第832話:帝都ゲヘナの戦い -Battle of “Imperial City”Gehenna-
「虚数空間からの離脱、完了。バハムート艦隊の離脱も確認しました、グラトニス司令。帝都ゲヘナは目前です」
「シャルロットよ、敵の布陣を調べよ」
「了解ですわ。アロガンティア帝国軍、古代文明の旗艦アマテラスを筆頭に全百隻……おそらくはほぼ全軍を投入していると思われますわ」
――――“空中浮遊帝都”ゲヘナ空域、時刻は正午頃。帝都全域を覆っていた“電磁障壁”の解除と共にラストアーク騎士団及びバハムート艦隊は虚数空間から離脱、陣形を組んで大規模戦闘の準備を整えていた。
ラストアーク騎士団の戦力は旗艦ラストアークを筆頭に、バハムート軍のフレイズマル級空中戦艦が二十隻。対するアロガンティア帝国軍は旗艦アマテラスを筆頭に同じくフレイズマル級空中戦艦が百隻。彼我の戦力差は一目瞭然であった。
「どう戦局を読みますか、グラトニス司令?」
「最初から我々が攻めて来るのは想定しておった、という所じゃろう。相手は腐ってもかつてのラムダ=エンシェントじゃ。ラストアーク騎士団が諦めの悪い集団なのはよく知っておるのじゃろうて」
「では……やはり私たちは不利では?」
「馬鹿を抜かせ、シャルロットよ。不利を覆すのが“戦略”じゃ。儂が指揮を執る! 此度は遅れは取らん、スペルビアに目にものを見せてやるのじゃ!!」
先の『バル・リベルタスの戦い』でボロボロになった艦橋をなんとか運用しながら、グラトニスたちは怪我も癒えぬままに戦局を読み解こうとしていた。
戦力はアロガンティア帝国軍が圧倒している。ラストアーク騎士団が勝っているのは戦艦ラストアークというトップ性能の旗艦の所有、及び個々の戦闘員の“質”だけである。それらを考慮しながら、グラトニスは艦橋に立体映像で映された両陣営の布陣を俯瞰する。
「ラストアーク騎士団の航空戦力、バハムート艦隊の空戦部隊を全て投入せよ。此度は出し惜しみは無しじゃ、短期決戦に持ち込むぞ」
「了解、グロリアス大公に伝令します」
「アルマゲドンを出撃させ、アロガンティア帝国艦隊を片っ端から撃ち落とさせるのじゃ! アロガンティア帝国軍の空戦部隊ではあやつの性能には遠く及ばん。機械天使部隊はミカエルに指揮させよ」
「了解ですわ。アルマゲドンに指令送信します」
「敵は核兵器を保有しておる……我が艦を筆頭に“魚鱗の陣”を敷かせよ。ラストアークの防御力で敵軍の攻撃を全て受け止めさせるのじゃ!」
グラトニスの立案した作戦は『戦艦ラストアークを盾に艦隊を進め、圧倒的性能を誇る機械天使アルマゲドンを遊軍として敵艦隊を蹴散らし、短期決戦にて決着を図る』というものだった。
先の戦いで出し惜しみをし、スペルビアに遅れを取ったグラトニスは速攻を選んだ。ただし、その速攻も味方を守りつつという制約を含んでいる。下手に仕掛ければアロガンティア帝国軍が保有する“核兵器”の餌食にされてしまうからだ。
「グラトニス司令、敵が動き出しましたわ! 敵艦隊から戦闘機、機械天使が次々と発艦してきます!」
「グラトニス司令、指示を……!」
「此方も撃って出る。全軍を帝都ゲヘナに向けて進軍させよ! ただし砲撃は儂の合図を待て。ギリギリまで彼奴らを引きつけるのじゃ! 潜宙艦には気を付けよ」
アロガンティア帝国軍はゆっくりと進撃を開始する。全長一五〇〇メートルの超弩級戦艦『アマテラス』を先頭に、百隻にも及ぶ空中戦艦が“鶴翼の陣”を敷いてラストアーク騎士団へと迫りくる。無数の戦闘機と機械天使を発艦させ、数で劣るラストアーク騎士団を質量で叩き潰すためだ。
対するラストアーク騎士団とバハムート艦隊は戦艦ラストアークを先頭にした“魚鱗の陣”にて進軍を開始。保有戦力を出し惜しみなく発艦させつつ、旗艦アマテラスに向けて一直線に進んでいく。
「まだじゃ……まだ砲撃はするな。もっと距離を詰めさせよ……」
「距離七三〇〇……七二〇〇……」
「敵の意識を儂らに集中させるのじゃ。連中に帝都ゲヘナへと意識を向けさせるな……」
戦場に沈黙が流れる。両陣営ともに開戦の火蓋はまだ下ろさず、緊迫した空気の中で距離を詰めていく。双方、敵を逃さない距離まで相手を近づけさせたいからだ。
帝都ゲヘナの人々が見守る中、天空を覆い尽くす巨大戦艦たちが開戦の狼煙を上げる瞬間に向けて、準備を着実に進めていく。
そして、ラストアーク騎士団の出現から約十分後、両陣営の距離は五キロメートルまで近付いた瞬間――――
「今じゃ! 全軍、砲撃を開始せよッ!!」
――――ラストアーク騎士団、アロガンティア帝国両軍は一斉に砲撃を開始し、『帝都ゲヘナの戦い』がその火蓋を切って落とした。
百隻を超える戦艦から一斉に砲撃が放たれ、帝都ゲヘナの空に無数の爆発が広がっていく。周囲一帯は眩しい発光に包まれ、その数秒後には大地すら揺らす衝撃波が帝都ゲヘナに襲い掛かる。
そんな戦場の空を無数の戦闘機と機械天使の軍勢が射撃を繰り返しながら進んでいく。一機、また一機と両陣営の戦力が撃ち落とされていく。
「一歩も退くな! 儂らの奮闘を見せて帝都ゲヘナの民たちを奮起させるのじゃ! 進め進めーーッ!!」
今回の戦いには“撤退”は許されない。ラストアーク騎士団が退けば帝都ゲヘナで立ち上がった反乱者たちが犠牲にされるからだ。
グラトニスの檄を受けるまでもなく、ラストアーク騎士団、バハムート艦隊の全員が怯む事なく進撃していく。帝都ゲヘナで戦う人々に“希望”を見せる為に。
「グラトニス司令、帝都ゲヘナにて高出力反応を四つ確認しました!」
「戦況を報告せよ、リヴ、シャルロット!」
「今しがたインペルティ宮殿から飛び出したのは……先ほど突入させた“天空神機”ウラヌスと……もう一機、同型の人型兵器ですわ!」
「片方はノアじゃな! 無事じゃったか……」
「もう片方、インペルティ宮殿上空で睨み合っているのは……ラムダ隊長と、黒いアーマーの人物……スペルビアです!」
「無事だったのですね、ラムダ卿……!」
「よし、敵の最高戦力はラムダとノアが抑えておる! 二人が時間を稼いでいる内に儂らも帝都ゲヘナに乗り付けるのじゃ!」
戦局は大きく動く、ラストアーク騎士団とアロガンティア帝国軍が戦闘空域で激突する中、帝都ゲヘナでは二つの大きな戦いが進んでいた。
ノア=ラストアークとエージェント・スペス両名が駆る“天空神機”同士の激突、そしてラムダ=エンシェントとスペルビアによる頂上決戦。世界に波乱を引き起こした“運命の二人”が、自らの運命に対する抗いを続けていたのであった。




