第820話:下水道の決戦
「この離せ! 駄目だ……うわぁぁッ!?」
――――帝都ゲヘナの下水道に潜む謎の触手生物に捕まり、俺たちタスクフォースⅩⅠとトネリコ、タウロスⅠⅤは下水道の深部へと引き摺られていた。
全員の身体には何本もの触手がものすごい力で絡みつき、俺たちには抵抗すら許されていなかった。そのまま壁や下水に何度も身体を打ち付けられながら、俺たちは何百メートルも運ばれていく。
「このままじゃ埒が明かない……!」
触手を撃ち落としたことで怪物が警戒心を抱いたのか、全員が念入りに触手に拘束されている。激しく抵抗したキルマリアに至っては十数本の触手でミイラみたいに完全に包まれてしまっている。
そして、俺たちは触手にされるがままに引き摺られ、数十秒もしない内に直径百メートル程の巨大なドーム状の空間へと連行されてしまった。
「まさか……此処は……!?」
「此処は帝都中から回収した汚水を一時的に貯める空間だわ、イレヴン。つまり、此処は……」
「怪物の“巣”って事だな……」
東西南北に伸びた下水道、天井から幾重にも突き出た錆びれたパイプ、ドームの中心部に貯められた悪臭の酷い汚水の湖。アリステラ曰く、ここが下水道の最深部の貯水槽らしい。
中央の貯水湖から俺たちを捕らえた無数の触手が伸びている。つまり、触手を操って俺たちを捕らえた怪物が汚水の下に潜んでいる事になる。
「マスター、天井のパイプを見てください!」
「誰か居る……って、確認するまでもないか……」
「ふぎぎ〜……!! この最強可憐絶対無敵究極天才美少女のノアちゃんがこんな所で死んでたまるもんですか〜〜っ!! おのれトネリコ〜、よくもこのミステリアスクールビューティーエレガントキューティマスカレードヒロインである私を囮にしてくれましたね〜〜絶対に許さん〜〜!! ぐぉぉ……!!」
「文字数がかさばる上に意味のねぇ肩書きだな……」
「げっ、ノアの奴……二十分も前に見捨てたのに、まさかそこからずっとパイプにしがみついて生き延びていたのか……!? なんてしぶといんだ……」
「パイプにしがみつくノア様の姿……まるで“蝉”ですね。記念に弊機の写真に収めて『旅の思い出』の本に貼っておきましょう」
「そんなことしてる場合か!?」
「おのれ……この触手野郎、ノアちゃんを倒しても無駄ですよ。私が死んでも、第二第三のノアちゃんが現れて、必ずやお前に復讐してやる〜〜」
「三下の悪役みてぇな台詞だな……」
そして、下水道の最深部には先に触手に連れ去られたノアの姿もあった。胴体や足首には触手が絡まっている。その状態で彼女は天井から伸びるパイプに蝉のようにしがみつき、汚水に引き摺り込まれるのを必死に耐えていた。
ノアは抵抗に必死すぎて俺たちが現れた事に気が付いていない。自分を捕食しようとしている触手に向かって悪役のような虚勢を張っている。とりあえず無事なのが分かっただけでも良しとするべきだろうか。
「あ~、マスター……汚水から何かが出てきます……」
「だな……って、クサッ!!? おぇぇ……!?」
「トネリコ、どうなっているんだ!?」
「獲物が揃ったから……いよいよ“捕食者”が出てくるんだ……。もう駄目だ、おしまいだぁ……僕たち此処で食われて死ぬんだ〜……しくしく(泣)」
「じょ、冗談ではないわ! んひッ、臭ッ!!?」
だが、今はノアを助けている暇はない。何故なら獲物が揃った事で下水道に潜む“捕食者”が遂にその姿を現そうとしていたからだ。轟音と水飛沫を上げながら、汚水の湖からソレはゆっくりと姿を現していく。
数え切れない程の無数の小さな触手と、大木並みの太さを持つ極太の触手を四本操る怪物。触手の根元には鋭い“牙”が無数に生え、さらに触手の中央には獲物を喰らう為の悍ましい“口”が開かれている。
「フォォォオオオオオオオオオオッッ!!」
「「ギャーーッ!? 化け物だぁああああ!?」」
「おいおい……クトゥルフ神話の化け物かよ!? 生憎だけど僕はそっちは専門外だぞ……」
現れたのは蛸に似ているような、もっと恐ろしい造形をした全長二十メートルにも及ぶ巨大な怪物だった。超音波のような奇声を発し、嗅ぐだけで嗅覚が破壊されそうな激臭を放つその姿は『邪神』と呼ぶに相応しい異形の存在だった。
「この……俺たちを喰う気か!?」
「むぐむぐ……ぶはぁ!? やっと息ができる……って、なにあの怪物ぅぅ!? キモ……ってか臭、ゔぉえ〜〜!? わたしの美貌が汚染されるぅぅ〜〜(泣)」
「ちょ、キルマリアちゃん……刺激しちゃ駄目だ」
「こぉんのぉ……わたしは誇り高き吸血鬼! 捕食する側であって餌じゃないのよ! この蛸風情が生意気な……って、んぎょあああ〜〜っ!? 締め付けがキツく〜〜!? 骨が折れる〜、やめてぇぇ〜〜!!」
「キルマリアさんの魔力に反応した!?」
触手の怪物は俺たちを締め付け、ぱっくりと開かれた口部へと運ぼうとしている。中でも、魔力を手に集束させて抵抗を試みたキルマリアは念入りに締め上げている。ボキボキと骨が潰れる鈍い音とキルマリアの悲鳴がドーム内に響いて、怪物はキルマリアの悲鳴でさらに動きを活性化させている。
「あの怪物……魔力を精製する炉心が好物みたいだ。キルマリア、魔力を抑えろ! 僕が触手を撃ち抜いて助ける!!」
「ウィル〜、早くしてぇぇ〜〜」
「ラムダくん、キルマリアちゃんは僕がなんとかする! 君は怪物をなんとか倒してくれ! さもなきゃ此処で僕たちは全滅だ!!」
「分かってます、ウィルさん!」
「弊機はセミ様……失礼、ノア様の救出に当たります。アリステラ様に置かれましてはどうぞ、この窮地をご自助で切り抜けてくださいませ」
「くぅ〜〜……平気ですこの程度!!」
「触手は倒し切れなくても……本体はそうはいかないだろ? 食事にする相手を間違えた事を教えてやる!!」
このままだとノア共々、全員あの怪物に喰われて終わりだ。だが、幸か不幸か、怪物の“本体”が現れたことで俺たちにも勝機が見えてきた。
触手は本体の能力で驚異的な回復量を誇っている。だが、その本体自体を直に叩かれてはさしもの怪物もどうにもならないだろう。なら、俺に出来ることはただ一つ、怪物の心臓をぶち抜いてトドメを刺すことだ。
「障壁開放!! 一撃で決着を着けてやる!!」
全身から魔力を放出して絡みつく触手を無理やり引き剥がし、両手に握っていた“可変銃”を連結して高出力モードへと切り替える。狙うは怪物の急所――――心臓だ。
「マスター、触手が迫ってきています!」
「やられる前に殺ってやる!!」
吹き飛ばした触手が再び俺を捕らえようと迫りくる。俺に許された猶予はほんの数秒、その僅かな時間の間に決着を着けねばならない。
右眼のアーティファクトの機能を全開にし、怪物の心臓へと狙いを定める。心臓の場所は口部のさらに奥側、汚水の下に隠れた怪物の胴体の中に隠されている。その場所に銃口を向け狙い、俺は引き金に掛けた人差し指に力を込めた。
そして、触手が再び脚に絡みついた瞬間――――
「俺たちを舐めんじゃ……ねぇええええええッ!!」
「フォォォオオオオ――――オッ!!?」
――――銃口から朱い魔弾が放たれ、大きく開かれた悍ましい口を貫通しながら怪物の心臓をぶち抜いたのだった。




