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8 青竜(Side Ricardo)

 自分勝手な理由から重要機密を敵国へ漏洩していたジャック・ロイドに下された判決は、妥当なものではあった。


 仕事上知り得た機密情報を持ち出し、敵国へと伝え、英雄と呼ばれている人物の身を売った。


 むしろ、公開処刑とならなかったのが、不思議な程かもしれない。


 彼が近衛騎士として仕えていた世継ぎの王女の減刑の嘆願があったとも聞くが、もうリカルドにとってはどうでも良いことだった。


 城の塔にある一室で、一生幽閉されることになるのだ。もう二度と、会う事もあるまい。


「ねえ。お兄様。帰ってきたら、私達の結婚についてもちゃんと考えてね」


 抜け目のない妹は、ガヴェアへ二人が出立するのを見送りに来ていた。すっかり健康になっているクラリスは、恋仲の侍従アダムとの結婚を望んでいた。


 自分達の結婚式を終えたら、ちゃっかりした妹についても考えねばならないだろう。


 ただ一人の肉親であるクラリスが、それなりの身分を持つ貴族子息と結婚すれば、リカルドは当主の座を譲り平民となり、ただの竜騎士としてその後生きていく道もあった。


 人生は、ままならないものだ。


「わかっているよ。留守は頼んだ」


 リカルドと同じ燃えるような赤髪を揺らし、クラリスは頷いた。


 デュマース家の領地経営をほぼ任せっきりにしている負い目もあって、リカルドは優秀な妹のクラリスには弱かった。


 スイレンも妹から貴族としての淑女の作法を教育されているし、持つべきは頼りになる妹だ。イジェマと婚約している時は、「早く婚約解消しろ」と何度もせっつかれたものだった。


 大人しく辛抱強いスイレンはクラリスとも性格も合って気に入っている様子で、本当に良かったなとリカルドは思う。


「お土産も、よろしくね。買って来て欲しいものは、この紙に書いてあるから」


 荷物が多くなりそうだなと思いながら、ため息をつきながらリカルドはお土産のリストが掛かれた紙を受け取った。


 案の定、店の名前までも指定された品物ばかりで、訪ねて歩くのも面倒そうだ。


(この前まで、ベッドの中から出られなかったはずなのに……どこで、こんな情報を手に入れているんだか)


 優秀過ぎる妹の微笑みに、リカルドは大きく息をついた。


「これは、多過ぎないか。それに、俺達は観光目的で行くんじゃない。スイレンの国籍の書類を、取りに行くだけで……」


 兄の言葉を遮るようにして、クラリスはにっこりと微笑み言った。


「あら。お兄さま。私にそんなことを言って、良いの?」


 妹には頼りきりなリカルドはもう一度大きく息をつくと、渡された紙を上着の隠しポケットへと入れた。


「……わかった。店が休みだったり売り切れだった場合は、文句言うなよ」


 クラリスは素直に従った兄の言葉に満足して頷き、そして忠告をするように呟いた。


「せめて……スイレンとの婚約は、急いだ方が良いでしょうね。あのイジェマとの婚約が解消されたのを知ったら、王女は絶対に黙っていないわよ」


 貴族としての交流を任せきりにしている妹からの有難い忠告に、リカルドは頷いた。


 リカルドが竜騎士としての職務に付いている間、デュマース家のために貴族として情報収集してくれているのはクラリスだ。


 クラリスがそう言うのなら、余り猶予は残されていないと言うことだろう。


「わかっているよ。なんで、俺なんだろうな。俺は王になる器でもないし……元婚約者にも、泥臭い口下手だと嫌われるような男だぞ」


 リカルドが憮然として言った言葉に、クラリスは笑いながら答えた。


「イジェマが、相当変わり者だったって事でしょ。英雄であり竜騎士のお兄さまと結婚したい女性なら、この国に五万と居るわ。それに、私はあのスイレンを選んだお兄さまの目は確かだと思うけどね」


 肩を竦めたクラリスに、リカルドは破顔した。


「……俺はスイレンじゃないと、結婚しない。王命が出たとしても、スイレンとこの国を出ていく。未練はない」


「あら。あんなにまで、なりたかった竜騎士の身分も捨てて? でも……その方が、お兄さまらしいと思うわ」


 そう言ったクラリスの視線の先には、竜化して出立する準備ばっちりなワーウィックの顔を撫でていたスイレンだ。


 この季節は寒いからと色々と着せたから、動きにくそうにしているのがまた可愛く思えた。


「お兄さまが、ガヴェアに捕まっていると聞いた時も、不思議と全然怖くなかったの。今までだって、どんな窮地もひっくり返してきたから。きっと、今回もそうなるだろうって、信じていたわ。まさか……囚われた敵国から、未来のお嫁さんを連れて帰るなんて……夢にも思わなかったけどね?」



◇◆◇



 スイレンの書類を彼女の生まれた国であるガヴェアに取りに行った帰り、ふと思いついて南国へと進路を取った。


 思いの外、ガヴェア辺境の役所での手続きが早くに済んで、リカルドの休みが余ったからだ。


 ガヴェアは戦争が終わったとはいえ、ヴェリエフェンディとはお世辞にも仲がよろしくない。そんな国で長居するのは、賢い選択とは思えなかった。


 そして、リカルドは檻の中に居た時に、スイレンが見せてくれた派手な花の花畑を見せたら彼女が喜ぶんじゃないかと思った。


 声を上げて喜ぶスイレンを想像すると、リカルドは柄にもなく、顔がにやけるのを止められなかった。


「リカルド様。これから、どこに行くんですか?」


 振り向きつつ、首を傾げるスイレンは可愛い。


 容色だけを見れば、確かに元婚約者であるイジェマの方を美しいという人も居るかもしれない。


 だが、リカルドの目にはスイレンが世界で一番可愛く映るのだ。個人の好みの問題だから、それは仕方がない事だろう。


「内緒だよ。着いたらきっと……スイレンも、喜んでくれると思う」


 リカルドの意味ありげな言葉を聞いて、やはりスイレンはもう一度首を傾げたが、到着するまで言うつもりがないというのは伝わったらしく、大人しく前を向いた。


 ワーウィックの高速飛行は自らが自慢する程だから、竜騎士団の竜の中で一番速度が速い。遠く離れた南国だとは言え、時間を掛けずに着くだろう。


 高速移動が終わって、一気に周りの空気が暖かくなった。


 スイレンが着ていた冬用の上着を脱がせるのを手伝い、リカルドも分厚いマントを鞍に引っ掛けた。


 眼下に広がる南国の海は、透き通るような青だ。今まで見たこともない美しさにスイレンは喜び、そんな彼女の様子にワーウィックは機嫌の良さそうな鳴き声を上げた。


(あの花畑は……どこで見たんだったかな。本島の近くだったような気がする……)


 リカルドは、何年か前の記憶を思い出していた。思考の邪魔をするのは、相棒であるワーウィックの声だ。


(高速移動して、お腹すいた! ねえ。リカルド。スイレンに、お花を出してって言って!)


 呆れたことを言い出すワーウィックの望み通り、スイレンにそれを伝えると、彼女もこの南国に来てすっかり気分が上がってしまっているのか、たくさんの魔法の花を出した。


 ワーウィックはそれを見て喜び、キュルキュルと機嫌の良い鳴き声を出しながら食べ始めた。


 ぬるい南国の風に吹かれて、大きな口から逃れた花々が海に向かって落ちていく。


 青に飲まれていく鮮やかな色彩を見て、本当に綺麗だなとリカルドは思った。


 スイレンは花魔法しか満足に使えないと、自分を卑下することもある。


 だが、こうして人の心を和ませ、ワーウィックたちのような竜の心を掴むことも出来る。


(なんて、素晴らしい魔法なんだ……)


(……リカルド……)


 リカルドはワーウィックは喜んで魔法の花にむしゃぶりついてると、思い込んでいた。珍しく神妙な心の声聞き、不思議に思う。


(どうした? 流石に、食べ過ぎたか?)


 先ほどの尋常じゃない花の量は、食べ切れなかったかと苦笑いした。


 リカルドの揶揄うような声に、ワーウィックは苛立ったようにして言葉を返す。


(違うよ! リカルドも、下を見て……来るよ)


 リカルドは真意が良くわからないワーウィックの言葉を聞き、眉を寄せながら下を見た。


 美しい海の色そのままを映したような青竜が、飛行してこちらへ向かって上昇してくる。それも、イクエイアス程の大きさがあるから、この世界にも何匹もいないという上位竜の一匹だ。


 姿を見た驚きに声を出すことも忘れたリカルドとスイレンに、その青竜は問うた。


(この魔法の花を落としたのは、お前達か?)


 厳しい響きの声は、竜との契約を交わしていないスイレンにも聞こえたのだろう。もしかしたら上位竜の怒りを買ってしまったのかもしれないと、震えた声を出し彼女は答えた。


「あの、私です。私の花魔法です。ワーウィックとリカルド様は、何の関係もありません!」


(一人で、怒りを被るつもりなのか)


 リカルドがスイレンの身を案じ慌てた時に、青竜はふんと鼻息を鳴らして言った。


(この甘い花、気に入った。何か望みを叶えてやるから、もっと出してくれ)


 少し照れくさそうにも聞こえる言葉を聞き、スイレンはリカルドを振り返って驚いた顔を見せると、それから花咲くような笑顔になった。





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最後まで、お読み頂きましてありがとうございました。

もし良かったら、評価お願いいたします。


また、別の作品でお会い出来たら嬉しいです。


待鳥

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