蒼色
ジェアーユニバル六年生。とうとう、アムホムにもジェアーユニバルを卒業し、インタミディユニバルへの進学が迫ってきていた。クロサは、いつの間にかアンガスのことを忘れてしまっていたようだ。今は、他の男の子とお付き合いをしている。そして、アンガスもそんなことがあったな、と思うことすらなかった。人間とは、そんなものだろう。人間の記憶というものの薄さといったら、溜まったものじゃない。
僕は、最愛の友達を失ったんだ。僕は、一人ぼっちになった。僕は、ハラショーじゃなくなったんだ。
いつのまにか、また白い迷宮に迷い込む。強い風が吹く、辺り一面真っ白な世界。時計の音、チクタクチクタク。その音が耳に障る。その感触がまるで現実的な何かを想起させるような、痛みと快楽の中心を突いてきたものだから不意にここはどこなんだ、と自分に自分を顧させる。何が自分をそうさせているのか、何が自分を動かすものなのか。何がこの運命をねじれさせているのか。なぜ、君は生きているんだ。
アムホムは、ジェアーユニバル卒業が迫る中、ひとつだけ確かめなければならないことがあった。それは、ガバムマーとオートの交戦が全世界に拡大しているのかということだった。もし、この世界すべてが、この地球すべてがその構成を崩さずにひたすらに回っているのであったら、どこに逃げようともアムホムはどちらかを選択することが免れなかったのだ。アムホムは、どちらも選びたくなかった。どちらも、どちらも、どちらも、決して悪くない。そして、正しくもない。何かを決めることは、何かを諦めることだ。何かを切ることは、何かを爆発させることだ。そう、アムホムは知っていた。アムホムは、一人部屋に閉じこもった。ジェアーユニバルの夏休みは、一ヶ月半ほどある。アムホムは、その間一人部屋に閉じこもった。一人ぼっちなのではない。一人ぼっちになったのだ。考えたのだ、今まで学んできた地理という科目を。思い出したのだ、輝く黄金の国、ジャパングを。アムホムは決心した。ジャパングに行くのだと。ジェアーユニバルを卒業したら、ジャパングに行くのだと。決して、ベルソノカには残っていられない。ジャパングに逃げ、そう、逃げるのだ、そして、選択から逃れるのだ。そうすれば、自分の現実存在はきっと体制派、反体制派などには分類されず、自由を手にすることができる。セーフティーなジャパングに身を投じることで、自分という脆い存在の理由を探すことに決めたのだ。
この物語を始めたのは一体誰なんだ。今は、始まりの終わりにいる。なんて最悪な日々。劣悪、非情、フラストレーション。なんだ。あの懐かしい匂い。若い自分。まだ知らない君たちの顔。出会う前の君たち。これから出会うことになる君たち。最悪な結末になることを知らない君たち。僕は、僕は、この先の未来を進んでいく自信がない。これからも、絶えず新しい出会いと別れを繰り返す。それが、運命だとは思いたくない。初めから、何者かによって定められた路だとは思いたくない。流した涙、失望。失った人々、得る欲望。アムホム、アムホム、お前はまた大切な人を失うことになる。壊してしまうことになるんだ。それでも、良いと言うならばこの先のページに墨を垂らせ。ぽつん、と。ね。
アムホムは、ジャパングの大松空港に到着した。二○一九年三月三一日。大きな旅行カバンと、リュック、そしてパスポートを持って大きな建物の外に出る。自動ドアが開く、ヴィーーーン。どこかで聞き覚えのある音がした。気がつくと目の前には、広大な空が広がっていた。まるで絵に描いたような、凪のような雲とそのキャンバスとなる青い空。なんて美しい世界なんだろう、アムホムはそう思った。人間として、生きていて良かったと思える瞬間の一つにランクインした気がしている、この景色を見た自分という存在が、ね。ジャパングの人々は優しかった。道を尋ねれば、どっちに行けば自分らしく生きられるのかを教えてくれたし、食べ物を乞えば何ふり構わずたぬきそばという食べ物をアムホムに用意してくれた。アムホムは、たぬきそばが好きになった。十割そば、という純粋無垢な食べ物がそばの中でも好きになった、そうだ。
どこに向かっているのだろう。絶えずそんなことを考えてしまう自分を嘲笑いながら重い荷物を引き摺りながら進む日々だった。自分で逃げてきたにも関わらず、新しい生活に恐怖を感じていた。それだけではない。自分の中に、気味の悪い醜い気持ちが少しずつ消えかけてしまっていることも問題だった。なんだ、こんなはずではない。そんな気分に侵される。いや、そんなことに時間を割いていいわけもない。だが、良いんだ。数字との戦いでもある。気持ち悪いだろう。そんなことはないさ。ひたすらに渇き、濡れ、渇き、溺れた。黄金という旋律、降りてくるドッペルゲンガー、ステレオタイプが捨てられない人々。どれも美しい。みなぎってくるような気分だ。綺麗に並べられた、街並みとは程遠いような街並みがこの国ジャパングには存在する。テレビのコードは、蛇のように絡まりくねくねとした動きを魅せる。確かにあの時、私は遠いところに光を見た。いたんだ。確実に。あの、ピンク色のネオンライトに照らされながら私、たちはいたんだ。気分が悪くなるほど臭い、キツイ、紙タバコのあの毒のような匂い。日々感じていたその煙たがりな日常を遂に裂くことができたような幻覚的な気分だ。それでもいい。大きな転換点だ。何かを対象とするのではなく、自分自身がその対象となる。診断する。自分自身を。やっぱり、気味が悪い。だが、すごくら気持ちが良い。笑いが止まらない、それに続いた。
まだ続けたい気持ちがある。今は、そんな気分なのだ。キャフェで、キャフェりたい気持ちは抑えながらただただ自分の力に陶酔する。彷徨うという決断。自分の中では、円が丸く見えない。歪んだブラックホールの入り口みたいなそんな形をしている。だが、それがくねくねと捻じ曲がって折れ曲がって一つの形になる。それが、何度も重ねられて遂には何がよくわからないものが生まれる。その何かよくわからないものに対して、自分が押しつぶされそうになる意識と押し潰したいという相反する意識を同時に持つ。そうすると、たちまち白い世界が現れる。その白い世界、を私はずっと求めている。