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3 理由(Side Ricardo)

(……俺。くさくないかな……)


 ワーウィックに乗り、連れ去ったスイレンを腕に抱きながら、リカルドはその事が気になって仕方なかった。なんせ捕らえられてからというもの、二週間近くも風呂に入ってないのだ。


 時折、スイレンが浄化の魔法を与えてくれてので、いくらかすっきりはしていたが、自分の匂いは自分ではわからない。


 五感が鋭いワーウィックに、さっき(俺、くさくない?)と聞いたら(は? バカじゃないの)と、リカルドにとってみれば切実な気持ちを一蹴された。


 間近に居るスイレンからは、花のような良い匂いがするから余計だった。


 異性とこんなにまで近付いたのは、婚約者のイジェマの社交界デビューの時にどうしてもリカルドのエスコートが必要だったので、その時にダンスして以来の事だった。


 もっとも、リカルド側の持つ、好意の度合いが天と地ほどの隔たりがあった。イジェマには嫌われても気にせずに流せてしまえるだろうが、スイレンには絶対に嫌われたくはなかった。


 どうしても気になってワーウィックに自分の匂いのことを何度も聞けば、呆れて心を閉ざしてしまったのか、全く返事しなくなった。


(何か言え……お前だけが頼りなのに)


 お喋りな性格の癖に、こういった必要な時に黙り込むとは。いつもお喋りに付き合わされているリカルドは、納得がいかないと思った。


 途中、ブレンダンが何か言ってきたような気がするが、前に座ったスイレンのことが気になるあまり良く覚えていない。


 背後から抱き竦める形になっているのは、竜に騎乗する姿勢ゆえ仕方ない。完全に不可抗力だが、そのやわらかな感触と良い匂いがたまらなかった。


 今まで鉄格子に阻まれて、触れることすら叶わなかった。高まっていく気持ちは、察して欲しい。


 高速飛行を終え竜舎にまで辿り着くと、とにかくリカルドは自分の家に帰って風呂に入ることだけを考えていた。


 上司である団長が呼び止めてきたような気もするが、そんな場合ではない。無視だ。


(早く、この体を洗いたい……)


 リカルドはとにかく、恋をしたスイレンの前で清潔で居たかった。不潔だからと嫌がられてしまえば、好きになって貰うような努力すらさせて貰えない。好みにうるさいイジェマのような女の子ばかりではないとは理解はしていたが、リカルドは万が一にも嫌われたくはなかった。


 初めて竜に乗っての飛行で腰が抜けてしまったのか、自分では立てなくなって横抱きにして移動したスイレンをソファに座らせ、一目散に風呂へと向かった。


(……うわ。こんな顔で、彼女の前に出ていたのか)


 久しぶりに鏡を見れば、無精髭は伸び放題だ。今までの経緯を考えれば仕方のないことだが、髪の毛もべったりとしている。


 救いはスイレンが時折与えてくれた浄化の魔法が良い仕事をしていたのか、目立つ汚れはないことだろうか。


 汚れ切った黒い竜騎士服を脱ぎ捨てて、急ぎ温かい湯を浴びる。


 久々の風呂は爽快だが、何の説明もしないままスイレンを待たせている。大事な存在を、不安な気持ちのままで待たせていたくはなかった。


 リカルドは、必要最低限のことだけをして浴室を出た。


 状況説明を終えて、一緒に暮らそうと言えば、嬉しそうにはにかんで了承くれてそれだけでも天にも昇る気持ちだった。


(きっと彼女も同じ気持ちだとは思うが……今は婚約者が居る。とにかく急いでイジェマとの婚約解消を進めなければ。スイレンに、不誠実な男だと思われてしまうかもしれない)


 初めての恋をした、可愛い女の子。スイレンに嫌われてしまうことを、リカルドはひどく恐れていた。



◇◆◇



 その日の夜。近所に家のあるブレンダンが団長から預かったと言って、明日予定されている凱旋式の書類を持って来た。


 自分が拷問を受けて満身創痍だったとしたらどうするつもりだったのかと聞けば、檻の中に入れられて広場で見世物になっていたのは、こちらでも周知の事実だったらしい。


(なるほど。あの短時間での無茶な救出劇も、そう言われてしまえば納得出来るな)


 ざっと書類に目を通していけば、祝福のキス(婚約者か王女)と書かれていて、リカルドはうんざりした。


 この国の世継ぎの王女は、何故か英雄視されているリカルドを殊の外気に入っていた。婚約者のイジェマという防波堤がなければ、無理矢理結婚させられていたかもしれないからだ。


 お互いに嫌だが、ここはイジェマになんとか頼むしかないだろう。後で高価な何かを買わされるかもしれないが、仕方ない。


(仕事だと思って、割り切って貰おう)


 世継ぎの王女に好かれているという事実は、彼女に好感を持てないリカルド本人からすれば、ただの災いでしかなかった。絶世の美女と呼ばれ何の問題も見つからないパーマー家令嬢イジェマがいなければ、無理矢理にでも迫って来そうな勢いだった


「あの女の子は、この家に居るの? ここに住むの?」


 スイレンを気にしている様子のブレンダンは騎士学校で同期で、とにかく女の子にモテる。商人の息子で口も上手いし、手も早い。


 いわゆる女の子が好きそうな、爽やかで甘い顔を持ち整った容姿をしている。危険人物だ。リカルドは、出来るだけスイレンにはブレンダンを近付けたくはなかった。


 いくつかの質問に生返事しながら、書類に目を通していくと、扉の方から控えめなノックの音がした。リカルドが止める隙もなく、近くに居たブレンダンが扉を開く。


 ブレンダンが急に上機嫌になって、自己紹介をしていた。なんだか嫌な予感がして、止めに入れば、可愛い寝巻きを身に付けたスイレンがおやすみの挨拶をしにきていた。


(今までも、あんなに可愛かったのに。もっと可愛くなっている)


 彼女を見た衝撃に、リカルドは頭の中が沸騰しそうになった。


 そうとは見えなかったが、今までの汚れを取り去ってしまったスイレンの白い肌は輝く真珠のようで、その栗色の髪は艶々していた。


(可愛過ぎて、目の暴力だ)


 とにかくブレンダンの目から隠そうと悪あがきをして、リカルドは二人の間に無理矢理体を滑り込ませた。


 何も知らないブレンダンがスイレンを城での凱旋式へと誘い、祝福のキスの文字を思い出したリカルドは大きな声でそれに否定の言葉を言ってしまった。


 スイレンは、大きな声にびっくりしたのか目を見開いた。言い過ぎたと思ったが、もう遅い。とにかく凱旋式には来てはいけないとだけ言い聞かせ、リカルドの言葉に大人しく頷いたスイレンは自室へと帰ってしまった。


 仕事の書類を持って来たブレンダンがいなければ、あのスイレンと少し話でもしたかったのにと思うと仏頂面になってしまった。


「おいおい。あんな言い方ないだろ。スイレンちゃん、びっくりしてたじゃないか」


 そう不満げに言っているブレンダンの言葉は、もう無視をした。


(スイレンは隣の部屋で、今はもうベッドに潜り込んでいるだろうか)


 寒さに凍えさせたり食べ物に困ったりは、絶対にさせない。これからあの子が快適に暮らせる場所を与えてあげたかった。


 そうしたら、自ら望んでリカルドの傍で笑って居てくれるかもしれない。


 あの可愛らしい笑顔を、もう二度と曇らせたくなかった。



◇◆◇



「婚約解消したいんだけど」


「賛成するわ。すぐに手続きしましょう」


 久しぶりに会うなり言い難そうに切り出したリカルドに向けて、人前に出る用の華やかなドレスを身につけたイジェマは、間髪を入れずに頷いた。


 それを望んだのはリカルドだが、イジェマの前ではどうにも複雑な気分になってしまう。


 リカルドはイジェマのことは、別に嫌いじゃない。彼女の外見は、素直に美しいと思う。ただ向こうがリカルドのことを、嫌いなだけだ。


 都会的で洗練されたものが好きなイジェマは、鍛え上げた体も竜騎士という職業についたことも。無骨で女の子に対して、気の利いたことひとつ言えない性格も気に入らなかったのだろう。


「お父様を、どうにか説得しなくちゃダメね」


 イジェマは、頑固な自分の父の事を思い出したのか渋い顔をした。


 パーマー家の当主であるイジェマの父は、リカルドの亡くなった父と親友だった。


 それが縁で、二人は婚約することになったのだ。もう結婚していてもおかしくない年齢での娘との婚約解消は、彼にとっては家への侮辱と取られかねない。


「……君の恋人も、それなりの地位にいる。彼と結婚すると言えば、お父さんもそれほど文句も言わないんじゃないか」


 リカルドのその言葉を聞いて、イジェマは形の良い片眉を上げた。ふうんと、息をついて佇んだままのリカルドを見た。


「……知っていたの。貴方は、そういうくだらない噂話とは無縁だと思っていたわ」


 イジェマが言った言葉に、リカルドは大きく溜め息をついた。


 いつも、そうなのだ。どれほど身分や年齢が釣り合おうが、イジェマとは決定的に合わない。彼女がどんなに美しかろうが、合わない人間と居ると互いに神経が擦り減る。


 互いにわかって貰えないと、嫌な思いをするだけだ。


「君の中の俺って、どんな人間なんだろうな……流石に、君とロイドの仲を知らない人間は城で働く人間では居ないだろう」


 リカルドの言葉を聞いて、彼女は悪びれなく肩を竦めた。


 近衛騎士であるジャック・ロイドは、有名だ。今は世継ぎの第一王女の近衛を務めているのではなかったか。その輝かんばかりの美しさは、並ぶものがないと言われるほどに有名な騎士だ。彼がイジェマの隣に立てば、さぞお似合いだろう。


「リカルド……もう行きましょう。そろそろ時間だわ」


 イジェマが、リカルドに向けて手を差し出した。リカルドの無事な姿を確かめたい物好きな国民達の騒めきが大きくなる。


(これも、仕事だ。英雄と呼ばれる竜騎士の)


「君とこうして並び立つのも、最後だと思うと何だか寂しくなるな」


 イジェマの手を取り、国民への無事の報告をするための大きなバルコニーへと進んだ。


 幼い頃から婚約者と言われ、ことある毎に二人で並び立ってきた。甘い感情は皆無なので別に未練がある訳ではない。だが、これで最後だと思うと、やはり何か感じるものがあった。


「そうかしら。きっとこの後に、貴方の可愛い人と会ったら私のことなんて一瞬で忘れてしまっているわ。そういうものだもの」


 突然リカルドが婚約解消を言い出した理由なんて、お見通しらしいイジェマは隣で微笑み、そうして前を向いた。



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