第835話:VS.【傲慢の魔王】スペルビア③ / ラムダ=エンシェント死す
「死ぬのは貴様だ、ラムダ=エンシェント……!!」
――――完全に首を斬り落とし、倒したと思っていたスペルビアは復活していた。油断した俺の背後を取り、蘇ったスペルビアは魔剣を俺に向けて振り抜いた。
「くっ……おぉッ!!」
魔剣による斬撃に間一髪で勘付けた俺は大きく跳躍、スペルビアから距離を取りながら空中へと浮遊してさらなる追撃を避けた。
魔剣で空を薙いだスペルビアはほんの一瞬だけ足下を確認して、それから空中に浮かび上がった俺へと視線を向けた。割れたヘルメットから見える左眼は僅かに嗤っている。
「よく躱したな……右眼のアーティファクトによる“極近未来視”のお陰だな。だが……片足は貰ったぞ」
「くっ……うぅ、左脚が……!」
致命傷は避けれた。だが、代償は支払う事になってしまった。俺は魔剣による斬撃を完全には避けきれず、無様にも左脚を切断されてしまった。
左脚は大腿部の中間からから下を切断され、傷口からは夥しい量の血が流れている。スペルビアの足下には切断された俺の左脚が転がっている。
「これで一つ、不利になったな、ラムダ=エンシェント。もう地上ではまともに戦えまい」
「なんで……確かにトドメを刺した筈なのに……」
切断された左脚を魔剣による斬撃で焼き払い、スペルビアは俺を精神的に追い詰める言葉を投げ掛ける。彼の言う通り、左脚を失った以上、俺は地上ではまともに戦えない状態にされてしまった。
だが、自分の傷よりも気掛かりな事がある。それはスペルビアが首を切断されても復活した事
だ。左脚を切断されるよりももっと重篤な、それだけで勝敗が決する出来事だった筈なのに、スペルビアはそれを無効化して復活してきた。
「フッ……私がどうして死なないか気掛かりか? なぁに、簡単な話さ……これは“呪い”だ。私はもう自分の意志では死ねない。彼女たちが諦めるのも死ぬのも許してはくれない……それだけの話さ」
「自分の意志では死ねない……!?」
「この“呪い”の名前は【起死廻生】……私を現世に強制的に留めさせる権能だ。貴様では私には勝てん……いいや、殺せん。否定できないんだよ……このスペルビアはな!」
「冗談じゃねぇ、ゾンビかよ……」
スペルビアの持つ秘密【起死廻生】、それが奴が首を切断されても、何事もなく蘇った秘密だった。
よく見ると、スペルビアを覆う白い靄が女性の形になって彼に纏わりついている。ミリアリア、コレット、レティシア、リリィ、アウラ、全て俺も見知っている女性たちだ。スペルビアが復活する直前も彼女たちの幻聴が聴こえた。何か関係があるのだろう。
「スペルビアの復活の謎、判るか、メメント……」
『少なくとも……スペルビアが言う通り、あの復活術式は彼の意志では発動できない、外的要因によって発動する“呪い”なのは確かです……』
「じゃあ……その外的要因をどうにかしないと……」
『ええ、スペルビアは倒せません。このまま戦えば、貴方は確実に負ける。スペルビアが無数の“死”を誤魔化せるのに対し、たった一回の“死”で全てを失う貴方が不利なのは自明の理でしょう』
「…………」
「ご、ご主人様! それよりも傷の処置を! このままでは戦うどころの話ではありません! 出血死してしまいますよ!」
「分かっている、e.l.f.……鎮痛剤を頼む」
「便利なサポーターとせいぜい相談しろ、ラムダ=エンシェント。だが無駄だ……そんな事をしても私を倒す方法は無いぞ。フッ、フフフッ……フハハハハハハハハハッッ!!」
e.l.f.から渡された鎮痛剤を残された左脚の大腿部に射ち込み、エンドルフィンにより鎮痛作用で左脚切断の痛みを誤魔化しながら、俺はスペルビアへの対抗策を考える。
メメント曰く、スペルビアの蘇生術式は本人の意志とは無関係に発動するらしい。それはスペルビア自身は死にたくとも死ねない死人のような存在で、彼を無理やり蘇らせて戦わせている存在が居るという事になる。
『ここは一度撤退を。さもなくば……』
「そんな事はできない。ここで逃げたらスペルビアは無関係な人々を虐殺し始める。俺が足止めをしなきゃ……みんなが、ノアが殺される……」
『それは……』
「貴様の考えている事は正しい。逃げれば……見せしめとして帝都ゲヘナの住民を皆殺しにする。逃げれまい……か弱き人々を見殺しにするような真似をすれば、亡き父や兄たちの教えの反する事になるからな」
スペルビアの術式の“謎”を解明しなければ、俺には勝ち目は無い。だが、今さら逃げる事も出来ない。逃げればスペルビアは見せしめとして帝都ゲヘナの住民を殺し始めると宣言している。
もう、俺には逃げるなんて“選択肢”は許されない。“護る者”の責務を果たす為、俺は『観えている“死”』に立ち向かう他にはなかった。
「安心しろ、貴様には私と同じ地獄は与えん。ここで息の根を止めて、“死”という安寧をくれてやろう。同じ『ラムダ=エンシェント』としてのせめてもの情けだ」
「断わる……俺は生きて、贖罪を果たすんだ!!」
「そうやって贖罪という“妄執”に取り憑かれる……お前も立派なゾンビだよ、ラムダ=エンシェント。故に……私がここで殺してやろう!!」
スペルビアは地面を蹴って、装甲に仕込んだ推進器を噴射して俺へと迫りくる。もう後には退けない、俺は聖剣と魔剣を構えて、迫りくるスペルビアを迎え撃つしかなかった。
「死ね、ラムダ=エンシェント!!」
「うっ、おぉぉーーーーッ!!」
スペルビアが振り下ろした魔剣による斬撃を、聖剣と魔剣を交差させて受け止める。凄まじい圧力が全身にのしかかり、切断された左脚の傷口から激痛が走る。
「どうだ、左脚を失った感覚は……痛いだろう?」
「へっ……この機会だ、ノアに格好いい義足でも作ってもらうよ。脚にもビームサーベルが出るなんて“仕掛け”なんて格好いいだろ?」
「減らず口はまだ顕在か……我ながらしぶといな」
スペルビアに圧倒されない為に精一杯の軽口を叩く。スペルビアの動揺を誘いたい為じゃない、『自分はまだ負けていない』という悪足掻きにも等しい虚勢を張り続ける為だ。
「せっかくのアイデアを披露した所で申し訳ないのだが……脚からビームサーベルは私がすでに実用化しているんだ! 切り裂け――――“閃光脚刃”!!」
「なっ……おぉぉッ!?」
スペルビアの右脚のつま先を伸ばした瞬間、右脚の脛からつま先に光量子による光刃が出現する。どうやらスペルビアの右脚も改造されたアーティファクトで、俺が冗談で言った『脚からビームサーベル』をすでに実用化していたらしい。
危険を察知した俺が咄嗟に右側に身体を逸らした瞬間、スペルビアは右脚を素早く蹴り上げて斬撃を放ってきた。蹴り上げと同時に、俺の後方に建っていた時計塔が縦に真っ二つにされて崩壊する。
「逃げるだけで精一杯か? “光量子輻射砲”!!」
「しまっ……!? ぐっ、あぁぁッ!!?」
攻撃を避けた瞬間だった、スペルビアは回避行動を取った俺に向けて左手をかざし、掌から光量子による照射攻撃を行ってきた。
間一髪、聖剣をかざして直撃だけは回避したが、攻撃を受け止めた反動で聖剣は手から溢れて吹き飛び、俺自身も威力を受け止めきれずに後方へと吹き飛ばされてしまった。
「ぐっ……!?」
そのまま俺は後方に建っていた時計塔の時計盤に激突してしまった。全身に耐え難い激痛が襲い掛かる。鎮痛剤だけではどうにもならないらしい。
「力の差は理解できたか? 私はお前よりも高い“領域”に居る。お前ができる事は私もできる。その上で、私にはお前には無い技が在るんだよ」
「うっ……」
「理想や信念、モラルや秩序に縛られたお前では私には勝てん。生ぬるい“正義”では、冷酷な“悪”には勝てんぞ! フハハハハハハハッ!!」
時計盤に埋め込まれた俺を見て、スペルビアが高笑いをしている。理想に殉じる『ラムダ=エンシェント』は弱いのだと俺に言い聞かせるように。
悔しい事だが、スペルビアの言う通りだ。護るべきものが多い俺では、護るべきものが無いスペルビアには遠く及ばない。俺が振りかざす“正義”では、スペルビアの“悪”を止める事は出来なかった。
「それでも……俺は諦める訳には……!」
「ほぅ……まだ諦めぬか? 我ながらしぶといな。ならば……もう少し追い詰めようか? 竜撃砲プライド……高出力モードへ移行」
「…………ッ、何をする気だ……!?」
「今から私はこの竜撃砲プライドで市街地で逃げ惑う市民を狙う。貴様が止めねば、何百人もの人々が瞬きよりも疾く死に絶えるぞ?」
「――――ッ!? 正気か、貴様ァァ!!」
それでも諦めない俺に呆れたのか、スペルビアはさらなる“悪意”を発露させてきた。背部に装備していた二門の砲撃機構である竜撃砲プライドを両肩に乗せ、スペルビアばあろう事か帝都ゲヘナの市街地へと狙いを定めたのだ。
射線上ではアロガンティア帝国軍と義勇軍が激しい戦闘を繰り返し、そのすぐに側を幼い子ども達やその両親が逃げ惑っている。そんな所に砲撃を撃ち込まれたら、死傷者の数は数百人では済まなくなる。
それを分かっていてスペルビアは――――
「さぁ、“英雄”の出番だぞ、ラムダ=エンシェント」
「やめろ、やめろォーーーーッッ!!」
――――市街地に向けて砲撃を放った。
竜撃砲プライドから放たれた朱い砲撃が人々で溢れかえった市街地に向けて飛んでいく。戦っていた兵士たちが、抵抗を続けていた義勇軍たちが、逃げ惑っていた人々が、空から降り注ぐ“死”の光に動きを止める。
俺は残された右脚で時計盤を蹴って、全速力で加速して放たれた凶弾を追い掛けた。スペルビアの“悪意”で、堕ちた『ラムダ=エンシェント』の“悪意”で人が死ぬ光景を見たくなかったから。
そして、俺は朱い光弾を追い抜き――――
「うっ、おぉぉおおおおおおおッッ!!」
――――魔剣を振り抜いて光弾を斬り裂いた。
全身全霊を込めた斬撃は竜撃砲プライドから放たれた光弾をかき消し、斬り裂かれた光弾は粒子になって霧散していく。その光景を目撃した市街地の人々はただ呆然と立ち尽くしていた。
なんとか護り抜けた、俺はそう安堵していた。だから一瞬だけ気を抜いてしまったのだろう。
「見事だ。だが……これでお前の“死”は確定した」
「スペルビア……いつの間に背後に……!?」
光弾を斬り裂いた俺の真後ろに、魔剣を構えたスペルビアが佇んでいた。俺が人々を護る為に飛び出す事も、光弾を防ぎ切る事も分かっていたのだろう。その上で、俺に完全にトドメを刺すためにスペルビアはその“悪意”を発露させていた。
そして、反撃の為に俺が振り向いた瞬間――――
「お前の負けだ、ラムダ=エンシェント……!!」
――――魔剣による斬撃が俺の身体を貫いた。
胸から下を金色の斬撃が通過し、俺の背後に在った建物が上下に寸断される。そして、その次の瞬間、俺は自分の身体が軽くなる感覚を察してしまった。
「あっ…………」
俺は右腕と、胸から下の身体を切断された。斬り裂かれた腹から下の身体と右腕が地面に落下していく。同時に、意識が急激に薄れ始めてきた。
「フフッ、無様だな、ラムダ=エンシェント……」
「…………」
俺の髪を掴んで持ち上げ、スペルビアが語り掛ける。もう抵抗する力は残されていない。俺に出来るのは髪を掴まれ、ただ力無くスペルビアにされるがままにされる事だけだった。
「安心しろ、すぐにお仲間も同じ地獄に送ってやろう。どうせ全員、アートマンに殺されるんだ。誰が殺しても“結果”は同じだ……」
「…………」
「もう聴こえていないか? まぁ、即死はしていないのか……我ながら、心臓に埋め込まれたアーティファクトの生命力には呆れさせられる……」
残された左手から魔剣が滑り落ち、俺は完全に抵抗手段を失った。意識は限界まで霞み、もうスペルビアの声以外、何も聴こえない状態だった。
俺は……負けた。
スペルビアを前になんの成果も挙げられず、身体の大部分を失って無様に敗北してしまった。ただスペルビアの冷たい視線だけが、敗北した俺に突き刺さる。
「悪いがこれでお別れだ。アリステラによる“機神”の奪還を防ぎ、ラストアーク騎士団を壊滅させねばならんからな……」
「…………」
「じゃあな、ラムダ=エンシェント……高潔なまま死ね。そして見ていろ、お前が選ばなかった『スペルビア』の覇道こそが正しかったという事実をな。フフフッ……フハハハハハハハッ!!」
そして、スペルビアは手を離し、俺は力無く帝都ゲヘナの上空から地面に向かって落下していくのだった。
つまらん技で自滅した時の宇宙の帝王みたい……。




