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幻覚魔法少女の涙

作者: 月野 流砂

 僕が自分の話をするときは、必ず彼女のことを話すと決めている。

 そよ風のようにやさしく包み、また、ときには竜巻のように激しい彼女。

 そんな彼女は、魔法少女である。

 魔法少女? そんなの存在するわけがない? 一回落ち着いて聞いてほしい。僕の話を聞いてからなら、信じてくれるのも、存在を否定するのも好きにしていい。今までも信じてくれた人なんて、片手で数えれるくらいしかいなかったからね。

 僕もたまに、彼女が本当にいるのかどうかが不安になっちゃうよ。なんせ彼女は雲のようにいつの間にか現れて、大雨を降らしてかき乱した後、霧のように消えていくんだ。ほんと、やになっちゃうよ。

 だが、彼女が存在することは確固とした事実である。これはゆるぎない。

 彼女が存在しなければ、今の僕はここにいないかもしれない。

 どこから話すのが良いだろうか。やはり、出会いのときからだろう。

 あの日、ぼくは祖父の病院に見舞いに行った後だったんだ。ひどく気が滅入っていたね。なんせ、祖父の余命を医者に明かされたんだ。

 もって半年。

 僕の両親は3歳のころに交通事故で死んだ。どうやらお父さんが居眠り運転をしていたらしい。山道のガードレールを突き抜けて、ガシャン。どうやらそのとき後部座席に座ってたらしいけど思い出せないや。いや、やけに焦げ臭かったのだけは覚えているな。

 そんなこんなで奇跡的に生き延びた僕を育ててくれたのが祖父だ。祖母は僕が生まれる前にガンでなくなったらしい。ひとりぼっちになった僕をほっておけなかったんだな。退職した職場に復帰して、男手一つで辛いだろうに頑張ってくれたんだ。感謝しかないよ。

 そろそろ、僕の話はここまでにしよう。みんな彼女のことが気になって仕方ないだろうしね。

 そんなこんなで、気が滅入っていた僕はフラフラ抜け殻のように歩いていたんだ。

 彼女に出会ったのはそのときだった……


 ***◆◇◆***


 自分がどこにいるのかわからなくなる感覚にかられ続けている。

 先程伝えられた言葉を思い出す。あの医者はやけに白い白衣を着て、祖父の余命が半年しかないことを淡々と告げた。医者の白衣が白いのは腹黒い印象を与えないようにするためじゃないかと疑ったくらいだ。本当は医者は厳しく大変な仕事なんだろうけれど、怒りをぶつけるには彼しかいなかった。僕は、その医者の言葉を静かに聞いていた。

 覚悟はしていた。職場で倒れたと聞いた時から学校を早退して駆けつけた時まで、ずっと祖父が死ぬのかもしれないと思い続けていた。信じたくないけれど。

 それなのに、いざ事実を突きつけられると簡単に受け入れることができなかった。今にも祖父は元気でこの部屋のドアを開けて笑ってくれると、どこかで思っていた。

 止められるのを無視して、僕は祖父の見舞いにいかずに病院を出た。

 怖かった。気持ちの整理がついていないのに祖父に会うのが。何もかもが壊れてしまいそうだったからだ。会ったら祖父が本当に余命半年なのを認めてしまう気がしたからだ。

 足は家の前まで無意識に動くと、そのまま通り過ぎていった。家に帰る気にはならなかった。

 行く当てもなくフラフラと街中を歩く。

 平日の日中、人通りは少なく夏の熱が僕を焼き尽くす。水なんて持ってない。汗がぽたぽた道に落ちていく。

 この辺り、駅に近い地域には高い建物が多い。建物と建物の間の細い薄暗い道に足を踏み入れる。

 日光はこんな隙間には届かない。

 薄暗い闇の中で僕は黙って座り込んだ。

 数分くらいそうしていただろうか。急に鈴の鳴る音が聞こえた気がした。

 え、と思ってあたりを見回す。近くでパレードでもやっているのか? こんな日に?

 周りに広がるのは、全面の花畑だった。赤、黄、青、紫様々な花が咲き奇麗なグラデーションだ。遠くには風車が見える。

 は? 僕はさっきまで思いっきり都会のビルの狭間にいたはずなのになんなんだここは?

 困惑する僕を嘲るように柔らかい風が吹いてTシャツの裾をなびかせる。

 近頃、都市伝説になってる噂を思い出した。たしかそういうオカルト好きな阿部との会話を思い出す。

 「最近流行ってる、夢狐の話を知ってるか?」

 「なんだそれ?」

 「あれだよあれ、駅の近くにいっぱいある薄暗い路地を歩いてると急に見知らぬ夢のようなところにいてそして最後には……」

 阿部の話は結構衝撃的だったのでよく覚えている。あの時、僕はそんなの嘘話だろと思っていた。どうせ薄暗い路地でクスリでもやってたんだろと。

 急に夢物語みたいな風景が真っ黒な世界に塗りつぶされる。何も見えないや。

 出たいけどこの世界から出る方法が分からない。恐ろしいことになってしまった。

 刹那、目の前に急に刃物を持った男が現れる。

 ギャー、と悲鳴を上げ後ろに倒れると気づけば元の路地裏に戻っていた。

 脳がそれを理解したのか、急にセミの音が鳴り響いた。

 「なんだこれ」僕は放心状態でひとり呟いた。

 どこかから笑い声が聞こえた気がした。


 きっと祖父のことがショックで気が狂っていたんだろう、そう結論付けた翌日、勇気を振り絞って祖父の見舞いに行った。学校は面倒くさくなってさぼった。

 見舞いに行くと祖父は笑って、自分が死んだ後、どうしたらいいかなどを話してくれた。

 「たくさん心残りのことがあるけど、すまんな。せめて大学生になるまでは見たかったけどな」

 ごめん、無理させてばっかで。僕はそう言いながら大泣きした。

 僕は受け取ってばっかで何にも残してないや。


 僕はまた、あの路地裏に来ている。どうしてもやはり、昨日のことが気がかりだった。

 正確に言うと、なにかをやっていなくちゃ祖父のことで気が狂いそうだった。なにか調査をして打ち込むことで、気を紛らわせたかった。

 昨日いたところに座ってみる。やっぱりアレは幻覚とは思えない。

 数分待っても何も起こらない。数十分待っても何も起こらない。

 一時間くらいたち、流石にあきらめて帰ろうとすると突如頭がクラっとした。

 来たか? と思ったが、視界は何も不思議な世界にならなかった。

 これたぶん熱中症だな、朝ニュースキャスターが昼間は40℃を超えると言って居たのを思い出しながら僕はその場に倒れた。


 気づけば、ビルの屋上にいた。

 流れてくる風が心地よい。首には氷があたっている感覚がある。体を起こすとどうやら貯水タンクの影になっているところに寝かされていることに気づいた。

 でも一体だれがこんなことをしてくれたのだろうか?

 あたりを見回すと、一人の少女が立っていた。

 きれいな茶髪を持ち、白いTシャツを着ている。身長はあまり高くなく、色白の肌がその美貌を際立たせている。歳は、僕と同い年で高校生くらいに見える。はっきり言ってものすごくかわいい。

 「なんだ、起きたんだ。よかった、魔術具がちゃんと効いたんだね」

 「は? 魔術具?」

 いきなり意味不明なことを言ってきて混乱する。魔術具って言ったか? なんだこいつ厨二病なのか?

 「あー、えっと助けてくれてありがとうございました」

 「元気になったなら出て行ってくれない?」

 「は?」

 「この屋上から下を見てたら倒れている人を見かけて無視できなかったから連れてきただけ。私は一人でいたいの」

 「はぁ……」

 僕が困惑したのはそう語る彼女の顔がひどく寂しそうに見えたからだ。

 見つめているにも関わらず、彼女は屋上の縁に歩いていく。

 死のうとしてるわけじゃないよな。

 彼女は縁から足をかけて座った。

 「危ないですよ」

 僕は彼女の隣に行き肩に手をかける。

 「触んないでよ」

 彼女が言う。

 「死のうとしてるわけじゃないから安心して」

 「そんなこと言っても分からないじゃないですか」

 「こっから落ちても死ねないわよ」

 下をのぞくと、僕が倒れた路地裏が見えた。普通に高い。落ちたらただ事では済まないだろう。

 僕と彼女の間に風が吹く。それは僕と彼女との間の溝を強く感じさせた。

 何を話したらいいのかが分からず、しばらくしてからビルを下った。


 翌日も学校をさぼって祖父の見舞いに行くと、さすがに心配された。

 「悠希、流石に学校には行ったほうがいいぞ。俺なんかにかまってないで。まだ半年もあるのに毎日学校さぼってやって来ては悲痛な顔浮かべられちゃ、こっちも葬式かってもんだよ」

 「そうか、ごめんね」

 「いや、責めてるわけじゃないんだ。ただ、学校は行っといたほうがいいぞって話だ」

 「そうだね、ありがとう」これはうわべじゃなく心の底から思ったのだが、僕はしばらく学校に行く気にはなれなかった。

 その後、看護師さんや医者に一通り礼を言い、容態を聞いたあと、ふと心によぎった。

 昨日、彼女もあの時間にあの場所にいたってことは学校行ってないってことだよな……

 気が付くと、僕はまたあの屋上に立っていた。

 「なんで」

 そういう彼女の声は本当に驚いているようだった。

 「なんでまた来たの?」

 しかも、僕が来たのはとても最悪なタイミングだったらしい。彼女はかなりヤバいことをしていた。

 縁にすわり、足をぶらぶらさせながら杖のようなものを振り回していたのだ。

 厨二病と僕は一瞬思ったが、それにしてはただ事ではないことに気づいた。彼女の杖からいくつもの光が飛んでいき、美しい弧を描いたあと下に向かっているのだ。

 そのタイミングで彼女は僕に気が付いた。

 僕はその声に反応せず光の行先をのぞいて見る。

 それは泡のように膨らんで、下にいる男の人の顔を覆っている。

 男の人は泡をかぶったままキョロキョロあたりを見回し、やがて悲鳴をあげながらどこかへ走り去っていった。そのタイミングですべての泡が割れる。

 しばらくの沈黙の後、先に口を開いたのは僕だった。

 「君が僕にあの幻覚を見せたのかい?」

 ゆっくりと質問すると負けを認めたような顔で彼女は答えた。

 「まあ、そうね。全部私がやったわ」

 「君は一体何者なんだ?」

 はぁー、と彼女はため息をついた。

 「そういうのに答えなくちゃいけない必要があるの?」

 「必要がある」

 「なんで?」

 「僕の好奇心がおさまらないからだ」

 そこまで言うと彼女は笑った。かわいい。

 「あはは、なにそれ。すごく面白い。いいよ、答えてあげる。私の名前はリーナ。魔法少女よ」

 「は?」

 まあ、少々予想はできていたけど実際に本人の口から言われると面食らう。これは認めたくないけれど事実っぽいな。厨二病なんかじゃなく。

 「ちょっと、聞くだけ聞いてそっちだけ名乗らないのは変じゃない?」

 「え、ああ。僕の名前は小笠原悠希。えー、男子高校生、です」

 リーナが吹き出した。

 「もっとましな自己紹介ないの? なに男子高校生って。もっとインパクトとか面白味のあるやつないの?」

 なんだがすごい腹が立つ。

 「魔法少女なんていうインパクトがある自己紹介できるのは君くらいだと思うけど」

 そこまで言うとさらにリーナはさらに笑った。すごくかわいい。

 「久しぶりに人と話したよ」

 そこまで言うなんてどんなに話してなかったんだろう。僕は少し不思議に思った。

 「魔法について納得してなさそーなので実演しまーす」

 そういうとリーナは杖を取り出し、振り始めた。また泡がぽじゃぽじゃでてくる。

 泡が集まり、大きな一つの泡となる。そしてパンと破裂すると、ウサギのぬいぐるみが出てきた。

 うわあ、と感嘆のため息をつき、キャッチしようとする。しかし、ウサギのぬいぐるみは僕の手をすり抜けた。

 驚く僕の顔をみてリーナがまた笑う。

 「これは幻覚魔法っていう魔法の一種なの。だから実際の現実に干渉することはほぼできないんだよ」

 「あの世界も幻覚?」

 「そうね。あれはこれをさらに大きくしたもの。実際には花畑なんてものは存在しないけど、人の五感がそこに何かがあると勘違いしてあるように見えるの。脳をだましているという感じね」

 あんなに確かに感じられたものは幻覚だったのか。全くそんな気にはならず、実際にあるように感じられたのに。

 「すごいや」

 僕の口から感嘆がでる。

 「天才じゃない!? リーナさん!!」

 僕の声を聞いて、リーナは一瞬固まったあと、ニコリと笑った。

 しかし、その笑顔はどこか寂しげだった。

 

 それから、僕とリーナの不思議な関係が始まった。

 僕は祖父に説得され、次の週から学校に行き始めた。

 そして放課後にはお見舞いをし、バイトをしてから、リーナのビルに行く。

 いつものように屋上のドアを開けると、「こんばんは」とリーナが挨拶してくれる。

 「こんばんは」と僕がいつものように返事をすると、雑談に入る。

 リーナは僕の学校の話をよく聞きたがった。どうやら、非魔法族の学生たちの日常に興味があるらしい。そんなに面白くもないと思うけれど、リーナが楽しそうに聞いてくれるので話しているこちらも嬉しい。そして大抵最後にはリーナが「いいなー、うらやましい」と言って笑って話は終わる。

 ときには、リーナがいつもの幻覚魔法をしてくれて、世にも幻想的で美しい風景がビルの屋上に広がる。

 僕はリーナが昼間何をしているのかを全く知らない。きっと路地裏に来た人を幻覚魔法で狐のようにたぶらかしているのだろう。そういえば、なぜリーナがこんなところにいるのかは知らない。今度聞いてみようと思うが、毎回忘れてしまう。

 僕がそれを聞けたのは、季節がめぐり秋を超え、冬になったときだった。

 祖父の容態が急変した。

 暑い夏を乗り切った祖父はいくつもの大きな手術を乗り超え、秋になり少し容態が安定しだした。しかし、やはり体の中では悪いものが確実に蝕みを続けていたのだ。

 僕は昼休みに不在着信が入っていることに気が付いた。時刻は二時間目だった。

 電話番号を見ると病院で嫌な予感が止まらなかったが、覚悟を決めて折り返す。

 電話の内容は、僕が想像してた通り、祖父の容態の急変だった。

 ただ、想像していたより状況は悪いらしい。一刻も早く来てほしいとのことだった。

 自分が携帯を確認しなかったことを呪う。先生に言って早退をさせてもらい、走って病院へ向かう。

 病院に着くと、祖父はベットで寝ていたがどうやら意識はないらしい。

 今晩を超えれるかどうかも怪しいと医者は言う。覚悟してほしいと言った。

 意識はたぶんもう戻らないらしい。

 どうせ覚悟をしてなくても来るときは来るくせに。

 伝えたいことがいっぱいまだあるのに、立派になった姿を見せたいのに、感謝の気持ちを伝えたいのに。僕はどうしたらいいのかわからない。

 慣れというのは恐ろしいものだ。祖父が危ない状況にいるのに、いざその時が来るまで全く想像すらしなかった。想像を避けていた。

 まだ話したり、言わなくてはならなかったりすることがあるはずなのに伝えられなくなってしまったのだ。

 激しい後悔という小さな虫が僕の心をついばんでいく。心のあちこちに虫食いの穴が空き、やがてぽっかりと暗黒を外にさらした。

 深い沼にハマっていくような思考の中、空を見上げると一本の希望の糸が垂れてきた。

 まだ伝えられるチャンスがあるかもしれない。

 窓の外の、半分くらい葉っぱが落ちてる木を眺めながら僕は言った。

 「大切な人を呼んできてもいいですか?」


 僕は息を切らしながら階段を上り、ドアを開けた。

 リーナがいつものように「こんばんは」と言おうとしてやめた。どうやら僕の様子がおかしいのに気付いたらしい。

 「はぁ……はぁ……」階段を上ってきたせいで声が出ない。

 「大丈夫? 落ち着いて話して」

 リーナが慌てて駆け寄ってくる。ひどく心配そうな顔をさせてしまっていることに申し訳なさを感じた。

 「僕の祖父が……おじいちゃんが……ずっと今まで僕のために頑張ってきてくれたのに、何も感謝を伝えられないまま逝ってしまうなんて許せないんだ……」

 涙と嗚咽が混じりながら叫ぶ僕のリーナは静かに聞いている。

 「お願いだ、リーナ。力を貸してくれ……最後に……祖父に……何も伝えられなかったら…激しい後悔で…僕はもう生きていけないかもしれない……」

 リーナがばっと抱きついてくる。

 「まかせて、言おうとしてることは大体わかる。大事な友達の願いは絶対に叶えるから」

 僕はリーナに感謝を伝えようとしたけれど、涙が邪魔をしてどうしても声にならなかった。


 僕とリーナは病室に駆け込む。

 祖父がまだ生きていて安心する。祖父が最後まで抗おうとしている姿に少し感動して涙が出そうになる。けれども、リーナと話してからもう泣くのはやめにすると決めたのだ。

 祖父のベットの前まで二人で行くと医者たちに一回病室の外に出てもらった。魔法を見られたら困るからね。

 「ひー、これはすごく大変な魔法になるわ」

 リーナが祖父の体を眺めながら言う。

 「頼む」

 魔法を生み出す力がない僕は、ただただ頼むことしかできない。

 「ええ」

 リーナの短い返事。僕はその力強い返事に心が救われる気がした。

 リーナが手を出してくる。

 「握って」

 僕はうなづく。

 「今からあなたの祖父に幻覚魔法をかけるわ。意識はなくても脳は動いているから頑張ればかけれるはず。見せる幻覚は、あなたの意志。今手をつないでいるから、そこから強い気持ちで念じることで思いを伝えられるわ」

 「リーナ、本当にありがとう」

 僕は言う。

 「感謝は成功してから言ってね」

 リーナがほほ笑んだ。


 気が付くと、広大な花畑にいた。

 しかし、前回と違い薔薇が一面に咲いている。

 祖父は薔薇に囲まれ座っていた。僕を見つけて手を振ってくれる。

 僕は泣かないと決めたそばからその規則を破った。

 祖父が笑って抱きしめてくれる。

 僕は祖父に精一杯の感謝と愛を伝えた。


 ***◆◇◆***


 あの時、泡のようにはじけて、消え入りそうだった。

 世界に自分の存在する理由さえも感じられなくなった。

 そんな幻覚のようだった私を、現実に連れ戻してくれたのはあなただった。


 「リーナ、本当にありがとう」

 彼はすべてが終わった後そう言った。

 私は自分のやったことに誇らしさでいっぱいになった。こんな気持ちになったのは久しぶりだった。

 感謝を伝えたいのは私だというのに。


 私のような魔法族と、悠希のような非魔法族の接触は禁止されている。

 なぜなら、魔法の存在が公になると、争いが起きるのは目に見えているからだ。

 だからこそ、魔法族はひたすら隠れているし、非魔法族はその存在を知らない。

 じゃあなぜ、私が悠希と接触することが許されているのか。

 それは私が魔法界を追放されたからである。

 魔法学校ではまず最初に時間をかけて幻覚魔法を習う。幻覚魔法は魔法の中の初歩の初歩。超基本である。これがなくては何も始まらない。

 私は入学当時から幻覚魔法はピカイチだった。

 そして、小学一年生を終える頃には国の魔法技術者の最高峰にも劣らないような幻覚魔法の使い手になっていた。

 周りから「天才」と崇められ、将来を期待された。

 しかし、そんな私の華やかな人生に影が差したのは高学年になったときである。

 魔法学校では高学年になると、幻覚魔法は終わり、次のステップ、実体を伴うものを出現させることをできるようにさせる。

 みんなが、次々にぬいぐるみを出現させているのに対し、私のウサギのぬいぐるみは実体を伴わなかった。

 先生は期待していた私ができないことにひどく失望し、周りの私の才能に嫉妬していた人たちはこれ見よがしに私をたたいた。

 特に、うちの親がひどかった。

 将来の大魔術師の親という約束された地位から一気に転落し、クラスで一番できない子となった私を恨むようになった。

 私は必死に練習した。とにかく杖を振りまくった。いくつものコツが書いてある本も読んだし、できる人にもたくさん質問した。

 出現魔法は実体の前に幻覚を作るが、その幻覚が高度すぎるのかもしれない。そう思い、幻覚のレベルを下げた私を人々は笑った。

 「やっぱり、あの才能はまぐれだったんだ。本当はただの底辺魔法少女だ」

 期待、才能、地位そういった幻覚にたぶらかされた人々は、私を無視し始めた。

 それでも必死に練習した。

 でも、現実は常にうまくいかないものだ。私のハリボテ魔法はいつまでたってもハリボテのままだった。

 私は中学生ながら、役所に魔法界を去る書類を提出した。

 通常未成年は親の許可がないと受理されないはずだったが、昔の私の信者で今は私を恨んでいる人が役人にいたのだろう。その日のうちに受理された。

 そして、私は魔法界を去った。


 私は旅をした。お金はどうやら両親が出してくれているのか、口座にはいつもお金が足されていた。

 私があのビルにたどり着いたのは偶然だ。

 屋上まで出入り自由で見晴らしもいい。

 非魔法族が魔法を使わずに積み上げた結晶は私の心を楽にさせた。

 非魔法族の方がずっと賢い。幻覚よりも現実をしっかり見ている。

 私はそこで1日の大半を過ごした。

 もう、実体をあらわそうと努力する価値も感じられなくなったので、辞めにした。その代わり、幻覚魔法だけは新たなものを試したり、今あるものを磨いたりするのをやめなかった。

 自分の特技を極めることは、非魔法界では素晴らしいことらしい。スポーツという体を張ったものでは、一流になるために、自分の得意なことを伸ばしているらしい。一見、絶対役に立たない、無駄なものだってスポーツとして完成させれば美しいものとして昇華される。

 私は狂ったように屋上で幻覚魔法を練習し続けた。私を笑った彼らを見返したかった、許せなかった。

 けれど、どうしても幻覚魔法というものは、実体を現さなければ意味のないもの、という幼い頃の価値観を崩すのは難しかった。

 次第に、自分のやってることに意味を持てなくなってきた。幻覚魔法なんて磨いても仕方がない。魔法にとらわれることも、もうやめようと思った。

 けれども半ば惰性で、軽い練習は続けた。

 私は孤独だった。それも、軽いものではなく酷く重く、ネトネトと身体に絡みついてくるものだった。

 誰か助けて。

 声に出せたらどれほど楽になれただろうか。けれども、私がそれを伝える相手はどこにもいないことを知っていた。

 一人で泣いた。慰めてくれる人などいない。

 私がビルの屋上から、下にいる人々にいたずら半分で魔法をかけ始めたのは、そうやって身も心もボロボロになったその頃からだった。

 魔法に怯えて逃げ惑う人々の姿を見るのは滑稽だった。

 一言補足させていただくが、私は別に非魔法族を見下していたわけではない。むしろ尊敬していたし憧れていた。だからこそ、その非魔法族の上に立つ、からかっている自分が何者かのように思えたのである。

 それでもやはり、逃げていく人のうしろ姿を見ると、心の奥がズキンと痛んだ。

 結局私は気味悪がられただけだった。ここでも。

 しかしながら、私が外の世界と繋がっていられたのは、存在することを確かめられたのはこのいたずらただ一つ。薬物のように、やめなくてなならないと思いながらも続ける。精神を少しばかり安定できるから。

 ある日、ひどく苦し気な表情を抱えた男の子が来た。

 それが悠希だった。


 彼は何があったかは分からないが酷く暗い表情をしていた。

 私はいつものように、彼に魔法をかける。この路地裏に迷い込んでしまったことが可哀そうだ。

 魔法をかけると、人は困惑した表情を浮かべる。悠希はこの表情が今までより秀逸だった。

 一気に幻覚魔法を暗いものに変えると、彼は満点のリアクションを取った。

 私は思わず笑ってしまった。

 彼は、あたりを見回しながらどこかへ行ってしまった。少しでも気が散らせたならいいと思った。

 彼が去った後、ふと私は思った。

 声を出して笑ったのはいつ以来だろうと。


 驚くべきことに、悠希は次の日もこの路地裏へやってきた。なにか落とし物を探しているのかと最初は思ったが、次第に違うことに気づいた。彼は座ったまま一歩も動かない。

 魔法をかけて欲しいのかな、と私は上から覗きながら思った。もう少し焦らしてみようと観察を続けた。

 そしたら、急に彼の体から力が抜けるのが分かった。その場にぐったりと倒れたのだ。

 私は困惑しながら、階段を駆け下りた。彼の近くに行き非常用に持っていた魔術具を使った。魔法界を去る前に、半分記念のように買ったものである。

 魔術具の力を借りて、彼を屋上まで運び、そっとしておいた。

 寝っ転がってる彼を見ると、わくわくが止まらなかった。人と直接関わることなんて、随分久しぶりだったから。

 でも、いざ彼が目を覚ますと軽いパニックになった。

 「なんだ、起きたんだ。よかった、魔術具がちゃんと効いたんだね」

 こんなかっこつけたことを言いたかったわけではないのに。気持ちわる、私。ほら、魔術具なんて口を滑らすから変な顔をされてるじゃないか。

 「あー、えっと助けてくれてありがとうございました」

 感謝を伝えられた。はっきり言ってめちゃくちゃ嬉しい。人から感謝された記憶を必死に掘り返す。

 「元気になったなら出て行ってくれない?」

 「この屋上から下を見てたら倒れている人を見かけて無視できなかったから連れてきただけ。私は一人でいたいの」

 私はそっぽを向いて、いつものようにビルの縁に腰掛ける。

 せっかく感謝されているのにこれはないだろう。自己嫌悪の穴に落ちそうになる。でも、これ以上彼と一緒にいるとおかしなことになってしまいそうで怖い。

 そんなことを思っているのに、彼は私の隣に来て肩に手をあててくれ、忠告してくれた。

 「触んないでよ」

 本当に泣きそうになった。いっそ全てさらけだしてしまいたいという衝動にかられた。けれど、急に私の身の上話なんか聞いたところで、彼は困惑するだけだろう。

 しばらくして彼は去っていった。

 私は自らの手で待ち望んでいたチャンスをつぶしてしまったのだ。

 そう思っていた。

 なのに。

 ビルの屋上から無意識に私が垂れ流していた涙は、だれかのもとに届いたのだ。

 次の日、彼が、私の後ろに立っていた。

 「なんで」

 「なんでまた来たの?」

 本当に驚いた。ほんの少し期待していたけれど、そんな願望は夢にしかならないと思っていたから。

 魔法を使っているところを、思いっきり目撃されたがそんなことはもうどうでもいい気がした。魔法を使っていることがばれた。幻覚魔法について説明した。たったそれだけの会話だったのにとても救われた。いちいち小さな魔法で驚き、たのしそうな彼を見ていると、こっちまで嬉しくなった。

 人と楽しく話せるのはこんなにも素晴らしいことだったんだ。


 私と彼の奇妙な関係はそこから始まった。

 彼は毎日、日が暮れかけたころ私のもとにやってきた。彼から学校の話を聞くのは新鮮で面白かった。自分ももしできれば、そのような青春というものを体験してみたかった。

 昼の間、私は意を決して働ける場所を探してみた。長い間縋っていた魔法を捨てて、非魔法族として暮らしていくのもいいかもしれない。長い年月がかかったが、受け入れることができた。

 経験もなく、学校も出てないし、常識もない私を拾ってくれる場所は全くなかった。

 それでも、あきらめずに探し続けた。

 個人で経営している小さな喫茶店が駅から少し離れたところにある。

 そこの女主人はとてもやさしい人だった。言えない事情があることを察してくれ、私をバイトに雇ってくれた。自分の手で働くことは、慣れないうちは難しかったが次第にやりがいが生まれ始めた。今は、すごく楽しい。

 

 彼が駆け込んできたのは突然だった。

 彼との会話から祖父のことは知っていたし、追い詰められた彼の様子からただ事ではないことを察した。とりあえず、彼を落ち着かせることが第一だ。

 彼の話を聞き、私に求められている役割を察する。私は病室に彼と一緒に急いだ。

 彼の祖父の様子を見て、私は頭を抱えそうになった。

 意識のない人にかけることに加えて、見せる幻覚は他人のイメージ。こんなひどく難しい幻覚魔法は見たことも聞いたことも考えたこともない。こんなのが成功したら神話級だ。

 「頼む」

 それでも必死な彼の声を聞いたらそんな迷いは一気に吹き飛んだ。

 「ええ」

 彼の手を握る。

 ここで成功できなかったら、優しい彼は一生悔み続けるだろう。祖父に伝えなくてはならないことが伝えられなかったという幻覚に縛られ続けてほしくはなかった。

 意識を集中させる。私の意識は、森の中の大樹である。周りの刺激などは、葉をなびかせるだけの優しいそよ風である。大地にどっしりと根を張り、落ち着いてすべてを悟っている。

 私が魔法をかけると、悠希は眠るようにその場にゆったりと座り込んだ。

 成功したのだ。私はホッとする。

 私の幻覚魔法が、本当に人のためになったのだ。永遠に消えないと思っていた肩の荷が風に吹かれてどこかへ消えていく、そんな幻覚を感じた。


***◆◇◆***


 ここまでが、僕と彼女の話だ。

 え、まだ信用しない? それも結構。どーぞご自由に。

 今の彼女の関係性? 今彼女は遠いところに行ってるよ。いろいろなコーヒーを探したり、魔法界の無能な役人たちに頼まれ幻覚魔法の研究をしているのかもしれない。

 でも、週に一度は僕の家に来るな。これだけはあの日から変わってない。

 あのあとも僕らにはいろいろあったけれどそれは今話すもんじゃないね。

 もし、君が突然見たこともない世界にいると思ったら怖がらないで、その周りをくまなく見まわしてみてみるといい。もしかすると、それは苦しんでる誰かの涙かもしれないからね。

 

長文をここまで読んでくれてありがとうございました。

よろしければ、評価・感想お願いします。


三作目。めっちゃ前回から空いてます。


↓前作 青いコーラの空き缶は、殺人の依頼

https://syosetu.com/usernovelmanage/top/ncode/2327762/

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