第84話:生きとし生けるもののに贈る『メメント・モリ』
「待っていましたわ、ラムダ=エンシェント卿……!」
「げぇ……や、やっぱり……! レ……レティシア姫……なぜ此処に……」
“享楽の都”【アモーレム】郊外、時刻は昼過ぎ。街を発ってしばらく街道を歩いていた俺たちの前に現れたのは失踪した筈のレティシアだった。
大きな荷物を提げて木にもたれ掛かって『随分と待っていました』と言わんばかりに俺たちに不満げな表情をしながら、麗しき姫騎士は俺たちの行方を阻む。
「あの……トリニティ卿が探していましたよ……レティシア姫……その、お戻りになられた方が…………」
「いいえ、トリニティ卿に連れられて王都に戻る気はさらさらありません! わたくし――――今日から【ベルヴェルク】でお世話になりますので……!」
「うえ……やっぱり……」
「あとこちら、【ケルベロス傭兵団】壊滅依頼の報酬と、貴方たちの“A級許可証”になります……どうぞ、お納めください」
「あぁ……どうも」
トリニティ達の前から姿を暗ましてまで俺たちの前に現れた理由――――それはもちろん、【ベルヴェルク】の加入の為。
先日の【ケルベロス傭兵団】壊滅の報酬と【ベルヴェルク】宛のギルドの“A級許可証”の入った大きな袋をコレットに預けたレティシアは、そのまま俺の前に立ちはだかる。
「あの……レティシア姫……?」
「『レティシア』と呼び捨てて頂いて結構です! わたくし……メメントと戦うラムダ卿の騎士然たる姿を見て、自分の浅ましさに気付かされました……!」
「あぁ……うん……」
「貴方こそがわたくしの『理想の騎士』――――どうか、お側に侍らせていただき、わたくしに“本物の騎士”の何たるかを教えて下さい……ラムダ卿!」
「そう来たか~……」
「あぁ~~……ラムダさんがまた女の子を誑し込んだ……」
そう、レティシアの目的は俺への弟子入り――――かつて、俺がシータ……母さんを『理想の騎士』と思ったように、レティシアは俺を『理想の騎士』と定めたのだ。
俺の手を華奢な手で強く握り、レティシアは瞳を輝かせながら俺への羨望の眼差しを向ける。
相手が【姫騎士】たる第二王女レティシアなのが非常に重荷だが……まぁ、『理想の騎士』と慕われるのは悪くない気分だ……むしろ気持ちがいい。
「困ったな〜、『理想の騎士』なんて言われても困っちゃうな~あはははは……!」
「めっちゃニヤついてますね、ラムダさん……」
「まぁ、面と向かって『あなたの信者です!』って言われたら誰でもああなるのではないですか? はぁ……また“恋敵”が……」
「もしかしてラムダさんって【女難の相】のスキルでも持っているのかなー?」
「ミリアリア様……もしラムダ様が【女難の相】持ちなら、貴女様もその“女難”に入っておりますよ~」
「あら~、御主人様ってモテモテなのね……。せっかく私が【魅了】で御主人様の為に酒池肉林のハーレムを作ろうって思っていたのに……元から必要無いなんて……私、ショック……!」
浮かれていたら後ろから聴こえた女性陣の怪訝な声――――どうやらレティシアの加入に思うところがあるようだ。
しかし相手は恐れ多くも我がグランティアーゼ王国の第二王女――――下手に粗相を働けばどんな処罰が下ったものか。
「ともかく! わたくしも今日から【ベルヴェルク】に入ります! 入りますったら入ります! 何ならこれは“勅命”です――――よろしくて!?」
「強引だ、この人……!」
「いけません、ノアさん……相手は王族です! シャルロット伯爵令嬢の『上位互換』です……諦めましょう……」
「オリビア様が明後日の方向を見て黄昏れていらっしゃりますね~」
ノア達の意見を完全に上から押し潰して、レティシアは【ベルヴェルク】への加入を強引に取り決める。流石は王族……最高にわがままでいらっしゃる。
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名前:レティシア=エトワール=グランティアーゼ
年齢:15 総合能力ランク:Lv.30
体力:300/300 魔力:300/300
攻撃力:230 防御力:65
筋力:70 耐久:20
知力:90 技量:130
敏捷:200 運:10
冒険者ランク:B→A 所属ギルド:【ベルヴェルク】
職業:【姫騎士:Lv.5】(HP・MP・技量・敏捷に成長ボーナス)
固有スキル:【七天の王冠:Lv.5】
保有技能:【剣術:Lv.3】【騎乗(馬・飛竜):Lv.5】【王女のカリスマ:Lv.3】【魔力放出(七天):Lv.5】【聖なる加護:Lv.5】
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「う〜ん、この脳筋……あとどいつもこいつも“運”が低いなー……幸薄すぎだろこのパーティ……!」
「では、改めて――――わたくしの名はレティシア=エトワール=グランティアーゼ! 正義に殉じ悪を滅する……栄光たるグランティアーゼ王国の【姫騎士】――――これから我が“理想の騎士”たるラムダ卿と共に多くのか弱き人々を助ける所存……どうぞ、よろしくお願い致します……!!」
一度は死神に折られた心を再起させ、麗しき姫騎士は正義の為に立ち上がる。
その心が未だ未熟な……『正義の味方ごっこ』に耽り、善行を為した快感に身を震わせるだけの上辺だけの正義であったとしても、称賛を見返りにした利的な正義であったとしても――――誰かを救うのであれば、それは偽善では無く紛れもない正義。
いずれ、大切な、命を懸けてでも護りたいと思えるようなものを見つけた時、レティシアの“薄っぺらな正義”は“真の正義”へと進化するであろう。
これはまだ未熟な姫騎士の成長の物語――――俺たちにできる事は、彼女の成長を共に歩み見届け、真なる騎士へと覚醒したレティシアと共に善を成すこと。
だから……俺たちはレティシアを歓迎する。
彼女の険しい道のりに、幸あれと。
「よろしく、レティシアひ――――いや、レティシア!」
「こちらこそよろしくお願いしますわ、ラムダ卿……! ところで……わたくしとの『結婚式』は何時にしますか?」
「はい……………………なんです?」
何、何ですか?
いま『結婚式』とか言わなかったか、この姫騎士。
「えっ……何? なんで結婚……?」
「ラムダ卿はわたくしを命懸けで救った…………そんな素敵な殿方に嫁ぐのは女として当然では?」
「えぇ……」
「それに……わたくし、ラムダ卿を見ていると何だか下腹部がキュンキュンして……もどかしくて///」
「下腹部……ちょうど子宮の辺りですよ、ラムダさん!」
「ノア、余計なこと言わなくて良いから……!」
なんだ……俺の手を握っているレティシアの顔がどんどん上気して、下半身をもじもじさせてきているぞ?
何が起きているんだ――――まさか、これがルージュの言っていた『後遺症』か……?
「あれ〜……おかしいなぁ…………普通ならちょっと発情するくらいなのに、あれは完全に御主人様の“虜”になっちゃってるなぁ……」
「おい、ルージュ!? どうなっているんだ、これは……!?」
「いや~、本来は私の血を注入された相手は半永久的に私に対して発情状態になって隷属するんだけど、私自身が御主人様の隷属だから……レティシアへの発情隷属効果が御主人様を優先しているみたいで……♡」
「――――ハァ!? じゃあなにか、レティシアはいま俺に発情しているってこと!?」
「ピンポーン♪ 流石は御主人様♡ でも〜本来なら、ちょっと発情して『やだ、好きかも♡』ぐらいになる筈なのに、ここまで効果が出ているって事は……もしかしてレティシアってば、もともと御主人様には『ほの字』なのかも……♡」
メメントととの決戦の際に傷付いた身体を無理やり動かす為にルージュの血を注入してもらい瞬間強化を行なったレティシア――――その代償がこの状態らしい。
既にレティシアの瞳の奥にはハートマークが浮かび始め、羨望の念から握っていた筈のレティシアの手が艶めかしい動きに変わって俺の手をさわさわと触り始めている。
まずい…………いかに仲間になったからと言えど、王族に手を出したとなれば俺は間違いなく処断される。
母さん…………俺はいま非常に不味い状況です。
「ラムダ卿……/// わたくし、身体が疼いて仕方がありません……/// わたくしを今すぐ抱いて……///」
「うぉーーッ!! なに私のラムダさんにいきなり色目使ってるんだこの色ボケ姫がぁーーッ!!」
「わたし達がしっかりと『キス→性行→告白→結婚→ハッピーエンド』の順番を守ってラムダ様と健全な関係を構築しているのに、なにいきなり求婚しているんですかーーーーッ!!」
「お、落ち着いてくださいませノア様、オリビア様〜! あと『キス』の時点で“健全な関係”では御座いませんー! あと途中の順番も変ですー!!」
「うぉーーッ!? びくともしないーーーーッ!!」
「ちょ……アリアさん、レティシアさんをラムダ様から引き剥がすのを手伝ってくださーーい!!」
「あははははは!! やっぱりラムダさん、【女難の相】持っているでしょー!」
ノアとオリビアが組み付いても、てこでも動かないレティシア――――あぁ、俺の貞操がピンチだ。
「さあ、ラムダ卿! わたくしと共にたくさん子どもを作りましょう! えぇ、そうしましょう!!」
「ありゃ~、御主人様……ご愁傷さま〜♪」
「誰か……助けてーーーーッ!!」
騒がしい旅路、快楽流天都市の色香に当てられて性が乱れ始めた【ベルヴェルク】――――新たな仲間、かつての強敵【吸血淫魔】リリエット=ルージュと、麗しき(※本来は)【七天の姫騎士】レティシア=エトワール=グランティアーゼを加えて、俺たちの旅は続く。
次なる目的地は“逆光時間神殿”【ヴェニ・クラス】――――【死の商人】メメントが『アーティファクト』を掘り当てたと思われる“世界七大迷宮”の一つ。
そこで待ち受けるのは如何なる困難であろうか――――それでも、俺は生きて、生きて、生き抜いて……ノア達と旅を続けよう。
人は誰しもいつかは死ぬ――――だからこそ、この“生”に感謝して、今を精一杯生きよう。
それこそが――――生きとし生けるものに贈る『メメント・モリ』なのだから。
本日はあと2話投稿しますのでよろしくお願いします。




