第819話:下水道に潜む怪物
「なんでこんな下水道にトネリコとタウロスが!? い、いや……それよりもあの触手はいったい!?」
――――インペルティ宮殿を目指し、帝都ゲヘナの下水道を進んでいた俺たちタスクフォースⅩⅠの前に姿を現したのはトネリコ=アルカンシェルとタウロスⅠⅤの二人。そして、トネリコたちを追いかける無数の触手だった。
気持ち悪い腐肉のような腐った色をした触手が夥しい量の触手がトネリコたちを追っている。うねうねとくねり、粘液のような液体を垂らしながら、まるで獲物を求めるように。見ただけで全身に鳥肌が立った。あれは多分、関わってはいけないやつだ。
「ト、トネリコ……前を見ろ、前!」
「げっ、ラムダ=エンシェント……!」
トネリコとタウロスⅠⅤも俺たちに気が付いたのか一瞬だけ怪訝な表情をした。しかし、後ろから迫って来ている触手のせいでそれどころじゃないのか、二人はそのままノンストップで俺たちの方へと走って来ていた。
「ちょ……俺たちまで巻き込まれるだろ……!?」
「し、死なば諸共! 巻き込まれろーーっ!!」
「――――ッ!! 〜〜〜〜ッ!!」
「ま、まずい……おじさんたちも目を付けられた!」
「? 触手に“目”は見当たりませんが……?」
「そう言う話をしてんじゃないわよ、ジブリール! わ、わたしたちも逃げるわよ! ひ、ひぇ~(泣)」
トネリコたちを標的にしていた触手の内の何本かが俺たちの存在に気が付いたのか、明らかにこちらへと向かってに伸び始めてきだしていた。そうなればもう俺たちにできるのは逃げるだけだ。
半ば巻き込まれるような形で俺たちはトネリコたちと並走し、下水道を引き返すような形で逃げ始めた。
「ラムダ=エンシェント、お前どうやって帝都ゲヘナに侵入したんだ!? どっか行け、邪魔だろ」
「どうやって侵入したかなんて言う訳ないだろ、トネリコ! そもそも今はそれどころじゃねぇ! 何だあの不気味な触手は!?」
「あんなの僕が知る訳がないだろ!」
「ちょっと、アリステラ! なんなのあの触手!? なんで帝都の下水道にあんな不気味な怪物がいんのよ〜!? いや〜、キモい上に臭いも強烈だわ〜〜(泣)」
「ステラ、説明プリーズ!!」
「し、知りません〜! あんな怪物が我が帝都ゲヘナの下水道に棲み着いていたなんて知りませんでした〜〜!! これで満足ですか〜〜! いや〜〜、私ウネウネしたの嫌い〜〜!!」
「おい、サジタリウス、なんとかしろ!」
「おじさんに無茶振りするのやめてくれない、タウロス!? おじさんはもう現役引退したの! 現職の『光導十二聖座』の君がなんとかしなよ!!」
「そうよ、あんたがなんとかしなさい!」
「黙ってろ、年増吸血鬼! 僕だって散々攻撃したが、倒しても倒しても次から次ヘと新しい触手が湧いてきて意味が無いんだよ!! お手上げだ、足を動かして逃げる方がマシだ、これで満足な回答は得られたか!?」
「わ〜、楽しそうですね〜、マスター♪」
「楽しんでいる場合か、ジブリール! どう見たってヤバいだろ、あの触手! 捕まったら終わりだ、早く逃げるぞ〜〜!!」
タウロスⅠⅤ曰く、触手は何度倒しても即座に新手が補充される。おそらくは倒しても“予備”が無尽蔵にあり、なおかつ倒された触手も即座に回復するのだろう。これは勘だが、たぶん“本体”を倒さないと駄目なタイプの魔物だ。
そして、アリステラもこの魔物の存在は知らないらしい。警備用ゴーレムしか居ない下水道の環境下で、何処からか侵入した魔物がその力を拡大したのだろう。
「とりあえず撃って対処をしないと……」
「賛成です、ウィルさん! みんなも手伝って!」
「くっ……我が帝都をよくも汚したわね!!」
「迎撃モード起動、対象を排除します」
「高貴なるわたしに触るな! あっち行きなさい!」
俺たちタスクフォースⅩⅠは迫りくる触手を迎撃して、少しでも逃げ切れるように抵抗を始めた。
俺は両手に“可変銃”を構え、ウィルは愛用の狙撃銃を手に、アリステラも二丁拳銃を構え、キルマリアとジブリールは展開した翼から光弾を撃ち出して、触手を次々と撃ち落としていく。しかし、タウロスⅠⅤの言う通り、触手の数が減ることはなかった。
「だ、駄目だ……倒してもすぐに新手が……」
「だから無駄だって言ったんだ僕は! 良いから逃げるぞ! それともお前も囮になってくれるのか!?」
「うるさい……って、何だって? お前も……?」
諦めてこの場は退散するしかない。そう思った矢先だった、タウロスⅠⅤが意味深な言葉を吐いたのは。お前も囮になってくれるのか……その言葉は、俺たちと遭遇する前に触手の犠牲になった人物が存在しているという事だ。
その事を理解した時、俺の顔はたぶん青褪めた。全身から冷や汗が流れてくる。これは直感だが、インペルティ宮殿で緊急警報が発令され、トネリコたちが何故か下水道に居る事を鑑みれば、この状況で犠牲になる可能性が高い人物が一人いる。
「お、おいトネリコ……誰だよ、囮になった奴?」
「あ~……うん、分かるよその気持ち……」
「お、おぉ……」
「面白いぐらい顔面蒼白なところ申し訳ないんだけど……僕たちの為に犠牲になったのは……」
「…………」
「まぁ、ノアしかいないよね。最後尾に居たから真っ先に触手に捕まって連れ去られちゃった。ドンマイ」
「……おっ」
「ノアの尊い犠牲で僕たちはここまで生き延びれたんだ。感謝してるよ、本当に……南無阿弥陀仏」
「う、うぉぉ〜〜!? 嘘だろぉぉ〜〜!!?」
「イ、イレヴンが急に悲壮な叫び声をあげたわ!?」
「そりゃ叫び声たくもなるでしょ……可哀想に」
ノアがすでに触手に捕まって連れ去られていた事が判明した。昨夜のインペルティ宮殿の騒動はおそらくノアが脱走したからだ。そして、トネリコたちを巻き込みつつ下水道に逃げ込んだノアだったが、そこで触手に捕まってしまったのだろう。
トネリコたちは俺たちラストアーク騎士団と、そしてノアとは本来敵対している。だからノアが捕まっても助ける義理もない、むしろ敵が減って好都合なのだろう。だが俺はそういう訳にもいかない。
「ノアを助けに行かなきゃ……!!」
「駄目だラムダくん! 足を止めちゃ!!」
「――っ、うわッ!? 触手が脚に絡みついて!?」
「ちょ……お、おじさんも捕まっちゃった!?」
「ウィル……って、ぎゃーー!? わたしまで〜!」
「ウィル、キルマリア……あっ、私まで……迂闊!」
「よし、今の内に僕たちは……って、うわッ!?」
「トネリコ!? って僕もか……うわっ!!?」
ノアを助けなければ、そう思って足を止めた瞬間、触手は容赦なく俺の脚に絡みついてきた。ものすごい力で脚を締め上げられ、俺はその場に思わず倒れてしまった。
そして、俺を助けようとしたウィル、キルマリア、アリステラ、ジブリールも触手に捕まり、俺たちを囮にして逃げようとしたトネリコとタウロスⅠⅤも同じく捕まってしまっていた。
「ひ、引き摺られる……う、うわわわわ!?」
「て、抵抗できない……きゃああああ!?」
「弊機の計算が正しければ……これはピンチですね」
「呑気なこと言ってる場合!? い、いや〜(泣)」
「キルマリア! って、おわわわわ……!?」
獲物を捕まえた触手はものすごい力で俺たちを引き摺り始めて、俺たちはそのまま下水道の奥へと連れ去られていくのだった。ノアが囚われている、下水道の主たる触手の“本体”が潜む巣へと――――。




