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2-7 薄紫

 クライヴが素早く降り立ったその場所は、闘いの音が溢れ混乱を極めていた。


 方々で展開される、近距離からの攻撃魔法。竜が吐く、ブレスの眩い光。武器が打ち合っている金属音。そして、夜の空気の中に響く悲鳴。


「……リカルド様っ!」


 降りやすく姿勢を低くしてくれていたクライヴから降りると、スイレンはすぐにリカルドの方向に向かって駆け出した。


 後ろからクライヴのキュル! っと制止するような鳴き声も聞こえたような気もするけれど、振り向きもせず真っ直ぐに走り出した。


 もう、スイレンの目にはあの人のことしか見えていなかった。


 リカルドは高い位置にあった木の枝の繋がれていたロープだけは、救出に来てくれた味方に真っ先に切って貰ったのか、大きな木の幹にもたれ掛かるようにして、ぐったりとしていた。


 スイレンは、血で服が汚れることなど全く構わずにリカルドへ抱き着いた。


「……スイレン? なんで、ここに?」


 驚いた声が頭上でして、リカルドは反射的に自分に抱き着いたままのスイレンを抱きしめた。


 スイレンは流れる涙を止めることは出来なくて、そのまま見上げたリカルドの端正な顔は何発か殴られた痕もある。


 一層悲しくなってスイレンは嗚咽しながらも、リカルドに言った。


「っ……良かった。リカルド様。私、もう……」


 その時、リカルドの顔が一瞬で険しくなって、スイレンのすぐ背後で激しい金属音がした。


 スイレンが驚いて振り返ると、そこには美しい顔を歪ませ鬼の形相をしたジャック・ロイドが剣を振り下ろしているところだった。


 すんでのところで銀色の長剣を受け止めているのは、前に居るリカルドが持っている小さな短剣だ。彼のロープを切るために、使ったものだろうか。


「……ロイド。お前だったのか」


 短く呟くと、リカルドはロイドを押し返すように一気に力を込めながら立ち上がり、驚きで身を竦ませたままで動けないスイレンを背後へと庇った。


 一度大きく押し退けられ、もう一度長剣を構え直したジャックは身体中から滲み出るような憎しみを込めて、リカルドへと言い放つ。


「デュマース! 本当に、悪運の強い奴。あのまま、ガヴェアに捕らえられたままで大人しく殺されていれば、良かったものを……ご自慢の輝かしい戦功とて、所詮紛い物。あの火竜が居なければ、お前には何も出来まい」


「ロイド。お前がどんな勘違いをしているかは、知らない。だが、俺は竜に選ばれ、お前は選ばれなかった。それが、答えだ」


 リカルドは動揺を微塵も見せることなく、隙なく戦闘態勢を構えた。


 気が触れたかのような大きな声をあげ、ロイドはリカルドへと襲いかかって来た。


 リカルドは、それを見ても表情を変えることなく静かに構えを取った。


 初撃の剣戟の音が響いて、ロイドが素早い剣捌きで何度も何度も振るいかかった。


 リカルドは一見、攻撃の手を緩めないロイドに圧されているように見えるが、正確にその太刀筋を見抜き自らの思い通りに動くように翻弄しているようだ。


 ロイドが踏み込む間合いがどんどん短くなり、リカルドが押し返す場面が増えて来た。


 派手に打ち込んでいるように見えるロイドの攻撃は、落ち着いた様子のリカルドによってすべて正確に打ち返されて、素人のスイレンが見ても有利なはずのロイドに焦りが見えてきた。


「っ何故だ! なんで、お前が選ばれ、僕が選ばれなかった! 今お前のように、英雄と呼ばれているのは、僕だったかもしれないのに!」


 今までに感じていたどす暗い恨みつらみすべてをぶつけるように、ロイドは剣を振るった。リカルドは何も応えずに涼しい顔をして、受け流している。


 このままでは埒が明かないと考えたのか大きく踏み込んで勝負をかけたロイドの隙をついて、リカルドが正確に柄を腹に打ち込んだ。


 ぐらっと体を倒して、ロイドは呆気なく倒れた。昏倒してしまっているのか。瞼を閉じたまま、起き上がってこない。


 スイレンは戦闘の緊張感が解けたのを感じて、ほっと息をつく。


 もう夜明けに近くなって来ている周囲へと目を凝らせば、ガヴェアの魔法使い達をなんなく捕縛している他の竜騎士達の姿が見える。


(良かった、助かったんだ……)


 スイレンはリカルドにもう一度背中から抱きついて、他でもない彼がこうして生きていて無事なことを感謝した。



◇◆◇



 集まった竜騎士達は、捕縛したガヴェアの人間を竜に取り付けた荷台へと荷物のように縄で括り付けると上空へと飛翔した。悲鳴や助けを求めるような情けない声が、そこかしこから聞こえてくる。


 倒れていたワーウィックは翼膜に刺さっていた槍を抜いて、クライヴによって強制的に人化の魔法をかけられ、彼は小さな男の子の姿へと変化した。


スイレンが心配して駆け寄り呼吸を確認すると、ゆっくりと規則正しい呼吸をしていることに安堵した。


 止血などの応急処置を受けて、上半身は包帯だらけのリカルドと数人の竜騎士達はワーウィックが背負っていたと思われる鞍を手際よくクライヴに取り付けた。


 リカルドはぐったりしたままの人型のワーウィックと、ここまで気を張っていて彼の無事を確認した途端力が入らなくなったスイレンを抱いたまま、クライヴに乗り込み、その鬱蒼とした暗い森から飛び立った。


 高速飛行するには、王都は距離が近い。


 薄闇が晴れて太陽が登っていく夜明けの空を見ながら、ゆっくりとした速度で王都へと近付いて行く。


「……スイレンが、あのエグゼナガルと交渉してくれたと聞いた。なんで、そんな無茶を……」


 事情を知ったリカルドは、躊躇いがちにスイレンの耳元で囁いた。鞍を取り付けている時に、他の竜騎士からスイレンが何故そこに居たのかを聞いたのかもしれない。


「私。リカルド様を助けたくて。もう、他に何も考えられなかったんです」


 間近で見えるリカルドの顔は、どこか悲しそうだ。


 自分の身を守る術のないスイレンに酷い無茶をさせたこの状況を、自分のせいだと思っているのかもしれない。彼の後悔を取り払いたくて、スイレンは微笑んだ。


「通常では会えないだろうイクエイアス様にもお会い出来て……エグゼナガル様も、私が出した魔法の花を喜んでくださったみたいなんです。人生で何度もあることではないので、良い経験になりました」


「……こんなところまで来て、あの黒竜と相対するなんて怖かっただろう。君を守るのは他でもない、俺のはずなのに、スイレンに助けて貰って。自分が、情けないよ」


 リカルドは悔いるような声を出し、小さなワーウィックの体を支えているスイレンの体ごと覆うようにぎゅっと抱きしめた。


「……私。きっと、守られるだけじゃ嫌なんです。貴方があの檻の中から出られなかったあの時から、何かをしてあげたくて。堪らなかった。だから、今回自分がこうして救えたことが嬉しくて。リカルド様が、無事で、本当に良かった」


 無事な彼が目の前に居て。ただそれだけで嬉し涙が自然溢れて、頬を濡らす。


 リカルドはスイレンを愛しそうに見つめると、頬にゆっくりとキスをした。


「俺とワーウィックを助けてくれて、本当にありがとう。こうして勇気を出してくれた君を誇りに思うよ」


 ぎゅっと背中から大きな体に抱き寄せられて、スイレンはこれまでの彼を失ってしまうかもしれないと思い感じていた不安や恐怖を埋めるように、より一層涙を零して泣いてしまった。


 あの冒険は、たった一晩のことだったかもしれない。けれど、彼を救うために必死で手を尽くして、走り回った。


 そして、リカルドは今生きていて、自分の傍に居てくれる。それが何よりも嬉しくて。


 暗い夜が明けて、近付いてくる眩い光。


「スイレン。あのロイドには、一つだけ感謝していることがある」


「え?」


 言葉の意味が分からずに振り向いたスイレンに、リカルドは笑って大きく頷いた。


「俺と、君が出会うきっかけを作ってくれた。ガヴェアに捕らえられ、檻に入らなければ、可愛い君が檻の中の俺に、興味を持つこともなかった……俺は思うんだけど、それだけを見れば、運が悪かったと嘆くようなことがあったとしても、全てが一瞬で覆るような幸運。それを見逃さないように、くさらずに前を向いていたら。この人生の中、何度も手にすることの出来ない素晴らしい宝物を手にすることが出来るのかもしれない」


「リカルド様」


 涙を止めて、自分を見上げているスイレンの頭にキスを落としながら、リカルドは呟いた。


「これから、どんなことが起こるか誰にもわからない。でも、俺は君を離さないだろう。覚えておいて、スイレン。俺を絶望の暗闇の中で何度も救ってくれた光は、君だ。他の誰でもなく君しかいない。俺が貴族だろうが、誰からなんと呼ばれていようが、関係ない。俺は何より君が大事で、これからも傍に居てくれるように。どんな努力だって、するつもりだ」


 スイレンはただ喜びで胸がいっぱいになるのを、感じた。自分も同じことを、感じていたから。


「リカルド様。私も、リカルド様に会う事が出来て、辛かった今までのことがすべて報われた気がするんです。両親を失って、何も出来なかった自分は惨めで情けなかった……その現状を変えたくても、変えられなかった。リカルド様が私をガヴェアから連れ去ってくれたあの時から、全てそれが裏返った。もちろん。いつ来るかもわからない幸運をただ待っているだけじゃ駄目だと思うんです。私も……これからもずっと、リカルド様の傍に居られるように努力します」


 互いに微笑み、どんどん近付いてくる顔に彼の意図を悟ってスイレンは目を閉じた。


 キュル! と抗議するような高い鳴き声に驚き、目を開くと動きを止めたリカルドと目を合わせて微笑んだ。


「クライヴ。悪かった。お前の背中に乗っていたことを、すっかり忘れてたよ」


 苦笑したリカルドが謝り、スイレンも笑って今まで二人の会話を邪魔しないように黙っていてくれたクライヴに、お礼の意味も込め、色鮮やかな花を薄紫の夜明けの空に浮かべた。



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