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2-9 お見舞い

 城からの帰りに、二人は今回の功労者であるブレンダンの家へと彼のお見舞いのため寄った。


 もっとも、彼の家はリカルドの家から三軒お隣なだけだから、馬車を降りて散歩がてら歩いてすぐに辿り着ける。


 スイレンは並んで歩くリカルドの隣をゆっくり歩きながら、少し緊張していくのを感じた。


 口の上手いブレンダンに対してスイレンは、揶揄われているだけだろうと思うことが多かった。


 彼から直接的に、付き合って欲しいと告白されたことはない。けれど、今回相棒のクライヴを通じ、スイレンの身を守ってくれたのは間違いなくブレンダンだった。


 スイレンには、リカルド以外には考えられない。けれど、彼の相棒でもあるブレンダンは優しく魅力的な人だ。


 今回間接的にも助けて貰ったお礼は、礼儀として彼に伝えなければならない。けれど、顔を合わせるのは、やはり気まずかった。


 ブレンダンの想いを受け取ることは、スイレンには絶対に出来ないから。


「……リカルド? スイレン……!」


 呼び鈴を鳴らすと、すぐに玄関を開けてくれたのは人化したクライヴだった。


 スイレンの顔を見てとても嬉しそうにする少年の姿を見て、リカルドはなんとも言えない表情で肩を竦めた。


「クライヴ……! 昨日は、私を助けてくれて、守ってくれて本当にありがとう。貴方が居なかったら、きっと二人を助けられなかった。本当に、感謝している。ありがとう……」


 クライヴはスイレンの感謝の言葉を聞いてはにかみ、無表情に近いながらも嬉しそうな、照れくさそうな顔になった。


 クライヴがいなかったら、リカルドもワーウィックも未だガヴェア側に捕らえられたままだったかもしれなかった。


(本当に、彼にはいくら感謝しても足りないわ)


 思い余って、自分の事を泣きそうな目でじっと見つめているスイレンに、クライヴは苦笑して手を握った。


「もう、そんなの良いから。早く入って。スイレン」


 クライヴは、スイレンの手を引いてこの家の主人であるブレンダンの部屋があるだろう二階に続く階段を、登り始めた。


 一人置いてきぼりになったリカルドが気になりスイレンが振り向くと、彼はクライヴの強引な様子に苦笑して玄関の扉を閉めるところだった。


「ブレンダン! ブレンダン! スイレンが来てくれたよ」


 リカルドの家と間取りが同じだが、ブレンダンの部屋は服飾店の息子である彼らしく、とても洒落た雰囲気だった。黒檀の家具と、真っ白の壁紙。その他の色味は、優しく落ち着く色合いで統一されていた。


 ベッドに腰掛けていたブレンダンは、魔法の攻撃を受け大怪我したという腕に包帯を巻いてはいるが、他には目立つ怪我はなさそうだった。


「……ああ、スイレンちゃん。わざわざ来てくれて、ありがとう。リカルドも。無事で、良かったな。心配してた」


 ブレンダンは遅れて入って来たリカルドと視線を合わせて頷き合い、自分の近くに居たクライヴとスイレンの二人に向かって微笑んだ。


「ブレンダン様。私の願いを叶えてくれて……クライヴを、救出に向かうのに貸してくださって、ありがとうございました」


 自分の竜にスイレンを守れと言ってくれた彼の優しさを知って、深く頭を下げたスイレンを、下から覗き込むようにするとブレンダンは言った。


「あの時、イクエイアスと話したというクライヴから、これからスイレンちゃんと一緒にエグゼナガルと交渉するって聞いて、肝が冷えた。僕らは契約している竜と心の中で話すことが出来るが、遠距離過ぎるとそれも出来ないから。あれから、何も出来ずに心配だった。けど上手くいって良かった。やり遂げたんだな」


「はい……ありがとうございます」


「出来たら、僕も行きたかった。でも、治療も出来ない段階でこの怪我では、足手まといになることが目に見えていたからね。夜明けに帰って来たクライヴから、無事に奪還出来たと報告を聞いた時は、生まれて初めて神様に感謝したよ。本当に、良かった」


 ブレンダンは、朝のことを思い出したのか。しみじみと、噛み締めるように言った。


 スイレンはブレンダンの疲れて見える顔を見て、胸が痛くなった。


 当然の事だろうが、心配で彼もこの夜は眠れなかったに違いない。こんなに大怪我をしているのに、前線で動き回っていた方が楽だと思うほどに、彼にとっては辛く今の自分の無力を呪う時だったんだろう。


「リカルド。頼みがあるんだ」


 不意にブレンダンは、未だ扉の近くに居たリカルドへと声をかけた。


「なんだ」


「これから、スイレンちゃんに二人で話したいことがある。どうか、二人きりにさせてくれないか」


 その言葉を聞いてスイレンは、助けを求めるようにしてリカルドを見た。彼は、ふうっと大きく息をつくと扉を開けた。


「十分だけだ。それより長くなったら、押し入るぞ」


 人差し指を向けながら、自分を脅すように見るリカルドにブレンダンは気にしない様子で爽やかに笑った。


「そんな事態には、ならないよ。ありがとう……クライヴ、お前も部屋の外に出て待っていてくれ」


 クライヴは何も言わずにこくんと一度頷いて、出て行ったリカルドに続いた。


 カタンと扉が閉まる音がした。彼の言わんとしていることを悟って緊張を感じたスイレンは、ベッドに座っていたままのブレンダンの前に立ち、所在なげに両手を握りしめた。


「……ごめん。でも、今じゃないと伝えられないと思って」


 ブレンダンの顔を見ると、いつもの彼のような飄々とした表情ではなかった。


(こんなの……こんな、ブレンダン様。今まで見たことのない)


「僕は、スイレンちゃんのことが好きだ。もちろん。僕がそう言ったところで、振られることはわかっている。君には、もうリカルドが居る。でも、どうしても伝えておきたかった……出来たら、覚えていて欲しいんだ。ブレンダン・ガーディナーは君のことが誰より好きで、将来を誓った恋人が居ようが。出来たら彼から奪いたいくらいの気持ちが、あるっていうことをね」


 ブレンダンの茶色の目には、躊躇いはなかった。


 スイレンは今自分の感じている複雑な気持ちが、測りかねてわからなくなった。


(すごく嬉しい。でも、受け止められなくて、悲しい。彼ほどの人に好かれて、嬉しい。でも、リカルド様に……誤解されたくない)


 スイレンは、ぐっと手に力を込めて彼を真っ直ぐに見た。真剣な思いには、真剣に返すべきだと思ったからだ。


「……ブレンダン様。ありがとうございます。とても、嬉しいです。でも、私にはリカルド様しかいなくて……本当にごめんなさい」


 ブレンダンはスイレンの言葉を聞いて、何故かにこっと笑った。その笑顔に不意をつかれてスイレンは、目を見開いて驚く。


 ベッドに座ったままのブレンダンは、その場を一歩も動かずに言った。


「ちゃんと応えてくれて、ありがとう……けど、僕はこれからも君のことが好きだよ。いつか、次の誰かを好きになれる日が来るまでずっと。君が僕の一番だと思う。それだけは、どうか許してね」


 彼の言葉に頷いたスイレンを見る目は、どこまでも優しくて。


 ここで彼を傷つけた自分が泣くのはおかしいと思い、スイレンは必死で零れそうな涙を堪えた。



◇◆◇



 ブレンダンの家の玄関を出て目の当たりにした夕焼けの空は、赤い。夕日を浴びて外でスイレンを待っていてくれたリカルドの赤い髪は、まるで燃えているようだ。


「……あいつとの、話は終わった?」


 家から出て来たスイレンに気がつき、彼は優しく聞いてくれた。


 スイレンは何も言わずにリカルドの胸に飛び込んで、ぎゅっと抱き着いた。リカルドは何も理由を聞かずに抱きしめると優しく髪を撫でた。


 二人で何も言わずに、手を繋いで家へと歩いた。辺りの家からも、夕食の美味しそうな匂いが漂う。きっと、家ではお腹をすかせたワーウィックが、今か今かと二人の帰りを待っているだろう。


 沈み始めた陽が、涙で滲んだ。昨夜から色々なことがあり過ぎて、スイレンの心中の整理は、ついてない。


「リカルド様。あの……私」


「ん? 何。スイレン」


 手を繋いだまま隣を歩いていたリカルドは、自分の名前を呼んだスイレンの顔を見て笑う。


 彼がとても愛しくなって、こんな時でも心がときめいた。スイレンには、この人でなければと駄目なんだと、それだけで確信してしまう程に。


「今夜も……一緒に、居て欲しいです」


 言い難そうに言葉を口に出したスイレンに、リカルドは小さく吹き出した。驚いて見上げれば、宥めるように頭にキスをしてくれた。


「うん。俺も、そのつもりだったけど……どうした?」


「私。今回のことで、思ったんです。リカルド様のような……危険なお仕事をされているなら。一緒に居られる時は、出来るだけ一緒に居たいなって」


 リカルドはスイレンが心配していることを理解して、苦笑した。


「……スイレン。二度も捕らえられたところを見せた俺が言うのもなんだけど、これは特別だ。そんなに心配しなくても、今回のようなことはそう多くはないよ。普段なら、俺は……常勝の英雄とまで言われているから。負けることはない……なんか自分で言うと、恥ずかしいな」


 複雑な表情になったリカルドの言葉を聞いても、スイレンはそれなら安心だなんて、とても思えなかった。


「早く。結婚したいです」


 真っ直ぐに目を見て珍しく少し甘えるように口にしたスイレンに、リカルドは驚いた顔をした。


 まさか普段、控えめなスイレンが、いきなりこんなことを言い出すと思っていなかったのか、目に見えて狼狽えた様子で片手で口元を押さえている。


「いや。俺は、そう言ってくれるのは嬉しいけど……うん。そうだな、俺も早く君と結婚したいよ。来年の誕生日が来るまで、待ち切れないな」


 リカルドの顔が赤くなっているように見えるのは、二人を照らしている夕焼けのせいなのか。それは、スイレンにはもうわからない。彼の表情を見れば、自分の言葉を喜んでくれていることは一目瞭然だった。


 きっと、自分も彼に負けないくらいに、全身くまなく赤くなっているに違いないとスイレンは思った。



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