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6 二人きり(Side Ricardo)

「リカルド? リカルド! しっかりしてよ! 気持ちはわかるけど、固まっている場合じゃないよ。女の子一人でなんて……危険だよ。早く追いかけないと……」


 すぐ後ろに居たワーウィックの焦った声に、リカルドは我に返った。


 手にあるのは家を出て行ったスイレンが、残した手紙だ。


 彼女らしい可愛い筆跡で色々と書いてはいるのだが、とにかく探さないで欲しいという言葉だけがリカルドの頭をぐるぐると回った。


(何でだ。一緒に暮らそうと言ったら、あんなに……喜んでくれていたのに……)


 まさかの突然の事態に、混乱している頭では、まともに物が考えられない。


 リカルドは手紙を置くと、よろよろとした足取りで彼女の部屋にあるベッドに腰掛けた。リカルドが未来の伴侶となるスイレンのためにと買い揃えたものは、そのほとんどが残されていた。あの子は家から、ほぼ身ひとつで出て行った。


(何故だ……好意も感じていたし、上手くいっていると思っていた。だから……俺は)


 いつも騒がしいワーウィックも、スイレンが出て行ったことを知ってリカルドの受けた強い衝撃を察してはいるのか。大人しく隣に座って、何も言わなかった。


(……自分に出来ることは、全部して来たつもりだった。隣国から連れ去ることになった彼女の暮らしやすい環境を整え、婚約者だったイジェマとの婚約解消を急ぎ、外で仕事がしたいというのも心配ではあったが許容した。竜騎士としての仕事と領地を抱える貴族としての仕事の合間に時間を作り一緒に出掛けたり、一人で取る食事が味気ないことを知っているからなるべく夕食時だけは一緒にいられるように自分なりに調整したりもした)


 ひとつひとつリカルドは、彼女とのことを思い出しても、一体何が悪かったのか。理解出来なかった。


 そして、告白もまだだと言うのに気が早いが、貴賎結婚になるために平民の奥さんを持つ竜騎士の先輩に教えを乞うたりもした。


(もう、すべてが無駄になったが)


 リカルドは呆然として、言葉もなくした。


 スイレンはリカルドと居ることを、喜んでくれていると思い込んでいた。檻の中に居る敵国の人間に、勇気を出して話し掛けるくらいなのだ。


(あんなに可愛い事をされれば、自分のことを気に入ってくれてたんじゃないかと、勘違いしてもおかしくはないじゃないか。あの可愛らしい笑顔ではにかむような表情を浮かべられれば……誤解しない男などいないんじゃないか。今日、告白すればすべてが上手くいくとそう思っていた)


 リカルドには手紙を読むまで、スイレンが絶対に受け入れてくれるという妙な自信があった。一緒に暮らしている家を出て行く程にまで、嫌われているなんて、かけらほども気が付かない程に。


(あの子は……スイレンは、何処に行ったんだろう。ブレンダンに紹介された仕事で、それなりに稼いでいたことは知っていた。もちろん、スイレンが頑張った対価なのだ、それをどうこう思ったりはしなかった。もしかしたら、今日出て行くためにお金を貯めていたということか……?)


 生活にかかるお金を今まで苦労していた彼女に二度と悩ませたりしたくなかったリカルドは、潤沢過ぎるほどの金銭を家に置いて居た。いつでも、スイレンが欲しい物を買えるように。


 彼女は困ったように笑って、それに手を付けることはなかったが。


(待て……もし悪い奴らに攫われたら?)


 スイレンは花魔法しか、満足に使えないと言っていた。自分の身を守ることも出来ないのだ。


 リカルドはそこまで思い至って、ようやく立ち上がった。隣に座っていたワーウィックは複雑そうな表情でそれを見上げ、眉を寄せた。


「……リカルド。スイレンの決断が、すべて君のせいだとは言わないよ。でも君は彼女の前で……言葉足らずだったと思う。すぐに愛を告げることは出来ないとしても、自分の今の状況や事情を説明するとか。不安にさせないように、何かやりようがあったんじゃない? 不安になっても仕方ないと思うよ。とにかくスイレンを探そう。彼女の足ならまだ遠くに行っていないはずだ」


「……ワーウィック、竜化しろ。一度、城へ向かう」


「は? 何言ってんの、とにかく、スイレンを探そうよ。ヴェリエフェンディはそれなりに治安が良いとは言っても、何も知らない女の子が一人で何の庇護もなく居て、全く危険がないような街でもない。ここを、出て行くにしても……」


 それなりに準備をしてから、と言いかけたワーウィックはこくんと息をのんだ。隣に居る相棒の茶色い目が、戦闘前によく見るような本気の光を孕んでいたからだ。


「俺達が一騎で探したところで、たかが知れているだろう。今日非番の竜騎士に捜索を頼むんだ。今なら、鍛錬の終わりに捕まえられる可能性が高い。頭を下げて、空から探してもらう」


「……街を低空飛行することは、僕たちは禁止されているよ。君が罰せられることに、なるかも」


 いくらこの国で英雄視されているリカルドでも、他の竜騎士を巻き込んでの規則違反はお目こぼしが難しいだろう。


「それで……スイレンが見つけられると言うのなら。本望だ。行くぞ」


 ワーウィックは決意を込めた言葉に、何も言わずに頷いた。リカルドは、何を犠牲にしたとしても、スイレンを探すことに決めたのだ。



◇◆◇



「そうか。なら結婚するのはもうすこし先になるな……一年後か、早く君を俺のものにしたい」


 リカルドは、スイレンを抱き寄せながらそう呟いた。


 彼女のためなら待つことも別に苦ではないが、結婚出来るまでに面倒な横槍が入ってくることは容易に想像がついた。


 とにかく、スイレンとの婚約を急がねばならない。


(どこから、どう根回しをすれば良いんだろう。また、クラリスと相談をして、ある程度の足場を固めなくては……)


 リカルドの言葉を聞いたスイレンは、戸惑っているように自分と結婚出来るのか、と聞いた。


 むしろリカルドはスイレン以外と結婚なんか、したくない。彼女と出来ないのなら、クラリスの血筋を養子にでも貰えば良いとまで考えていた。


 貴族である身分が、彼女の恋を邪魔するのなら捨てることも別に構わなかった。


 幼い頃からの努力で勝ち取った竜騎士であることは確かにリカルドの揺るぎない誇りだが、貴族の身分は偶然デュマースの家に生まれたというだけだ。それ以外に、何の意味もない。


 初めて触れた彼女の体は甘くて柔らかくて。そして、綺麗だった。


 疲れて寝入ってしまったスイレンの顔を見つめて、今日すぐに見つけられて心底良かったとリカルドは大きく息をついた。


 スイレンがずっと屋内に居たなら、竜で上空から探したところで見つからないからだ。


 明日から同僚達に相当揶揄われるだろうが、別に構わなかった。なりふりなんて構っていられない。これを失ってしまえば、もう生きていけないとまで思いつめているものを前にして、ちっぽけなプライドなど何の腹の足しにもならないからだ。


 これでやっと両思いになり、恋人同士になれた。


 それをただの幸運だと片付けてしまうには、何か違う気がした。あの檻の中死を覚悟して絶望していたリカルドに舞い降りた天使がこうして自分の腕の中に居るなんて、誰も想像しなかったに違いない。


 もちろん、リカルド自身だってそうだ。


 柔らかな栗色の髪に、指を絡める。


(ずっと、こうしたかった)


 隣の部屋に彼女が居ると思うと、その事実だけで悶々として眠れない夜もあった。


 だが、けじめだけはつけねばならないと、それだけを思って我慢していたのだ。


 スイレンを婚約者の居る貴族の自分に弄ばれた平民の女の子という立場には、絶対したくはなかった。


 だから、自分の想いを告げる時は必ず婚約解消してからと思っていた。


 それが今叶い、本当に嬉しかった。


 すうすうと、規則正しい可愛らしい寝息が聞こえる。それを聞きながら、スイレンを後ろから抱きしめてリカルドは目を閉じた。


 スイレンの花のような匂いはきっと花魔法を使えることにも関係あるのだと思うが、近くで嗅ぐと陶酔してしまいそうな程に良い匂いだった。


 花の香りで、肺をいっぱいにしながら幸せな気持ちだった。


(明日起きたら、何て言おうか。これから一緒に何をしようか。スイレンは、俺に何をして欲しいと思うのだろうか。これからは……素直に彼女に聞こう)


 リカルドは、そう心に決めた。


 言葉足らずとワーウィックに言われたのが、思ったよりも堪えたからだ。


 確かにリカルドには、言葉が足りない。ブレンダンのように、自分の気持ちを素直に伝えられるなら、今回のように彼女を不安にして、思いつめさせるような結果にはならなかったのではないか。


 いつも心の中で騒がしいワーウィックは、一応気を使っているようだった。今は心を閉ざしているのか、心の繋がりが全く感じられない。


 竜騎士になって後悔したことはないが、ワーウィックとの掛け合いをたまに面倒になることもある。


 しんとした静かな黒い夜の中、世界にスイレンと二人きりなような気もして、それも悪くないなとリカルドは思った。



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