第18話 コスプレ撮影会アフター
「じゃあ、あたしは着替えるから。帰る準備してて」
時間はすっかり午後四時を周り、かなりの枚数を撮ったので小宮が更衣室で着替えをして帰ることにした。
またもや来た時と同じように俺はフロントで待つのだ。
それから数十分もの時間が経ち、更衣室から出てきた小宮はコスプレ姿とは変わり、すっかりいつもの小宮だった。
派手な髪色はウィッグを外して茶髪に戻り、カラーコンタクトも外して黒い瞳に衣装もごく普通の私服。
ここに来た時と同じ姿に戻っただけなのに、まるでオンとオフを切り替えるアイドルのような変身を見た気分だった。
「お腹すいたね、どっかでご飯食べてから帰ろうか。今日撮ったカメラのデータも見たいし」
スタジオの入り口である自動ドアをくぐるさい、小宮はそう言った。
そういえば今日は昼飯はパンを軽く食べただけだった。
スタジオ内のカフェは値段が張るという理由で飲食ブースではあらかじめ持ってきたパンやおにぎりで軽食を取っていたのだが、ゆっくり食べている時間もなく、その後も忙しい撮影をしていたのですっかり俺も腹が減っていた。
それにカメラのデータを見たいというのも納得だ。
今日一日は俺がカメラマンをしていて時折小宮がどう撮れたかをチェックすることはあったが、全体的にどんな写真が撮れたのかは見ている時間がなかったのである。
俺達はスタジオの近くのファミレスで早めの夕食を取ることにことにした。
「ほら、この書斎での写真とか、まさにめっちゃサタフォらしくない?」
そう言って小宮は一眼レフのデータ画面を俺に見せる。
俺達はファミレスのテーブル席で注文した料理を食べつつ、今日撮った写真を確認するべく、カメラの中のデータを見ていた。
このファミレスは近くに撮影スタジオがあるためか、俺達と同じくコスプレ撮影会の打ち上げをしているグループが多いようで店内はコスプレイヤーと思われるカートなど大荷物を持った集団が結構いた。
「次はコールドエンブレムの併せしない?」
「あたし、ユイロやってみたいんだけどー」
「今度一緒に材料買いに行こうよー」
今日の撮影会についてなど今後の予定などコスプレイベントについて語っているようで他のテーブルからはコスプレ関連と思われる話題が聞こえる。
「こっちの壁の背景もユニーに合ってていいわね」
小宮は自分の姿が写った画像を見ながら、いい写真を探していた。
かなりの枚数の写真を撮ったがその中でも特に出来がいいものは加工してコスプレSNSにアップロードするということだ。
ようやく今までは宅コスしかできなかったのが念願のスタジオ撮影ができたことでネット上にアップロードできるというのだ。
「江村にも今日撮った写真とかデータで送るから、欲しいのあったら言って」
クラスメイトのコスプレ写真を異性である俺が受け取る、というのも不思議な気分だがこういったコスプレ撮影会の後は参加者同士で撮影した画像を共有するというのはよくある話らしい。
「じゃあさっそく、コスプレアカウントにもアップするわ。そうだ、せっかくだから江村にもアカウント教えておくわね」
そういって小宮のコスプレ用のツイッターアカウントのIDを教えてもらえた。
「コミィ」というコスプレ用ネームでツイッターアカウントが作成されていてすでに自宅撮影のコス写真がいくつか投稿されている。
そこへすでに午前の時間帯、つまりスタジオにいた時刻に「今日の速報! スタジオ撮影やってます」という内容ででスマートフォンでも撮影していたスタジオ撮影での一枚をアップしていたのだ。『いいね』も付いていた
「なんだかんだ今日の撮影会は楽しかったな。あんな和風だったり洋風だったり和風ないろんな世界を詰めたようなスタジオがあるなんて知らなかったし、牢屋まであるなんて。未知の世界へ踏み出した気分だったよ」
「ねー。あたし、前々からいつかああいう場所で撮影したいって夢だったんだ。今日はそれを実現できたからこれであたしも一歩さらにコスプレイヤーに近づいた気がするし」
小宮は凄く嬉しそうに微笑んだ。
普段はつっけんどんな態度を取っている小宮だが今日は自分がやりたかったことができて念願が達成できたことからか随分と素直だった。
むしろ初めてしゃべった時のとげとげしい態度とはうって変わって、今の小宮はまさに普通の女の子だ。
つんつんした態度からは違い、今はおっとりしている。
これがツンデレってやつなのか……?
小宮にもこんな普通に話せる一面があるのであれば、もっと小宮だってクラスで友達を作るとか仲間を作ることだってできるのではないだろうか。
俺は小宮に聞いてみた。
「なあ、小宮はそれで満足なのか? もっとそういうコスプレとか特技をネット上だけじゃなくて他の誰かに見て欲しい、とかそういうのはないの?」
俺のその質問に、小宮は頭を傾ける。
「なにそれ。あたしはこうやって自分が楽しめるならいいかーって感じよ。コスプレなんて人によっては嫌悪されたり、差別的にみられる趣味なんだからあまり誰にでも知られたくないし。あたしにとってはこうやって話がわかる人とだけそういう話とかできればいっかーって感じ」
「そ、そうなのか」
確かにコスプレというのは特殊な趣味で、どうしても受け入れられない人も多い。
それならばリアルの自分のことをよく知らないが同じくコスプレ好きなネット上の人だけに見てもらえればいい、というのも一つの考えだ。
「今日こうやってスタジオ撮影ができたおかげで今まで宅コスしかアップできなかったSNSにも初めてスタジオ撮影の画像アップできるし、夢が叶って満足かな」
小宮にとってはコスプレ衣装を生かす機会がスタジオ撮影でもよかったようだ。
「個人での撮影以外にも大型のイベントとかにも参加してみたりはしないのか? それだけのクオリティの高い衣装が作れるなら、きっともっと多くの人に見えてもらえるチャンスだってあるんじゃないか」
衣装だけではなく小道具にカラーコンタクトといった部分にまでこだわる小宮のコスプレへの執念はきっと、同じ嗜好を持つ者ならば受け入れてくれるものだと思うが。
「いつかはイベントとかも参加してみたいなーとは思うけど、やっぱあたし一人じゃね。放送時期もだいぶ前でそこまでメジャーじゃないアニメのコスプレしても仲間はいないだろうし。こうやってスタジオ撮影が精いっぱいかも」
しかしこういったことは誰もやらなかったら始まらない。
ならば誰かがやってほしいとか仲間がいないと等他力本願ではなく自分から動くということも大事な気がする。
「でも、メジャーじゃないアニメだからこそ、小宮みたいにコスプレ活動とか熱心なファンが動くことで一人でも多くの人にこういうアニメがあるんだって知らせるチャンスでもあると俺は思うけどな」
俺がそういうと、小宮はまるで目から鱗、とばかりに一瞬驚き、その手があったか、と目を見開いた。
「た、確かにそうかも」
「だろ? このアニメが好きならそうやってファンが動くことでこんなアニメがあるよ、って知らせるチャンスだ。イベントとかに参加してみれば、きっと仲間も増えると思うぞ」
小宮はそういうと、グラスのジュースをストローですすって、言った
「あたしにそんな力あるかなあ。だって、やっぱしょせんちっぽけな高校生レイヤーじゃん」
まるで自分を謙遜するように、小宮はいった。
「小宮にだって魅力はあるぜ。だってすげーじゃん。そんな衣装作るとか特技あるし、今日一緒に行動してて小宮のサタフォへの愛はやっぱり本物だって思ったしその個性をただ自分の中だけで終わらせるのは実にもったいない気がするぜ」
少し照れたように、小宮は微笑んだ。
「ありがと。そういってもらえたらなんか自信ついた。イベント参加とか活動を広げるとかもっと考えてみようと思う」
そして俺達はその後もサタフォのどこがいいとかアニメについて語りまくった。
時刻はすっかり夕方になり、俺達は解散することになった。
駅まで歩いて小宮は告げる。
「じゃあ今日はありがとうね。でもあたしがコスプレしてるとか今日のこととか絶対学校では誰にも言わないでよね」
今日は散々コスプレを楽しんでおきながらも今後も学校では秘密というスタンスを貫く小宮は俺に釘を刺したのでその精神を変える気はないだろう。
「わかったよ」
「あとでLINEにカメラの画像送るから、じゃーねー」
カートをゴロゴロと引きながら帰っていく小宮の後ろ姿を見ながら、俺はなんとか今日のミッションは無事終わったとホッとした。
なんだかんだ、小宮ともこれでまた一歩仲良くなった、のかな。
とはいえコスプレを秘密にしてという以上は学校ではあまり変わらないかもしれないけど。
結局小宮はコスプレを人には秘密というスタンスなのでいまいちその趣味を生かす方に考えてみるとはいったものの、それでも秘密にするつもりかもしれない。
結局この日は小宮をアニメ研究会に誘う口実を言い出すタイミングがなかった。
俺の目的はあくまでもアニメ研究会へ誘い込むなのだから、結局今日の出来事があったとしても小宮が今後コスプレを隠すというスタンスを曲げないのならば意味はないのかもしれないけど。
それでも一応クラスメイトである俺とこうして休日を共に過ごしたのならば、ある意味クラスメイトには誰も親しい者がいない、という状態ではなくなった。
うまくここから部活へ誘えればいいのだが。