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2-6 古き魔法

「ああ。ジャック・ロイドか。僕も、覚えているよ。ワーウィックとの契約を、リカルドと最後まで争っていた竜騎士候補生だった。そうか。あいつが、リカルドを逆恨みしていたのか……」


 風がさらりとした髪を揺らして、クライヴは何か考え込むようにして腕を組んだ。


 今は彼らが囚われている野営の場所から、かなり離れたところにまで歩いて移動した。


 余りに強い衝撃を受け、途切れ途切れこれまでの経緯を語るスイレンに、何度も相槌を打ちながら、クライヴは隣でゆっくり歩きながら彼女の手を引いた。


「ロイド……いいえ。あの卑劣な男。ジャック・ロイドが、リカルド様を罠に掛けたという事実は。きっと間違いないことだと思う」


 血塗れになっていたリカルドを見ていた、ロイドの嘲るような笑顔。


 あれを思い出すだけで、強い怒りが胸内からふつふつと湧いてくる。


 リカルドとワーウィックがどれだけ強かろうが、関係ない。彼らがこうして二度も捕らえられるのも仕方ない。


 敵側に彼らの行き先の情報を漏らされ、不意打ちの奇襲に対応出来なかったのは無理もないことだ。


「確かに、そうだね。何故か準備万端で放たれた、竜特攻の攻撃魔法。あれは、呪文の詠唱にも時間がかかるはずだ。それに、狙いすましたかのように、飛んでくる量も凄かった。僕たちがあの場所を通ることを、事前に奴らが知っていたと考えるのが自然だ」


 クライヴはスイレンが推理した通りだろうと頷き、ある日のことを思い返しながら話し出した。


「リカルドが最初にガヴェアに捕らえられたと聞いた時も、僕は何かがおかしいとは感じていたんだ。そうか。あいつが、裏切っていたのか……」


「最初……リカルド様が、捕まった時も……?」


 クライヴの言葉に驚き、大きく目を見開いたスイレンと目を合わせ彼は頷いた。


「そうだ。飛行速度が自慢のワーウィックが、撃ち落されて大怪我をするなんて。あの時が、初めてだった。竜騎士が順繰りの担当する哨戒任務の単独飛行を、狙われたんだ。それに……高速飛行をしていれば、どんな攻撃だって受けることはない。ブレンダンも、そのことは不思議だと言っていた。まるで、あの場所で彼等が来ることを、最初から知っていたようだと。だが、スイレンの話を聞けば、何の不思議もなかった。あのロイドが、ガヴェア側に漏らしたんだろう」


「許せない」


 自然と、強い言葉がスイレンの唇から漏れた。ロイドが仕出かしたことは、人としても騎士としても、最低だった。到底、看過出来るような行為ではない。


「スイレン。とにかく、僕たちはエグゼナガルの元へと急ごう。ロイドのことなんて、二の次だ。あの二人の様子を、君も見ただろう。一刻も早く助けないと」


 繋いだ手の力を強くしたクライヴの真剣な言葉に、スイレンは頷いた。


 長い距離を歩いて、どんなに足が痛くなっても、未だかつてない疲労感に意識を失いそうでも、関係なかった。


 一刻も早く、リカルドとワーウィックを救いたかった。あんな状態で、いつまでも彼等を放っておくなんて、とても出来ない。


 そして、二人はやがて見えてきた山肌に、ぽっかりと黒い口を開けた洞窟の入り口に、覚悟を決めて足を踏み入れた。



◇◆◇



 ぴちゃんぴちゃんと、どこかから水の滴り落ちる音がしていた。


 洞窟には淡く青く光る苔が群生していて、こんな時でもなければ絵にでも描いておきたいような神秘的な空間だった。


 クライヴはいくつも分岐のある洞窟の中を、迷いなく進んでいく。流石に、これから自分が群れに属する訳でもない上位竜に会うことを考えて、緊張しているのか。


 これまでは目に見えて疲れているスイレンを気遣い励ましながら進んでくれていたクライヴだったが、奥に進むにつれて口数がどんどん少なくなっていった。


「……スイレン」


 急に前を行くクライヴが立ち止まったので、スイレンは慌てて歩みを止めた。


 そこは、がらんどうとした、広くて大きな空間だった。 この場所にも、光る苔が天井にも生えていて、まるで青く光り輝く星空が洞窟の中にも広がっているようだ。


「わ。クライヴ。びっくりした。立ち止まって、どうしたの?」


「居る」


 スイレンの疑問に短く返事を返した彼の言葉の意味を知り、彼女はコクンと喉を鳴らした。


(黒竜エグゼナガル。あの美しい竜イクエイアスの対になる存在というと、禍々しい魔物のような姿……?)


(……良い匂いがするな)


 直接、頭の中に響いたしゃがれた声に、スイレンは思わず身震いがした。生き物としての本能でこの存在がとても強く恐ろしいと、感じ取っていた。


 大きな小山の影だと思っていた黒い部分が、突如として盛り上がる。


 そしてこちらに向けて、暗い暗闇が移動し近づいてくる。どんどんと迫る、その大きな恐怖に、スイレンはカタカタと身が震えるのを止めることが出来ない。


「あのっ……お願いがあって、来ました」


 どうしてもここで逃げたくないスイレンは、ぎゅっと目を閉じて破れかぶれになって叫んだ。


 恐ろしい存在に自分がもし食べられてしまったとしても、それでも。どうにかして、リカルド達だけは助かる希望だけは繋ぎたかった。


(……何だ)


 話を聞いてくれる余地は、あるらしい。


 スイレンは目を開けて、暗闇の中に黄金色に輝く美しい瞳を見た。


 先ほどまで魔物のような恐ろしい姿をしているに違いないと思っていた存在は、優美でしなやかな美しい身体を持っていた。


 魅入られたように黄金色の目をじっと見つめながら、スイレンは切々と訴えた。


「ほんの……少しの間だけで、良いんです。この山周辺のある結界を、解いていただきたくて……お願いします。私が出来ることなら、何でもします。どうか……どうか……お願いします」


 跪き、願った。


 きっと残酷な程に、気まぐれな存在だと、そう思った。


 圧倒的な力をその手に持っているから、気分が向けばもしかしたら願いを叶えてくれるかもしれない。その気まぐれに、スイレンは賭けるしかなかった。


 それは、とんでもなく勝率の低い賭けかもしれない。それでも、この身を差し出してでも、どうにか訴えたかった。


(……何か、良い匂いがするな)


 スイレンの必死の叫びにも、特に絆された様子を見せることなく、興味深そうにクライヴとスイレンの二人を見比べている。


「スイレン。もしかしたら、魔法の花のことじゃない?」


 隣に居たクライヴは、静かに冷静な声で告げた。


 スイレンは彼の言葉を聞いてそういえばと、思い至った。


 ワーウィックやクライヴは、スイレンが花魔法で出す魔法の花が何故か大好きだ。同じ竜種であるエグゼナガルも……もしかしたら。


 このことで、リカルドとワーウィックの生死が決まってしまうかもしれない。


 天井の光る苔が放つ薄明かりの中、スイレンは震える手を抑えて意識を集中させた。


 ポンっ、ポンっと音をさせて、静かな洞窟の中に鮮やかな花の蕾が開いていく。黒く美しい竜の身体をまるで取り巻くようにして螺旋状に広がった。


 エグゼナガルは、ふわふわと宙に浮く無数の花を静かに見上げていた。


(これの、花の匂いか……古き魔法だな。まだ、使い手が居たのか)


 黄金の瞳を彷徨わせ、エグゼナガルは大きな口を開けて浮いていた花を口に含んだ。


 スイレンは、コクリと息をのみ込んだ。これからの彼の反応次第で、救出出来るか決まってしまう。


 黙ったままの黒竜を、見つめたまま。それは、ほんの一瞬だったのか。それとも、数分を要していたのか。時間感覚をも失ってしまう程の、強い緊張感が走った。


(……あの人間共の集団は、確かに騒がしい。うっとおしいから、追い払えるのなら協力してやっても構わない)


 それまでずっと、冷静沈着な様子に見えていたクライヴが、大きく息を吐いた。


 スイレンも両手を握りしめて、ただ感謝した。圧倒的な力を持つ、恐ろしい存在に。彼の持つ大きな手の一捻りで殺してしまえる程の、矮小な存在の願いを叶えてくれた、その奇跡のような気まぐれに。


「願いを叶えて頂き……心より、感謝を申し上げます。必ずあの集団は姿を消すように、迅速に処理します」


 クライヴが言ったその時。確かに、周囲の空気が変わった。


 何かすっと冷たいものが身体中に走って、弾けるように清涼な空気が周囲に満ちていく。今まで感じていなかったのが不思議なくらいの、何かの圧から解放されたのだ。


(さあ、行け。古き魔法を使う人間。約束は、一日だけだ)


 頭を下げたクライヴは、スイレンの手を取って洞窟の入り口へと向かって走り出した。


 早く早くと駆ける心が、抑えられない。ズキズキと痛む足も、もうとうに尽きてしまっている体力も関係なかった。


 ただただ、傷ついていたあの人の元に行きたかった。助けたかった。今すぐにでも。


 二人がやっとのことで洞窟を抜けると、何か色とりどりの流れ星のようなものが、幾筋も続々と空から落ちてきていた。


「……あれは?」


「竜騎士達だ。約束通り、イクエイアスがリカルドとワーウィックの救出へと向かわせてくれたんだ。僕も加護が戻ってきたから、今から竜化する。スイレン。行こう」


 クライヴは身震いをし、一気に膨れ上がるようにして竜化した。


 青く美しい鱗がきらめく氷竜が、自分の背に乗るようにと顎で示してサッと身を伏せた。急いでその体にしがみ付くと、クライヴが翼を広げて素早く飛び立つ。


 上空を飛行して向かえばあっという間に、例の野営地まで辿り着いた。クライヴは、一度大きく旋回すると、一気に降下を始めた。



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