第824話:邂逅
「マスター、大量のトルーパーが前後から迫ってきています! ノア様の警護は弊機にお任せを!」
「ノア、指示を頼む! 俺が道を開く!!」
「ラムダさん、キルマリアさんは前方に火力を集中、道をこじ開けてください! アリステラさんウィルさんは後方から迫りくる敵の迎撃を! 必要なら通路を破壊して道を塞いでください!」
――――インペルティ宮殿、第一階層、連絡通路。俺たちタスクフォースⅩⅠは帝都ゲヘナ解放、アロガンティア帝国軍の指揮系統奪取の為の作戦を決行、大量の帝国兵を蹴散らしながら宮殿内を進んでいた。
俺たちの侵入に気が付いたエージェント・ブレイヴによって宮殿内には緊急警報が鳴らされ、宮殿を警備していた兵士たちが行方を塞いでいる。それを俺たちは止まることなく走り続け、銃火器で敵を撃ち倒して進んでいた。
「エージェントたちが出張ってきたら余計に時間が掛かります。それまでに地下階層の“機神”……『輝跡書庫』の元へと行かないと……それと“アレ”の破壊も……」
「分かっているよ、ノア。俺に任せろ!」
「部隊を分割して敵を撹乱します。一箇所に集まっていてはいい的になるだけですからね。私、ジブリール、ラムダさん、アリステラさんで“機神”の奪取を。ウィルさん、キルマリアさん、タウロスさん、トネリコは例の催眠解除に動いてください」
「ハァ!? 僕に指図する気かノア?」
「うるさいぞ、トネリコ。僕はノア=ラストアークの提案に賛成だ。アロガンティア帝国軍は僕の手で落とし前を着けてやる。それに……『光導十二聖座』が二人も揃えば……向かうところ敵なしさ!」
「だから〜……おじさんは引退した身だと……」
「ふん、やる気が無いなら隅っこでガタガタ震えてても良いのよ、トネリコちゃん? 大丈夫、わたしは困らないわ……ただあなたが、口では偉そうにするだけでぇ、実際はなぁんにもできないただの臆病者だって憐れむだけだからぁ♡」
「駄目だよキルマリアちゃん、挑発したら……」
「僕を侮辱する気か、レディ・キルマリア? ふん、僕やノアのような頭脳明晰な“人形”が居ないと困るのは君たちだよ? まぁ、君たちのような自堕落な連中にタウロスを任せる訳にもいかなし……この僕が指揮を執ってやろうじゃないか」
このまま一箇所に集まっていては帝国軍の集中砲火を浴びてしまう。そこでノアはタスクフォースⅩⅠを二手に分けることを提案した。
俺、ノア、ジブリール、アリステラで“機神”へと帝都ゲヘナの開放を。ウィル、キルマリア、トネリコ、タウロスⅠⅤで帝国兵たちの撹乱と催眠解除を。両チームに“人形”を配置した布陣だ。ノアの提案にトネリコだけは異論を唱えていたが、彼女もキルマリアに煽られてその気になっていた。
「わたしが別れる隙を作るわ! 術技を借りるわよ、ディアス! はぁぁ――――“血ノ群像撃”!!」
「なんだ!? 吸血鬼が無数の蝙蝠に化けた!?」
「今です、みんな! キルマリアさんが敵の眼を暗ませている間に別れましょう!!」
そして、十字路に差し掛かったタイミングで俺たちは行動に打って出た。タイミングを見計らい、キルマリアは術技によって自らの身体を無数の蝙蝠へと変化させた。甥であるアケディアス=ルージュが用いていた変化技だ。
分裂したキルマリアによって通路内は一気に蝙蝠に覆い尽くされ、帝国兵たちは突然の襲撃に狼狽し始めていた。蝙蝠を撃ち落とそうと、手にしたブラスターを天井や壁に向かって乱射し始めている。
「ラムダくん、健闘を祈るよ」
「そっちは任せます、ウィルさん!」
「地下への入口は向こうよ。付いてきなさいイレヴン」
「トネリコ、貴女の手腕……期待していますよ」
「上から目線で偉そうだな。せいぜい見ていろ」
「僕たち『光導十二聖座』を舐めるなよ……!!」
キルマリアが作った混乱に乗じて俺たちは二手に別れていく。ウィルたちは右往左往する帝国兵を蹴散らしながら宮殿のエントランス方面へと。俺たちはアリステラに案内されながら“機神”が格納されているという地下区画を目指して宮殿のさらに奥へと。
後方のウィルの狙撃銃の音やタウロスⅠⅤの雷撃の音を聴きながら、俺たちはアリステラを先頭に通路を塞ぐ帝国兵を倒しつつ進んでいく。
「ステラ、“機神”との接続が回復すれば本当に指揮系統を奪えるんだな!?」
「それは保証できないわ。けど、やるしかない」
「指揮系統が奪えずとも、アリステラさんの介入で指揮系統に乱れがあれば十分です。後は私がハッキングを仕掛ければ敵の指揮を無茶苦茶にできます!」
「出たとこ勝負か……なら絶対に成功させなきゃな!」
「帝都ゲヘナの電磁障壁さえ解除できれば、ラストアークを呼び寄せての一転攻勢が図れます、アリステラ様。逆転の一手は貴女に掛かっています」
「責任重大ね。けど、私は今度こそ帝国皇女の務めを果たします! 亡くなった母上、兄様たち……そして我が騎士フィリアの為にも!」
俺たちタスクフォースⅩⅠの、アロガンティア帝国の運命はアリステラの手に委ねられた。彼女が“機神”との接続を確立できなければ、俺たちの作戦は何もかもが破綻する。
それぐらい自分の存在が重要だと自身も理解しているのか、アリステラは意を決したように手にした銃を強く握り締めている。彼女はスペルビアに殺された家族や友人たちの無念を一心に背負っているのだ。
そして、俺たちはインペルティ宮殿の通路をひたすら駆け続ける、その時だった――――
「あっ……此処……礼拝堂……」
「どうしたんだ、ノア? 急に立ち止まって……」
――――ある部屋の前でノアはおもむろに立ち止まって、閉ざされた扉の奥を気にし始めた。
そこはインペルティ宮殿の中に造られた礼拝堂らしい。そこに何かがあるのか、ノアは今までに見たことのないような沈痛な面持ちで中を気にしていた。
同時に、扉の向こう側から尋常ではない殺気が溢れ出ている事に気が付いた。アリステラやジブリールすらも立ち止まって礼拝堂に意識を集中する程には。
「何かがあるんだな、ノア?」
「此処には……私の……」
俺の問い掛けにノアは曖昧な返事しかしない。けど、ノアが珍しく動揺している以上、礼拝堂には何か重大な秘密が隠されているのだろう。
俺はジブリールとアリステラに目配せし、二人が小さく頷いたのを確認して、礼拝堂へと続く扉を開いて中へと足を踏み込んでいった。そこに誰かが居るのを感じ取ってしまった以上、その正体は確認しなければならないからだ。
「…………」
教会を模した礼拝堂、その奥にはアーカーシャを模した美しい女神像が設置されている。インペルティ宮殿で働く全ての人々の心の拠り所なのだろう。
そして、女神像の側には、銀髪の少女の亡骸を容れたシリンダーが設置されている。一目で誰だが分かる、シリンダーに納められて居るのはノアで間違いないだろう。だが、真に注視すべきは“もう一人のノア”ではない。
「よく来たな……歓迎するぞ、もう一人の俺よ」
もう一人のノアを納めた棺の前に佇む一人の男の存在だ。黒いヘルメットで頭部を覆い隠し、黒いボディースーツを全身に纏い、漆黒の外套を羽織り、右手に金色に刀身を輝かせた魔剣を握り締めた謎の人物。
「テメェが……スペルビアか……!!」
「その通りだ、ラムダ=エンシェントよ」
その人物の名はスペルビア――――アロガンティア帝国を乗っ取り、アリステラの家族を殺し、帝都ゲヘナを“鳥籠”の地獄にした第十一代皇帝。並行世界から現れたもう一人の『ラムダ=エンシェント』。
アリステラを巡る全ての元凶である黒幕が、ラムダ=エンシェントが抱えた“闇”の具現化が、遂に俺の前にその姿を現したのだった。




