第833話:VS.【傲慢の魔王】スペルビア① / 〜Arrogans Imperatoris〜
「うぉぉ!! スペルビアーーッ!!」
「ふん、青二才が……粋がるなよ……!!」
――――帝都ゲヘナ、インペルティ宮殿上空。ノアたちを護る為に俺はたった一人の決戦に臨み、アロガンティア帝国の皇帝スペルビアと空中で相対していた。
帝都の市街地では武装した人々がアロガンティア帝国軍を相手に奮起し、帝都を囲む空域ではラストアーク騎士団とアロガンティア帝国艦隊による大規模な軍事衝突が起こっていた。
「クククッ……グラトニスは死んでいなかったか。案外しぶとい女だ……アートマンに殺された時は呆気なく死んだくせにな……」
「もう誰も殺させやしないぞ、スペルビア」
「それは貴様が決める事ではない、ラムダ=エンシェント。決めるのは私……このスペルビアが貴様の“運命”を決してやろう」
魔剣を振るって俺を跳ねのけ、全身を黒い騎士甲冑『魔王装甲アポカリプス』で覆ったスペルビアは両手を広げて帝都ゲヘナの光景を見せびらかせて俺を挑発している。
眼下では兵士たちが、無辜の人々たちが次々と倒れていっている。遥か彼方では戦艦が次々と爆発して墜落し、大勢の兵士たちが命を落としている。
「この“地獄”が見えるか!? 私がやったんだ、お前がやったんだ!! お前の罪深さが、お前の傲慢さが、この地獄を生んだ! お前が“私”を作ったのだ、ラムダ=エンシェント!!」
「黙れ、黙れェェ!!」
「たった一人、たった一人の“人形”の為にお前はここまで『悪』に染まれるぞ、ラムダ=エンシェントよ! クッ、クククッ……フッ、フハハハハハハハハハッ!!」
スペルビアは言う、帝都ゲヘナを覆う戦いが、人々が呆気なく命を落としていく“地獄”を俺が作ったのだと。仲間たちを失い、ノアすらも失った『俺』はそこまでの悪鬼に成れるのだと彼は言う。
「いいや、俺はお前にはならない! お前を否定して、俺は“未来”へと征くんだ!!」
「いいや、無駄だ! お前は“過去”からは逃れられん! 私を否定など出来ないんだよ……私はァ、お前の『闇』なんだよ……ラムダ=エンシェントォォ!!」
スペルビアが俺の征く“道”の前に立ち塞がる。彼を否定し、倒さねば俺は未来へは進めない。だから俺は聖剣と魔剣を握りしめた。スペルビアを、自分自身の『闇』を踏み越えて進む為に。
背部に展開した“光の翼”から魔力を全力で放出して、俺は全速力でスペルビアへと突っ込んでいく。対するスペルビアは静かに魔剣を構えている。
そして、インペルティ宮殿の上空で――――
「俺はお前を否定する、スペルビアッ!!」
「私はお前を否定する、ラムダ=エンシェント!!」
――――二人の『ラムダ』は全力で斬り結んだ。
俺が振り下ろした聖剣と魔剣による斬撃をスペルビアは魔剣一本で軽々と受け止め、刃と刃が激突した際に発生した魔力による衝撃波が真下のインペルティ宮殿の屋根を破壊していく。
「くっ……おぉぉ!!」
「フッ……軽いな。この程度か?」
スペルビアは右手の握力だけで俺の二刀流による攻撃を受け止めている。ビクともしない、まるで巨大な“竜”を相手にしているような手応えのなさだ。
とても元は同じ『ラムダ=エンシェント』とは思えない。全身がほとんどアーティファクトに置き換わっているせいで、スペルビアの性質はもう“人間”よりも“機械天使”に近いものになっている。
「魔剣とは……こう振るうのだ!!」
「――――ッ! つッ、オォッ!?」
スペルビアが笑みを浮かべたような声を上げた瞬間、彼が手にしていた“神殺しの魔剣”ラグナロクの刀身が金色に輝き、同時に凄まじい圧力が俺に襲い掛かってきた。
スペルビアが魔剣を振り抜くと同時に俺は何百メートルも後方へと吹き飛ばされ、同時に周囲に在った建造物が剣圧だけで吹き飛ばされてしまう。
「どうした、民間人への巻き添えを恐れて本気は出せんか? 憐れだな……その甘さが貴様の“弱さ”だ」
「くっ……!」
「私は違う、周囲への被害など知った事ではない。さぁ、どうする? 貴様も私と同じ“修羅”に成らねば……何者にも屈せぬ“強さ”を得ねば何も護れぬぞ」
スペルビアは周囲への被害などまるで意にも介していない。誰が死のうが何人死のうが知った事ではないらしい。それ故にスペルビアは強い、俺と違い『甘さ』を完全に捨て去っている。
「それでも……俺は諦める訳にはいかない!」
「だろうな……知っているさ。だから……貴様の息の根を完全に止め、絶望と敗北をくれてやろう……!!」
俺への明確な殺意を剥き出しにして、スペルビアは魔剣を空を薙ぐように振り抜く。その術技を俺は知っている。だから、咄嗟に姿勢を崩し、空中で仰向けになるように倒れた。
そして、身を屈めた次の瞬間――――
「空を喰い斬れ――――“天獄”」
「――――ッ!?」
――――俺の背後で天空が割れた。
後方に広がっていた帝都ゲヘナの建造物が丸ごと寸断され、さらに遥か彼方で戦っていたアロガンティア帝国軍とバハムート艦隊の攻撃に巻き込まれた。
複数の戦艦が上下で真っ二つに斬り裂かれ、動力炉の暴走によって艦体を爆散させていく。スペルビアの魔剣の一振り、たったの一撃で、数百人の命が失われた。
「貴様ぁぁ……!! よくも……ッ!?」
思わずスペルビアに向かって突撃しようとした。また同じ攻撃をされてはさらに被害が拡大してしまうと考えたからだ。
だが、ウィングを展開して加速しようとした瞬間、俺はあるものに気が付いて動きを止めてしまった。複数の赤い照準が市街地の四方八方から俺を狙っていたからだ。
「これは……伏兵……!?」
「フッ……やれ、トルーパーどもよ」
「「イエス、ユア・マジェスティ!!」」
建物の至る所から狙撃銃を構えた帝国兵が俺を狙っていた。そして、スペルビアが左指を鳴らして合図を送って瞬間、潜んでいた狙撃兵たちは一斉に俺に向かって狙撃を開始しだしたのだった。
「待て、俺はあなた達を解放する為に……くそッ!」
「無駄だ……そいつらは私が『エクスギアス』で洗脳し、従順な奴隷に仕立て上げた。貴様の声は届かんぞ」
「この……どこまで卑劣な手を使う気なんだ!!」
当たれば即死は免れないような高火力の魔弾が絶え間なく飛んでくる。俺にできるのはそれを聖剣と魔剣を振って防御し、兵士たちに呼び掛ける事ぐらいだった。
そんな防戦一方の俺をスペルビアは悠然としながら嘲笑っている。ラムダ=エンシェントのままでは絶対に自分には敵わないと俺に知らしめるように。
「こうなったら、狙撃手だけでも……うッ!?」
そんな残酷な事実を裏付けるように、スペルビアはさらなる攻勢に打って出た。俺が狙撃手に意識を割き、視線を外した一瞬の隙に彼は攻撃を構える。
身震いするような禍々しい魔力を感じ取り、スペルビアの方に再び視線を戻した俺が目撃したのは、魔王装甲アポカリプスに備えられた大量の武装を展開し、今にも“一斉射撃”を放とうとしているスペルビアの姿だった。
そして、各武装に魔力が集束した瞬間――――
「しまっ……!?」
「喰らえ――――“アストラル・フルバースト”!!」
――――帝都ゲヘナの市街地を覆うほどの大量の弾幕がスペルビアから撃ち出され、俺に向かって迫りくるのだった。




