第853話:ケージを破り、私は飛び立つ
《あっ……ち、ちくしょう……!!》
――――二機の“天空神機”による激しい戦闘はノア=ラストアークの勝利にて決着した。エージェント・スペスの乗る“天空神機”ユピテルはコックピットを撃ち抜かれたからだ。重要な機関が損傷したのか、機体の各部から小規模な爆発が発生している。じきに爆発は“天空神機”ユピテルの動力炉に誘爆し、機体そのものが爆発してしまうだろう。
《ノア……許さねぇぞ、テメェ……!!》
コックピットに空いた風穴からエージェント・スペスが“天空神機”ウラヌスに乗るノアを睨み付けている。コックピットを撃ち抜かれる寸前、エージェント・スペスは機体を動かして辛うじて直撃だけは回避していた。
だが、“天空神機”ウラヌスの放った弾丸を完全には避け切れず、エージェント・スペスは右半身を失った状態になっていた。そして、割れた仮面からは淡い金髪と血を溢したような朱い瞳の“人形”の憎悪に満ちた表情が露わになっていた。
《どうしてこんな事をしたの……ホープ……》
ホープ=エンゲージ――――それがエージェント・スペスの正体。ノアと起源を同じくする“人形”の少女がスペルビアの側近として暗躍していた。
無論、エージェント・スペスも他のエージェント同様、並行世界から現れたホープ=エンゲージである。“こちらの世界の”ホープは今も戦艦ラストアークのブリッジクルーとして戦闘に従事している。だから別人であることは明白だ。
《オレは……約束したんだ。ラムダに“希望”を届けるって……だから、オレだけはあいつの味方でいてやらねぇと……》
《…………》
《テメェは護られているだけだ、ノア……あいつ一人に重荷を押し付けて、テメェは自分の贖罪だけに夢中になってやがる。それはテメェの“罪”だ、驕り高ぶりだ!》
《…………》
《テメェはラムダの何を護った! 言ってみろ!! 騎士に護られてぬくぬくと贖罪ごっこをして女王様気取りか!? 許さねぇ、オレはテメェを許さねぇぞ、ノアッ!!》
だけど、エージェント・スペスが『ホープ=エンゲージ』の“別側面”である事は間違いなく、彼女が声を張り上げて叫んだ罪の告発をノアはただ黙って聞き届けていた。
そして、エージェント・スペスの渾身の叫びと共に“天空神機”ユピテルは浮遊機能を失い――――
《テメェがラムダを狂わせたんだ……ノア!!》
《そんなの最初から……分かっています……》
――――帝都ゲヘナ市街地に建つ時計塔へと落下し、その数秒後に“天空神機”ユピテルの動力炉は大爆発を起こしてエージェント・スペスを巻き添えにしたのだった。
大爆発と同時に時計塔は崩れ、“天空神機”ユピテルの残骸を下敷きにして瓦礫の山と化していく。エージェント・スペスは死亡した。その事を悟ったノアは静かに“悪”に堕ちた友の冥福を祈るだけだった。
〜〜〜〜
『聴こえる、アルマゲドン? たった今、エージェント・スペスを倒しました。あなたとシリカちゃんの二人で、旗艦アマテラスを完全に撃墜しなさい。スペルビアさんの野望は……ここで完全に砕きます』
「オッケー。そう言う事なら某機も本気を出すよ」
エージェント・スペスの戦死から十数秒後、旗艦アマテラスへと攻撃を続けていたアルマゲドンの元にノアから通信が送られる。それは旗艦アマテラスの完全撃墜命令だった。
すでに旗艦アマテラスは落下を始めている。“天空神機”ウラヌスが放った“光量子集束縮退砲”によって浮遊機関に著しい損傷を負っていたからだ。その上で尚、ノアは旗艦アマテラスの撃墜を命じた。スペルビアの野望を完全に砕くために。
「シリカ、環境は君に任せる。某機はアマテラスを内部からぶっ壊しに行くよ」
「分かった……」
「古代文明の遺物、ノア様を生んだ“鳥籠”……もう君の役目は終わりさ、旗艦アマテラス。ノア様は進むんだ……“未来”に!」
アルマゲドンはシリカに環境の制圧を任せると、一気に加速して旗艦アマテラスの損傷した右舷へと突貫していく。内部から艦体を破壊する為に。
《艦内に侵入者あり! 繰り返す、艦内に侵入者あり!! 至急迎撃せよ、至急迎撃せよッ!!》
「無駄無駄、もう遅いよ。さて……それじゃあ景気よく破壊しようか。死にたくなかったら今すぐに避難する事をお勧めするよ……撃滅開始」
旗艦アマテラスの内部に侵入したアルマゲドンはウィングから光弾をばら撒きつつ、艦体中央部の連絡通路を艦首側に向かって前進していく。
彼女がばら撒いた光弾は艦内のあらゆる箇所を片っ端から破壊していく。連絡用のトラムも、各区画も、防衛に出撃した機械天使たちも。艦内中に非常事態を報せる警報が鳴り響き、真っ赤に染まった照明が照らす艦内を爆発が飲み込んでいく。
「在った……研究区画。たぶん此処に……」
そして、艦内を爆撃しながら進むアルマゲドンは目的地に到達した。そこは旗艦アマテラス内に設けられた研究施設。以前、旗艦アマテラスを訪れたラムダたちがノアの治療の為に足を運んだ場所である。
区画へと続く分厚い隔壁を両腕に装備した“鋼鉄巨兵”ネオ・ヘカトンケイルの鉄腕でこじ開け、待ち構えていた帝国兵を返り討ちにしながらアルマゲドンは通路を進んでいく。
「この……御神体には手を、ぐあッ!?」
「邪魔……っと、見つけた。アレが例の……」
屈強な兵士たちを全員薙ぎ倒し、最奥に在る研究室へと辿り着いたアルマゲドンは目的のものを発見した。それは研究室の中央に安置されたカプセルに納められた銀髪の少女の亡骸。
「ノア様……例のもの、見つけたよ……」
『遠慮は要りません。即座に焼き払いなさい』
「了解。あんまり気乗りはしないけど……」
それは並行世界から持ち込まれた『ノア=ラストアーク』の亡骸。スペルビアを狂気に落とした遺物だった。通信越しにノアはその亡骸の焼却を命じ、命令を受けたアルマゲドンは少しだけ浮かび上がると、ウィングを大きく広げて一斉掃射の準備を整えた。
そのまま、アルマゲドンは広げた両翼から無数の光弾を発射し――――
「じゃあね、某機の知らないノア様。これであなたは自由だ。全ての“罪”から解放され、ゆっくりと眠ると良いよ。じゃあ……おやすみなさい」
――――棺の中で眠る少女にトドメを刺すのだった。
アルマゲドンの翼から撃ち出された無数の光弾が研究室を瞬く間に焔で包みこんでいく。古代文明の科学者たちの遺した叡智が、発明品が、焔に飲まれて消えていく。
そして、少女の亡骸を納めた棺は壊れ、二度と目覚める事の無い“人形”も焔に飲まれて消えていく。少女の亡骸は何も語らない、ただ自身を灼く焔に身を委ねるだけ。
「シリカ……こっちは終わったよ。あとは艦橋を爆破してアマテラスにトドメを……」
研究室の全てが焔に飲み込まれたのを確認したアルマゲドンはゆっくりと退避していく。彼女の任務は終わった。あとはシリカ=アルテリオンが旗艦アマテラスの全てを破壊すれば終わりだからだ。
「か、艦内で爆発が……リ、リアクターにも引火しました! もう艦が保ちません!!」
「ええい……ならばせめてラストアーク騎士団に一矢報いるのだ! 艦を回頭せよ、奴等の旗艦を道連れにするのだ! 急げ!!」
旗艦アマテラスの艦橋ではクルーたちが最後の抵抗を試みようとしていた。それは戦艦ラストアークを撃墜すること。旗艦アマテラスの轟沈と引き換えに、クルーたちはラストアーク騎士団に大打撃を与えようとしたのだ。
「か、艦長……窓の外を……!」
「なんだ!? 何か見え……なっ!?」
「させない……お前たち、ここでお終い……」
「アレは……ラストアーク騎士団の“竜人”!?」
「ブ、ブリッジを直接狙って……!?」
だが、そんなブリッジクルーたちが窓の外に目撃したのは、口部に魔力を集束させながら浮遊するシリカ=アルテリオンの姿だった。十数人いたクルーたち全員が即座に察した。シリカは艦橋に魔砲を直に叩き込んで、艦橋そのものを破壊する気だと。
そして、攻撃に気付いた艦長がせめてもの抵抗をと、戦艦ラストアークに向けて攻撃を仕掛けようとしたその刹那――――
「この……スペルビア様、万歳ィィィ!!」
「さようなら――――“竜の咆哮”」
――――シリカの口部から赫く輝く魔砲が放たれ、大爆発と共に旗艦アマテラスの艦橋は焔に包まれたのだった。
その数秒後、艦橋と動力炉の爆破の影響で崩壊が連鎖反応を起こし、旗艦アマテラスは外部からでもハッキリと分かる爆発を引き起こし始めるのだった。
「さようなら……私を生んだ“鳥籠”……」
そして、戦いに参加していた全員が見守る中、古代文明の威光を放っていた超巨大戦艦、旗艦アマテラスは眩い閃光を伴う大爆発を引き起こし、完全に轟沈するのだった。




