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1 判断(Side Ricardo)

(あー……ドジったな)


 リカルドは敵国であるガヴェアの王都まで連行され、広場に置かれた大きな檻の中に入れられた。


 どうにも悪趣味なことに、捕らえた竜騎士の自分を見せ物にして、国民にある屈辱だった敗戦の記憶を少しでも晴らしたいらしい。


 ガヴェアは魔法大国であることでも知られ、この近隣諸国では破格の強さを誇ってはいた。だが、守護竜イクエイアスの加護を待つ無敵の竜騎士団には、敵わなかった。


 リカルドの属するヴェリエフェンディとしては、ふっかけられた喧嘩を買っただけの戦争ではあった。だが、ところが変われば見方も違う。こちらの国にも、何か言い分があるだろう。


 これまでの数多くの戦闘の中で、多くの命を奪った自覚のあるリカルドは、それなりには覚悟はあった。


 戦闘職である竜騎士になった時から、戦いの下。いつ自分の命の灯が消えても仕方ないと、そう考えていたのだ。


 まさか敵国に囚われ、こういった最期を迎えることになるとは思いも寄らなかった。予想もつかない未来、それも運命なのだろう。


「先の大戦での戦犯だ! 竜騎士リカルド・デュマースを捕らえた! 能力封じの腕輪をつけているため、この男は何も出来ぬ。ここに集まる多くの民衆達よ。その怒りを、この男に存分にぶつけるが良い」


 拡声の魔法でも使っているのか、間近で鼓膜に響く大きな声にリカルドは眉を寄せた。


 相棒のワーウィックが傷を負って地に落ちて、命乞いをして捕えられた時、何かすぐに腕に嵌められたと思ってはいた。


(……そういうことだったか)


 リカルドは、民衆の集まる広場をじっと見渡した。多くの人が口汚く罵声を口にして、憎しみを込めて石や丸めた泥を投げつけて来た。


(……あまり、良い最期は迎えられなさそうだな)


 そうは思うものの、こうなってしまってはリカルドだけの力ではどうしようもない。禍々しさも感じる魔獣用の檻の中から、出ることがもう出来ないのであれば、それは避けられない。


 周り中。敵だらけの現状でも、何故かリカルドの心の中は凪いでいた。


 それは何かの予感なのか。人生の終わりの始まりなのか。どうにも、判断がつかなかった。



◇◆◇




(え。この可愛い子。何。誰。罠?)


 見世物になった檻の中で夜を明かす事になったリカルドは、朝まで浅い眠りを繰り返し、目を開いた時に呆けた頭で考えた。


 物凄く可愛い女の子が、檻の外からリカルドの顔を覗き込んでいる。


 何故か沢山の色鮮やかな花が入った木籠を持ち、新緑を思わせる若草色の目はこぼれ落ちんばかりに大きい。


 さっきリカルドに向けて、挨拶したようにも思う。


 そう。朝の挨拶だ。こんな檻の中では、非現実的でさえある。


(……本当に、現実か?)


 リカルドの反応を待ってか、首を傾げている仕草のあまりの愛らしさに笑み崩れそうになる心を必死で律した。


(何を考えているんだ。ここは、敵国ガヴェアだぞ。きっと、俺から情報を盗み取るための罠に違いない)


 昔、騎士学校で習った、いわゆるハニートラップと呼ばれるものを警戒した。


(女慣れをしていないから、こんなに可愛い女の子に何か聞かれたら……べらべらなんでも聞かれていないことまで喋りそうな自分が憎い。しっかりしろ)


 いくらもうすぐ死んでしまうとは言え、騎士としての忠誠を捧げている自国へと砂を掛けてしまう訳にはいかない。口を噤んで、大人しく従うべきだった。


 何故か軽く首を振った彼女は、もう一度リカルドをじっと見つめた。


(……俺の顔って。今。どうなっているんだろう……彼女からは、どう見えている?)


 檻の中には、身嗜み用の鏡など用意されている訳がない。泥が付いていないか、不恰好になっていないか。こんな状況の只中だと言うのに、そんな場違いなことを考えたりもした。


 リカルドの目の前で、薄紅色の花が唐突に咲いた。


 そんなことが起こるとはまったく考えていなかったリカルドはもちろん物凄く驚いた。まじまじとその空中に浮かぶいくつかの花とその可愛い女の子を見比べた。はにかんでいるその様子から、彼女が何かしたに違いない。


 しんとした朝の空気に荒々しい足音が、突然響いた。衛兵がいつも通りに尋問を始めるのだろう。捕えられた時から、リカルドが一言も何の情報も漏らさないのは、理解しているはずなのに彼等はやめない。


 鉄格子のある視界の中で、後ろ姿の走っていく女の子が抱えている大きな籠から舞った花びらが、とても印象に残った。まるで強い香水の残り香のように、その光景が心に刻み込まれたのだ。



◇◆◇



(あの、可愛い子。また来ないかな)


 リカルドがふーっと大きなため息をついて、広場を見渡しても、あの花籠を持った女の子はいない。


 時折、籠の中を花いっぱいにした女の子を見ることがあった。だが、あの緑の大きな目を持つ可愛い子ではなかった。


 祖国のヴェリエフェンディでは、花をあんな風に売り歩くという商売は見掛けたことがないのだが、ガヴェアではあれが一般的なのかもしれない。


 三日間ほど、リカルドにとってとても味気のない日々が続いた。


 名前も知らない誰かに罵倒され、何かを投げ付けられる事には、もう嫌気がさしていた。


(もう罠だとしても、どうだって良い。あの花を抱えている女の子に、もう一度会いたい)


 まるでこんな地獄のような状況で現れた天使のようなあの子に会って、声が聞きたい。


 その日は、夜半すぎから雨が降り出して、土砂降りの冷たい雫は檻の中にも吹き込む。鍛えているので、それなりに体力はあれど、何日間も野晒しのような場所では、満足に睡眠も取ることも出来ない。何日も続くこの生活が、流石に堪えていた。リカルドは、少しだけでも眠ろうとして、瞼を閉じた。


 リカルドは、鼻に良い匂いがしたような気がして目を開けた。


(……ここは、檻の中だぞ。こんな良い匂いがする訳がない)


 夢ではないと我に返っても、優しい香りは現実の世界で続いている。


 はっとして檻の外を見れば激しい雨が降っているというのに、例の女の子が一生懸命にこちらに向けて手を伸ばしていたのだ。


 リカルドはそれを見て、驚いた。


 彼女が何をしているのかはわからないが、リカルドに何かをしようとしていることは理解出来た。


 リカルドは彼女に近付き、ゆっくりと首を振った。何かの魔法なのか、彼女の頭の上には透明の傘のようなものがあった。


(こんなに低い気温の中で、雨の降る寒い外に出ていたら……彼女が風邪をひいてしまう)


 拒否されたと、勘違いしてか。可愛いその子はしゅんと肩を落とし、ただリカルドの服を浄化したかったのだとそう言った。


(え。めちゃくちゃ可愛い。なんなのこの子)


 リカルドにとって一番身近な異性である気の強い婚約者のイジェマとは、比べ物にならないくらいの健気な素直さ。


 ここでときめいても、どうしようもないことだとはわかっているが、思わずリカルドの胸は大きく高鳴った。


 リカルドはとにかく彼女をこの寒い場所から遠ざけたくて、もう一度首を振った。


 何を考えたのか。彼女は自分の上にある空気の傘をリカルドの上に移動させ、自分自身は服もぐっしょりと雨に濡れてしまった。その姿を見て、そんなつもりではなかったリカルドは、ひどく慌てた。


 鍛えている身体を持つリカルドは、この程度の雨に打たれたところでなんともないだろう。だが、いかにも細くて儚げな彼女は、風邪をひいて体調を崩してしまうかもしれない。


 首を振ったリカルドを切なげに見つめると、ただ心配する言葉を残して、彼女は振り向き去って行ってしまった。


 雨の中去っていく彼女を追いかけたくて、檻の中で追いかけられない自分に腹が立った。濡れてしまったあの体を、温めてあげたかった。


 でも、それはこれから先ずっと、叶わぬことだ。


 いきなり魔法攻撃を食らって大怪我を負い墜落したワーウィックを庇い、自分の命を差し出した事に後悔はない。リカルドは、それだけは言い切れた。


 だが、初恋が死の間際だとは、神様は残酷なことをする。


 少年の頃からずっと憧れの竜騎士になりたくて、努力し続けていたら、幼い頃に親に決められた婚約者には泥臭いと毛嫌いされた。


 嫌われた婚約者が、なまじ絶世の美女だと噂される女性だったせいでリカルドに本気で近づいて来てくれる女の子はいなかった。


 婚約者であるイジェマはリカルド自身は別に嫌いではなかったが、将来結婚を予定している相手が、幼い頃から憧れだった竜騎士になれた自分を認めてくれないという、言葉にならないやるせなさはずっと抱えていた。


 竜騎士になりすぐに不慮の事故で両親が亡くなって、デュマース家を継いだ。領地ある貴族としての仕事も抱えるようになって、多忙になり変わらずに冷たい態度を取り続ける婚約者と心を通わせる気力も潰えた。


 それから、恋愛沙汰からは自らずっと距離をとってきたつもりだった。


(あの健気で可愛い女の子は、もしかしたら……こんな自分を、気に入ってくれたのかもしれない)


 正直に言えば、こづくりな可愛らしい顔は、リカルドの好みそのままだった。絶世の美女と巷で呼ばれている婚約者のイジェマより、ずっと彼女の方が好ましく感じたのだ。


 こんな冷たい雨の中、走り去ってしまったあの可愛い女の子の帰る先が暖かな暖炉のある優しい空間だと良い。


 それをリカルドはこんな檻の中でどう足掻いたとしても、用意してあげることは出来ない。だが、どうかそうであってくれと心から願った。


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