第851話:希望の輝き
《目標、帝都ゲヘナ。核兵器、全弾放て……!》
――――スペルビアによる無慈悲な決定、エージェント・スペスの命令によって“禁忌”は放たれる。旗艦アマテラス、その僚艦の艦首砲塔からは“核”を搭載した巨大なミサイルが帝都ゲヘナに向けて撃ち出された。
その数、実に十五発。一発でも着弾すれば、電磁障壁を失った帝都ゲヘナは完全に消滅する。そんな脅威がすでに放たれてしまった。着弾までの残り時間は三十秒しかない。
《ハハ、ハハハハハハハッ!! 残念だったな、ノア! 時間切れだ、テメェの負けだ! 今さら止められねぇぞ、核兵器は! スペルビア様の怒りと嘆きは!! ハハハハハハハハハッ!!》
《――――ッ!!》
《帝都ゲヘナが消滅しても、蘇生術式があるスペルビア様は死なねぇ! 死ぬのはテメェのラムダ=エンシェントと、くだらねぇ“希望”に縋った馬鹿どもだけだ!! 勝つのはオレたちだ、スペルビア様だァ!!》
帝都ゲヘナに居る全員が自分たちに迫りくる脅威を知った、“天空神機”ユピテルから響くエージェント・スペスの勝利宣言が、これから帝都ゲヘナに起こる出来事を物語っている。
だが、ノアは一切の動揺を見せない。エージェント・スペスの勝利宣言を戯言とばかりに無視して、“天空神機”ウラヌスは帝都ゲヘナへと迫りくる核兵器を見据えていた。
《ラムダさん、核兵器の対処は私に任せてください。古代文明の“悪意”……旧き人類が遺した“禁忌”は……私が責任を取ります!》
「分かった、任せる。信じているよ、ノア」
《はい、任されました。さぁ、行きましょうウラヌス! もう『神託戦争』のような悲劇は繰り返させません! 私たちの手で……“未来”を守り抜くんです!!》
ノアを乗せた“天空神機”ウラヌスが飛んでいく。向かう先は帝都ゲヘナ市街地の外縁部だ。彼女はそこで迫りくる核兵器を迎え撃つつもりだった。
ラムダはノアを信じ、同じく一切の動揺を見せずにスペルビアの足止めに終止していた。迫りくる“死”に怯えず、ノアが運んでくる“希望”を信じていたのだ。
《何をする気だ、ノアの野郎? どうせ止められる……いいや、あいつの事だ。何か秘策があるに違ぇねぇ! させるか――――ぬッ!?》
「ノアちゃんの邪魔はさせないよ……!!」
《テメェ……ウィル=サジタリウス! 邪魔すんじゃねぇよ、くたばり損ないのオッサンが!! テメェ等は死ぬんだよ! 今さらみっともなく“希望”に縋ってんじゃねぇよ!!》
エージェント・スペスはノアを見縊ってはいない。核兵器の迎撃に向かったノアには確固たる手段を持っているのだと彼女は勘付いていた。だが、ノアを妨害しようとした“天空神機”ユピテルは市街地から放たれた狙撃に阻まれた。
ウィル=サジタリウスが建物の屋上から“天空神機”ユピテルを狙撃したのだ。ウィルの隣ではキルマリアが自らの“寿命”を弾丸として削り出して彼に差し出している。キルマリアの寿命を変換して作った高威力の弾丸でウィルは“天空神機”ユピテルを撃っていた。
《此処なら核兵器とアロガンティア帝国軍を射線に収めつつ、ラストアークとバハムート艦隊への攻撃は避けられる。ラストアーク騎士団、バハムート艦隊、ただちに障壁を強化してください!!》
そして、ウィルたちが決死の足止めをしている間に、“天空神機”ウラヌスは市街地外縁部へと到着した。そこは帝都ゲヘナから外縁を眺める櫓が建つ場所。アロガンティア帝国軍時代のウィルが帝都ゲヘナへと迫りくる魔物を狙撃で退治していた場所だった。
そんな場所に立った“天空神機”ウラヌスは静かに核兵器を見据える。戦艦ラストアーク及びバハムート艦隊はノアの命令によって距離を取るように退避を始め、コックピットの中でノアはキーボードを叩き“切り札”の準備を進めていく。核兵器の着弾まで残り二十秒。
《胸部炉心――――光量子縮退炉、拘束機関解除!》
迫りくる脅威を目前にノアは自らの頭脳をフル回転させて、“天空神機”ウラヌスに搭載された“切り札”を起動させていく。
胸部に露出していた動力炉は激しく輝き始め、炉心の輝きは蒼、白、金、紫へと色相が転移していく。そして、胸部炉心からは複数の魔法陣にも似た光量子状のサークルが出現する。まるで胸部炉心を“砲身”に見立てるように。
《胸部炉心、開放! 光量子縮退炉、臨界!》
“天空神機”ウラヌスの胸部が開き、炉心に内臓されていた光球が露わになる。その瞬間、凄まじいエネルギーの奔流が発生し、帝都ゲヘナ一帯に一陣の風が吹き荒ぶ。
その中で、緊迫した状況の中で、全ての準備を整えたノアは両手を組んで静かに祈る。自らの意志が“奇跡”起こす事を願って。そして、ノアはキーボードの朱く発光するボタンを押し、“天空神機”ウラヌスに搭載された“切り札”を発動させる。
次の瞬間、“天空神機”ウラヌスの炉心から――――
《“光量子集束縮退砲”――――発射ッ!!》
――――迫りくる禁忌を打ち払う光が放たれた。
撃ち出された瞬間、“天空神機”ウラヌスの胸部から一筋の光が放たれ、射線上に存在していた十五基の核弾頭は全て消滅した。爆発もせず、破壊される事もなく、欠片一片すら残さずに消え去った。
同時に、射線上に控えていた旗艦アマテラスも“光量子集束縮退砲”の光に右舷を撃ち抜かれた。“電磁障壁”など意味を成さなかった。電磁障壁すら消し飛ばして光は旗艦アマテラスを貫いたのだ。
《ハァァーーーーッ!!》
そのままノアの操縦によって“天空神機”ウラヌスは機体を大きく動きして“光量子集束縮退砲”をアロガンティア帝国艦隊が浮かんでいる空域に向けた。
“天空神機”ウラヌスから放たれた光は帝国艦隊の空中戦艦を次々と貫いて撃ち落としていく。時間にして僅か三秒、何十隻も在ったアロガンティア帝国艦隊は旗艦アマテラスを残して全滅した。
《そんな馬鹿な……!? 核兵器が……アロガンティア帝国艦隊が殆ど撃ち落とされただと……!?》
《こ、こちら旗艦アマテラス! 応答してください、エージェント・スペス! う、右舷大破! 浮遊機関に深刻なダメージが……と、当艦はこのままでは墜落します! お願いです、至急救援を! エージェント・スペス、エージェント・スペス!!》
《オレたちが……負ける……!? そんな……ここまでやって、どんな非道にも手を染めたのに……また負けるのか……!? 嫌だ……そんなの許せねぇ、そんなの認められねぇ!!》
旗艦アマテラスも長くは保たない。“光量子集束縮退砲”によって右舷を撃ち抜かれて浮遊機関の一部を壊され、旗艦アマテラスはゆっくりと墜落を始めていた。
ブリッジクルー達からの救援要請を受けたエージェント・スペスは動揺を見せる。エージェントたちは倒され、帝国艦隊はほぼ壊滅、“切り札”だった核兵器も全て消滅させられた。もしかしたら自分たちは負けるかも知れない。そんな言いしれぬ根源的な恐怖が彼女を支配し始めていた。
《このままじゃスペルビア様の計画が……旗艦アマテラスに保管していた御神体が失われる! せめてアレだけでも回収しねぇと……!!》
《させません、エージェント・スペス……》
《ノア……またテメェか! ノア……ノア、ノア、ノア……ノア=ラストアークゥゥ!! オレの邪魔を……スペルビアに“希望”を届けたいオレの邪魔をすんじゃねぇ!!!》
エージェント・スペスは旗艦アマテラスへと向かおうとした。旗艦の隠したあるモノをせめて回収しようとして。だが、そんな彼女の前に再び“天空神機”ウラヌスが立ち塞がった。
ノア=ラストアークである。“光量子集束縮退砲”発射による炉心の冷却もままならぬ中、ノアはエージェント・スペスを打倒する為に再び現れたのだった。
《終わらせよう、こんな残酷なこと。貴女の“絶望”は私が終わらせる、エージェント・スペス。同じ“人形”として……貴女のその嘆きに終止符を……!》
《やってみせろ……オレの“絶望”を受け止めきれるものならなァ!! 勝つのはオレだ、オレなんだ!! スペルビアを……ラムダを救えるのはオレだけなんだァァ!!!》
そして、激昂したエージェント・スペスの“天空神機”ユピテルと、哀しみで涙を流すノアの“天空神機”ウラヌスが帝都ゲヘナの空で再び激突を始めるのだった。
お互いの想いを否定し、すれ違ってしまった感情に決着を着ける為に。




