第823話:潜入、インペルティ宮殿!
「この扉の先がインペルティ宮殿です」
「いよいよスペルビアの拠点に突入か……」
――――インペルティ宮殿、下水道連絡通路。帝都ゲヘナから下水道へと下り、道中でノア、トネリコ、タウロスⅠⅤと合流しつつ、ノアに案内されて俺たちは遂に目的地へと到着した。
悪臭漂う地下を抜け、俺たちタスクフォースⅩⅠはインペルティ宮殿の小さな一室へと辿り着いた。そこは宮殿と下水道とを結ぶ区画らしい。宮殿中の排水を纏めた巨大なパイプが部屋を横切って地下へと伸びている。そして、俺たちの目の前にはインペルティ宮殿へと続き大きな隔壁がそびえ立っている。
「トネリコ、お前たちとノアが下水道に逃げたのを宮殿の帝国軍は目撃していたか?」
「一応、エージェント・ハート率いる部隊は撒いてから下水道には逃げ込んだよ。まっ、トルーパーの一個小隊には下水道まで追われてたけどね」
「そいつらはどうなった? あっ、まさか……」
「はいご明察。そいつらはノアよりも先に触手の餌食になったよ。怪物の本体が居た場所に居なかったという事は……僕たちが本体と対峙した時点ですでに食べられていたんじゃないかな?」
「うっ……マジか〜……」
「あとは喰われた連中が宮殿に僕たちの存在を報告していない、その前に喰われた事を祈るばかりだけど……はてさてどうなる事やら?」
結局、下水道では帝国軍とは遭遇しなかった。トネリコ曰く、追っ手の兵士はたしかに居たが、全員が下水道の怪物に襲われたらしい。
問題はその兵士が宮殿に『逃亡者は下水道に逃げ込んだ』などと報告していないかにかかっている。もし報告されていた場合、隔壁を上げた瞬間に俺たちは待ち構えていた帝国軍に襲われる事になる。
「ノア……扉のセキュリティは解除できそうか?」
「この程度なら余裕で解除できます。私たちが逃げ込んだ時は開いていたのですが……多分、パーノちゃんが私の逃走に合わせて隔壁を解除し、その後に隔壁をロックしてくれたんでしょうね……」
「パーノ? どうしてパーノの名前を……?」
「あの子は生きてますよ、アリステラさん。もっとも……肉体を失って、精神だけの不安定な存在になってしまっていますが。私はパーノちゃんの助けを借りて、なんとかスペルビアさんの拘束から逃げる事ができたんです……」
どうやらノアの脱走には、死んだと思われていた第三皇女パーノ=ユゥ=アロガンティアが関与しているらしい。第三皇女パーノは肉体を失ったが、自由に動ける精神体になってノアを手助けしてくれていた。それを知ったアリステラは少し動揺したような表情をしている。
「セキュリティは……これなら簡単に解除できそう」
そんなアリステラを他所に、ノアは隔壁の操作パネルを弄り回している。ボタンの付いたパネルを剥がして、内部の配線を感覚頼りに切断したり、接続し直したりしている。
その間、なんど俺が話し掛けてもノアは俺の方に視線を向けず、他人行儀な生返事を続けているだけだった。まだ俺に『スペルビア』の影を重ねているのだろう。
(…………)
安心させたくてノアを抱きしめたいと思うが、それをすればノアにさらなる負荷を掛けてしまう事になる。今は我慢の時、ノア自身がスペルビアの“恐怖”に対して一歩を踏み出さねば、俺にはどうする事も出来ない。
今のノアが俺に対して向けている『仮面』はそういう意味のものだ。俺とスペルビアを重ねすぎないようにする“心の防壁”、ノアが意図的に『ラムダ=エンシェント』の情報を遮断する為の。
「ウィル、インペルティ宮殿の地図は覚えた?」
「もちろんさ、キルマリアちゃん。いや〜、まさかおじさんのような一兵卒がインペルティ宮殿足を踏み込めるなんて夢みたいだ……」
「あのねぇ、なに感激してんのよ、あんた……」
「ふん……まさか『光導十二聖座』で最優の“狙撃手”であるサジタリウスⅩⅠがアロガンティア帝国軍で万年一兵卒だったとは……嘆かわしい」
「なにわたしのウィルにケチつけてんのよ、チビ?」
「黙っていろ、吸血鬼……生き血を啜る意地汚い“蛭”が……! サジタリウス、こんな高慢ちきな女なんて捨てて、アーカーシャ教団に戻って来い。お前は誇り高き『光導十二聖座』の一人なんだぞ、忘れたのか?」
「やめるんだ、タウロス」
「忘れちゃいないよ、タウロス。僕は今でも聖堂騎士の誇りは捨てちゃいない。あの日々は僕にとって大切な思い出だからね……」
「だったら戻って……」
「だけど……僕はもうデア・ウテルス大聖堂には戻らない。僕はもう『サジタリウスⅩⅠ』じゃなくて『ウィル=サジタリウス』なんだ。だから……僕はキルマリアちゃんと一緒に居るよ」
「サジタリウス……」
「へへ〜ん、残念だったわね、チビ? ウィルはもうわたしの“虜”なのよ♡ 今さら戻って来いなんて言っても、もう遅いの。お分かりぃ〜?」
「虜になった覚えはないよ、キルマリアちゃん……」
「は? 昨日、あんなにわたしの“女”を見せてあげたのに? たしかにエッチはしてあげなかったけど……それでも世界一の美女と添い寝できたんだから、男ならもう昇天する程の幸福だったでしょ?」
(添い寝だけって……生殺しじゃねぇか……)
「はいはい、お喋りはそこ迄ですよ、キルマリアさんにタウロスさん。耳障りな会話のおかげで11秒、余計に時間を食ってしまいました……けど解錠は済みました」
ウィルやキルマリアがタウロスⅠⅤと口論する中、ノアは黙々と隔壁のロックを操作してロックの解除を成功させていた。ノアが操作パネルから手を離すと同時に、分厚い鋼鉄製の隔壁がゆっくりと上がり始めていく。
同時にそれまでお喋りしていた全員が武器を構え、緊張の糸を張り詰めて開いていく隔壁凝視していく。ここから先は敵陣の真っ只中へと突入する。それまで抜けた雰囲気だったキルマリアですら、お喋りをやめて真面目な面持ちをしている。
「生体反応……なし。敵影、確認できません」
隔壁は開かれて、インペルティ宮殿の奥に続く廊下が現れた。薄暗い廊下には誰もおらず、ジブリールによるスキャンにも生体反応は感知されていない。
「この場所はインペルティ宮殿でもさらに奥まった場所……たしかに警備が手薄になるのは理解できます。しかし……これはあまりにも妙ね」
アリステラ曰く、下水道へと繋がるこの場所は宮殿のあまり人が立ち入らない奥に位置する場所らしい。その場所ゆえ、ノアに解除されたが分厚い鋼鉄製の隔壁がある以上、警備を厚くする必要は無いのだろう。
しかし、今はスペルビアの治世下で、なおかつノアやトネリコたちが脱走している状況だ。そんな状況で分かりやすい逃走経路を無視するだろうか。そうアリステラは状況を訝しんでいた。
そして、同じ事を俺も懸念した瞬間だった――――
「――――ッ!? この反応……“亜空断裂剣”!」
――――右眼が迫りくる“脅威”を捉えたのは。
俺たちを切り裂くように縦に横断する斬撃の“予兆”が、朱い幻影になって俺の右の視界に映り込んでいた。
“亜空断裂剣”――――聖剣リーヴスラシルから放たれる『指定した座標に斬撃を発生させる』術式、勇者ミリアリア=リリーレッドの得意技だ。そして、これをアロガンティア帝国軍で扱える人物が一人いる。
「エージェント・ブレイヴに勘付かれているぞ!」
並行世界からやって来たミリアリアの成れの果て、エージェント・ブレイヴによる攻撃だ。何処から攻撃を放たれたのは分からないが、彼女に侵入が感付かれたのは間違いないだろう。
アロガンティア帝国軍に侵入に感付かれた事を俺が叫んだ瞬間、タスクフォースⅩⅠとトネリコたちの全員がその場から飛び退いて迫りくる脅威の回避を試み、誰も居なくなった空を放たれた斬撃が通過して天井や壁を斬り裂いた。
《よくノコノコとお戻ってきたね、ノアさん。そして、よく来たねラムダさん……待っていたよ……フフフッ》
「エージェント・ブレイヴ……」
《歓迎するよ……そして、ようこそインペルティ宮殿へ。さぁ、手厚い歓迎で出迎えてあげるよ。スペルビア様の首が欲しければ、見え見えの“罠”に飛び込んでくるんだね》
「これは……昨夜と同じ緊急警報ですね」
《インペルティ宮殿の全部隊に告げる。下水道からラストアーク騎士団が潜入した。繰り返す、ラストアーク騎士団がインペルティ宮殿に侵入した。全トルーパー……ただちに迎撃せよ!》
そして、エージェント・ブレイヴの声が響いたと同時に、宮殿内に緊急事態を告げる警報がけたたましく鳴り響き始めた。これで俺たちタスクフォースⅩⅠの侵入は完全にバレてしまった。
「どうします、マスター?」
「元からバレる可能性だって想定してんだ。リヒター=ヘキサグラムにゃ悪いが……このまま強行突破で行くぞ!!」
「おじさんもラムダくんに同意だね」
侵入に気付かれた以上、仕方ない。別行動中のリヒター=ヘキサグラムには申し訳ないが、このままインペルティ宮殿を強行突破して作戦を遂行する他ないだろう。
こうして、帝都ゲヘナ解放、アロガンティア帝国軍の指揮系統奪取の為の戦いが、緊急事態を告げる警報と共に開幕するのだった。




