第854話:VS.【傲慢の魔王】スペルビア⑤ / 希望を賭けた一戦
「うぉぉ、吹き飛ばせぇぇ、“神殺しの魔剣”!!」
「ぐっ、おぉぉ……おのれぇ!! この私がぁぁ!!」
――――俺が振り抜いた魔剣によってスペルビアは弾かれて吹っ飛び、数十メートル後方に在った建物に叩きつけられた。辛うじて魔剣で防御したようだが、叩き付けられた影響でスペルビアは口から吐血していた。
「私が……私が完全に力で負けているだと……!? 馬鹿な、あり得ない……ラムダ=エンシェントの状態ではそこまでの強化には辿り着けない筈なのに……」
スペルビアは俺に押され始めている事実に激しい動揺を見せていた。本来なら楽に始末できる、実際に始末した筈の俺が急激な、スペルビア自身すら把握していないような新形態で現れたからだろう。
「俺は“機神”の設計者に逢った……そして、過去の自分と対話したよ。お前はしなかったのか、スペルビア?」
「なんの……話だ……?」
「だろうな……だからハッキリと言える、俺とお前はもう違う道を歩いている。俺はちゃんと『自分』と向き合う……もう二度と“夢”から目を背けない」
「だから……なんだと言うんだ……!?」
「お前は目を背けた……“傲慢の魔王”のままだ。だけど俺は違う……俺はもう一度“騎士”として剣を握る。この“機神装甲”はその為の力だ。テメェじゃ絶対に手に入らないな」
“機神装甲”レーカ・カーシャ――――俺の体内に取り込まれた大量のナノマシンを硬質化させ、装甲として形勢した騎士甲冑。これまで装備してきた『GSアーマー』『魔王装甲アポカリプス』の技術に加え、古代文明の知識から得た新武装を再現可能にした俺の最終形態だ。
その真の特性は、装甲自体が俺の身体の一部であること。ナノマシン状の装甲は俺の意思一つで自在に形状を変化させる。今まで装備してきたアーティファクトも再現して装備できる。まさに今までの旅の集大成とも言える姿だ。
「もうお前に勝ち目はない……諦めろ、スペルビア」
加えて、“機神”と融合した事で俺はアリステラと同じ半機半人の存在である“機人”へと変化した。生体ナノマシンで構築された身体は今まで以上の魔力伝導率を誇り、再生能力も格段に向上した。
今なら身体を真っ二つに切断されようが、全身をバラバラにされようが、魔力の許す限り再生する事ができる。現に真っ二つにされた下半身も右腕も完全に復元できている。スペルビアの蘇生術式にも匹敵する性能だ。
「ふざけるな……ここまで準備を必死に整えて、今さら負けるなど認められるかァ!! 貴様がいくら強くなろうとも……不死身である私を攻略する事なぞ出来んぞォ!!」
「魔剣ラグナロク……駆動」
「何が“騎士”だ、何が“希望”だ、そんな幻想はラムダ=エンシェントには存在しないんだよ!! お前は負ける、私のようになァ!! だから……その憐れんだような眼を私に向けるなァァ!!」
俺の背後に建っていた時計塔に巨大な何かが落下して大爆発を引き起こした瞬間、スペルビアが叩き付けられていた建物の壁面を蹴って加速してきだした。推進器を噴射しながらの跳躍に耐え切れず、彼の蹴った建物が音を立てて崩壊していく。
建物の崩壊など気にも止めず、スペルビアは鬼気迫る表情で迫りくる。音速を軽く超え、右手に握った魔剣の刀身から禍々しい魔力を大量に放出して。だけど、そんなスペルビアの強襲も、今の俺には止まって見えていた。
スペルビアが高速で斬り掛かってきた刹那――――
「量子残光――――“残光刃”!」
「なんだコレは……残像!? ぐあッ……!?」
――――俺は自分の身体を量子化してスペルビアの斬撃を躱しつつカウンターを加えていた。
量子残光、自分自身の身体を光量子へと変換し、実体を失わせる術技。蒼く発光する量子体へと変換した俺の身体はスペルビアの魔剣をすり抜け、魔剣がすり抜けた直後に実体を取り戻してスペルビアを斬りつけた。
「ギリギリで躱したか……!」
「ぐっ……おのれぇ……!」
攻撃がすり抜けた瞬間には回避行動を取っていたのか、俺が放った斬撃はスペルビアの装甲と彼の背中の薄皮を斬った程度の浅いものだった。
しかし、ラムダ=エンシェントが操る未知の術技を前に目を見開いて驚愕していた。当然だろう、スペルビアは“量子残光”なんて技は使えないのだから。
「もう俺はお前の知っているラムダ=エンシェントじゃない。いくらやっても通用しないぞ、スペルビア」
「なんだと……私を侮るか、ラムダ=エンシェント!」
「侮っているのはお前だ、スペルビア! それとも恐れているのか……お前が否定した道の先にいる俺を?」
「黙れ……黙れ、黙れ、黙れぇぇ!!」
「お前はただ目を逸らしただけだ。挫折して、諦めて、“希望”から目を逸らした……それがお前の限界なんだ、スペルビア……」
スペルビアは『ラムダ=エンシェント』を否定したがっている。自分が目を背けた“理想の自分”が間違っていて欲しい、今のスペルビアとなった自分こそが正しいのだと証明したがっている。
それこそが彼の限界だった。スペルビアの見据える先には何もない。ただ彼は未来を否定し、“あの日々”への回帰を望んでいたのだった。
「だが……如何に貴様が強くなろうとも、私には不死にも似た蘇生術式がある! この力がある限り……貴様では私にはトドメは刺せ…………ッ!?」
「もうお前の“悪夢”は終わりだよ、スペルビア」
「な……なぜ、なぜ傷が治癒しない……!? まさか……エージェントたちが全員……倒されたのか……!? そんな馬鹿な……」
スペルビアが縋ろうとしていた“あの日々”も今まさに泡沫の夢にように消え去ろうとしていた。彼は背中に受けた傷が治癒しない事を訝しみ、そして気が付いた。自身の蘇生術式の核担うエージェントたちが全滅した事に。
戦艦ラストアークでの戦いでエージェント・ブレイヴたちが、先ほどの時計塔の爆発でエージェント・スペスが戦死し、エージェントたちは全員斃された。もうスペルビアの強固な蘇生術式が発動する事はない。
そして、遥か遠方の空域で――――
「旗艦アマテラスも墜ちたようだな……」
「――――ッ! ノア……あの艦にはノアが……」
――――旗艦アマテラスも撃墜され、スペルビアの野望は完全に潰えてしまった。
遠くの空で眩い閃光が発生し、その直後轟音を響かせて旗艦アマテラスは爆発と共に轟沈した。その光景を目撃した瞬間、スペルビアは爆発に向かって手を伸ばしていた。
そう、旗艦アマテラスにはスペルビアが後生大事に抱えていた『ノア=ラストアーク』の亡骸が保管されていた。旗艦アマテラスが撃墜されたという事は、ノアの亡骸も同時に失われた事を意味する。
「そんな……そんな……あぁ、あぁぁぁ……!!」
戦場となるインペルティ宮殿よりも、強固な電磁障壁で守られた旗艦アマテラスの方が安全と考えたのだろう。奇しくもそれは、バル・リベルタスの戦いで俺が冒した失態と一致していた。
そう、スペルビアは俺と同じ過ちを冒した。結局、スペルビアも骨の髄まで『ラムダ=エンシェント』だったという事だろう。ノアが失われた事を悟ったスペルビアはそこで漸く負けを悟ったのか、天を衝くような慟哭をあげたのだった。
「これでお前は終わりだ、スペルビア。もうお前のノアは居ない、居ないんだ! もうこれ以上、無意味な戦いは……」
「いいや……いいや、まだだ……」
けれど、エージェントたちを失い、ノアすらも失った筈のスペルビアは未だに闘志折れず、憎悪にも似た表情を俺へと向けてきていた。全てを諦めた、何もかもに絶望した、ラムダ=エンシェントの最悪の末路の化身が俺の目の前にいた。
「こうなれば……せめて貴様も道連れだ! ラムダ=エンシェントの人生には何一つ正解はなかった……それであれば私は報われる! クッ、クククッ……フハハハハハハハハハハハッ!!」
「お前……そこまで俺を否定したいのか……!」
「そうだ、私は貴様を……ラムダ=エンシェントを否定する!! 貴様にも、私にも……報われる幸福など無いんだ! それを証明する……その為に死ね、ラムダ=エンシェントォォ!!」
スペルビアは俺を道連れにに自身を終わらそうとしていた。それは『ラムダ=エンシェント』には正解の“道”など無かったと照明し、自身の敗北を慰めようとするスペルビアの哀しき抵抗だった。
そんな哀しみに満ちた絶叫と共にスペルビアが魔剣を構えて再び俺へと突撃してくるのだった。俺とスペルビア、違う道を辿ってしまった『ラムダ=エンシェント』の運命に決着を着ける為に。




