけ相手に交際を申し込む季節があるんだ……大体は雄竜から雌竜に贈り物をして、彼女たちに愛を乞うんだけど……その逆も、別に掟破りって訳でもないし。最近は、増えていたりもする……だから、僕がつま問いする時に……その」
(意中の竜に、贈り物……? もしかして……)
スイレンはワーウィックの話の途中の辺りで、彼が自分に何が言いたかったかをわかってしまい、思わず口元を綻ばせた。
「私の花魔法ね……! 是非、協力させて欲しい。彼女が、喜んでくれると嬉しいんだけど」
リカルドの竜ワーウィックの恋のお手伝いが出来ると聞いて、顔を紅潮させて微笑んだスイレンに彼は照れつつ頷いた。
「う……うん。スイレンが、そう言ってくれて……嬉しいよ。スイレンの魔力……君の魔法の花って、僕たちにとってみたら、甘くて美味しいお菓子と一緒なんだ。絶対に、これは失敗したくなかったから。プリシラへの贈り物は、そうするべきだと思っていたんだけど……」
「……だけど? 何か他に問題があるの? ワーウィック、悩んでるみたいだけど」
スイレンの疑問にワーウィックは隣のクライヴをもう一度見たが、クライヴは肩を竦めるだけだ。ワーウィックはもう一度息をつくと、理由を話し始めた。
「なんだか、スイレンの魔法を利用して……ズルしているように思えるんだ。プリシラを好きという気持ちは、誰にも負けないつもりだけど……僕たち竜には、必ず喜ぶとわかっている魔法の花をあげて……それには、抵抗があるんだ。だって、それは僕の力だけじゃなくなるだろう?」
「……スイレンの花魔法だって、単なる贈り物の選択肢のひとつには変わらないだろ。お前はそれを知っているってだけで。人のあまり知られていないお店で、贈り物を買っただけだ。それだって、ワーウィックが選んだものじゃないか。何も変わらないと思うけど」
これまで黙っていたクライヴは眉を寄せて、ワーウィックの妙な理屈に言葉を返した。
(ワーウィック。いつもはしっかりしてて、リカルド様を叱るくらいなのに、自分の恋だとそのことばかりが気になってる。周囲の目線が見えなくなってしまうものね。私だって、リカルド様の待って欲しいという言葉を信じられなくて……一度は、家を出てしまったもの)
プリシラへの恋を絶対に失敗したくないと悩むあまりに妙なことに拘っているワーウィックが、そう結論付けてしまった気持ちが自分も理解出来てしまうスイレンは、微笑んで提案することにした。
「そうね。では、もうひとつ何か……プリシラさんの喜んでくれる贈り物を考えましょう。そうしたら、私の花魔法のせいばかりという訳ではないわ。そうよ。ワーウィックが、何か彼女のために手作りをしたら?」
「それは、良い考えだ。スイレン。確かにつま問いの番候補への贈り物は、別にひとつと決められている訳でもない。ワーウィック。そうしよう」
スイレンとクライヴに説得するように言われて、ようやくそういった方法があると思い至ったのかワーウィックはほっとした様子で何度か頷いた。
「……うん。二人とも、ごめん。わかった。ありがとう」
「何にしようかしら。贈り物を選ぶのって、なんだか楽しいですね」
スイレンはリカルドに攫われるようにしてヴェリエフェンディに連れて来て貰うまで、誰か特に親しい人が居る訳でもなかった。だから、そういったとっておきの品物を見つけて、贈り合うような楽しみもまだ経験したことがなかった。
(ワーウィック。たまに凄く厳しいことだって、リカルド様には言っているのに。恥ずかしがって、照れてて可愛い。私も、何か。誰かにあげたいな……)
スイレンは今ではブレンダンと彼の父親に紹介して貰った仕事にも慣れていて、自分自身で稼いだお金も手にしている。何か理由があっても良いし、なくても良い。リカルドやワーウィック、大事な人たちへの贈り物を探すのも悪くはなさそうだ。
「スイレン。お願い。この事はリカルドたちには、内緒にしといて欲しいんだ」
「え? それは、もちろん良いけど。でも……どうして? リカルド様だって、このことを知れば、きっと協力してくれるはずよ」
きょとんとして尋ねたスイレンに、ワーウィックは口を尖らせてから息をついた。
「スイレンは……リカルドに、夢を見過ぎなんだよ。あいつ。英雄と呼ばれようが、爵位を持つ竜騎士だろうが、中身は年頃の普通の男なんだから……頭の中は、それなりに」
「おい。ワーウィック。それはスイレンは、別に知らなくても良い事だ。じゃあ、よろしく。スイレン。女性側からの意見が聞けると、参考になる。協力してくれて、嬉しいよ」
クライヴはワーウィックを嗜めるようにしてそう言ってから、スイレンに向かって微笑んだ。
「はい。お役に立てて、嬉しいです。そうしたら、プリシラさんが喜んでくれる素敵な贈り物を、これから一緒に考えましょう」




