第855話:VS.【傲慢の魔王】スペルビア⑥ / ラムダ=エンシェントの復讐
「オォォ……ウォォオオオオオオオオッ!!」
「これは……『地神炉心』が反応している……!」
――――雄叫びと共に突撃を開始したスペルビアの全身から尋常ではない量の魔力が放出され、溢れ出た魔力は獣の咆哮を伴いながら帝都ゲヘナを暴風で包みこんでいく。
もはやスペルビアには失うものは何も残されてはいない。故に彼は捨て身の攻勢に打って出ようとしていた。残り滓のような自身の“魂”すら薪に焚べ、スペルビアはこの一戦に己の全てを捧げようとしていた。
「私は……私は間違っていない!! お前は……俺たちは……ラムダ=エンシェントは『世界』を前に敗北する運命なんだ!! だから死ね……死ね、死ね、死ね、死ね!! 死んでくれ、ラムダ=エンシェントォォ!!」
「運命って言葉……俺は嫌いだ……!!」
「ノアよ……我が“神”よ!! 私を嘲笑
え、私を憐れめ、私を嘆け!! お前の為に……私は全てを捨てる、醜き“獣”に堕ちる!! そして悟るいい……お前が選んだ“騎士”はただの弱者だったとなァ!!」
心臓に埋め込んだ『地神炉心』から溢れ出た金色の魔力がスペルビアの身体を包みこんでいく。ノアへと“呪詛”の言葉を吐きながら、“傲慢の魔王”が獰猛な“獣”へと変貌していく。
魔王装甲アポカリプスはその形状を変化させていく。頭部からは漆黒の“双角”が伸び、竜の翼はより巨大化し、竜の尻尾はドス黒い漆黒の魔力を纏い、装甲に覆われた頭部は禍々しい“邪竜”へとその姿を変えていく。そこにいたのは“騎士”ではなく、堕ちる所まで堕ちた魔王の姿だった。
「オォォ……ウォォオオオオオオオオッッ!!」
「それがテメェの“答え”だな……スペルビア!!」
アーティファクトの装甲を纏った漆黒の邪竜。それこそが『ラムダ=エンシェント』の最悪の末路、“傲慢の魔王”スペルビアの真の姿だった。
“傲慢の魔王”が姿を顕した瞬間、帝都ゲヘナを“夜”の帷が覆い隠す。星すら視えない漆黒の世界の中で、邪竜が荒々しく咆哮を上げている。
「コォォ……いでよ、“駆動邪竜刃”……!!」
“傲慢の魔王”が大気を震わせるような声を響かせた瞬間、鱗と化した装甲の一部が剥がれ落ち、彼の周囲に浮遊し始めた。どうやら装甲の一部をビット兵器としたらしい。
切り離された数十基の“鱗”は唸り声のような音を鳴らして高速で回転し始め、縦横無尽に高速で散らばりながら黒い光線を俺へと放ってきた。同時に“傲慢の魔王”は竜の顎を開き、口部へと魔力を集束させていく。
「量子化――――“量子残光”!」
“鱗”から撃ち出された光線は弾幕と化して俺へと襲い掛かる。とてもではないが躱せるような隙間は空いていない。だから俺は自らの身体を量子化し、弾幕をすり抜けながら“傲慢の魔王”へと突撃を開始した。
“傲慢の魔王”は無数の弾幕で俺の足止めをしつつ高出力砲を放ち、その上で俺へと突撃して近接攻撃を仕掛ける気なのだろう。隙を生じぬ三段構えの攻撃、正々堂々真っ正面から撃ち破るべきだろう。
「形状変化――――暴食冥道グラトニー!!」
左腕の形状を変化させて魔王装甲アポカリプスに装備されていた兵装『暴食冥道グラトニー』を再現させ、暴食冥道グラトニーの形状をさらに変化させて俺は左腕に“竜”の頭部を形成させた。竜の顎へと変化した左腕は大きく口部を開け、魔力を集束させていく。
“傲慢の魔王”の口部から放たれる高出力砲を正面から撃ち破る為にだ。そのまま俺と“傲慢の魔王”は魔力を集束させながら一気に距離を縮めていく。
そして、お互いの距離が数メートルに差し掛かった刹那、俺は量子化を解除し――――
「「――――“竜の咆哮”!!」」
――――轟くような咆哮を纏いながら、お互いの竜の顎から魔力の砲撃が撃ち出しあった。
数十センチメートルの至近距離で魔力同士の激突が発生し、ぶつかって弾けた魔力の余波が周囲を破壊していく。建物は音を立てて崩壊し、地面はひび割れて砕け、近くに居た人々が慌てて避難していく。
端から見ればこの世の終わりのような光景なのだろう。あまりにも苛烈な攻防に、近くに居た義勇軍もアロガンティア帝国軍も戦闘を止めて俺たちの決戦を固唾を呑んで見守っていた。
「死ね、死ね、死ね……ラムダ=エンシェント!!」
「これは……スペルビアの方が出力が高い……!」
高出力砲の威力は“傲慢の魔王”の方が高かく、俺はほんの僅かに押され始めていた。当然の話だろう、“傲慢の魔王”は生き残りたいと思う俺とは真逆で、ここで死んでも良いと己の全てを攻撃に乗せているのだから。
自分が優勢だと判断するやいなや、“傲慢の魔王”は鋭利に発達した翼や尻尾に魔力を集束し始めた。押し切ったと同時に俺へと近接攻撃を仕掛けるつもりなのだろう。
(ならば……わざと攻撃を誘発させて……!!)
高出力砲を喰らわすだけでは俺にトドメを刺せないと考えているのだろう。だから、俺は“傲慢の魔王”の思考を逆手に取る事にした。
わざと全力を出しているような必死な表情を“傲慢の魔王”へと見せ、彼の優越感を擽った。そうすれば“傲慢の魔王”はさらに高出力砲に過剰な魔力を乗せ、一気に俺を圧し潰そうとしてきだした。自らの視野を狭める程に。
そして、“傲慢の魔王”が自身の視界を完全に覆い隠す程の高出力砲を口部から放ち出した瞬間――――
「今だ――――“量子残光”!!」
――――俺は量子化して迫りくる砲撃を躱しつつ空間を転移、“傲慢の魔王”の背後へと回り込んだ。
砲撃で視界が極端に狭まっている“傲慢の魔王”は背後を取った俺にまだ気が付いていない。口部から高出力砲を放ち、視えない視界の先にいる標的をなんとしてでも殺そうとしていた。
「――――ッ! 後ろかァァ!!」
だが、俺が両腕を元に戻しながら聖剣と魔剣を構えた瞬間、“傲慢の魔王”は勘付いたのか勢いよく振り向いてきた。俺が発した僅かな殺気に反応したのだろう。
“傲慢の魔王”は高出力砲を止めると、右手の魔剣、翼、尻尾にありったけの魔力を纏わせて俺へと振り抜こうとしていた。凄まじい反応速度だと我ながら感心する。
「だけど……俺の方が疾い!!」
「――――ッ!? ガァァッ……!!」
だが、“傲慢の魔王”が振るう凶刃よりも、俺が振るった剣のほうが僅かに疾かった。刀身から光量子を噴射しながら振り抜いた魔剣の速度は音速を超え、凄まじい衝撃音を周囲一帯に響かせながら“傲慢の魔王”の魔剣を弾き飛ばした。
そのまま斬撃は“傲慢の魔王”の右の翼と振りかざしていた尻尾まで切断し、同時に“傲慢の魔王”の激痛に苦しむ叫びが響き渡った。
「おっ……のれェェ!!」
「まだ諦めないのか……!!」
それでも、腕と武器を吹き飛ばされても、“傲慢の魔王”はなお止まらず、彼は雄叫びを上げながら残された左腕を振り上げて攻撃を試みようとしていた。
しかし、そんな見え透いた攻撃を喰らう訳もなく、咄嗟に俺は“傲慢の魔王”の腹部に回し蹴りを喰らわせて、彼を十数メートル後方へと無理やり吹き飛ばしていた。装甲を砕かれる勢いで蹴られた“傲慢の魔王”は口部から血をダラダラと流しながら、弱々しいうめき声を上げている。
「ガハッ……!? アッ……グォォ……!!」
「身の丈に合わない変身のツケだな……」
心の支えだったエージェントたちの戦死、最後まで執着していた『ノア=ラストアーク』の喪失、『地神炉心』を暴走させた過剰な変身、それらに耐え切れず“傲慢の魔王”は今にも崩壊寸前になっている。
邪竜へと変貌した魔王装甲アポカリプスは至る所が欠損し始め、“傲慢の魔王”自身の息も絶え絶えになっている。もうこれ以上は彼の“精神”も“身体”も耐えれないだろう。
「それでも……私はただでは死なん……!! 貴様を必ず道連れに……私と同じ“絶望”に引き込んでやるぅぅ!!」
「この分からず屋が……!!」
「クッ、クククッ……フハハハハハッ! フハハハハハハハハハハハッ!! この世界は醜い、この世界は理不尽だ、こんな世界は大嫌いだ! だから私は壊す、全てを壊す!! それが……ノアの“騎士”である我が使命ならばァァ!!」
それでも“傲慢の魔王”は決して負けは認めなかった。自死も厭わぬと言わんばかりに、さらに『地神炉心』を臨界させ、“傲慢の魔王”は己の限界を超えて力を引き出していっている。
宣言通り、相討ち上等で俺を道連れにする気なのだろう。その為に“傲慢の魔王”は次の一撃に全てを賭けようとしていた。帝都ゲヘナ全域に“傲慢の魔王”が放つ竜の咆哮が響き渡り、空中に浮かんでいる筈の都市全体が震え、“神殺しの魔剣”が赤黒い魔力を放って俺を威圧している。
「テメェの身勝手な傲慢に……ノアの名を使うな!」
泣いても笑ってもこれが最後の一撃になるだろう。俺も自身の炉心を臨界状態へと移行させ、聖剣と魔剣をしっかりと握りしめて最後の一撃へと備える。
“傲慢の魔王”が放つ暗雲が立ち籠める帝都ゲヘナに、俺の握った聖剣と魔剣の輝きが一条の“星”のように煌めく。
「「これで終わりだ――――【オーバードライヴ】!!」」
“傲慢の魔王”は刀身から膨大な量の魔力を放出しながら魔剣を天高く掲げ、俺は刀身にありったけの魔力を込めた聖剣と魔剣の切っ先を目の前で猛る邪竜へと向ける。
「イレヴン……絶対に勝ちなさい!!」
「ラムダくん、自分の闇に負けちゃ駄目だ!」
アリステラの声援が、ウィルの応援が、俺の勝利を信じ人々の祈りが俺へと向けられる。その期待を一心に背負い、俺は踵と翼から推進用の魔力を勢いよく噴射して突撃の準備を整える。
そして、お互いの準備が整い、帝都ゲヘナに一瞬の静寂が訪れたその刹那――――
「さぁ、絶望しろ――――“神々の黄昏”!!」
「絶望を斬り裂け――――“白銀の神記”!!」
――――俺と“傲慢の魔王”による最後の一騎打ちが開幕したのだった。
“傲慢の魔王”が魔剣を振り下ろすと同時に俺は突撃を開始、お互いの振るう剣が衝突して激しい衝撃波を発生させる。それはもはや嵐の直撃にも近く、周囲に在った建物は魔力の奔流に巻き込まれて空中へと舞い上がっていく。
「グゥゥ、オォォォ!!」
「くぅぅ、ハァァァ!!」
お互い一歩も退かず、ただ相手を倒す事だけ考えて全力を出していく。“傲慢の魔王”は俺を倒して『ラムダ=エンシェント』の“未来”の全てを否定する為に。俺は“傲慢の魔王”を撃ち破り、まだ見ぬ“未来”へと行くために。
魔王装甲アポカリプスの、自らの身体の崩壊を気にも留めずに。“機神装甲”レーカ・カーシャの崩壊を絶えず補いながら。そして、その瞬間は訪れた。
《ラムダさん、絶対に負けないでください!!》
戦いの中で響いたのはノアの声。頭上に浮かぶ“天空神機”のコックピットから戦いを見守っていたノアの声援が俺に最後の一押しを与えてくれた。
ノアを護る為に俺は剣を握った。彼女と最初の夜を過ごしたあの宿で立てた“騎士の誓い”を護り抜く為に。その想いが鮮烈になった瞬間、俺の振るう聖剣と魔剣は“傲慢の魔王”の振るう魔剣の勢いを一気に凌駕し始めた。
そして、“傲慢の魔王”が異変に気付くよりも疾く、聖剣と魔剣は禍々しく輝く魔剣の刀身を完全に砕き――――
「これで終わりだ、スペルビアァーーーーッ!!」
「ラムダ=エンシェント……貴様、ガァァ……!!?」
――――そのまま俺が貫いた聖剣と魔剣の刀身が“傲慢の魔王”の胸部を穿って、ラムダ=エンシェントの“闇”との戦いに終止符を打ったのだった。




