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7 寝顔(Side Ricardo)

(とにかく、時間を稼ぐんだ、リカルド。この場所を抜ければ、僕もそれなりに動くことが出来る。お願いだから……短気は起こさないで。お願いだ)


 ワーウィックは翼膜にリカルドの得物の長槍を突き立てられながらも、敵の魔法によって昏倒するまでずっと相棒の身を案じていた。


一度リカルドがその身をもって。自分の命乞いをしたことを気にしている事は知っていた。


(嫌だ。どうしても……このまま死ねない)


 身体中、血塗れになって吊るされている今もリカルドの頭の中に思い浮かぶのは、スイレンがはにかんだあの笑顔だけだ。


 魔の山は最強の名をほしいままにしているヴェリエフェンディの竜騎士団にとって、鬼門とも言える場所だった。


 イクエイアスの守護が対になる存在のエグセナガルとの盟約によって、干渉出来ないのだ。


 その場所に赴く理由となった魔物退治自体は、簡単な任務だった。気張って出撃してきたのに拍子抜けだったとも言える。


 近道の魔の山の麓を通ったのは当初の計画通りではあったが、まさかリカルドとワーウィックがそこで狙い撃ちに遭うとは思ってもみなかった。


(ガヴェアの魔法使い達が、何故ここに居るんだ?)


 リカルドは、偶然にしては出来過ぎた事態におかしいとは感じていた。


 黒いフードを被った魔法使い達は酒を飲み交わしながら、リカルドが鞭に打たれるのを見物していた。二度目に捕らえられた隣国の英雄とやらを、嘲笑っていた。


(絶対に。ワーウィックと共に、生きて帰る)


 ここでは頼みの仲間である竜騎士達の助けも、期待は出来ない。


 竜の加護を失って丸裸になればいかな威力の低い近距離の攻撃魔法であっても、直接当たってしまえば大怪我は避けられないからだ。


 逆に言うと魔の山を抜けてさえしまえば、いくらでも機会はある。


(生きてさえいれば、帰る機会はいくらでもある)


 リカルドは良くない考えに流されそうな自分に、必死で言い聞かせていた。


 身体中にスッとした冷たい感覚が走り空気が変わったと感じたのは、木の枝に吊るされてかなりの時間経った頃だ。


 リカルドは不思議なほどにそれまでに自分では感じていなかった圧が、あっという間になくなっていくのを感じた。


「……おい! 竜騎士が降りてくるぞ! 迎撃態勢に入れ!」


 周囲の慌てた声に、リカルドはつられて上空を見た。


 各属性が放つ目映い輝きだ。色とりどりの流星が落ちてくるように、竜騎士達が降下してくる。さっき感じた感覚は、エグゼナガルがその不可侵の結界を解いたのだとそれでわかった。


 イクエイアスの眷属である竜騎士の竜達は、魔の山では本来加護も失ってしまい何の力も出せない。


 さっき簡単に昏倒させられたワーウィックのように、何も出来ない赤子の手を捻るようなものだ。倒すことは、容易だろう。


 彼らの襲来の速さは、上空でこの機会をじっと待っていたのだ。


 エグゼナガルは気難しい竜だと聞いているが、何かと自分とワーウィックに甘い守護竜イクエイアスが何とかしてくれたのかもしれない。


 救出に来た仲間の竜騎士にロープを切ってもらい、木にもたれかかり息をつくと、周囲を見た。まさかここに竜騎士がやってくるとは欠片も思っていなかったガヴェアの魔法使い達は、面白いくらいに簡単に倒されていく。


 魔法使いは、戦闘においては遠距離からの援護が普通だ。近接の戦闘で、戦闘特化の竜騎士に敵うはずがない。


 とんと不意に胸に飛び込んできた柔らかな感覚に、リカルドは慌てた。幻のように現れたスイレンの栗色の髪が揺れ、彼女の花のような匂いが鼻をくすぐる。


「……スイレン? なんでここに?」


 信じられない思いで見れば、王都の自分の家で帰りを待っていてくれているはずのスイレンだった。


 頬にある涙が光り、リカルドの顔を見上げて嗚咽を漏らす。


 彼女が何か言いかけたところで、リカルドは反射的にロープを切ってくれた仲間が残していったナイフで迫ってきた刃を止めた。


 そこにいたのは、近衛騎士のジャック・ロイドだ。


 彼の姿があることには驚いたものの、一気に全ての謎が解けた。何故ガヴェアの魔法使いがここに居て、自分とワーウィックを狙い撃ちにしたのか。


 何個かの謎が、一本の線で繋がったのだ。


「……ロイド。お前だったか」


 ワーウィックが自分の竜騎士を選ぶ時に、最後の二人となったのだ。リカルドも、その事は覚えていた。


 選ばれなかった失意の中近衛騎士に転向したとは聞いていたが、まさか選ばれた側であるリカルドに恨みを残しているとは露ほども思わなかった。


 ワーウィックとクライヴはその年の選考試験の中でも目玉と呼ばれる程、力を持った二匹だった。


 クライヴは同期のブレンダンを、最初から気に入っているようだったが、ワーウィックは最後まで力を見たいと騎士達を試したのだ。


 ワーウィックの契約を勝ち取った嬉しさを、リカルドは今でも覚えている。だが、その時に敗者となったロイドの様子はどうだっただろうか。もう、覚えてもいなかった。


 訓練主体の近衛騎士を倒すことなど、実戦経験をいくつも積んだリカルドには簡単なことだった。


 竜騎士が実際の戦闘に使用する得物は長槍だが、短いナイフも使えないこともない。


 ジャックが倒れ、自分の背中にスイレンが抱きついて来た。


 彼女の服が自分の血で汚れてしまわないか、場違いなことを心配したリカルドは、手を回して傷のついていない胸に抱き寄せた。



◇◆◇



「リカルドの恋人が、クライヴとエグゼナガルの元に向かって結界を解いてもらうように交渉したんだって。愛されてて……羨ましい」


 同期で竜騎士の同僚ゴトフリーが、クライヴに鞍を取り付けながら耳打ちをしてきた。


 彼の言葉を聞いて、リカルドは驚き目を剥いた。何故ここにスイレンがいるのかと気になってはいたが、とにかくこの場の後始末を急いでいたから、まだ本人に理由を聞けていなかったからだ。


「良いよなー、俺も早く恋人欲しいわ。あの子の友達、紹介しろよ?」


 竜騎士は結婚するには良いとされているが、その実出会いの場はあまりなかった。


 ここのところ、隣国と戦争をしていたこともあり長丁場になる戦闘も多く、帰還したらもう彼女には他の男が居たという話も良く聞いた。


 女運の悪さで有名なゴトフリーは、頼むから女の子を紹介してくれとうるさい。


 それに生返事を返しながら思うのは、すぐ傍で自分達の作業を見ているスイレンのことだ。


 どんな経緯で彼女がエグゼナガルと交渉することになったのかはわからないが、敵国へと捕らえられた自分とワーウィックを救う最短の道はそれだったのだろう。


 檻の中に居たリカルドに話しかけたり、彼女が時に突拍子のないことをすることは理解をしていた。


 まさか、あのエグゼナガルの元に単身向かい、リカルドとワーウィックを助けるための交渉をするなんて夢にも思っていなかった。あの儚げな容姿に、スイレンは強い意志を秘めている。


 それに、いつもリカルドは驚かされるのだ。


 王都へと急ぎ帰り、自分の背中の怪我には王家専用であるはずの治療の魔法の使い手が癒してくれた。


 ついでに殴られた顔も治療してくれたが、驚くほどの速さだった。


 治療の魔法は適性がないと使えないそうだが、こんなに優秀だと引く手数多だろうなと思う。


 出来れば傷の絶えない戦闘にも付いてきて欲しいとは思うが、それをしないということは何か事情があるのだろうか。


「……スイレン? スイレン」


 家に帰り部屋に入ったままの彼女を心配したリカルドは、そっと扉を開いた。


 栗色の髪を広げて、ベッドの上に横たわっている。どうやら、着替えだけを終わらせて、あまりの疲労にそのまま寝てしまったらしい。


 寝息を立てている可愛らしいその寝顔は、リカルドが世界で一番守りたいと思えるものだ。


 横になりその体を起こさないようにして、そっと慎重に抱きしめる。


 小さな柔らかいスイレンに、自分とワーウィックは救われた。


 帰り道あの恐ろしい黒竜とどんな話をしたのか聞いたら、エグゼナガルもスイレンの花を食べたらしい。


 竜特化の攻撃魔法は存在はするが、花魔法で懐柔出来ることは出来るだけ伏せておいた方が良いかもしれない。


 形の良い額にキスをして、流石にリカルドも疲労を感じて目を閉じた。


 眠りに入るその瞬間、思うのは君のことだけ。



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