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1-17 天国

「何も知らないと……そうだ。不安だよな。でも、俺も何もかも、初めてなんだ。男所帯だから、話は聞いているし、何となくやり方は知ってはいるけど、何か変なことをやらかすのは俺かもしれない。少しでも嫌だと思ったりしたら、すぐに止めるから言って欲しい……好きだよ。スイレン。君のことを何かひとつ知るたびに、ますます君が好きになるんだ」


 彼の甘い告白の中に、聞き逃せないことを聞いたような気がして、スイレンははっと顔を上げた。


 柔らかな表情を浮かべ、自分を見つめる大好きなリカルドの顔が、すぐ近くにある。


「あの……もしかして、リカルド様も……私と同じようにしてそういう事をしたことが、ないんですか……?」


 スイレンはリカルドの過去についてなど、今までに探ろうとしたことなんて一度もなかった。


 けれど、彼はこんなに魅力的で、あんなに美しい婚約者が、すぐ近くに居たのに。


「そうだよ。幼い頃から決まった婚約者が居たし。イジェマとは、一切何にもない。むしろ幼い頃から竜騎士になりたかった俺のことを、毛嫌いしていたから。それに、小さな頃から、竜騎士となるために厳しい鍛錬していたし。そんな時間もない……まあ。男にはいろんな考え方をする奴も居ると思うんだけど。俺は好きな子以外とは、こういうことはしたくないという考えなんだ。君はきっと知らないと思うけど、結構珍しいかも」


 そう言いつつリカルドは頬にキスをして、スイレンを抱き寄せた。


(こんなに素敵な人を、嫌うなんて本当に信じられない)


 リカルド自身がそう言っているのだから、きっとイジェマは彼を嫌っていたような様子を見せていたのだろう。


 けれど、彼の事を好きなスイレンにとってしてみれば、イジェマが彼に言ったという言葉が本当に信じ難かった。


 スイレンから見れば何もかもが完璧で、存在自体信じられないくらいの人なのに。


 好きな子。それも、自分以外とは、そういうことをしたくないのだと言った。


 スイレンは夢みたいで、とても嬉しくて、思わず空を飛んでしまいそうなくらいに心は浮き立った。


「嘘みたい」


 嬉しそうにふふっと笑ったスイレンに、リカルドはもう一度顔を寄せてキスをしてくれた。


 はーっと大きくため息をつき、自分の大きな体で囲むようにぎゅっと抱き寄せた。


「嘘じゃないよ。俺は運良く戦果を挙げて、今では国民の英雄で竜騎士だなんだと、持て囃されてはいるけれど、その実、何も知らない二十二歳の若造だよ……そうだ。スイレンは、今年齢はいくつ?」


「私は、今は十九です。リカルド様」


 彼の問いに素直に答えたスイレンに、リカルドは少しだけ複雑そうな顔になった。


「そうか。ならば、結婚をするのは、もう少し先になるな……上手くいって、一年後か。早く君を妻にして、俺のものにしたい……」


 スイレンは、リカルドの言葉に首を傾げた。


 ガヴェアでは十九だと結婚適齢期なのだが、この国ヴェリエフェンディでは違うのかもしれない。


 あと一年待たねばならないということは、二十歳になってようやく結婚が許されるのだろうか。


「あの。私って、リカルド様と結婚……出来るんですか?」


「……それは、どういう意味?」


 スイレンの疑問に不機嫌そうな低い声を出し、リカルドは言った。


 単純に疑問に思っただけのスイレンには、そんなつもりではなかった。


 けれど、彼を怒らせてしまったのかもしれない。


 慌てて、俯いていたスイレンは顔を上げた。


 眉を寄せた整った彼の顔が、自分をじっと見ている。


 今までにない表情の、迫力に怯みそうになりながらも、スイレンは自分が思っていた考えを口にした。


「だって。私は、身分のない平民ですし……お金も何も、後ろ盾も何も持っていません。貴方の得になるようなものなんて、何ひとつ。リカルド様は、それでも良いんですか?」


「良いよ。君が、好きだ。もちろん、貴族と平民同士の貴賎結婚となるから、色々と言ってくる輩も出てくるだろう。けど、心配しないで。絶対に、俺は君を守るし、貴族の身分を手放したとしても、絶対にスイレンを手離したりはしない」


 これからの決意表明をするように、そう呟(ルビ:つぶや)くとリカルドはまた力を込めてスイレンを抱いた。


 自分への想いが込められた、強めの力が彼の気持ちを表しているようだった。


 そう思えば、ふわふわとした足場のない雲の上にいるような感覚だった。


(本当に今も信じ難いけど……国の中でも英雄と呼ばれているこんなに整った顔をした人が、私のことを好きなんだ)


「嬉しい」


 スイレンはリカルドの身体へと頬を寄せれば、白いシャツの上からでも固く鍛え上げられた肉体を感じた。


 自然と、心からは溢れるような彼への想いが溢れて来た。


 スイレンがリカルドの事を好きなのは、初めて檻の中に居た彼を見た時からずっと変わらない。


 けれど、彼の事を知れば知るほど好きになってしまうのは、彼の中身がそれだけ魅力的で、竜から選ばれるほどの誠実さや高潔さを持っているからだろう。


「俺も、嬉しい。君がずっと俺のことを好意的に見て好きで居てくれたのは、わかっていたけれど……俺に、婚約者が居る間は、どうしても動くことが出来なかった。もし、箍が外れて、二人がそういう仲になってしまったら……貴族の俺ではなく、弱い立場に居る君が誰かから非難されるのは、目に見えていた事だったから。貴族間のことだったので、色々と手続きが面倒で時間がかかった。待たせて、悪かった。スイレンを誰にも渡したくない」


 そういえば、リカルドはこれまで言葉が少なく、強い感情を表に出すこともしなかった。


 それは、彼が必死で感情を抑えて平常心を保とうと努力していたからかもしれない。


「ふふっ……あの、私は。リカルド様を見たその時から、ずっとずっと貴方のことが、好きなんです。この身を捧げても構わないと、そう思うほど」


 吸い込まれそうな彼の茶色の瞳の中、照れて微笑む自分の姿が見えた。


 リカルドは自らの大きな体で覆うように抱き抱えているスイレンの頭に、キスの雨を降らせると、小さな子どもや小動物を相手にしているように優しく顔に頬擦りをした。


 スイレンは彼の生えかけてきた髭の感触がくすぐったくて、喉を鳴らして笑った。


 こうして、彼の大きな身体に囲まれていると、その中で特別に守られているようで、心の中は安心感で満たされた。


 スイレンは両親が亡くなってからこれまでに、誰かに守られていると言う実感をしたことなんてなかった。


 だからこそ、尚更、強くそう感じてしまっているのかもしれない。


「ふふっ。くすぐったいです。リカルド様」


 目を細めて笑うスイレンの顔の至る所に、その柔らかな唇を押し当てて優しく押し倒した。


 リカルドは油断していたスイレンの首元に吸い付いてちゅうっと音をさせ吸い込むと、所有印を刻む。


 虫刺されのように赤くなった部分を見て、こうした事に全く免疫のないスイレンは首を傾げる。


「あのっ……これって、何か意味があるんですか?」


 リカルドは服を脱がさないままにスイレンの首元の白い柔肌に、いくつかの赤い痕を残しながら頷いた。


「そう。これは、スイレンが俺の恋人で俺のものだから手を出すなって印。だから、反対に俺は君のものだから。またいつか、沢山つけてくれ」


(そういうものなんだ)


 スイレンは彼の行為に納得しながら、所有印を黙々と刻むリカルドの燃えるような赤毛を撫でた。


 彼の赤い髪は、少しだけ癖があって柔らかい。それが光に当たると、燃え上がっている炎のように見えるのだ。そして、触り心地はとても良い。


「リカルド様と私……結婚するんですね」


 まるで他人事のようにして呟いたスイレンに、リカルドは顔を上げて苦笑した。


「うん。そうだよ。スイレンは、子どもは男と女どっちが良い?」


 リカルドと結婚すれば、彼との子どもが出来る。


 それは至極当たり前のことなのだけど、今まで思ってもみなかったことなので、スイレンはまだ見ぬ嬉しい未来に思いを馳せて微笑んだ。


「どっちでも。リカルド様と、これからもこうして一緒に居られるのなら……何でも、良いんです」


 はにかみつつもリカルドにそう言ったスイレンに、彼はもう一度唇に優しいキスをくれた。


「スイレン。俺には、君だけだ。ずっとずっと、君一人だけを愛するよ」


 そう言ってくれたリカルドの言葉が嬉しくて、スイレンは目を閉じた。


 ぎゅっと彼に抱きしめられたままで、幸せな温かさに包まれて、すうっと眠りへと滑り込んでいく。


(彼が居るなら、それが何処だったとしても。私にとっての天国に変わるに、違いない)

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