第839話:決戦の刻
「どうした、帝国軍よ? 儂等を恐れておるのか?」
「僕たちの動きを読んだぐらいで偉そうに……!」
――――戦艦ラストアーク甲板にて、ラストアーク騎士団総司令グラトニス率いる騎士たちはアロガンティア帝国軍を迎え撃っていた。
千名を超えるアロガンティア帝国兵たちはグラトニスたちが放つ威圧感に、甲板上で滞空して睨みを効かせている“黙示録の竜”を前に動きを完全に止めていた。
「何を突っ立っている、トルーパー共! 呆ける事がお前たちの仕事なのか!? さっさと戦線を押し進めろ! ラストアーク騎士団を皆殺しにしろ!」
「「イエス、マイ・ロード!!」」
「まずは鬱陶しいグラトニス共を始末する! 進め、進め! スペルビア様の未来を僕たちの手で切り開くんだッ!!」
そんな帝国兵をエージェント・ブレイヴが一喝する。呆けるな、進めと語気を荒げて叫び、同時に帝国兵たちはブラスターを撃ちながらゆっくりと全身を開始し始める。
「そうこなくてのう……では儂等も始めるとするかの! アヤメと“黙示録の竜”は雑兵を蹴散らすのじゃ! 残りは儂に続け、エージェント共を叩きのめすのじゃ!!」
「御意! 忍法・口寄せ――――“万羽烏”!!」
「アロガンティア帝国軍を一人たりともラストアークに踏み込ませるななのじゃ! これは我等の“誇り”を守る戦い……そして、ラムダの帰ってくるべき“居場所”を護る戦いじゃ!! 攻撃開始ィィーーーーッ!!」
帝国兵の相手を任じられたアヤメは手首に巻いた包帯状の忍具から巨大な巻物を召喚して巻物を開き、親指を噛んで記された呪文に血判を捺した。その僅か二秒後、巻物からは空を覆い尽くす程の大量の“烏”が口寄せされ、アロガンティア帝国軍へと果敢に突撃を開始し始めた。
同時に、甲板上で羽ばたいていた“黙示録の竜”も攻撃を開始。口から火球を吐いて帝国兵たちを攻撃を始めた。火球の爆発に巻き込まれた帝国兵たちが次々と倒されていく。
「それ以上はさせませんわ! わたくしが……!」
「無粋な真似は止すでござる!」
「貴様……ミナヅキ=ミナモ……! 魔王継承戦で負傷した筈のあなたが何故ここに居る!?」
「生憎と某は『四大』の“水”の継承者……肉体の回復は早いのでござるよ。さぁ、貴殿はこのミナヅキ=ミナモがお相手するでござるよ、エージェント・クラウン!」
「上等……塵にして差し上げますわ!!」
そして、エージェントたちとラストアーク騎士団の間でも戦闘が始まった。帝国兵を攻撃するアヤメを止めようと動き出したエージェント・クラウンを止めたのは“傾国の夜叉姫”ミナヅキ=ミナモ。
ミナヅキが振り抜いた大太刀をエージェント・クラウンは雷属性の魔力で形成した二本の片手剣で受け止め、両者は交戦状態に入った。
「貴女の相手は私がします、エージェント=アウル……いいえ、“時紡ぎの巫女”アウラ=アウリオンよ」
「その名であたしを呼ぶななのだ、リブラⅠⅩ……!」
「あなた達の身に何が起きたかは分かりません。ですが……どんな理由があろうとも、それはアロガンティア帝国を侵略する、無辜の民を傷つけてもいい理由にはなりません。罪なき人々の血を流させた時点で……あなた達は“悪”へと堕ちました」
「お説教は沢山なのだ! アーカーシャの“狗”!!」
「あなた達の罪は……スペルビアの罪は私が裁く! 女神アーカーシャの名ではなく……この私の“誇り”に掛けて!! いでよ――――“レディ・ジャスティス”!!」
エージェント・アウルと対峙するのは“裁きの天秤”リブラⅠⅩ。リブラⅠⅩは展開した魔法陣から、天秤と剣を手にした巨大な光の女巨人『レディ・ジャスティス』を召喚する。
対するエージェント・アウルは魔力で巨大な“梟”の守護霊を編み出してレディ・ジャスティスへと対抗する。そして、レディ・ジャスティスが振り下ろした剣を魔力障壁で受け止めて、両者の戦闘は幕を上げ始めたのだった。
「主を堕落させるとは……メイドの風上にも置けないわね、エージェント・フォックス。ラムダに代わり、この私が直々に“教育”を施して差し上げるわ……!」
「テオフォニア=ティアマトー……偉そうに!」
「メイド、執事とは仕える家の“格”を護る者よ。それを弁えず、悪道に堕ちた主をさらに唆すなど言語道断。今の貴女には“メイド”を名乗る資格は無くてよ……」
「黙れ……私はスペルビア様の忠実な下僕です! 堕落した貴族が偉そうに口を出すなです!!」
「では……“口”ではなく“実力”で折檻するとしましょうか。固有スキル【竜ノ鎮魂歌】――――発動。さぁ、おいでなさい……プロヴィア」
エージェント・フォックスの行く手を阻んだのはテオフォニア=ティアマトー。彼女はその眼で看取った竜の骸を召喚する固有術式固有スキル【竜ノ鎮魂歌】で純白の竜を召喚する。
対するエージェント・フォックスはヘルメットや漆黒のボディースーツからはみ出た狐耳や尻尾から金色の焔を噴出させ、憤怒に満ちた視線をティアマトへと向ける。
「これでは私たちの作戦が……」
「そう、上手くいかない……いやぁ、現実ってのは往々にして厳しいものだね、エージェント・ハート。君もそうは思わないかい?」
「レスター=レインピース……」
「君たちには二つの“罪”がある。一つ目は自らの野望の為に大勢の無辜の民を殺した事。二つ目は自らの“死”を認めず、現世にしがみついた事。どちらも重罪だ……故に君たちは裁かれねばならない」
「はっ、“葬儀屋”が偉そうに……!」
「君たちに殺された全ての人々の無念を“葬儀屋”として、そして……未練がましく現世に執着するその怨念を“死神”として……このぼくが冥界へと送ろう」
「やれるもんなら……やってみなさい!!」
エージェント・ハートを相手取るのは“葬儀屋”レスター=レインピースだ。仕事道具である冥府の氷で形作られた“死神の大鎌”を手にして、レスターは追悼にも似た眼差しをエージェント・ハートへと向ける。
そんな態度に業を煮やしたのかエージェント・ハートは声を荒げて突撃、魔力を纏わせて硬質化させたサキュバスの尻尾を振り回してレスターへと斬り掛かった。それをレスターは冷静に“死神の大鎌”で受け止めて、両者の戦闘は開幕した。
「さて……そなたの相手はこの儂じゃ、エージェント・ブレイヴ……いいや、ミリアリア・リリーレッドよ。クハハ……このような形で“魔王”と“勇者”の戦いが実現するとは、なんとも因果な事じゃのう」
「上等だ。前々からお前は僕の手で殺したいと思っていたんだ、グラトニス。リリエット=ルージュを使って僕の故郷と両親を殺した罪、ここで僕が裁いてやる」
戦艦ラストアークの甲板上のあちらこちらで激しい戦闘が繰り広げるられる中、グラトニスとエージェント・ブレイヴは静かに対峙する。それは奇しくも“勇者”と“魔王”による一騎打ちとなった。
長く待ち望んでいた勇者との戦いにグラトニスは不敵な笑みを浮かべ、エージェント・ブレイヴは自身の故郷を焼き払った“暴食の魔王”を裁くように折れた聖剣を手にする。
「生憎じゃが……儂は生きて“罪”を贖うと決めておるのじゃ。そなたの白刃は受け取れん。生きて新たな世界の誕生を見届け……今度こそ誰もが平等に暮らせる『理想郷』を創り出す……それが儂の贖罪じゃ!!」
「それを僕が赦すと思うか……グラトニス!!」
「そなたの赦しなぞ要らんわ、堕ちた勇者よ! 儂を生かす“赦し”とは……儂が愛した、儂を愛してくれたラムダだけに許された特権よ!! さぁ、いくぞ“喰魔”ベルゼブブよ!! 決戦兵装“十三使徒”――――起動開始じゃ!!」
そして、エージェント・ブレイヴは聖剣を手にグラトニスへと瞬きよりも疾く距離を詰めて斬り掛かり、グラトニスは左腕の“喰魔”を変形させて剣を形成して聖剣を受け止めて、勇者と魔王の決戦は狼煙を上げ始めるのだった。




