第838話:最後の希望 -Last Ark-
「こちらエージェント・ブレイヴ、応答せよエージェント・スペス。応答せよ……スペス、聴いていないの?」
――――帝都ゲヘナ空域、旗艦アマテラス格納庫にて。エージェント・ブレイヴたちアロガンティア帝国軍将校五名はある特殊任務の為に出撃準備を整えていた。
旗艦アマテラスはエージェント・スペス、そして皇帝スペルビアの命令を受けて戦艦ラストアークに向けて突撃を開始していた。
「チッ、何をやっているんだ、あの女は……」
「あんながさつな女をアテにしても無駄よ、ブレイヴ。こちらエージェント・ハート、ブリッジ応答せよ。現在の状況を報告なさい」
《イエス、マイ・ロード。現在、旗艦アマテラスと戦艦ラストアークの距離は800。まもなく接敵に入ります》
「電磁障壁はまだ保つかしら?」
《電磁障壁の出力は現在70パーセントを維持。ラストアーク騎士団は僚艦の相手に火力を割いており当艦まで手が回っていない状態です》
「上出来……そのまま進路を維持なさい」
アロガンティア帝国軍は僚艦を率い旗艦アマテラスによる進撃を開始、ラストアーク騎士団の先陣を駆ける戦艦ラストアークとの距離を詰めつつあった。
「先の魔王継承戦で負傷したラストアーク騎士団の手練れどもはまだ復帰できていない。功を焦って早く出撃し過ぎたな、グラトニス。艦内の警備も大した事ないのはスペルビア様が確認済みだ」
「つまり、今のラストアークはわたくし達でも……」
「十分に制圧可能なのだ。先の戦いでブリッジは爆破済み、生きていたにせよグラトニスは負傷している。加えて、ラストアーク騎士団の最高戦力であるラムダ=エンシェントは始末済み、ノア=ラストアークもスペスが抑えているのだ」
「最大の脅威は排除済みですね~」
「あとは僕たちが直接ラストアークに乗り込み、ラストアーク騎士団の連中を皆殺しにすればスペルビア様の覇道を止める者は居なくなる。それで僕たちの勝ちだ!」
エージェント・ブレイヴ、フォックス、ハート、クラウン、アウルの目的は戦艦ラストアークに直接乗り込み、艦内を制圧してラストアーク騎士団の騎士たちを排除する事にあった。
戦艦ラストアークの電磁障壁の突破自体は先のバル・リベルタスの戦いでスペルビアが実戦している。そして、僅か三日で対策を施すのは不可能だろうとエージェントたちは踏んでいた。そして、その予測は正しい。
「今回は僕の第一大隊とピースの第三大隊のトルーパーを全てラストアーク制圧に送り込む。デストロイ・トルーパーどもはラストアーク潜入後、速やかに艦橋を制圧しろ。万が一の場合は仕込んだ爆弾を使え」
「「イエス、マイ・ロード……」」
「あたしたちはラストアーク潜入後、所属騎士たちを皆殺しにするのだ。そして、隠れているであろう非戦闘要員を人質にしてラストアーク騎士団に降伏を迫るのだ」
旗艦アマテラスの格納庫には戦艦ラストアーク制圧用の兵士が集結していた。その総数は約一五〇〇名、二つの大隊を集結させた大勢力だ。その大勢力を五名のエージェントが率い、戦艦ラストアークの制圧にあたる。
目的はラストアーク騎士団所属の騎士たちの抹殺、非戦闘要員の確保、そして戦艦ラストアークの撃墜である。先の魔王継承戦で手練れの多くが負傷し、バル・リベルタスの戦いでの破壊工作で艦内はいくぶんか損傷している。エージェントたちはそこに“攻め時”を見いだしたのだ。
《旗艦アマテラス、まもなくラストアークの電磁障壁の射程に入ります。接敵まであと十五秒……十四……十三……》
(しかし……疑問が一つあるのだ。スペルビア様の侵入を許したのに、連中は今回も旗艦アマテラスの接近を許している。何故なのだ? まるであたしたちが誘われているような……)
「なぁに、アウル? 心配ごとかしら?」
「…………ラストアーク騎士団の所属騎士の中にはまだ戦闘可能な者も居るのだ。いくらあたしたちが数で勝ると言っても油断は禁物なのだ……」
「あら、そんなこと? 言われるまでもないわ」
「腐ってもわたくし達もかつてはラストアーク騎士団の騎士だった。今さら連中を見くびるような真似はしませんわ。それに……その為の大勢力でしょ、アウル」
「まぁ、それはそうなのだが……」
《五……四……まもなく接敵! 総員、耐衝撃姿勢を取れ! 旗艦アマテラス、電磁障壁出力最大ッ!!》
エージェント・アウルが言いようのない不安を募らせる中、旗艦アマテラスは艦底を戦艦ラストアークの甲板に重ねるような形で接触した。同時に両艦の電磁障壁が激しくぶつかり合い、両艦を激しい振動と衝撃が襲う。
同時に接触した電磁障壁同士が干渉しあい、障壁と障壁の間に“亀裂”が走った。アロガンティア帝国軍が狙うのはこの“亀裂”だ。
《電磁障壁に亀裂を確認しました》
「今だ、格納庫のハッチを開け! 第一、第三大隊、これよりラストアーク制圧作戦を開始する!!」
《イエス、マイ・ロード! ハッチを開きます》
エージェント・ブレイヴの命令と共に旗艦アマテラスの格納庫のハッチが開いていく。本来は艦載している戦闘機を出撃させる為のハッチからエージェントたちは飛び降り、“亀裂”を縫って戦艦ラストアークへと飛び移ろう画策していたのだった。
命令を受けたアロガンティア帝国軍の兵士たちはブラスターを構えて出撃準備を整え、エージェントたちもそれぞれの得物を手に降下準備を整える。
「行くぞ……作戦開始……!!」
そして、エージェント・ブレイヴの号令と共にエージェントたちと帝国兵たちは戦艦ラストアークの甲板目掛けて一斉に降下を開始していった。
“亀裂”は思ったより大きくない。目算を誤った兵士の一部が電磁障壁に灼かれ、一瞬で灰になって焼滅していく。それに脇目も振らず、エージェントたちは戦艦ラストアークの甲板へと降下した。
「さぁ……皆殺しの時間だ。今度こそ終わらせてやる、ラストアーク騎士団。トルーパー、僕たちに続け!」
戦艦ラストアークの甲板に降り立ったエージェント・ブレイヴたちは搭乗口を目掛けて進軍を開始する。全てはラストアーク騎士団を殲滅し、スペルビアの野望を果たす為に。
だが、そんなアロガンティア帝国軍を――――
「生憎じゃが……そなたらの進軍はここまでじゃ!」
「これは……上からの攻撃だと!? 構えろ!!」
――――阻止せんとする者が待ち構えていた。
甲板に少女の声が響いたと同時に、上空から幾つもの火球が勢いよく降り注ぎアロガンティア帝国軍を攻撃していく。突如の迎撃に、エージェントたちは即座に戦闘態勢に入った。
「あれは……“黙示録の竜”だと……!?」
「やっぱりあたしたちの行動が読まれていたのだ!」
火球を放ったのは赫きドラゴン“黙示録の竜”、戦艦ラストアークを守護するアーティファクトの兵器だ。大きな翼をはためかせて暴風を起こし、“黙示録の竜”はアロガンティア帝国軍の行く手を阻むように現れた。
エージェント・アウルの予感は的中していた。そう、ラストアーク騎士団はアロガンティア帝国軍が再び直接乗り込んでの制圧をする事を見抜いていた。故にわざと旗艦アマテラスの接近を許し、エージェントたちを甲板へと招いたのだった。
「一度味わった“成功”の味を忘れられんとは……そなた等も甘い奴等じゃのう。それがそなた等の敗因よ」
「その声……グラトニスか……」
「先のバル・リベルタスの戦いではスペルビアにしてやられたからのう。今度は儂等が意趣返しをする番じゃ! さぁ、覚悟せよ、アロガンティア帝国軍よ!!」
そして、“黙示録の竜”の背に乗っていた少女たちはその背から飛び降りて甲板に着地、エージェントたちの前に立ち塞がった。
「ラストアークへの侵入、これ以上の破壊活動は許しません。誇り高き『光導十二聖座』の騎士として、イレヴンの“友”として、彼の居場所は私が護ります!」
リブラⅠⅩ――――アーカーシャ教団に属する聖堂騎士にして、今はラストアーク騎士団のあり方を見極める裁定者。
「主殿の為にもラストアークは死守させてもらうでござる。某がお相手致す。斬界刀――――抜刀ッ!!」
ミナヅキ=ミナモ――――“幻想郷”の女武者。人ならざる者として生み出され、“四大”の権能を受け継いだ“傾国の夜叉姫”。
「主殿から仰せつかったラストアークの護衛、見事果たしてみせるであります! “封魔忍”ミヤマ=アヤメ、いざ参るであります!!」
ミヤマ=アヤメ――――“幻想郷”の象徴“日ノ天帝”を護衛していた忍にして、現在はラムダ=エンシェントを主とする“封魔忍”。
「まったく……この私を雑草刈りに使うなんて、ラムダもいい度胸してるわね。帰ってきたら……また私の“執事”をさせましょう……」
テオフォニア=ティアマトー――――天空大陸を治めていた四大貴族の一角を担っていた“竜人”の伯爵令嬢。ラムダ=エンシェントに生きる意味を見いだした“天空の貴婦人”。
「さてさて……ラストアークにようこそ、死人の皆さん。未だに“未練”だけで現世にしがみつく彷徨える亡霊よ……このぼくが在るべき冥界へと送ってあげよう、“葬儀屋”の名に賭けてね」
レスター=レインピース――――“海洋自由都市”バル・リベルタスで葬儀屋を営む女性。“死の商人”メメントから“死神”の大役を引き継ぎた二代目死神にして、死を商いとする“葬儀屋”。
「さぁ、この儂に……“暴食の魔王”ルクスリア=グラトニスの絶対的な威光の前にひれ伏すが善いわ、クハハハハハハハーーーーッ!!」
ルクスリア=グラトニス――――ラストアーク騎士団最高司令官にして、かつて世界征服を目論んだ魔界の支配者である“暴食の魔王”。
「ここから先は行かせんのじゃ、アロガンティア帝国軍よ! ラストアークを落としたくば……この儂等を倒してからにするんじゃな!!」
「この……鬱陶しい連中だな……!!」
ラストアーク騎士団の発足と共に、ラムダ=エンシェントの元に集った仲間たちがエージェントたちの前に立ち塞がった。ラムダ=エンシェントの居場所を、彼が帰ってくる場所を守り抜く為に。
帝都ゲヘナの戦いは次のステージへとを進んでいく。それは“最後の希望”を護るための騎士たちの覚悟が試される時が訪れたのだ。




