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【第四部】忘れじのデウス・エクス・マキナ 〜外れ職業【ゴミ漁り】と外れスキル【ゴミ拾い】のせいで追放された名門貴族の少年、古代超文明のアーティファクト(ゴミ)を拾い最強の存在へと覚醒する〜  作者: アパッチ
第十五章:ラムダ=エンシェントの復讐

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第817話:脇役たちの物語


「あ~やれやれ……ラムダくんとアリステラ様も人が悪いなぁ。寝室で()()()()()されたら、おじさん入るに入れないよ……トホホ」



 ――――帝都ゲヘナ、とあるホテルの談話室にて。揺らめく暖炉の炎を眺めながら、ウィル=サジタリウスはソファーに座り、煙草タバコの煙をふかしながらボーッと黄昏ていた。

 時刻は日付けを跨いだ頃、ウィルは明日のインペルティ宮殿潜入作戦に備え、ラムダ=エンシェントと共同で借りた部屋で寝ようとしていた。しかし、寝室にはラムダ以外にもう一人先客がおり、そのせいでウィルは気まずくて寝室に入れなくなってしまっていたのだ。



「ちょっとウィル、ま〜た煙草ふかしてんの? 臭いからやめてって言ったよね、わたし? それにまだスペルビアにズタズタにされた内臓も治りきっていないでしょ?」


「あっ……キルマリアちゃん……」


「って言うか……あんたさっき寝るって言ってたじゃん? なんで談話室に居るわけ? 寝ないの?」



 煙草を吸いながら『さてどうしようか?』と思案していたウィルの前に現れたのは白い部屋着に着替えたキルマリアだった。ウィルの吸っていた煙草を取り上げ、摘んでいた指先から炎を出して煙草を燃やすと、キルマリアは怪訝そうな表情をウィルに向ける。



「僕の借りた寝室はラムダくんとアリステラ様が使ってるんだよね〜。おじさん、気まずくて此処で待機中〜」


「アリステラが? ははぁ〜ん、そう言う訳……」


「おや……今ので察しがついたのかい?」


「ふん、見くびって貰っちゃ困るわね。わたしは吸血鬼ヴァンパイアの中で最も高貴な存在よ。戦闘能力も身に付けた教養も魔界マカイでも随一……あっ、レメゲトンは除外ね、あいつはただの変態だから」


「君も変態のたぐいじゃないかな……」


「あ? なぁにウィル? わたしを舐めてんの? 言っとくけどね、わたしはこう見えても魔界マカイでの魔導師の権威なのよ? あのグラトニスだってわたしが魔法や術式スキルを叩き込んで鍛えたんだから」


「知ってますよ。キルマリアちゃんは偉大です」


「そう、わたしは偉大なのよ。だから〜、ラムダくんとアリステラが……若い男女が夜の寝室でする事も分かっちゃうって訳。さて……それじゃあ二人の寝室にお邪魔してわたしも混ざりましょうか……」


「やめなよ……後悔する羽目になるよ〜?」



 ウィルとキルマリアは談話室で他愛ない会話を続ける。軽口を叩き合い、キルマリアが威張り散らしてウィルがそれにリアクションする、これが二人の関係性である。

 ウィル=サジタリウスとレディ・キルマリアの出会いは敵対から始まった。吸血対象としてレイチェル=エトワール=グランティアーゼを狙ったキルマリアはその護衛だったウィルと戦う事になり、最終的に敗北した。しかし、自身が開発した『相手の魂に自身の魂を混入させる』という秘術でキルマリアは“死”を免れた。以来、彼女はウィルとは切っても切り離せない関係になってしまったのだ。



「なによ……良いじゃない、わたしだってラムダくんのことつまみ食いしたって。あっ、それとも〜……ウィルってばヤキモチ妬いてんの?」


「そういうのじゃないよ……」


「はっ、またまた〜、良いのよ良いのよ、謙遜しなくても。食欲、睡眠欲、性欲は生命には欠かせない三大欲求。いい歳した中年男性オッサンが抱いても問題なし。ごくごく健全な生理現象よ〜」


「だからね、キルマリアちゃん……」


「ましてや今、あんたの目の前に居るのは世界で最も美しい吸血鬼、レディ・キルマリア……老若男女が見惚れるこのわたしに〜、あんたが見惚れちゃうのもやむなし? いっぱいわたしでシコって良いのよ? あははははは!」



 かつてのキルマリアは自身を“最高”の存在だと自負していた。だが、そんなプライドの塊である“吸血姫クイーン・オブ・カーミラ”はアロガンティア帝国軍を解雇クビにされた冴えないオッサンに敗北した。それがどうしても彼女は気に食わなかった。

 だからキルマリアにとって『ウィル=サジタリウス』という男は“特別”であって欲しいのだ。特別な自分が負けたのは、ウィルも特別だったから。そうじゃないとキルマリアは自己の優位性を保てないのだ。



「…………」


「ねぇ……ウィル。前々から思ってたんだけど……あんた、ちょっと自罰的っぽいよね。過度に自分を抑制してるって言うか……なんだろ? まるで『自分は幸せになっちゃいけないんだ』って思ってそうな……」


「それは……どうだろうね?」


「今だってそう……ラムダくんはきっとアリステラから『祖国奪還に尽力してくれているから』って甘い夜を過ごしているんでしょ? あんただってアロガンティア帝国奪還の為に戦っているのに……」


「それは……僕は別に気にしちゃいないよ……」



 だからキルマリアは気が付いていた。ウィルが自分の事を過度に過小評価している事に。彼は誰にも見返りを求めない、自分はいいと謙遜して舞台袖に引っ込んでしまう。まるでスポットライトから逃げるように。

 それがキルマリアには気に食わなかった。高貴なる吸血鬼ヴァンパイアである自分を倒した相手が、その栄光も名誉も投げ捨ててまだ一兵卒に甘んじているのだから。かつて、彼女の弟である“吸血王キング・オブ・ドラキュリア”を討伐し、“ギルドマスター”へと駆け上がったカルマ=ヴァンヘルシングとは真逆の存在だ。



「僕はね、キルマリアちゃん……もう舞台から降りた、主人公である事を辞めたんだ。今だって僕は……ただの“舞台装置”さ。ラムダくんって“主人公”がより活躍する、より輝くためのね……」


「ウィル……なに言ってんのよ?」


「僕には幸せになる資格なんて無い……僕はただの“罪人”なんだ。だから……報酬はいらない、同情も慰めも。ただ誰かの幸せの為に身をにして……そしてひっそりと死にたいだけなんだ」



 そして、キルマリアは知った、ウィル=サジタリウスが抱える“闇”の存在を。ソファーに立て掛けていた愛用の狙撃銃を抱え込み、ウィルは寂しそうな表情かおで語る、自分は罪人であると。



「二十年前、アロガンティア帝国とグランティアーゼ王国の間に勃発した戦争を知っているかい、キルマリアちゃん?」


「あぁ……確か『偽聖戦争ぎしょうせんそう』とかいうやつだっけ?」


「あの戦争は……大勢の兵士たちが死んだあの凄惨な戦争は……僕が引き起こしてしまったんだ……」


「それって……どういう意味なの、ウィル……?」


「僕は昔……デア・ウテルス大聖堂の騎士だった。女神アーカーシャによって選出された十二人の聖堂騎士『光導十二聖座アカシック・ナイツ』の一人……サジタリウスⅩⅠ(イレブン)。それが僕の過去さ……」


「あんた……元々アーカーシャ教団の……」



 ウィル=サジタリウスの正体、それはアーカーシャ教団の誇る十二騎士『光導十二聖座アカシック・ナイツ』の一角、サジタリウスⅩⅠ(イレブン)。リブラⅠⅩ(ナイン)やタウロスⅠⅤ(フォー)と同格の騎士、女神アーカーシャに絶対の忠誠を誓う存在だった。



「僕は教皇ヴェーダ様の命令で、女神アーカーシャ様の威光に歯向かう者を殲滅していった。最初はそれで良い、正しい事をしているんだって思ってた。だけど……いつしか精神は摩耗していたんだ……」


「…………」


「悶々とした日々を送っていたある日、僕は()()()から依頼を受けた……次の女神アーカーシャの“器”の候補である聖女ティオ=インヴィーズを連れ去って欲しいってね」


「聖女ティオって……ルチアちゃんのお母さんの?」


「ティオ様を逃がして、ついでに自分も教団から離れて“自由”になる。そう考えた僕は彼の依頼を受けて、ティオ様を連れて大聖堂から姿を暗ました。幸い……『ウィル=サジタリウス』って言う“偽名”とアロガンティア帝国軍のポストを融通して貰ったからね」


「…………」


「けど……僕は浅はかだったんだ。ティオ様を連れてアロガンティア帝国領に入った時、僕とティオ様は運悪くグランティアーゼ王国の密偵に見つかってしまった。そして……アロガンティア帝国がティオ様の失踪に関わったと判断したグランティアーゼ王国はダモクレス騎士団を挙兵して帝国へと攻め込んだんだ……ティオ様を取り戻す為にね」


「それが……戦争のきっかけだったのね……」



 聖堂騎士としてのあり方に疑問を抱いていた当時のウィルは、ある人物の依頼で聖女ティオ=インヴィーズをデア・ウテルス大聖堂から連れ去った。だが、アロガンティア帝国へと逃げ込んだウィルたちは発見され、グランティアーゼ王国が聖女ティオ奪還の為にアロガンティア帝国へと攻め込んだ。

 これが後に語られる、王立ダモクレス騎士団が隊長格である【王の剣】を十名中五名も失うという歴史的大敗北を喫した『偽聖戦争ぎしょうせんそう』の真相である。



「僕の身勝手な行動のせいで大勢が死に……そこまでしてようやく匿えたティオ様も結局は亡くなられ……僕はリヒターさんに一生癒えない“傷”を負わせてしまった。後悔してもしきれない……」


「だからあんたは……」


「僕には幸せになる資格は無い、もう自分じゃ幸せを掴めない。これは僕の贖罪なんだ……自分が殺した分だけ、生きている誰かを幸せにしなくちゃいけないんだ……僕は」



 数々の悲劇に関わってしまったウィルは心が折れていた。何の見返りも求めず、何の報酬も与えられず、ただ誰かの為に戦い、誰も居ない部屋でひっそりと煙草をふかすだけ。それがウィル=サジタリウスに与えられた『贖罪』という人生だった。



「それで良いの、ウィル? そんな人生で……」


「良いんだ……僕はもう疲れたんだ。僕はただ……ラムダくんやレイチェルちゃんが笑ってくれるなら良いんだ」


「…………」


「ごめんね、キルマリアちゃん……僕は君に相応しい男じゃないんだ。僕はただのくたびれたオッサンさ。あとは孤独に死ぬだけの……罪深い罪人なんだ」


「そんなの……わたし納得できない」



 キルマリアは自分を“特別”だと思っている。だから、自分を打ち負かしたウィルにも“特別”であって欲しいのだ。だから、彼女は許せなかった。自分を打ち負かしたウィルが自責の念に押し潰されそうになっているのを。



 だから、キルマリアは行動を起こした――――


「ウィル……こっちを向いて」

「どうしたのキルマリアちゃ……っ!?」


 ――――ウィルの心を繋ぎとめる為に。



 呼び掛けられたウィルが顔を上へと向けた瞬間、キルマリアはウィルに口付けをした。血を吸う“牙”を隠し、ただ唇を優しく重ねて、キルマリアはウィルの沈んだ心を唇だけで吸い上げる。

 時間にして十秒、ただ唇を重ねるだけの軽い口付け。舌を絡ませるような燃え上がるような恋はそこには無く、お互いに身体を求め合うような激しい愛も無く、ただ心と心を繋ぎ止めるような想いだけがそのキスに込められていた。



「うぇ……タバコくさ……だから吸って欲しくないのよ……。もぉ~……臭い移っちゃうじゃない」


「キルマリアちゃん……どうして?」


「…………ふ、ふん、勘違いしないでよね。別に……わたしはあんたみたいな冴えないオッサン、好きでもなんでもないんだから!」


「だったら……」


「けどね……あんたが居ないとわたしはまた孤独になっちゃうの、ウィル。わたしはそれが嫌なの。だから……もっと一緒にいたいから、あんたにはもっと笑って欲しい」



 唇を離し、口内に広がる煙草の臭いに悪態をつきながらも、キルマリアはウィルの手を握ったまま、彼の眼を真っ直ぐに見つめていた。少しだけ潤んだ、宝石のように美しく澄んだ金色こんじきの瞳で。



「けど……僕はには幸せになる資格なんて……」


「それでも良い。あんたが自分を幸せにできないって言うなら、別にそれでも構わない。だからウィル……あんたはわたしを幸せにしなさい」


「…………っ! キルマリアちゃん……それは……」


「あんたは他の人を幸せにしたいのよね? だったらわたしも幸せにしてみせなさい。わたしをもっと楽しませなさい、わたしをもっと褒め称えなさい。それぐらいならできるでしょう?」


「…………」


「代わりに……()()()()()()()()()()()()()()()()! あんたが自分の手で幸せを掴めないなら、わたしがあなたに幸せを与えてあげる! それなら文句は無いでしょう?」


「そんな……それは……」


「どうせわたしも罪人よ……たくさんの人を殺したから。なら、罪深い者同士、仲良く傷の舐め合いをしましょう? 生きてわたしを幸せにしなさい、わたしはあなたを幸せにするわ……それで二人仲良く罪を償って生きましょう」



 ウィルはもう自分では幸せを手に出来ない。だからキルマリアは与える事にしたのだ、ウィル=サジタリウスの幸せを。その見返りとして彼女は自分の幸せをウィルに要求した。

 キルマリア自身も、もう自分では幸せを手に出来ない。その手を血で汚しすぎた彼女に手を差し伸ばす者は誰も居ない、目の前に居る男以外は。



「あんたと一緒に居るとわたしは楽しいの、ウィル。あんたはわたしと居て楽しくないの?」


「それは……楽しいよ。キルマリアちゃんと居るのは」


「なら……一緒に居て。あんたが居ないとわたしはまた世界から切り離されて、世界から忘れられてしまう。だから……だから……一緒に居て」


「キルマリアちゃん……」


「一緒に生きて、わたしを幸せにして。そしたらわたしもあんたを幸せにしてあげるから……だから、そんな哀しそうな眼をしないで……」


「そっか……君は……僕を救ってくれるんだね……」



 キルマリアによってウィルは、自分を世界と繋ぎとめる“楔”であった。そして、今この瞬間、ウィルにとってのキルマリアも、自分を世界と繋ぎとめる“楔”になるのだった。

 キルマリアの想いを受け取ったウィルにはもう選択肢は無い。自身の課した『他者への奉仕』という“贖罪”の道に殉じ、キルマリアという女性に尽くさねばならない。そして、キルマリアも同じく、ウィルへの奉仕を以って自らの“贖罪”を成すことを決めたのだった。



「わたしの為にも自分を粗末にしちゃ駄目だからね、ウィル。分かったら煙草なんて辞めて、もっと健康に気を使いなさい。良いわね?」


「やれやれ……キルマリアちゃんには敵わないな」


「ふん……当然よ。わたしは数百年の時を生きる美しくも気高い吸血鬼ヴァンパイアの姫。あんたみたいな若造に遅れを取るような無様は晒さないわ」


「分かったよ……僕の負けだ、キルマリア……」


「ならよろしい。さっ、明日は大事な決戦よ。ちゃんと寝なきゃ駄目よ。ラムダくんやアリステラと違って、あんたは冴えないオッサンなんだからね」


「はいはい……じゃあ此処で寝るよ……」


「なに言ってんのよ? わたしの部屋に来なさい。どうせアリステラのベッドが空くからね。あっ、言っとくけどエッチは無しよ。わたしもう眠いから……」


「しないってば……」


「そういうのはもっと……お互いを知ってから……ね//// だから教えて……聖堂騎士だった頃のウィルの話を。代わりにわたしの話を聞かせてあげる」


「そういう事なら……良いよ、キルマリアちゃん」



 そして、ウィルの震える手を引いて、キルマリアは寝室へと歩いていく。もっとお互いを知る為に。もっと相手を好きになれるように。

 これは脇役たちの物語――――スポットライトの当たらない舞台袖で繰り広げられる幕間。ウィル=サジタリウスという『かつての主人公』が救われる話だ。

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