第836話:VS.【傲慢の魔王】スペルビア④ / 英雄不在の戦場
「死んだか、ラムダ=エンシェント……」
――――混迷極まる帝都ゲヘナの上空で、スペルビアは市街地への視線を向けていた。完膚なきまでに叩きのめしたラムダ=エンシェントがもう戦場に戻って来ない事を確信する為に。
スペルビアとの戦いにラムダ=エンシェントは敗北した。右腕と下半身を失い、ラムダは完全に戦意を喪失した。そして、地面へと落とされたラムダはそのまま大通りに出来た亀裂に飲まれて地中へと消えていった。
「エージェント・スペス……私だ、スペルビアだ。今しがたラムダ=エンシェントを始末した……ラストアーク騎士団にオープンチャンネルで回線を繋げ」
《イエス、ユア・マジェスティ……》
ラムダ=エンシェントの死を確信し、スペルビアはエージェント・スペスへと計画の次段階への移行を指示する。そのままスペルビアは籠手から小さなドローンを出現させると自身の前に配置させた。
同時に、帝都ゲヘナの空中で“天空神機”を操ってノアと死闘を繰り広げるエージェント・スペスは片手間に準備を進める。スペルビアの映像をラストアーク騎士団へと伝える為に。
「聞け、ラストアーク騎士団の騎士たちよ。我が名はスペルビア、アロガンティア帝国の第十一代皇帝である」
ぞして、スペルビアによる無慈悲な勝利宣言は開始された。帝都ゲヘナの至る所に、アロガンティア帝国軍が所有する戦艦に、そして戦艦ラストアークやバハムート艦隊にも、スペルビアの姿を収めた映像が表示され始める。
「ラストアーク騎士団の最高戦力、ラムダ=エンシェントは死んだ! 私が始末した、我が魔剣で上半身と下半身を斬り分けてな! フハハハハハハハッ!!」
スペルビアによってラムダ=エンシェントの死亡が宣言され、同時にスペルビアがその眼に録画したラムダの最後が映し出される。
魔剣による一閃で両断され、ラストアーク騎士団の“希望”が帝都ゲヘナの市街地に『ゴミ』のように投げ落とされる瞬間の映像だ。その映像が流された瞬間、帝都ゲヘナの周辺空域で戦闘していたラストアーク騎士団の艦隊の攻勢が僅かに乱れたのをスペルビアは目撃した。
「貴様等の“希望”は潰えた。もはや我が覇道を止めれる者はこの世には存在しない。貴様等の負けだ……ラストアーク騎士団。クククッ……」
《スペルビア様、次の指令を……》
「降伏は許さん。ラストアーク騎士団、貴様等は皆殺しだ。誰一人として生かしては返さん。エージェント・スペス、ブレイヴたちをラストアークへと向かわせろ。グラトニスを始めとした主要メンバーを戦艦ごと地面に叩き落とせ」
《イエス、ユア・マジェスティ……!!》
「貴様はくだらん“玩具”の中からノアを引き摺りだして再び“鳥籠”に収め、私の前に連れてこい。私はこれから地下区間に向かいアリステラ=エル=アロガンティアを始末してくる。この戦いに決着を着けようではないか……!」
ラムダ=エンシェントという“旗印”を失った事で、その“死”を映像にて晒した事で、ラストアーク騎士団に動揺が、立ち上がった帝都ゲヘナの義勇軍の中に諦めの色が浮かび上がる。
英雄ラムダでもスペルビアは止めれなかった。それどころか、ラムダは無残にも殺されて退場した。それが戦場に於いてどれだけの衝撃を与えるかは想像に難くなかった。それをスペルビアは理解していたからこそ、ラムダの死を自身の勝利の“演出”として利用したのだ。
《旗艦アマテラス、戦艦ラストアークに向けて進軍開始。各エージェント、出撃準備完了しています》
「よろしい。では私も……」
スペルビアはエージェントたちに戦艦ラストアークの撃墜を命じ、エージェントたちが乗り込んだ旗艦アマテラスは僚艦を伴って戦艦ラストアークへと進軍し始めた。
それを見届けたスペルビアは一度だけ、遥か頭上から自分を睨みつける“天空神機”ウラヌスに対して勝ち誇ったような表情をし、アリステラが居る“機神”の保管庫へと向かおうとし始めた。
そして、スペルビアが大通り沿いに建つ建物の屋上に着地した瞬間だった――――
「君を先へは進めさせないよ、スペルビア」
「この声……ウィル=サジタリウス……うっ!?」
――――何処からともなくスペルビアを呼び止める声が響き、同時にスペルビアは頭部を弾丸で撃ち抜かれた。
ウィル=サジタリウスによる狙撃である。スペルビアが地下区間に居るアリステラに意識を向けた瞬間を狙いウィルは狙撃を敢行、スペルビアの頭部を側面から正確に撃ち抜いた。
頭部を撃ち抜かれた衝撃でヘルメットは完全に壊され、スペルビアはそのままその場に崩れ落ちた。一撃必殺、脳を撃たれたスペルビアは即死した。
「こいつ……よくもラムダくんを……!!」
「迂闊に近付いちゃ駄目だ、キルマリアちゃん」
倒れたスペルビアの元にウィルとキルマリアが跳躍してやって来る。キルマリアは怒りに震えている。先ほどのスペルビアが流した映像でラムダが倒されたのを見て、彼女は怒りに震えていた。
一方でウィルは冷静だった。ラムダの死がもたらした動揺を冷静さの『仮面』で隠し、手にした狙撃銃で彼はスペルビアの死体を狙い続けていた。
「タウロス、すぐにスペルビアの亡骸を封印するんだ! ラムダ=エンシェントが死んだ所で、こいつさえ抑えればアロガンティア帝国軍は瓦解する! 急ぐんだ!」
「分かっている。僕に命令するな、トネリコ」
「映像を流したのは迂闊だったね、スペルビア。おかげで君の位置は簡単に割り出せた。ラムダ=エンシェントを殺したのは褒めてあげるけど、詰めが甘い。結局、君もまだ『ラムダ=エンシェント』だったという訳さ」
ウィルたちから遅れること十秒後、タウロスⅠⅤと彼に抱えられたトネリコ=アルカンシェルがやって来る。
インペルティ宮殿の制圧に当たっていたトネリコたちは宮殿の外部でラムダ=エンシェントとスペルビアの戦闘が勃発した事を察し、いざという時に備えて準備を進めていた。そして、ラムダを倒したスペルビアが流した映像からトネリコはスペルビアの居場所を特定し、ウィルは狙撃で彼の頭部を撃ち抜いていた。
「チビガキ、気を付けなさい。そいつ、“死”の匂いがするわ。ただの『闇落ちラムダ』じゃない……もっと悍ましい何かよ……」
「言われなくとも分かっている、吸血鬼……」
「よくもラムダくんを……未来ある若者を……。僕はまた……守れなかったのか? くそ……なんて不甲斐ないんだ、僕は……」
「感傷に浸るのは後よ、ウィル」
「分かっているさ、キルマリアちゃん。ラムダくんの犠牲は無駄にしちゃいけない。こいつはここできっちりと始末しないと……」
タウロスⅠⅤは聖堂騎士由来の封印術式を行使、スペルビアの周囲に純白の魔法陣を展開して彼を封印しようと考えていた。キルマリアがスペルビアが放つ異常な雰囲気を感じ取っていたからだ。
だが、キルマリアの予見も虚しく――――
「残念……少し行動が遅いな、雑兵どもよ……」
「なっ……こいつ動いて!? うわっ……!?」
――――“傲慢の魔王”は再び目覚める。
全身から魔力による衝撃波を放ってタウロスⅠⅤを吹き飛ばしながら、スペルビアはむくりと起き上がっていく。頭蓋を撃たれた傷を癒やしながら、女性の姿をした白い靄に支えられてスペルビアは立ち上がる。
「馬鹿な……死んだ筈じゃ……!?」
「ふん、この程度で死ねればいっそ楽なのだがな……生憎とそうもいかないのさ、トネリコ=アルカンシェルよ」
「まさか……不死身なのか……!?」
「その通りよ、ウィル。今のでハッキリした。こいつは蘇生術式を使っている……それもあり得ないぐらい強力なのをね。道理でラムダくんが勝てない訳だわ」
「それを知った所で今さら遅いぞ、レディ・キルマリアよ。ラムダ=エンシェントはもう死んだ。来るならもっと早くに来るべきだったな……」
スペルビアが起き上がった瞬間、その場にいた全員が後方に飛び退いて距離を取った。スペルビアはまだ死んでいない、死んだと思うような傷を負っても復活することが判明したからだ。
「私の邪魔をするのか……貴様等?」
「ああ、その通りだ。アリステラ様の所には行かせないよ、スペルビア。ラムダくんに代わって、僕たちが君を止める」
「私に負けた事を忘れたのか、ウィル=サジタリウス?」
「忘れちゃいないさ。そして覚えておくと良い……たとえ一度負けた相手だとしても、僕たちは逃げる訳にはいかない! それに……今度は一人じゃない。キルマリアが一緒に居るからね……」
「ふん、くだらん。負け犬の遠吠えだな」
「ならそうやって独りよがりな現実逃避でも続けていなさい、スペルビア! わたしとウィルが組めば百人力……いいえ、一騎当千よ! その蘇生術式の謎、わたしが紐解いて自分の知恵にしてやるわ!!」
ウィルは狙撃銃を構え、キルマリアは魔力を両手に集束させ、タウロスⅠⅤは仮面に装備した“双角”に稲妻を宿らせ、トネリコは拳銃を構えてスペルビアと相対する。
一方のスペルビアは右手に握った魔剣にありったけの魔力を注ぎ込み、刀身から魔力による暴風を発生させてウィルたちを威圧する。
「良いだろう……ラムダ=エンシェントを始末した後の“デザート”だ。貴様等もこの手で始末してやろう。ありがたく思え、そして死ね……!!」
ラムダ=エンシェントが退場した『英雄不在の戦場』にて、ウィルたちによる決死の戦いが始まろうとしていた。それは、敗れたラムダの想いを無駄にしない為の、残された者たちの“希望”を護る為の戦いである。




