第8話 コラボカフェ当日(後編)
改めて席で二人っきりになったものの、陸野はすでにメニューを熱心に眺めていた。
「何を注文しようかなあ?」
陸野はメニューを見て目をキラキラさせながらどれにしようか迷っていた。
「メニュー一品につきランダムコースター一枚配布……じゃあなるべく一品でも多く注文しないとね」
陸野はメニューに書かれている文章を読む。
「一品でも多く注文するならフードとデザートとドリンク合わせて三つずつがいいかも。一人三品食べれば全部で三枚のコースターね。それならキャラがばらける可能性が高いし」
すでに複数のメニューを注文する気満々の陸野を目にして俺も何か注文しなくては、とメニューを見た。
メニューにあったのフードの一覧を見つめる。
・ユイロのお手製ミートソーススパゲッティ1500円
・キリカの好物オムライス 1600円
・あの日見つめ合って食べたタコ焼き 900円
・マムー特製ランチボックス 2200円
といった具合にメニュー名は全てコールドエンブレムにちなんだフードばかりだ。
ミートソーススパゲッティは主人公ユイロが傷心のキリカに作ったユイロ自慢の得意料理の再現でオムライスはヒロイン・キリカの好物といった具合にキャラにちなんだものだ。
たこ焼きは日常回である三話のお祭りでたこ焼きを食べるシーンがあったのでそこから来ていて、ランチボックスは主人公の母親が作ったお手製弁当の再現である。
それらがメニューに載ってる写真を見る限り、コールドエンブレムの世界のキャラの絵が刺されていて 普通のカフェのメニューよりもデコレーションが独自だ。
俺はメニュー表の値段を見て気になった。
「値段、なんか高くない?」
通常のカフェよりもフードの値段が高い。
タコ焼きなんて原価は安いだろうに900円もするのか……と。
ランチボックスなんてつまりはお弁当を再現したフードだろうになぜ2200円もするのだ。
「仕方ないよ、こういうコラボカフェって版権代にお金かかるみたいだし、フードの売り上げで稼がないといけないみたいだよ」
「そうなのか、それにしても高い」
こういうコラボカフェはフードの原価で値段を決めているのではなくアニメ制作会社等に許可を得る為の版権代から決められているという。
その為にグッズやメニューで元を取るにはどうしても値段が高めになるそうだ。
俺は値段に迷って値段の安いタコ焼きにしようかと思ったが朝早く出てきてもう昼に近いこの時間は空腹を満たしたかった。
それだとボリュームのあるスパゲッティかオムライスがいいと思った。
それにせっかくカフェという場所に来たのに普段でも食べられるタコ焼きでは特別感がない。
こういったおしゃれな店だからこそメニューもおしゃれなものを食べたいものだ。
「俺はキリカの好物オムライスにするわ」
俺はご飯ものが食べたい気分だったのでそれを選んだ。
「じゃあ私は推しキャラのメニューでユイロのお手製ミートソーススパゲッティにするね」
陸野はやはり好きなキャラにちなんだフードを選んでいた。
フードを決めると、今度は食後のデザートも決めるのだ。
追加注文はできないと言われたので最初にフード以外のものも決めておかねばならないからだ。
「見て、デザートも面白い!」
デザートメニューの一覧を見ながら陸野が声を上げた。
・コールドエンブレムケーキ1300円
・食べればコンビ! 思い出のアイスクリーム900円
「コールドエンブレムケーキ」はアニメ本編でコールドエンブレムという組織のロゴマークを再現した形で氷の結晶の形をしている。ケーキとしてはなかなか珍しい形だ。
普通のケーキよりもまさにアニメを再現した形がなんとなく気になったのだ。
「俺、このケーキにするわ」
「このアイスも食べたいなあ…でも量が多いかも」
陸野がメニューで指を差したたデザートは「食べればコンビ!思い出のアイスクリーム」(1000円)というアニメ本編で主人公ユイロとヒロインであるキリカがデートの時にシェアして食べたアイスの再現というだけあって二人前の量なのでアイスがトリプル、と量も多かった。
陸野はやはり本編に登場したメニューということで気になったようだが量が多いことに踏みとどまっていた。
「いいんじゃない? 陸野が食べられなかったら残した分は俺が食べるよ。それの割り勘でいいし。そのアイスのコースターは陸野がもらってもいいよ」
こういう時は女子にそうサポートするのが男子の役目……な気がして俺はそう答えた。
早くいうとメニューを注文するまでに長々と時間を取られるより早く決めてフードを食べたいから、という理由もあったが。
「いいの? よかった。一人だと自信なかったんだー」
こういう時、二人で行くとは心強いものだ。
一人だと量の多いメニューを注文するには食べきれない可能性があって踏みとどまってしまうが二人ならばなんとか食べられるだろう。
カフェのメニューの原則で一人一つドリンクも注文せねばならなく、メニューを見てドリンクも決めた。
このドリンクもまた登場人物のイメージカラーに合わせた品なのだ。
赤がイメージカラーのキャラにはアセロラジュース、紫のイメージカラーのキャラにはぶどう味、といった具合だ。
ドリンクは俺が「ミーシャのメロンソーダ」を注文することにして陸野は「ユイロのオレンジジュースを注文することになった。
ドリンクもジュースが一杯八〇〇円とそこそこの値段だ。
今回二人で注文しただけでも軽く合計7000円を超えてしまう。一人当たり約3500円はかかるということだ。
コラボカフェは予算を多めに用意した方がいいとは聞いていたが本当だった。
ようやくメニューが決まったことで店員さんを呼び止めて注文する。
あとはメニューが運ばれてくるのを待つだけだ。
「フードも楽しみだけど、まずはこのカフェの店内をちゃんと楽しまないとね。私、グッズ買いに行ってくるね。店内の写真も撮りたいし。」
「あ、じゃあ俺もここに来た記念に何かグッズ買うわ」
そう言って配布されたグッズ購入券を持ってグッズコーナーへ足を運ぶ。
グッズコーナーはコラボカフェ限定グッズが販売されていた。
陸野はグッズコーナーに置いてある商品籠を手に持ち、次々とグッズを籠の中へと入れていく。
看板やメニューにも使用されていた執事やメイドといったカフェスタイルの衣装を来たキャラクターのアクリルキーホルダーやブラインド式の缶バッジ、アクリルスタンドからクリアファイルといったグッズだ。
やはりグッズの値段もそこそこ高く、アクリルスタンドは一つ1700円、キーホルダーは一つ800円、缶バッジはブラインド式でどのキャラが当たるかはかわからないというのに一つ500円もする。
俺はここへ来た記念になればいいので一番安いブラインド販売の缶バッジを一つ買うことにした。
ブラインド販売なので銀色のパッケージに包まれた商品は開封するまでなんのキャラの絵が出るかはわからない。
これを目当てのキャラが出るまで買ったり、全ての種類をコンプリートする為に何個も買わせるという商法なのだろうか。
グッズを買う為にレジに並んだ際に周囲を見渡すと、コラボカフェに来ている客層はやはり女性が中心だ。
彼氏とデートとして付き合わせて来る男女のカップル客や家族連れのファミリー層などはちらほらといるが、それでもほとんどのテーブルに座っているのは女性同士で来た客ばかりである。
少年漫画原作のアニメだが男性のみで来る客層は少ない。まさにコラボカフェとは女性向けのタイアップなのだ。
おそらく俺もコラボカフェなんてオタク友達と男のみで行くことはなかっただろう。
グッズを買い終わり、席に戻るとちょうどそのタイミングでドリンクが来た。
「こちらは注文特典のランダムコースターになります」
そう言って店員はドリンクと共に裏返し状態のコースターを一緒にテーブルに置いた。
「ごゆっくり」と言い残すと店員は去っていく。
「コースターは誰かしら?」
陸野は裏返しになっているコースターを表に返し、絵を見た。
すると、そのコースターは一枚目にして陸野の好きなキャラである主人公のユイロの絵柄だった。
「やった! ユイロだわ! 推しキャラが一発で来るなんて……!」
その陸野の表情は女子高生らしい笑顔で本当に嬉しそうだった。
好きなアニメのコラボカフェに来て。ランダムでもらえるコースターで真っ先に出たのが一番好きなキャラなのだ。
ランダムということは運要素もかかりなんのキャラが出るかはわからない。
コースターの種類は全部で六種類だから引きたい絵が出る確率も六分の一なのである。
その少ない確率に当たったのだからこそ、その喜びは凄いものだろう。
ドリンクで喉を潤しながら、ふと陸野の顔を見つめる。
(こうして見ると、陸野って可愛いな……)
普段学校で見る眼鏡で無愛想な陸野と違い、今の陸野はまさに年相応の少女として可愛い。
眼鏡をしていなくて顔がよく見えることと服装も私服なせいだろうか、いつもと違う一面を見た気がした。
「ん? 何?」
じっと見ていたら陸野と目が合ってしまった。
やべ、俺なんで人の顔じろじろ見てるんだろう、と慌てて目を逸らす。
「さっき、グッズ色々買っていたけどどんなの買ったんだ?」
目線をそらすために先ほどのグッズコーナーでの話題を出す。陸野はいくつかグッズを購入していた。
グッズ購入は一人三点までだから三つのグッズを買っていた。
「コラボカフェ限定デザインのグッズをメインに買ったの。ラバーストラップとアクリルスタンドにクリアファイルよ」
陸野は会計でもらったショップ袋から一部の商品を取り出し見せてくれた。
「ほら、こういうのよ。可愛いでしょ?」
ニコニコしながら陸野はあるグッズを手に持った。
それはコラボカフェ限定デザインのラバーストラップだった。
カフェでご奉仕するかのようなデザインの衣装に身を包んだコールドエンブレムのキャラクターグッズだ。
陸野はそれのウェイター仕様の衣装を着たユイロのラバストを買ったのだ。
「可愛いじゃないか。買えてよかったな」
「さっそくスマホに着けちゃおうっと」
陸野はそう言うと、飾り気のない紫色のカバーのスマートフォンにラバーストラップを取り付けた。
最近のスマートフォンにはストラップホールなどのアクセサリーをつける穴がないことを前提としたグッズなのか、イヤホンジャックがついていてストラップホールのないスマホのイヤホン接続部分に差し込めばストラップとして使えるデザインだった。
なんの装飾もなかったシンプルな陸野のスマートフォンにコラボカフェ限定デザインのコールドエンブレムのキャラクターグッズが吊り下げられた。
「可愛い。このラバスト、これからも大切にしようっと」
グッズを見せ合っていたらようやく店員が注文した品を持ってきた。
「ユイロのミートソーススパゲッティのお客様―」
注文したメニューは皿にパスタが盛られており、ミートソースがかかっていた。
これだけでは普通のスパゲッティだが大きな違いに主人公ユイロのピックが刺さっている。
「まさにユイロが食べていそうだわ…」
陸野はさっそく来たメニューをスマホで写真を撮る。
「Xにアップしようっと」
なるほど、こうやって注文したメニューをSNS映えするということで見た目を楽しんでなおかつ食べられるからコラボカフェは人気があるのか。
そうしている間にテーブルには俺の注文したメニューも来た。
黄色い卵のオムライスにデミグラスソースがかかっていてサラダが添えられている。
オムライスに刺さっているピックにはヒロインであるキリカの絵がある。
「じゃあ俺も写真撮っておこう」
俺もスマートフォンを取り出してオムライスの写真を撮った。
「いただきます」
俺はオムライスをスプーンですくって一口食べてみることにした。
値段が高いオムライスならさぞ高級な味わいなのだろうか、と期待したが味は普通だった。
確かに家庭で作るオムライスよりもぱらっとしていてべたつかず、ソースもただのケチャップではなくデミグラスソースだから凝っているのはわかる。
だがそれでも高級レストラン並みに美味しいというわけでもなく、普通のレストランの味だ。
これも味は普通のオムライスだが1600円もするのである。
「ちょっと量多いみたい。食べる?」
陸野はそう言うと、スパゲッティの皿を指し
。
え? もしかしてこれは「あーん」的な展開ですか? と一瞬期待したがすぐにテーブルにあったフォークやスプーンの一式から取れと理解したのでそれを使う。危なかった……あやうく勘違いするところだった。
しかしスパゲッティを一口食べてみても味は普通のミートソーススパゲッティだ。
ただのスパゲッティに料金が1500円もするとはずいぶん割高である。
もくもくとフードを味わっている俺達の隣のテーブル席で二人客の女性がしゃべっていた内容が聞こえた。
「だからあの時、ユイロがキリカの方を見てああ言ったのはねー「俺がお前を守るから」って言葉にいえない視線だったと思うのよ」
「わかるわー。あたしもそこ何度も巻き戻して見た。キリカの純情な性格が出ててよかったよねー」
隣の席の人もまさにコールドエンブレムの本編についての話をしている。
さすがはコラボカフェだけあってその店内にいる客もそのタイアップ作品を愛している人達だらけだ。
最初からこういった店にはまずそのタイアップ作品を好きな人しか来ないのだろう。
もちろんたまたま通りすがって来る客も中にはいるかもしれないが、それよりも事前にこのタイアップを知った人が来る確率の方が高い。
こういった同じ店内の空気を触れるだけでコラボカフェというものは楽しいのかもしれない。
フードを食べ終えると次はデザートが運ばれてきた。
「コールドエンブレムケーキ」は実にSNS映えしそうな形をしていた。
普通のケーキと違って雪の結晶を模した六角形にカットされたスポンジに生クリームとフルーツでデコレーションされていてケーキ屋で販売しているようなケーキとは違ってまさにアニメタイアップならではなデザインだ。
メニューの写真でもすでに形は見ていたが実物を目にするとやはり違う。
「すごい! 写真撮らせて!」
陸野がそう言うので写真を撮らせた。
陸野が頼んだ「食べればコンビ! 思い出のアイスクリーム」はバスケットの形をしたコーンにバニラ、チョコ、ストロベリーの三種類のアイスクリームが乗っていて、フルーツがトッピングされている。
「わー! まさにユイロとキリカがデートの時に食べてたやつだわー!」
アニメの本編内の再現料理が出てくるとはやはりファンにとっては嬉しいものだ。
アニメの中で登場した食べ物がそのまま実現したようなものである。
早速デザートタイムに突入だ。
「美味しい」
ケーキはふわふわのスポンジになめらかなクリームが合う。
「そうだ、コースターは何が出たんだよ」
俺達はデザートのあまりの完成度の高さに写真を撮ることや食べることに夢中になっていてフードがテーブルに来た時に一緒に置いてかれたコースターの存在をすっかり忘れていた。
裏返しにされたコースターを陸野がひっくり返すと、それはメインキャラ六人のうちの、バーゼルとミーナの絵だった。
俺の方にも置かれたコースターを開くとそれはミーシャというキャラだ。
なんと先ほど来たコースターと合わせて全種類が揃ったのである。
普通こういったランダムのグッズは確率的に六枚もらえたとしても六分の一の確率で二枚同じものが出たりやはりだぶったりするものだ。
それがランダムだというのにそれぞれ違う柄のものが出て全種類揃うなんて奇跡的なのだ。
「すごーい! 六品注文して六枚全部バラバラのコースターが当たるなんて!」
こんな奇跡のような偶然あるのだろうか?
二人で一人三品を注文して六つのコースターがテーブルに来れば六種類全てが出るとは。
その陸野のはしゃぎっぷりに俺はなぜかもう一押ししたくなった。
「陸野、そのコースター欲しいなら俺の分も譲るよ」
「え……でも、それじゃ江村くんの分が……」
「俺はさっきグッズ買ったからコラボカフェに来た記念品はあるし、そんなに陸野がコースター欲しいなら……全種類部屋に飾りたいんだろ? こんな全種類出るなんて偶然、滅多にないもんな」
「それはそうだけど……」
陸野は少し遠慮がちだった。
「俺はスマホでその六枚のコースターの画像が残せれば満足だから。全種類揃ってるところスマホで撮らせてくれればいいよ」
気を遣う陸野に、俺はそう言った。
「嬉しい、ありがとう」
その時の陸野の顔は学校では見たことのないような照れた表情だった。
ちっくしょう、かわいいじゃねえか……!
その後ももくもくとデザートを食べ続けるとなんとか利用時間終了前に食べ終わることができた。
コラボカフェといえば店舗限定特典がもらえるのが嬉しいですね。ちなみにコラボカフェでフードやデザートを六品注文して全六種類のうち六種類すべてが揃ったというのは作者の実話です。幸運なことにだぶりなし、その体験をどうしてもストーリーに組み込みたかったです