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回想:明日に忘れられた少女


「それではお世話になりました……“時紡ぎの巫女”アウラ様……!」

「おう! 世話してやったのだ、勇者クラヴィス!」



 ――――此処は“逆光時間神殿”【ヴェニ・クラス】、時はラムダ=エンシェントの旅立ちから三千年前。


 夕日に照らされた荘厳たる佇まいの白亜の神殿の前で別れの挨拶を交わす少女がふたり。



「それでは、私……クラヴィス=ユーステフィアは、邪悪な魔王――――アワリティアの討伐に向かいます!」



 背に破邪の聖剣【シャルルマーニュ】を携えし金髪碧眼の少女――――名をクラヴィス=ユーステフィア。


 “強欲の魔王”と畏れられし邪神【アワリティア】を討つべく女神アーカーシャによって選ばれし【勇者】の少女。


 後に、迷宮都市【エルロル】で“アーティファクトの騎士”と死闘を演じる事となる者。



「気を付けてなー、勇者クラヴィス! お前の無事を、このあたし――――アウラ=アウリオンも祈っているからな!」



 もうひとり、時計を模した杖を握って神殿の前で勇者を見送るは、美しくなびくエメラルドの長髪と煌めく黄金の瞳をしたエルフの少女――――名をアウラ=アウリオン。


 女神アーカーシャによって【巫女】の職業クラスを授けられ、【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】で“時紡ぎ”の大役を担ったうら若き天才術師。



「しかし、勇者クラヴィスよ……本当に良いのか? まだこの神殿に()()()()()()()()()()()()()、もう出立しても? もっとゆっくりしていけば良いのだ!」

「いいえ、もう十分に休息出来ましたとも……! それに私は急ぎの身――――こうしている今もアワリティアは勢力を拡大しつつある……私が止めなきゃ……!!」



 まだよわい九つ程にしか見えない小柄な身体を懸命に揺らして自分を引き留めようとするアウラに、クラヴィスは涙ながらに決意を語る。


 長くは此処には居られない――――クラヴィスはそうアウラをさとして、白亜の神殿に背を向ける。



「魔王アワリティアを討伐したら……きっと迎えに来ます……! だから……また会いましょう、巫女アウラ様……!」

「おうなのだ! 明日も、明後日も……ずっとあたしは此処で待っているのだ! ばいばい、クラヴィス……また会おうなー!!」



 手を振り別れを惜しむふたりの少女――――沈みゆく夕日に見送られて、クラヴィスとアウラはそれぞれの使命へと戻っていく。


 それが、今生こんじょうの別れになると知らないで。



『クラヴィスの姐さん……ちょっといいッスか?』

「なーに、【シャルルマーニュ】……? この後の予定でも知りたいの? 言っておくけど……私、なんにも考えてないから!」



 【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】を後にしてからすぐ後、まだ振り向けば白亜の神殿が視界に入るような距離――――いさみよく歩を進めるクラヴィスに語り掛ける聖剣が一振り。


 破邪の聖剣【シャルルマーニュ】――――クラヴィスがエルフの聖女とドワーフの鍛冶師の協力の元、鍛え上げた聖剣。


 もの言う剣にしてクラヴィスの唯一無二の相棒。



『いいや、私が聴きたいのは――――あの【巫女】についてッス!』

「――――その話はしないで……聞きたくない」



 そんな聖剣が勇者に問うは【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】の巫女――――アウラについて。


 しかし、()()()()が出た瞬間、クラヴィスの表情かおは一気に曇り、明るく快活だった語調ごちょうも一気に沈み込む。


 触れてはいけない話題。だが、聖剣に人間であるクラヴィスの細やかな感情の機微きびは分からない。


 故に、【シャルルマーニュ】は問う――――【逆光時間神殿ヴェニ・クラス】に隠された“異常性”を。



『我々があの神殿に滞在したのは()()()()……なのに、あの【巫女】アウラ=アウリオンは毎日、あなたと“初対面”を行なった……これがどういう意味か分かるッスか……!?』

「――――知らない、知りたくもない……もうその話はしないでよッ!!」

『あの子は……夜明けと共に()()()()()()()()()…………毎日が、神殿に配属されて“二日目”なんですよ……姐さん……!!』

「うるさい、うるさい、うるさい!! 知らない……私は知らない……!!」



 聖剣の問いに耳を塞いで知らないふりをするクラヴィス。だが、聖剣との会話は思念での伝達――――耳を塞いだ所で意味は無い。


 まだ幼い勇者が大粒の涙を流したとしても聖剣は喋るのを止めはしなかった。



『あの子に……“明日”は来ない…………永遠に! ずっと“今日”に取り残されて、一人寂しくあの神殿で生きていく……何故、助けないのですか……!?』

「やったの……やったの!! 14日間……いっぱい悩んで、いっぱい考えて、いっぱい試して……でも、助けれなかった……! 私じゃ……どうしようも出来なかったの……!! うぅうう……!!」



 嗚咽に咽びながらクラヴィスは【シャルルマーニュ】に激昂する。


 神殿の外に連れ出しても、神殿を破壊しても、真実を伝えても――――夜明けと共に、アウラの絶望に満ちた表情と共に神殿の時間は逆巻き、巫女は何度もクラヴィスとの『初対面』を繰り返した。



「もう……耐えれない! アウラ様に『はじめまして』と言われる度に私の心が苦しくなるの……! もう……嫌……!」

『姐さん……』

「ごめんなさい、アウラ様……私じゃ、あなたに『明日』を見せてあげれない……ごめんなさい……!」



 勇者の懺悔は神殿で祈りを捧げ続ける巫女には届かない――――仮に届いたとしても、震える勇者の声を巫女は夜明けと共に忘れ去るだろう。


 それが、アウラ=アウリオンに架せられた宿命……『明日』に忘れ去られ、永遠の『今日』に縛り付けられたエルフの少女の悲しき神託。



「願わくは……あの子に『明日』を見せてあげれる人が現れますように……」

『クラヴィスの姐さん……』

「行きましょう……! 私の使命はアワリティアの討伐! 全てを終わらせて……また此処に帰って、アウラ様とまた……『はじめまして』って言いましょう……!」



 この数ヶ月後、勇者クラヴィスは後に【エルロル】と呼ばれる地で魔王アワリティアと死闘を演じ、聖剣の輝きと共に命を落とした。


 女神アーカーシャによって建てられた深淵牢獄迷宮で魂のまま彷徨い続け、【死の商人】によって掬われて骸の騎士にされ、“アーティファクトの騎士”と戦いその責務から解放されたある勇者の心残り。


 逆光時間神殿【ヴェニ・クラス】で時を紡ぎ続ける少女の解放。


 三千年の月日が流れ、“アーティファクトの騎士”がその名を轟かせた今も尚、【巫女】アウラは神殿で祈りを捧げ続ける。


 満ち足りた“希望の明日”を待ち焦がれて。

【この作品を読んでいただいた読者様へ】


ご覧いただきありがとうございます。


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