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2-4 黒竜

 通いのメイドのテレザも自宅へと帰ってしまい、家に一人残ったスイレンは家中の戸締りの確認をしてから就寝の準備をした。


 スイレンがベッドの中に潜り込んだ、その時。


 近くにある竜舎から、ひどく悲しげな鳴き声が高く響いたような気がした。


 スイレンは、慌ててカーテンを開けて窓の外を見た。満天の星空の下、星を隠すように一際黒い影がいくつも走っていた。


 魔物退治に行っていた竜騎士団の一部が、今帰還したのかもしれない。もしかしたら、リカルドやワーウィックも。


 スイレンは何故か心に感じた胸騒ぎを抑え切れずに、寝巻きから動きやすい格好に着替えた。階段を駆け下りて玄関を開けると、竜舎へと続く真っ直ぐな夜の道を走り出した。


 竜舎の中は、ざわざわとしていてとても騒がしかった。聞けば不安を感じてしまうような竜の悲しげな鳴き声が、いくつか響いていた。


(もしかして……魔物退治で、怪我人が出たの?)


 スイレンは、不安に思いながらもいつも通った大きな入り口を覗き込む。


 そして、思わず目を見開いた。ブレンダンが腕から血を流し、何人かが協力して青い氷竜クライヴから降ろされるところだったからだ。


 多くの竜達は、何故か不安そうにして入り口付近から離れない。帰ってきたばかりだと言うのに、竜騎士達は集まり深刻そうな顔をして、何かを話し合っている。


「ブレンダン様っ」


 不安でいっぱいになったスイレンがブレンダンの元に駆け寄ると、止血のためか肩口をきつく縛られたブレンダンが、眉を寄せて彼女を見た。彼の表情は悲しげで、辛そうだ。


(嫌……何。何が起こったの?)


 そして、その場所にはリカルドと、あの一際目立つ深紅の竜が居ない事に気がついた。


 スイレンは、ブレンダンの口から何か安心出来る言葉が聞きたくて、急ぎ止血や応急処置を受けている彼へと近付いた。


「スイレンちゃん。落ち着いて、聞くんだ。リカルドとワーウィックがガヴェアの魔法使いの攻撃によって撃ち落とされた。そこは僕達が竜騎士が……古き盟約により、近づくことの出来ない場所で……」


「おい。口を閉じろ。ブレンダン。この大怪我で、呑気に喋っている場合か。とにかく、急いで縫合するぞ。医務室に急げ」


 ブレンダンの言葉を遮るように、何人かの竜騎士が彼の身体を担ぎ上げて行ってしまう。事態が呑み込めずに呆然とするスイレンは、背後から袖を引かれて振り向いた。


 いつの間にか人化していたクライヴが、黙ったままでスイレンの手を引いた。


「とにかく、こっちに来て。スイレン。僕が、ブレンダンの代わりに説明するから」


 感情を抑えるように淡々と話しているクライヴの言葉に、スイレンは混乱しながらも何度も頷いて巨大な竜舎を後にした。


 クライヴは鍵を開けたままだったリカルドの家に入り、ソファへとスイレンを座らせて、自分は前に跪くと手を強く握りながら話し始めた。


「……良い? スイレン。これから、僕の言葉は、君に強い衝撃を与えるかもしれない。でも、君はいつかは知らねばいけないことだ。とにかく……彼らを救う道が、すべて閉ざされたわけじゃない。それを踏まえて、落ち着いて聞くんだ」


 スイレンの返事を待つようにそこで言葉を切ったクライヴは、思ってもみなかった事態の衝撃で、さっきから言葉も出すことの出来ないスイレンの顔を見上げた。


 水色の目は、スイレンの意向を伺うようにじっとこちらを見つめている。言葉を出すことが出来ずにようやく一度頷いたスイレンを見て。クライヴは小さく息を吐き、言葉を続けた。


「魔物退治は、上手く行った。いや……今思ってみれば、もしかしたらそれすらも罠だったかもしれない。何故か、リカルドとワーウィックだけを狙い撃つかのように、無数の遠距離の攻撃魔法が一気に飛んできたんだ。乱れ撃ちの攻撃魔法に、流石の彼等も避けきれずに……そのまま、墜落してしまった。そしてその場所は、魔の山と言われている。僕たちイクエイアスの眷属である竜には、禁忌とも言える場所なんだ。あそこは、イクエイアスの対になる存在。上位竜の黒竜エグゼナガルの住処だから」


「……エグゼナガル?」


 聞き覚えのない名前に、スイレンは首を傾げた。ヴェリエフェンディの守護竜イクエイアスの名は、この国に来てから幾度となく聞いている。だが、その対になる存在というと……。


「スイレンが知らないのも、無理はない。この国の人間だとしても、その事実を知っている人間は少数だから。そもそも、その知識は必要ないんだ。黒竜エグゼナガルはあの場所から動かない。そう、盟約で決まっている。ただ、あの場所ではイクエイアスに属する僕達は何の力も使えないし、イクエイアスの加護もなくなってしまうからね。通常の状態よりも、酷く弱い存在になってしまう」


「竜騎士の竜が、弱く……?」


「うん。その事を、利用されたんだ。落ちていくリカルドとワーウィックを救おうと、ブレンダンは僕と一緒に危険も顧みずに共に降りようとしたんだ。だが、攻撃魔法で怪我をして奪還を一旦は断念せざるを得なかった。こうしている間にもガヴェアの一団に回収されていたら、また面倒な事になる。あの場所では、僕ら竜は戦えないから。いかな無敵の名を誇っている竜騎士団でも、近づくことは出来ない」


 クライヴの言葉を聞いてスイレンは、ひとりでに涙が流れてくるのを感じた。


(また。リカルド様がガヴェアに捕まれば……二度も、助けられるとは限らない。向こうだって馬鹿じゃない。もう、あんな檻に入れて見せ物にするなどという、まどろっこしいことはせずに、すぐに彼を殺してしまうのかも……リカルド様……ワーウィック……私、どうしたら良いの)


 彼らが現在、最悪の状況にあることを理解して、スイレンは顔を大きく歪めた。


「とにかく、落ち着くんだ。スイレン。今回はリカルド一人じゃない。火竜ワーウィックも一緒だから……もしかしたら、捕虜として扱われるかもしれない。国と国との交渉材料になったら、そう酷い扱いはされないと思う」


「……でも!」


 スイレンは絶望の海へと沈みそうな自分を、ただ落ち着かせるためだけに紡がれるクライヴの言葉を遮った。


 彼も希望的観測だという自覚があったのか、今は苦い顔をしている。


「すぐに、殺してしまうとしたら? リカルド様がガヴェアに捕らえられるのは、これで二度目だもの。また逃げられることを恐れて、すぐに殺して……しまうかも。お願い。クライヴ。私を、魔の山にまで連れて行って」


 クライヴは、彼に言い募りながら泣いているスイレンを見て困ったように俯いた。


 飄々として余裕を持っているように見える彼でも、今回の目の当たりにした出来事や、契約を交わしている竜騎士である相棒のブレンダンの大怪我は、大きな衝撃を受けているのだろう。かなり憔悴しているようだ。


「お願い。クライヴ。貴方なら、飛べるでしょう。私を魔の山まで、連れて行って。リカルド様とワーウィックが、怪我をして動けずにいるなら。すぐに助けに行きたい。お願い。お願い」


 スイレンは、少年の姿をしている竜に縋った。魔の山にまで人の足で歩いていけば、何日もかかってしまうだろう。


 花魔法しか満足に使うことの出来ないスイレンは、今この状況では彼に頼る以外なかった。


「スイレン。僕も自分の上位種であるイクエイアスが、不可侵の条約を交わしているあの場所へは竜の姿では行けない。そして、こうやって人化してしまうと魔法も使えないし、身を守ってくれる硬い鱗もないし、攻撃のブレスも吐けない。君を、守れなくなるんだ」


「守ってくれなくて……良いの。私はリカルド様を、安全な場所で見殺しにするくらいなら、助けに行ってから死ぬほうが良い。彼を助けることの出来るほんの少しの可能性でもあるなら、行きたいの。クライヴは、私を送ってくれたらすぐに帰っても良い。私一人で行けるから」


 涙で濡れた頬を手で拭いながら、スイレンは決然として立ち上がった。


(リカルド様が死んでしまった世界に、何の意味があるの。それならばもう、彼を助けに行く道中でのたれ死んだ方が、まだ良い)


 スイレンは、危険に立ち向かうことに迷いはなかった。あの人が居ればと思いながら生涯を過ごすには、もうあの人を愛し過ぎていたから。


「待って……どうか。待って。スイレン。落ち着くんだ。どうしても、君がそう言うのなら……イクエイアスに一度相談してみよう。彼なら、何か妙案を出してくれるかもしれない」


 イクエイアスというと、このヴェリエフェンディを守護している竜だった。


 ワーウィックやクライヴはイクエイアスの眷属で、そのため竜騎士との契約に応えてくれているのだ。野生の竜は、滅多なことで人と契約など交わしたりしない。


 クライヴはお願いと両手を合わせて、スイレンを上目遣いで窺い見た。彼だって必死だ。


 このままスイレンを彼女の望むように魔の山に連れて行き、自分も一緒に人化して着いて行ったところで何にもならない。どう考えても、無駄な死人が二人増えるだけだろう。


 どうにかして、この絶体絶命の状況から、起死回生の一手を打たねばならない。


「……イクエイアス? 守護竜様?」


 彼の名前が出て来るとは思ってもみなかったスイレンは驚いて目を見開くと、クライヴは神妙に頷いた。


「城の地下に居る。僕が、スイレンを連れて行くから。リカルドは、イクエイアスのお気に入りなんだ。だから、以前にガヴェアに捕らえられた時にも、ワーウィックに貴重な魔法薬を与えて時間が掛かる酷い怪我だったにも関わらず、全快させた。今回だって、リカルドとワーウィックを救うために、何らかの手を打ってくれるかもしれない」


 スイレンは、手で拭いても拭いても流れてくる涙を拭いながら頷いた。


 守護竜であるイクエイアスに対面してその慈悲に縋るしか道がないのなら、そうする。


(リカルド様とワーウィックを助けるためなら、何でもする。なんだって)



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