青春はラムネ味
[写真は変わらない]
絵に描いたような入道雲とガラス細工のような澄んだ青空。
高校初めての終業式を終えた帰り道。
見慣れた帰路には蝉が鳴き、君の声を遮った。
煉瓦で整備された道と電線が絡まりそうな電柱。
行きつけの駄菓子屋には何故か一年中ラムネが売られており、赤い文字で書かれた綺麗な値札に店主の爺さん。ラムネを一本買い、ビー玉を炭酸へ落とす。
〈カラン〉と鳴るビー玉にパチパチと弾く炭酸。喉を一気に通らせるとなんか覚醒したみたいな感覚が癖になる。
そんな青いガラスの瓶から見る君の横顔はとても美しい。何をしていても絵になる男。
ただの、ソーダー味のアイスを齧っているだけでカッコいいと思ってしまう。
白いシャツと黒いリュック、時々つける眼鏡がカッコいい。
恋は盲目とはこの事を指すと思い知った。
君のビー玉より綺麗な瞳から見る空はきっと誰の視界よりも美しいのだろう。
綺麗な未来を写しているのだろう。
この綺麗な新緑が終わって、炎のような紅葉に変わる前に君に思いを告げようと思っていた。
だけど君に自分の気持ちは届かないものになったのだ。
届ける前に遮られて、落とされてしまった。
君に彼女ができたのだ。
嬉しそうに報告する君を素直に祝福できなかった。素直に「よかったね」と言えなかった。
でも君の横顔は相変わらず美しいまま。
気づいた頃にはもう木の葉は散っていて、焦茶色の幹に変わる季節に差し掛かっている。
寒い風が吹いて、心を凍らせる。
世間のクリスマスブームから置き去りにされて、一人寂しく歩く帰り道より虚しいものはないだろう?
去年は君がいてくれたけど今年は一人のクリスマスだった。
一人ではいた白い息は誰に見られる事もなく静かに消えていく。
そんな寂しい帰り道。
君の彼女が生徒会で遅くなるって言って自分と帰った日のこと。
〈カンカン〉と鳴る機械音と、黒と黄色の棒を前に君はこう呟いた。
「お前の事が好きだったよ」
と、このひと言。
電車が通りその後の言葉は聞こえなかった。だけど君が言ったこの言葉だけははっきりと聞こえ、絶望を告げる。
あの時、自分が思いを告げていれば君と恋人になれたのだろうか?
もっと早く思いを告げていれば、君を失わずに済んだのだろうか?
君が渡った踏切、君が歩いた後を、
追いかける事ができなかった。
行き先のなくなった指先は空気を掴み、段々と下に落ちていく。
無情にも鳴るクリスマスソングが現実を突きつけ、君との間に溝を作った。
君の後ろ姿は電車で見えなくなる。
追いかけていた背中が突如として見えなくなった。
自分はそれからラムネを飲まなかった。
いや、飲めなかった。あの味を思い出すのが嫌だった。
家の勉強机。
小学生の頃から変えていない机には、一つのカンカンが置いてある。
その中には今まで飲んだラムネに入っていたビー玉を沢山入れていた。
〈数年後〉
地元から引越し仕事についた自分は、壁掛けカレンダーについた大きな赤丸の日をなによりも大事にしている。
織姫と彦星のように一年に一回だけ君に会いにいく日だからね。
まだ冬本番ではない癖に寒い風がビュンビュン吹くものだから大変だ。
身支度を済ませ、家を出る。とその前にテレビでやっている占いを見て家を出る。
因みに今日のラッキーアイテムはビー玉だった。
地元に着くと一気に気が楽になる。家に顔を出し、行き慣れた君の家へと向かう。
あの日のように涼しいを軽く超えた風が吹いている。
久々に会いに行った君は相変わらず明るい笑顔をしていた。ニカッと恋した笑顔、あの頃から変わることを知らない表情。
もし此処で君にあの時の思いを告げられたら諦める事ができるのだろうか? 忘れる事ができるだろうか?
開いた口から発される言葉、発さられるはずだった言葉を自分は飲み込んだ。
なんでって? その理由は簡単なものだった。
君が幸せそうに笑っていたから。
ただ、それだけの理由だ。
軽いようで重い理由。
簡単なようで難しい事。
いつも通り一人の帰り道。
ふと見つけて買ったラムネ。
昔からどこで買っても大差ない見た目の瓶はキラキラと光ってる。
こんなに寒いのにラムネを売っているのは、売れ残りなのかそれとも、店主が好きなのか?
赤い文字で書かれた値札と元気な青年。時の流れを感じさせるようにボロボロの値札。
いつも座っていた椅子に腰をかける。
一気に飲んだラムネは相変わらずの青春の味がした。思い出したくなかったあの味。
違う事は、美しい君の横顔が隣にない事だけ。
少し歩けば昔、君を追いかけられなかった踏切。
そこに小さな花束を置く。
蒲公英とアネモネの花束だった。
自分はまた君の渡った踏切を渡れなかった。
渡ろうにも足が動かない。やはり君と同じ景色は見えない。
青く澄んだ空を見上げて、さっきのラムネ瓶を覗く。
冬の乾燥した空はどこか低く見える。
雨は降っていないはずなのに〈ポタリ〉と雫がアスファルトの色を変えた。
ラムネか涙か、それとも……。
【どうして君は死んでしまったんだい?】
無情にも鳴り響くクリスマスソングがあの時を思い出させる。
自分はまだこの世界にさようならを告げたくない。
君に会えるのはもう少し先の話になりそうだ。お見上げ話を沢山作っていくよ。
君の後ろ姿は電車で見えなくなってしまったけど、まだ追いかけていたかったよ。
手に持っていたビー玉を君の花束の中に入れた。
少し潰れた花弁は細やかな嫌がらせ。
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