第850話:禁忌の切り札
《“天空神機”ユピテル――――【オーバードライヴ】!!》
《“天空神機”ウラヌス――――【オーバードライヴ】!!》
――――エージェント・ブレイヴたちが討ち取られた頃、帝都ゲヘナ上空で繰り広げられていたノア=ラストアークとエージェント・スペスの戦いも激化していた。双方が操る巨大人型兵器“天空神機”は共に炉心を臨界されて【オーバードライヴ】を発動、“天空神機”ウラヌスは蒼く、“天空神機”ユピテルは紅く機体を発光させ、戦いをエスカレートさせていく。
《“フォトン・マグナム”、シューートォ!!》
《そんな攻撃、当たるものですか!!》
エージェント・スペス操る“天空神機”ユピテルは炉心から引き出した過剰なエナジーを攻撃に転換、両腕に装備した大型ビームライフルから高出力砲撃を雨あられのように連射していた。
対するノア操る“天空神機”ウラヌスは過剰なエナジーを推進力に変換、残像を伴う音速機動で高出力砲撃を縫うように回避していた。
《この……素直に当たらねぇと――》
《民間人には手出しさせません! “フォトン・ライフル”!!》
《――チッ! ウザってぇな!!》
形勢は五分と五分。“天空神機”ユピテルは“天空神機”ウラヌスを捉える事ができず、民間人へと攻撃対象を移そうとした瞬間に射撃によって咎められる。そんな状況が続いていた。
しかし、それは裏を返せばノアは常に民間人を人質に取られている事を意味していた。少しでもエージェント・スペスに隙を当てるてしまえば、“天空神機”ユピテルは民間人への被害を出す。そんな状況にノアは立たされていた。
(アリステラさんが反乱軍を先導し、スペルビアさんはラムダさんが抑えてくれている……けど、今の状況じゃ、いつ民間人に被害が及んでもおかしくない。膠着状態……問題は私の身体と意識がどこまでウラヌスの速度に耐えれるか……)
エージェント・スペス、“天空神機”ユピテルを相手取りながら、ノアは帝都市街地での反乱軍の動き、ラムダとスペルビアの決戦にも意識を割いていた。誰がどう動き、戦況がどのように変化していっているか、それを彼女はコックピットのモニターで常に監視していた。
戦況はラストアーク騎士団の優勢である。だが、スペルビアが、アロガンティア帝国軍が少しでも自棄っぱちな行動を起こせば状況はひっくり返る可能性を孕んでいた。
(私に出来るのは……エージェント・スペスの意識を私に釘付けにし、彼女に余計な事をさせないこと。ラストアークに向かっていたエージェントたちは倒された。あともう少しで決着が着くはず……)
エージェント・スペスに余計な気を起こさせないように、ノアは“天空神機”ウラヌスで戦場を縦横無尽に飛び回り、“天空神機”ユピテルに向かって絶えず射撃や接近戦を仕掛ける事でエージェント・スペスの反撃以外の行動を封じ込めていた。
《チッ、さっきからちょこまかと……!!》
無論、ノアの狙いはエージェント・スペスも気が付いている。自分がノア以外の民間人を狙った場合、ノアは人々の盾にならざるをえなくなる。だからノアは彼女の余計な行動を恐れていたのだ。
だからエージェント・スペスはノアの隙を突いて帝都市街地への攻撃を仕掛けようと画策していたが、“天空神機”ウラヌスによる波状攻撃がそれを阻んでいた。絶え間なく撃ち込まれる射撃を回避し、時折ビームサーベルを抜いて接近してくる“天空神機”ウラヌスを大型ライフルでいなしつつ、エージェント・スペスはノアが隙を晒すのを待ち構えていた。
《エージェント・スペス、聞こえるか? 旗艦アマテラスに命令しろ。今すぐ帝都ゲヘナに向かって艦載している核兵器を全て撃ち出せとな!》
《スペルビア様、いまなんて……!?》
《核兵器で帝都を消し飛ばせと言ったのだ!! 帝都ごとラムダ=エンシェントを亡き者にしろ、今すぐにだ!! 誰も生かして帰すな!!》
《イエス……ユア・マジェスティ……!!》
《なっ……正気ですか、スペルビアさん!? 帝都に核兵器を撃ち込むなんて……! ラストアーク騎士団に通達! アロガンティア帝国軍が核兵器を使用します! 全騎、ただちに“フォーメーション:Ω”に移行せよ! 繰り返す、“フォーメーション:Ω”に移行せよ!!》
そして、スペルビアによってその瞬間は訪れた。ラムダ=エンシェントに苦戦を強いられていたスペルビアは痺れを切らし、エージェント・スペスに核兵器を用いて帝都ゲヘナを攻撃させるように指示したのだ。
エージェント・スペスはほんの僅かな間、スペルビアの命令に戸惑いを感じたが、すぐに彼の意図を汲んで作戦を承認、核兵器を艦載している旗艦アマテラス、その僚艦に向かって指令を発し始める。
《聞こえる、ノア様!? こちらアルマゲドン! 旗艦アマテラス回頭、本当に帝都ゲヘナに向かって核兵器を撃つ気だよ!》
その数秒後、帝都ゲヘナから数キロメートル離れた位置で浮遊していた旗艦アマテラスが回頭を開始、戦艦ラストアークに背を向けるという危険を冒しつつも、帝都ゲヘナを標的にし始め出した。
艦載している核兵器を帝都ゲヘナに撃ち込む為だ。スペルビアの催眠下に置かれている旗艦アマテラスのブリッジクルーにはこの無慈悲な命令を止める術は無い。彼等は言われるがままに核兵器を発射する準備を整えていく。
《艦首砲塔に核兵器装填……目標、帝都ゲヘナ。発射シーケンスへと移行します……》
旗艦アマテラス、及びその僚艦の艦首砲身が帝都ゲヘナへと狙いを定める。元より帝都ゲヘナを核兵器で攻撃する計画自体は存在したのだろう。あまりにもスピーディーな攻撃準備に、ノアはスペルビアが“切り札”を隠し持っていた事を即座に理解した。
《おら、よそ見厳禁だぜぇ、ノアァ!!》
《ぐっ……!? 邪魔をしないで!!》
ノアが機体を旗艦アマテラスの方向へと向けた瞬間、“天空神機”ユピテルから放たれた砲撃が“天空神機”ウラヌスの左腕を吹き飛ばす。
それでもノアはエージェント・スペスには目もくれず、旗艦アマテラスを一心に見つめていた。
そして、緊張が高まる中――――
《目標、帝都ゲヘナ。核兵器、全弾放て……!》
――――各艦から核を搭載したミサイルが砲身より撃ち出され、帝都ゲヘナに向けてまっすぐ向かい始めるのだった。




