第21話【迫る目覚めの時】
前回、 ジュドルアにて逆さ星に攫われてしまったエルを救出すべく、 シュラスとルーミ、 そして天星騎士団の部隊が街の外れにある神殿に向かった。
「……」
「……あの……シュラスさん……この神殿……凄く嫌な雰囲気がするんですけど」
神殿の前に立ったルーミはとてつもなく嫌な気配を感じていた。
「……ここは大昔に呪術の類の儀式に良く使われていたからな……」
そう、 すなわちこの神殿は人が寄り付かないため隠れ家に最適だという訳である。
シュラスの話を聞いたルーミは青ざめる。
「え……呪われたり……しないですか……? 」
「案ずるな……呪いなんて当の昔に古龍が消し去ってる……はずだ」
「えっ、 はず! ? 」
「冗談だ、 行くぞ……」
そんな事をしながら二人は神殿の中へ入っていった。
…………
その頃……
「……う……」
「お目覚めかな……? 」
エルは辺りに松明が置かれた広い空間で目を覚ました。
身体は石の祭壇に固定されていた。
私……確か……殴られて……
エルは意識が朦朧としていた。
するとエルの前に立っていた老人が話す。
「いやぁ悪いねぇ……計画の為にはどうしても君という媒体が必要だったのだよ……」
「媒……体……? 」
「……我々の上司からの情報でね……君の中にはどうやら神が宿っているそうじゃないか……」
な……何故……それを……
エルの中に神が宿っているという情報はエル以外にはカルミス、 シュラス、 そしてエルの言うあの人しか知らない。
逆さ星がその情報を知っている事にエルは驚愕した。
「人の体に神が宿っているというのは非常に珍しい……そして我々の計画には神に近い力を持つモノが必要なんだ」
「まさか……魔神復活に……必要だというんですか……」
「まぁ神に近い物ならば人だろうと道具だろうと何でもいいのだがな」
「それなら……何故……わざわざ私なんかを……」
「君は我々の身近にあるモノの中で一番手に入り易かったからだ……」
人を物のように……やっぱり逆さ星はロクな組織じゃない……
そんな事をしながら老人は何かの準備をしている。
そして老人が取り出したのは禍々しいオーラを纏ったナイフだった。
「これは人の魂を取り出すことができる呪具だ……我々の上司からの借り物だ」
そう言うと老人はナイフをエルの心臓部分に突き付ける。
「ッ……! 」
「人の魂は心にあると言われている……その心のある心臓を取り出せば……」
え……まさか……もう……?
「助けを呼ぶなら勝手にするといい……どうせ誰も来ない……この神殿には儂の他に逆さ星の者しかおらんからな……」
「いや……いや……! 」
エルは逃げようにも体を祭壇に固定されていて動けなかった。
そしてナイフがエルの胸に突き刺さろうとした瞬間……
『ビュンッ……! 』
「ガッ……! ? 」
暗闇の奥から三本の針が老人の首に目掛けて飛んできた。
その痛みに怯んだ老人はナイフを地面に落とした。
「だ……誰だ……! 」
暗闇の中から現れたのは
「ぎりぎりだったようだな……」
「大丈夫! ? エルちゃん! 」
シュラスとルーミだった。
シュラスさん……それにルーミちゃん!
「全く……お前は罠に引っ掛かり過ぎだ……」
「だって……」
……いつもの二人だ……でも良かった……
すると老人は慌てた様子で地面に落ちたナイフを拾おうとする。
それを見たルーミは短剣を飛ばし、 老人の腕を斬り落とした。
「ぐぁぁ……! 」
「……させない……エルちゃんを開放してもらうよ……」
そう言うルーミを見た老人は渋々とエルを開放する。
え……結構あっさり開放するんだ……
そう思いながらもエルは開放された。
するとエルは何かに気付く
「……! ? シュラスさん! 」
ルーミがシュラスを背後から短剣を突き刺そうとしていたのだ。
エルは慌てて魔法を繰り出そうとするも間に合わない。
「……」
次の瞬間、 シュラスは体を僅かにずらし、 短剣を避けながらルーミを背負い投げした。
ルーミは宙を舞い、 受け身を取った。
「……あからさま過ぎだ……阿保め……」
そう言うとルーミはクスクスと笑い出した。
え……どういう事……ルーミちゃん……もしかして!
するとルーミはおもむろに仮面を取り出し、 顔に付けた。
その仮面は正しく逆さ星の者の証だった。
「まさか……ルーミちゃん……? 」
『ははははははっ! 流石はシュラス……察しの良い事だ……』
ルーミの声はエルを攫った謎の人物の声になっていた。
そんな……ルーミちゃんが逆さ星だったなんて……
すると絶望するエルにシュラスは怒鳴るように言った。
「エル! 早く俺の側に来い! 」
「は……はい! 」
『させないぞ……』
次の瞬間、 ルーミはエルの背後に回り、 短剣をエルの首に突き付けた。
「あ……あぁ……」
『悪いがこの娘を取り返させる気は無い……いくら伝説の冒険者と言えど人質がいては攻撃もできまい……』
「……貴様……」
シュラスが動けずにいるとルーミはエルを部屋の奥へ連れ去ろうとする。
しかし次の瞬間……
「そうはさせねぇよ……」
聞き覚えのある声が部屋に響くと同時に天井が崩れ、 何者かが降りてきた。
崩れた天井の瓦礫はルーミの行く手を阻み、 腕を斬られた老人を潰してしまった。
「……シュラス……何を迷う必要があるんだ……その娘を殺してさっさと取り返せよ」
そう言って舞い上がる砂ぼこりから現れたのはジーラだった。
「駄目だ……殺すな……」
そう言うシュラスにジーラはため息をつく。
「……ったくよぉ……お前は人が良過ぎる……」
呆れながらもジーラはルーミの方を見る。
『貴様……何者……』
「……なるほど……そういう事か……」
ルーミは何故かジーラの事を知らない様子だった。
それにジーラは察した。
すると……
「フン……」
ジーラは指をくいっと上にあげる動作をする。
次の瞬間、 ルーミとエルが立っている地面がめくりあがり、 二人を吹き飛ばした。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ! ? 」
宙に飛ばされたエルをシュラスが素早くキャッチした。
「大丈夫か……」
「シュラスさん……」
「もう寝てろ……」
シュラスがそう言うとエルは安心したように眠ってしまった。
「あとは頼むぞ……ジーラ……」
「おうよ……殺さなきゃいいんだろ? 」
そしてシュラスはその場から姿を消した。
それを見届けたジーラは再びルーミの方を見る。
「……さて……突然だがテメェ……あの猫じゃねぇな? 」
ジーラの質問にルーミは答えない。
『……一時撤退……計画は次回に持ち越す……』
そう言ってルーミは鉤の付いたロープを上に投げて逃げようとする。
するとジーラの背後から光の矢が飛んできた。
矢はロープを斬り、 ルーミの退路を阻んだ。
「はぁ……はぁ……速過ぎますよジーラ様! 」
奥から現れたのはミュリアを率いる天星騎士団の部隊だった。
「お前らがもたもたしてっからだろうが……地下まで一気にぶっ壊して進めば早いって言っただろ」
「あなたの力は規格外過ぎますって! 」
そんなやり取りをしているとルーミは針をミュリアに目掛けて飛ばしてきた。
しかしジーラが横から針を掴み取った。
「……油断するなよ……奴はお前よりも戦い慣れている……」
「は……はい……」
そしてジーラは針をルーミの方に投げ返した。
ルーミは針をキャッチし、 腰のポシェットにしまった。
『……天星騎士団……面倒な連中が来たものだ……』
「おっと、 逃がすと思ってんのか? 」
『悪いが逃げようと思えばいつでも逃げれるのでね……』
そう言うとルーミは足元に魔法陣を出現させた。
「あれは……転移魔法……! 逃げられますよ! 」
慌てるミュリアをジーラが止める。
「ジーラ様! 何故――」
「……罠だ……奴の周りに大量の爆破結界が張られている……狡猾な野郎だぜ」
罠に気付いていたジーラにルーミは笑いながら言う。
『フフフ……貴様も中々の強者のようだ……要注意人物として入れておこう……』
そう言い残しルーミはその場から姿を消した。
「……これからどうするんですか……」
「とりあえずあのジジィに報告だろ、 一旦カルスターラに戻るぞ」
「了解……」
そしてジーラと天星騎士団の部隊はカルスターラへ戻ることとなった。
…………
「……ッ……ルーミちゃん! ! 」
宿のベッドの上でエルは目を覚ました。
その横にはシュラスが座っていた。
「……どこも怪我は無さそうだな」
「シュラスさん……ルーミちゃんは……」
エルが聞くとシュラスは首を横に振る。
夢じゃなかった……ルーミちゃん……どうして……
するとシュラスはエルに言った。
「あれは恐らくルーミじゃない……いつの間にか洗脳されたか……あるいは何かに憑依されているか……」
「え……それじゃ……! 」
「あぁ、 ルーミは俺達を裏切った訳じゃない……」
それを聞いたエルは少し安心した。
まだルーミちゃんを助ける手はあるのか……良かった……
するとシュラスはエルに頭を下げた。
「エル……お前に気を遣ったつもりが……逆に気にさせてしまったようだ……済まなかった……」
「そんな……私から話していればこんな事には……」
「……この件が終わったら、 ゆっくり話そう……」
「……はい」
今はとにかくルーミちゃんを何とかしないと……
「とりあえずルーミに関してはまたすぐに会う事になるだろう……逆さ星は恐らく……『扉』を見つけてしまったのだろう……」
「やっぱり……そうなりますよね……」
逆さ星は私の魂が欲しいとか言っていたし……多分そうだよね……
シュラスの推測だと逆さ星は既に『魔神』が封印されている扉を発見してしまっており、 その『魔神』を復活させるためにはエルの持つ神の魂が必要だという。
するとシュラスは立ち上がり、 どこかへ向かおうとする。
「え……シュラスさん、 どこへ? 」
「俺の考えている程時間が無いようだからな……こうなれば妥協しない以外他は無い……カルミスに逆さ星のアジトを特定してもらう」
「! それなら私も……! 」
「お前はしばらく休んでろ……自分の思っている以上に精神的ダメージが大きいんだ……無理をするな」
そう言うとシュラスはその場から姿を消した。
……ルーミちゃん……きっと大丈夫だよね……
…………
魔法図書館にて……
「……やっぱり来たわね……引っ越す前で良かった……」
「流石は無限の魔女だ……もう用意はできているようだな……」
私物をまとめるカルミスの背後に現れたシュラスにカルミスは自分の机の引き出しから一本のスクロールを取り出し、 投げ渡した。
「……彼女も連れて行くつもり? 」
シュラスに背を向けたままカルミスは言った。
「……あいつは仲間だ……当然だろう」
シュラスはそれだけ言うとカルミスの前から姿を消した。
「……仲間……ね……」
『カルミス……悪く思うな……』
『や……やめろ……やめてくれぇ! ! 』
カルミスは仲間という言葉に過去のビジョンが浮かび上がった。
それは闇の一族との戦争の時代の記憶だった……数千年も前の出来事の……
「……仲間なんて本当に必要なのか……もう私には分からないよ……シュラス……」
人っ子一人もいない大図書館でカルミスはただ一人、 そんな事を呟いた……
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一方、 逆さ星のアジトにて……
「……また一人……頂点がやられたか……」
「これで二人目……残るは三人……か……」
薄暗い部屋で謎の男と女が話していると暗闇の奥からルーミが現れた。
『呑気なものだな……既に二人もやられているというのに……』
「! 」
「お帰りなさいませ……」
ルーミの姿を見た二人は彼女の前に跪いた。
『……まぁいい……魔神様の扉と媒体は見つかった……後は媒体を捕獲するのみだ……だが……』
そう言いながらルーミは仮面を取った。
その顔には感情が無く目が虚ろになっている。
『……シュラス……そしてジーラ……奴らは要注意人物として監視しろ……奴らは私より強い……一早く……何よりも早く……『アルガノーグ様』を目覚めさせるのだ……! 』
『ハッ! 』
そして二人はその場から姿を消した。
(……神々の魂が入り混じる……伝説の冒険者と共に旅をせし小娘……次こそは……)
ルーミはテーブルに灯されているロウソクを眺めながらそう思った……
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その頃、 シュラスとエルは宿で次の目的地へと旅立つ準備をしていた。
「シュラスさん……ルーミちゃんは大丈夫でしょうか……」
「……あの阿保なら大丈夫だ……全く……油断して精神を乗っ取られるなんて……相変わらずだな……」
……シュラスさん……
エルはシュラスの変わらない様子を見て少し安心した。
「そういえば次の目的地はどこでしたっけ? 」
「……逆さ星のアジトはここから約一万五千キロ……遥か遠くの大陸にある……そしてその大陸はレムレンソアル大陸……通称……」
「……『勇気の地』だ……」
レムレンソアル大陸……そこは伝説上、 魔神と勇者が戦った本拠地とされる大陸である。
そこには数千年もの間眠る勇者の剣、 太古より存在し続ける精霊族と……様々な伝説に存在する有名なモノがその地にあるのだ。
(ちなみに説明するとこの世界は二つの大陸が存在しており、 現在二人がいるのはアルドーラ大陸と呼ばれており、 比較的人間の住んでいる数が多い大陸である)
するとその大陸の名を聞いたエルは興奮する。
「レムレンソアル大陸って! あの魔法都市『ルエンソア』があるっていう! ? 」
「……そうだ……そういえばお前は魔法が好きそうだからな……まぁ着いたら少しぐらい息抜きしても良いと思うぞ……逆さ星の件についてはお前が心配するほど深刻ではないからな……」
次の目的地はレムレンソアル大陸かぁ……当然ルーミちゃんの事が心配だけど……『ルエンソア』に行けるチャンスなんて無いし……行きたい!
エルは次の目的地に心を躍らせた。
続く……