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1-1 檻の中

 その晴れた日は、年に一度行われる大祭の時のような騒ぎだった。


 先の戦争で、この国ガヴェアへ大損害を与えた戦犯。


 隣国ヴェリエフェンディの英雄である、有名な竜騎士の一人が捕らえられたのだ。


 彼は騎乗していた竜が傷を負い墜落し、その竜の命乞いをして、抵抗する事なく捕らえられたのだと言う。


 ガヴェア自慢の芸術的とも言える壮麗な王都にある、大きな広場。


 そこ中央に、異様な存在感を放つ魔物用の檻が置かれている。


 民衆が取り巻く大きな鉄格子の檻の中、まるで見世物の動物のように佇んでいるその男こそ、竜騎士リカルド・デュマース。


 燃えるような赤い髪に、茶色の瞳。


 そして、大柄な体躯と隆々とした筋肉を持つ美男子であった。


 とはいえ、敵国であった人間からすれば、脅威でしかなく化け物のように恐れられていた男だ。


 罵声を浴びせられ、石を投げつけられたとしても。彼の目の光は衰えることなく、輝きを放っていた。


 竜に選ばれし竜騎士のみに着ることを許されている黒い騎士服は、檻の中に入っている時から、既に小汚くなってしまっていた。


 敵国の英雄を直接目にして怒り狂った民衆に泥も投げつけられ、今ではもう見るも無惨な姿になってしまっていた。


 それでも。


 貧しい花売りの娘は、一目見て彼に恋をしてしまったのだった。



◇◆◇



 スイレンという珍しい名前は異国の花が由来なのだと、亡くなってしまった両親は言った。


 母親もスイレンと同じようにガヴェアの王都で瑞々しい生花を籠に入れて売り歩く花娘達の一人だったので、変わった名前の理由も大人になるにつれ納得が出来た。


 魔法大国ガヴェアは、魔法の資質で全てを問われる国だ。幼いころに両親を亡くし、自分一人だけになってしまって、せめても母親の得意な花魔法の資質を受け継いだのは彼女にとって良かったことなのだと思う。


「スイレン。おはよう。今朝は、赤い花と白い花をおくれ」


 食堂で飾る花を、毎朝買ってくれる宿屋の女将さんは常連だ。


 毎日、大きな花籠を持ったスイレンがこの通りを通る頃に、店の前で待っていてお釣りの心配がないよう、丁度のお金を渡してくれる。


 ある事情があって王都名物の花娘の一人なのに、満足に着飾ることも出来ないスイレンのことを心配してくれて、とても優しい人なのだ。


 スイレンは慌てて籠の中の花を数えてから、仕上げに少しでも長持ちするように状態維持の生活魔法をかけて手渡した。


「おはようございます。女将さん。いつも、ありがとう」


 スイレンは首を傾げて、精一杯の笑顔を浮かべた。


 厳しい状況下に置かれた彼女にとっては、この女将さんのように大事に優しくしてくれる人は貴重で、だからこそ何の心配も要らないと笑った顔を見せていたかった。


「スイレンの売る花は長持ちするからね。店の中は、もう花だらけだよ。今日も頑張りな」


 赤と白の小さな花束を持った女将さんに手を振って別れると、花の入った大きな籠を持ち、スイレンは籠の底にある小袋で種類別にしている花の種を覗き込んだ。


(今はまだ……花を追加することもないとは、思うけど。今日は何故か街には人出が多いみたいだし。少しでも、たくさん売れると良いな)


 人が多ければ、咲きたての花に目に留めて買ってくれる人も多いだろう。


 そんなことを思いながら、スイレンは王都中央にある広場へと向かって歩いた。


 いつも閑散としている広場には、何故か数多くの人が集まっているようだ。


 そこかしこから怒鳴るような大きな声もしていて、年に一度だけある大祭ほどの熱気もあるようだ。


(何か、あったのかしら。お祭りの季節は、もう過ぎているはずだけど)


 大祭は数か月前に行われたばかりだと、スイレンは不思議に思いながらも大通りをゆっくりと歩を進める。


 やがて、広場の中央に置かれているとんでもないものが見えて来て、ようやくその存在に気がついた。


 壮麗なガヴェアの王都の景色には、全く似つかわしくない。禍々しいとも言える、大きな鉄格子の檻。


「先の大戦での戦犯だ! 竜騎士リカルド・デュマースを捕らえた! 能力封じの腕輪をつけているため、この男は何も出来ぬ。ここに集まる多くの民衆達よ。その怒りを、この男に存分にぶつけるが良い」


 スイレンが驚きながら広場へと入ると辺りに響き渡る朗々とした声が響いて、周囲に集まっている民衆たちが大きな声で吠えた。


 まるで、獲物を見つけた肉食獣のように。


 竜騎士と言えば、隣国ヴェリエフェンディの守護竜イクエイアスの眷属の竜を駆る、周辺国では最強と謳われる竜騎士団に属する男達だ。


 なぜ、その中の一人が捕まってしまったのだろうか。


「あの男。騎乗していた竜が大怪我をして墜落して、その竜の命乞いをして大人しく捕らえられたらしいぞ」


「ははは。バカな男だな。竜とて所詮は獣。命を救われたという、感謝の気持ちもわからぬだろうに」


 ぼそぼそとした嘲笑を含んだ声が、周囲から漏れ聞こえて来た。


 スイレンは周囲を背の高い男の人達に囲まれてしまい、慌ててその場から抜け出そうとするものの、上手くいかなかった。


 売り物の大事な花が入った籠を押し潰されないように、彼らの動きに付いて行くしかなかった。


 ぎゅうぎゅうに押しつぶされてしまいそうなほどに密集した多くの人々の中、やっとのことであまり混んでいない隙間へと辿り着く。


 視界が開けたその場所から、檻の中に居る彼の姿が見えたのだ。


(なんて……強くて、綺麗な目をした人だろう)


 最初彼を見た時、印象はそうだった。


 大型の魔物用なのだろうか。太い鉄格子が周囲を囲む柵の中。


 彼はただ一人で石や泥をぶつけられていても、少しも怯むことなく、ただ前だけを見つめている。


 その目がとても綺麗で、思わずスイレンの胸は高鳴ってしまった。


 戦犯と、憎まれてそうして呼ばれる程だ。きっと、この国の人を何人も何十人も殺したのかもしれない。


 けれど、スイレンの目には、竜騎士リカルドこそが理不尽な酷い目に遭っている不遇の英雄に映ってしまったのだ。


 王都の中では、攻撃魔法を使用する事は禁じられている。


 集まった民衆達は何の抵抗も出来ぬ彼に、地面にあった石や泥団子を投げることで憂さ晴らしをしているようだ。


 そして、きっと彼は楽には死ねないだろう。


 意に添わぬ敗戦に鬱屈していた民衆の憂さ晴らしをこの広場の檻の中でさせて、決して逃れられぬ絶望を味わう。


 敵対している隣国の情報を彼から得ても得られなくても、いずれ思いつく限りの残酷な方法で殺されるだろう。


 集まった人々が口々に嘲りの入り混じった噂話を話すのを耳にしながら、スイレンはそれは絶対に嫌だとそう思った。


 檻の中に一人佇む彼は、不思議な人だった。


 こうして、一分の隙もなく敵国の人間に囲まれているというのに。


 虚勢を張るわけでも、ましてや怯えている様子など全く見せない。


 諦めの表情とは決して違う。


 ただ毅然として、前を見つめている。


 リカルドの茶色い目に今映っているものが、なんであれ。この自分も彼の目に映ってみたいと、スイレンはそう強く思ったのだ。


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