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2-13 最速

「いってらっしゃい! 気をつけてね。お兄様。スイレン」


 ワーウィックが飛び立つその時に、二人の見送りに来てくれていたクラリスがそう言ってから、軽く手を振った。


 彼女の傍にはいつものように鋭い目付きをした黒髪の侍従アダムが佇み、その様子を見守っている。


 以前にあの二人って恋仲なんですかとスイレンがこっそりと尋ねたら、兄であるリカルドは複雑そうな顔をして何も答えないままだった。けれど、あの二人から時折漂う甘い雰囲気は、きっとそういうことなのかなとスイレンは思った。


(それにリカルド様だって、自分自身が身分違いの結婚をするから……型通りの反対も出来ないものね)


 彼の相手が他でもない自分だと思えば、スイレンは面映ゆい気持ちになった。


 これから、二人でガヴェアへと向かう。


 あの国で生まれ育ち、国籍のあるスイレンの結婚に関する書類を取りに行くためだ。


 別にその書類がなかったとしても、多少時間が掛かってしまう程度の話らしいが、あった方が滞りなく進む。それなら、飛んで行けばそんなに時間はかからないから、取りに行こうとリカルドが言い出した。


 ヴェリエフェンディとガヴェアの二国間にある一触即発の状態は続くものの、国境近くにある辺境の街で手続きを済ませてしまえば、特に問題も起こらないだろう。


 早朝の空気は、肌寒い。


 もう寒い季節だから風邪をひかないようにと、あれもこれもと着せられてもこもこの姿になってしまっているスイレンだが、剥き出しの顔にひやりと突き刺すような風が触れた。


 この国へとやって来てこうして竜に乗って飛ぶのは、既に慣れてしまっていたが、地上を飛び立つ瞬間の高揚感は、何物にも代え難い。


「……寒い?」


 心配性のリカルドはスイレンの腰に逞しい片腕を巻きつけたまま、後ろから聞いた。首を振ってスイレンが微笑むと、彼も優しく目を細めた。自分を抱きしめている腕に、力が入るのを感じた。


 スイレンは真っ直ぐに前へと向き直り、どんどんと小さくなっていく王都を見下ろした。


「あの……さっき、クラリス様から聞いたんですけど……彼の、ジャック・ロイドの刑が決まったとか」


 スイレンの言葉を聞いてリカルドはああと頷き、淡々としてあの彼のその後を語った。


「……国の宝である竜のワーウィックにも、傷が付けられていたからな。今回の件では、陛下が許し難いと激怒していた。事が知れて即日、ロイド家は貴族の身分を取り上げられた。そして、ジャック・ロイドも城の塔の上で一生幽閉されることになった」


 ただ自分に持てぬものを持っているという何の罪もないリカルドに対し、あんな自分勝手な事を企んだ人間にスイレンは決して同情することは出来なかった。


 だが、自分ではどうにもならぬ不遇の中で、どこにもやり場のない黒い憎しみを持つことは、理解出来るような気もするのだ。


(生きていれば、良い事ばかりが続く訳じゃない。どん底まで落ちてしまった時に、どんな考えを持つかなんて……その人の自由だわ。その場所から、更に落ちていくのも選ぶのも)


 あまり耳障りが良いことだと言い難い話を耳に入れ、何も言わなくなったスイレンを心配したように、リカルドは彼女の頭の上にキスを落とした。


「……久しぶりに、君の花魔法が見たいな。ワーウィックも、長距離を飛ぶ前に腹ごしらえしたいだろうし」


 明らかに彼が暗い話題から話を変えたがったのを理解出来てしまったので、スイレンは何も言わずに、その言葉を叶えた。


 期待にキュルキュルと弾んだ声を出すワーウィックが進む方向へ向けて、無数の魔法の花を浮かべた。数え切れぬほどの蕾が花開いて、ワーウィックの口の中に消えるものもあれば、そのまま地上に向けて落ちてしまうものもある。


 澄んだ青い空に浮かぶ色鮮やかな無数の花と、それを追いかける鮮やかな赤い竜。その光景は、ただただ眩しかった。


「ガヴェアに着いたら、何か美味しいものを食べようか。スイレンは、何が好き?」


 嬉々として、花を食べているワーウィックに触発されたのか。先ほど朝食を食べたばかりのリカルドは、自分の前に座っているスイレンの身体をより抱きしめながら言った。


「そうですね……着いたら、色々見て回りたいです。私はずっとガヴェアの王都を出たことがなくて……実はこんな風に楽しみながら旅をするのは、産まれて初めてなので」


 ガヴェアでは王都でしか生活したことのなかったスイレンは、こうしてリカルドと共に旅に出られることが素直に嬉しかった。


 彼はこの旅行のために何日か仕事の休みを取ってくれていると言っていたし、人化したワーウィックと一緒に三人で見知らぬ街を見て歩くことが、今から楽しみだった。


「ワーウィックが居れば、世界中どこにでも行けるよ。次は、どこに行きたい?」


 竜は人の目にも留まらぬ速さで、高速飛行をすることも出来る。


 ワーウィックがその気になれば、遠く離れた大陸に一日もかからずに辿り着くことが出来るだろう。竜騎士の中には世界旅行するが目的で、竜との契約を望む人間も居て、どこそこの国はこうだったという楽しい土産話には事欠かない。


 このまま世界中、どこにだって飛んでいける。


 スイレンは思ってもみなかった彼の言葉に、目を丸くして微笑んだ。


「世界中どこにでも行けると思ったら……逆に迷ってしまいますね。でも、これから色んな国に行って、色んな事を知りたいです。私が今まで、知らなかったこと」


 今のこの状況はガヴェアの王都で、花娘として一人花を売っていた頃には考えられなかった。


(時々……あの頃の自分に、会ってみたい気もする。きっと、もうすぐ貴女の未来はこうなるよと言ったところで、信じて貰えないと思うけど……)


 今のスイレンだって、これはすべて夢ではないのかとたまに不安になってしまうこともある。


 それを違うと教えてくれるのは、傍に居てくれるリカルドの温かな体温だった。


「ワーウィックと俺が、スイレンの行きたい国に連れていくよ。次の長期休暇は……南国に行くのも良いな」


 南国という言葉を聞いて、スイレンは不思議そうにして後ろを振り返った。リカルドは、そんな様子を見て微笑んだ。


「冬でも、寒くないんだ。その代わりと言ってはなんだけど、夏は嫌になるくらいにうだるほど暑い。でも、寒い冬は、丁度過ごしやすい気候なるんだ」


 リカルドは今までに何度か南国に行ったことがあるらしく、スイレンが口を挟む隙もなく、今南国に行けばどれだけ楽しいかを、順を追って並べ立てた。


 スイレンは好きな人と次の約束が出来ることが、くすぐったくて嬉しくて、今でも信じられなくて。何度も笑って、それに頷いた。


「ワーウィックも……そろそろ、お腹いっぱいみたいだな」


 呆れたようにリカルドは言って、赤い竜がキュル! と可愛らしい鳴き声でその言葉に応えた。


「スイレン。それじゃあ、今からガヴェアに飛ぶよ。準備は良い?」


 スイレンは、自分の腕に強化魔法のかかった魔道具の腕輪があるかを今一度見た。


 竜の高速飛行中は、体にかなりの負担がかかってしまうので、これがないと常人には耐えられない。彼女の右腕にそれがきちんと嵌っているかを確認し、リカルドは自分の指令を待つ竜に、張りのある低い声で言った。


「行け。ワーウィック。ガヴェアとの国境まで、最速で飛ばせ」


次話から、一章~二章のリカルド視点です。

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