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1-12 彼の竜

 クラリスは、兄のリカルドが帰って来る時間までは待つと言って、長い時間本宅には戻らなかった。


 こうして、身体の不調を気にすることなく、外出が出来るようになったのが本当に嬉しいらしい。


 明るい性格の彼女の、くるくると変わっていく表情を見るそれだけで、スイレンは楽しかった。


 ガヴェアに居た頃は、引き取られた叔母の家で冷たく当たられていたスイレンに、余計な事情に巻き込まれたくないと思ってか、周囲の人は遠巻きにしていた。


 そんなスイレンに向かって、屈託なく笑って話してくれるクラリスの身体を治療することを手伝えたのは、本当に嬉しかった。


「もうっ……何をしているのかしら。お兄様、本当に遅いわね」


 リカルドの帰宅が遅く焦れているクラリスは立ち上がり、とっぷりと暮れている窓の外を見た。


 今朝、リカルドは仕事に行く時に、心配だから遅くならないように帰って来ると言っていたから、何か急な仕事が舞い込んだのかもしれない。


 貴族であるクラリスは、そろそろ本宅に向けて出発しなければならない時間のようで、彼女に付き添っている影のような侍従から、急かされる間隔が短くなってきた。


 彼は貴族令嬢であるクラリスの侍従は護衛も兼ねているらしく、黒髪黒目を持つ細身の美しい少年だ。ただ、鋭利な刃物を思わせるような鋭い目付きをしている。


 勿論、警護対象で貴族令嬢であるクラリスを守らなければならないので、誰に対しても警戒するのに越したことはないだろう。


 だが、たまにベッドに居るだけのスイレンにも威嚇するような目線を投げるので、何も悪いことはしていないはずなのに、何処かへ逃げ出したくなってしまった。


「クラリス様。そろそろ……」


「あーもー、うるさい。わかったわよ! アダム。スイレン。私もう帰るけど、ガーディナーの実家の店で働くのは、反対だからね」


 クラリスはそう言い放ち、可愛い頬を膨らませながら帰ってしまった。


 病床にあったスイレンは見送りに出ることは彼女に止められたので、せめてもと思い、窓から手を振った。馬車に乗り込む前のクラリスは、偶然家の方向を振り返りスイレンに気がついて、笑顔で振り返してくれた。


 クラリスは、本当に可愛い。


 病気であった過去を、全く感じさせない陰りのない屈託ない笑顔は、満開で咲いている花を思わせる。兄のリカルドの端正な顔の造作は、本当に良く似ていて、彼と兄妹なんだということが一目で良くわかる。


 彼とは未来に結ばれることがないとわかっているスイレンには、それが、その事がとても羨ましい。


 どうせ、叶う事が無理だとわかっている恋なら、血の繋がりなどわかりやすく諦める理由があれば、諦めをつけることが出来るのだろうか。


 窓の外に、大きな竜の黒い影が見える。


 リカルドが、ワーウィックに騎乗して家に帰って来たようだ。


(いつもは、竜舎でワーウィックの鞍を外してから、家に帰って来るはずなのに……? 何か、急用でもあったのかもしれない……)


 いつもとは様子の違い彼らの行動に、不思議になってスイレンは首を傾げた。


 彼らが家の前に舞い降りて少しだけ時間を置いて、ガタガタと乱暴な足取りで階段を上がって来る大きな音がした。


「スイレン! スイレン!」


 美しい赤い髪をした男の子が、扉を開け遠慮なく部屋へと入って来て、ベッドの上に居たスイレンに抱きついた。


 驚いて彼を見下ろすと、とても可愛らしい綺麗な顔をしていた。


 今までにスイレンが見たこともない程に美しく、まるで人形のように整っている。そして、髪の色はリカルド達の兄妹の明るい赤とは違い、より色が濃い紅色だ。


「帰って来て早々。いきなり、何をやっているんだ。お前は」


 少年の後から部屋へと慌てて入って来たリカルドは、紅色の髪の男の子の首根っこを掴み簡単に持ち上げると床の上に立たせた。


(この子は、誰なの?)


 親し気な美少年の正体が思い当たらずに、目を丸くして驚いているスイレンに対してリカルドは、ふうっと大きなため息をついた。


「スイレン。これは、ワーウィックだ。俺の竜の」


 それを聞いても驚きの表情のままでスイレンは、リカルドとワーウィックと呼ばれた少年を交互に見た。


 スイレンが言葉をなくしているのを見て、えへへと言わんばかりに、ワーウィックは、とても嬉しそうな顔をしている。彼とは対照的に、リカルドは面白くなさそうな仏頂面だ。


 スイレンは、ぽかんとしたままで彼ら二人の姿を交互に見た。


 なぜ、彼の竜の名前がここで呼ばれたのだろう。想定もしなかった事態に、理解が追いついていかない。


(もしかして……あの、大きな火竜がこの小さな少年になったの……?)


「スイレン。驚かせてすまない……こいつは、先の戦争での活躍の褒賞をまだ貰っていなかったんだ。今日、遅くなったのは、守護竜イクエイアスに褒賞はこれがしたいと頼み込んで、人化の魔法を特別に使えるようにしてもらったんだ」


「スイレン! これで何があったとしても、一緒に居られるよ! スイレンが、この前に岩の裂け目に落ちちゃった時、自分で助けてあげることが出来なくて本当に辛かった。これからは、何処でも。一緒に、行けるからね」


 胸を張ってそう言った小さな少年は、とても可愛くてスイレンは思わず笑ってしまった。そんなスイレンの笑顔を見て、ワーウィックはとても満足そうに頷いた。


「スイレン。この人化の魔法は、制約が多くて一日に決められた数しか使うことが出来ないんだ。だから、今日はもうワーウィックは竜に戻ることが出来ない。これから、家でもこの姿で過ごすことも増えるだろう。喋り相手をさせてしまうかもしれないが、よろしく頼む」


 リカルドは複雑な表情で、得意げなワーウィックの髪を撫でた。


「勿論です。これからもよろしくね、ワーウィック」


「わあ。こうして、スイレンと喋れるのって、本当に嬉しいよ。僕はずっと、スイレンに可愛くて好きだよって、言っていたんだ。リカルドは、ちゃんと伝えてはくれなかったけど」


 ワーウィックに不満そうにちらっと見られたリカルドは、面白くなさそうな顔をして、彼の言葉を無視した。


「スイレン。もう、夕食は食べたのか」


「いいえ。まだです。リカルド様。あの……私、そろそろ動いても大丈夫だと思います」


 スイレンが彼の言い付けを聞かぬまま、勝手に雪山に行って風邪をひいた。


 病み上がりでこうして心配してくれるのは嬉しいが、そろそろ動きたい。このところ、すっかりベッドの上の住人で、健康なのにこのままでは元の生活に戻れなくなってしまう。


 リカルドの意向を伺うように自分の顔を見上げたスイレンに、自分でも心配症に気が付いていたのか。彼は、苦笑して頷いた。このところ、スイレンに対して過保護にしていた自覚はあったらしい。


「……そうだな。今日は、一階で一緒に夕食を食べるか。時間が遅くなってしまって、すまない」


 リカルドの言葉を聞いてワーウィックは、スイレンの手を引こうと素早く動いた。その行動を見て、やはりリカルドはムッとした表情になってしまった。


 濃淡の違う赤い髪の二人に挟まれながら、なんとも言えない気持ちになりながら、スイレンはゆっくりとベッドから起き上がった。



◇◆◇



「……ブレンダンの、実家の店で働く?」


 夕食の後、先程から続く不機嫌な顔を崩さずに、リカルドはスイレンの言葉を聞き返した。いつもより不機嫌に聞こえる低い声に、スイレンは意味もなく緊張してしまった。


(自分で、自分のお金を稼ぎたい。何か、おかしなことを言ってしまったのかしら)


 不安になったスイレンが横に目を向ければ、隣に座っているワーウィックは、スイレンの魔法の花を皿に盛って美味しそうに咀嚼している。


 リカルドがそのまま何も言わないので、スイレンは勇気を出して彼にもう一度先ほどの説明を繰り返した。


「あの……ガーディナー様のお店の内装に、生花を扱うらしいので、私でも何かお役に立てるかと」


「……ダメだ。君は、この家に居てくれるだけで良い。お金のことなら、何も気にしなくても良い。もし時間が余って何かの趣味を持つなら、俺が金を払おう」


 すげなくスイレンがお金のために働くことに反対したリカルドに、ワーウィックはチラリと取り付く島のない彼に言葉をなくしてしまった彼女を見た。


「リカルド。スイレンは、その仕事をやりたがっているよ? お金を稼ぐことだけが目的ではないんじゃないの。人はどうして、女性を家に閉じ込めたがるの。本当に彼女を大切に思っているのなら、やりたいと思っていることをさせてあげれば良いのに。無理に閉じ込めても、その心は離れていく。永遠に、手には入らない。もっとも、リカルドが自分の勝手でスイレンの心が死んでいっても、何とも思わないなら。僕には、君には何も言うことはないけどね」


 ワーウィックは可愛らしい表情のままで、リカルドに辛辣な意見を言った。


 あどけない顔からは想像もつかない言葉が飛び出して来て、スイレンは思わず目を見張った。ワーウィックの本当の姿は、もちろん竜だ。


 今は可愛らしい少年の姿だが、実年齢はわからない。そして、竜は自分の相棒には、何よりも高潔な精神であることを求める。


 リカルドは、何も言わずにガタッと音をさせて椅子から立ち上がった。一瞬見えた悔しそうな表情に、スイレンはどうしても悲しくなった。


(リカルド様にそんな顔をして欲しい訳じゃない。彼には、いつも笑顔でいて欲しい。それこそが、私の一番したいことなのに……)


「……わかった。好きにして良い」


 リカルドは短くそう言い放つと、背を向けて扉を出て階段を登って行ってしまった。その間も、ワーウィックはもぐもぐと皿に載った花を食べながら頬杖をついている。


 スイレンは、どうして良いか戸惑ってしまった。


 ガヴェアでは、こんな風に人と意見を違えることさえないくらいに孤独だった。だから、こういった時に、何をしたら正解なのかもわからない。


「スイレン。君は、今まで自分が働いてお金を稼いで来たんだろう? もし、そうなら自分で、もう一度リカルドに意見をぶつけてみないとダメだ。確かに、この国での君の庇護者は、今はリカルドかもしれない。けど、君は既に立派な働き手だった。自分でこれから自分がどう生きていくかという、道を選ぶんだ……そう、ちゃんと選ばなきゃダメだよ。そして、この世界の中に男はリカルド一人ではないということも、君はちゃんと知るべきだと思う」


 途方に暮れてしまった表情をしているスイレンに、ワーウィックは諭すように言った。


 リカルド以外の人なんて……スイレンにはとても考えられなかった。


 彼の真っ直ぐな茶色の目を思い出すだけで、それだけで、いても立っても居られなくなるのだ。きっと、もう一生。その気持ちは消えないと、今言い切れるくらいに。


「ふふっ。スイレンは、そういうところも可愛いなあ。僕は、僕達は……そういう真っ直ぐで善良な人間が、とっても好きなんだ。そうだね、今はリカルドのところに行っておいで……もしかしたら、二人きりで話した方が良いことがあるかもしれないからね」


 そう言い終わると、ワーウィックは何事もなかったかのようにモグモグと花を食べる。


 スイレンが決意をして椅子から立つと、僕のおかわりだけよろしく、と空っぽの皿を差し出しながらちゃっかりとして言った。


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