第813話:“空中浮遊帝都”ゲヘナ
「お待ちしていました、審問官殿」
「どうもどうも、ご歓迎ありがとうございます」
――――“空中浮遊帝都”ゲヘナ、アロガンティア帝国軍基地発着場、時刻は夕暮れ。審問官リヒター=ヘキサグラムの従者に扮した俺たちタスクフォースⅩⅠは、逃げられぬ鳥籠の街と化して帝都への潜入に成功した。
リヒター=ヘキサグラムを先頭に俺たちは空中戦艦から帝都へと降り立ち、それを大勢の帝都軍兵士が物々しい雰囲気で出迎えていた。大勢の兵士に守られながら俺たちに近付いて来たのは恰幅の良い、将校と思しき男性だ。
「お久しぶりですな、ヘキサグラム殿。スペルビア陛下より貴殿をインペルティ宮殿の客間へと案内せよと仰せつかっています」
「どうも、ディミシオ大佐。お久しぶりですねぇ」
「ところで……そちらのフードを被った方々はどちら様で? アーカーシャ教団からは、スペルビア様の謁見に派遣されたのはヘキサグラム殿だけと聞いていましたが?」
リヒター=ヘキサグラムを握手で出迎えた帝国軍将校の男は俺たちを訝しんでいる。どうやらアーカーシャ教団からは事前に聞いていた『謁見に訪れる使節は一人だけ』という情報と、実際に現れた使節の人数の違いに違和感を抱いているようだ。
流石にアロガンティア帝国の首都で将校を務めるだけはある。将校の男は俺たちタスクフォースⅩⅠの面通しをするかの如く、俺たちに顔を覗き込もうとしていた。ウィルに至っては顔を逸らして誤魔化そうとしている。
「あ~……この者たちは私の使節の護衛です、ディミシオ大佐。ほら……最近は何かと物騒でしょ? ですのでこうして同行させたのですよ」
「しかし、報告と内容が異なる」
「あれ〜、言ってませんでしたっけ? それとも……『謁見に訪れるのは一人』という情報を『帝都に訪れるのは一人』だと曲解しているのですかぁ? 謁見はあくまでも私一人で行ないますが、同行する人数については特に言及していないと思いますが……」
「誤解を招く表現は控えるべきでは、審問官殿?」
「えっ……!? え、えぇ……それはそうですね、大佐殿。い、いや〜、教皇ヴェーダ様も人が悪いんだから、アッハッハッハッハ。申し訳ございません、私の方から教団にはガツンと言っておきますね」
タスクフォースⅩⅠを怪しむ帝国軍将校に対し、リヒター=ヘキサグラムは得意の詭弁でなんとか誤魔化そうとしている。だが、将校は将校で『聞いていた内容と違う』の一点張りの主張を繰り返している。
どうやら硬派な軍人相手にリヒター=ヘキサグラムの嘘八百は通じないらしい。流石に怪しいと感じたのか、将校を守っていた帝国兵たちがブラスターを構えながらゆっくりと近づき始めてくる。このままではバレるのも時間の問題だろう。
「失礼ですが審問官殿……そちらの従者の方、我々の方で面通しをさせていただきます。トルーパー、手前の女から調べろ」
「あ、あらら〜……これは流石に駄目ですねぇ」
帝国兵がブラスターを構えたままリヒター=ヘキサグラムの後ろに立つ俺たちタスクフォースⅩⅠへと近付いてくる。フードを剥がされ、顔を見られれば侵入者である事が一発でバレてしまう。
特に元々アロガンティア帝国所属のアリステラとウィルの正体が露見するのは致命的だ。加えて、相手がスペルビアな以上、俺とジブリールも面通しをされれば正体は即座に露呈する。この事態に対処できる人物はただ一人だ。
「おい、銀髪の女、フードを脱いで素顔を見せろ。抵抗するなら……って、貴様その“角”はまさか!?」
「ではレディ……お願い致しますね」
「ふん……下賤な人間風情がわたしに命令をするな。ふっ、レディ・キルマリアが命じるわ――――『リヒター=ヘキサグラムの従者に不審な点は無い。そのまま手続きを完了させ、使節に帝都内で自由に立ち回る許可を出せ』!」
「まさか貴様、あのレディ・キル――――」
帝国兵の一人にフードを剥がされて素顔を晒された瞬間、キルマリアの瞳が怪しく発光し、彼女が命令を発した途端にその場に居た帝国兵は全員、呆けたようにその場にだらんとしだした。
俺たちを調べようとした兵士たちも、現場の責任者である将校も、離れた位置に就いていた帝国兵たちも、全員がキルマリアに“魅了”されたのか沈黙してしまっている。
「どうですか、ディミシオ大佐? 私の従者は不審でしょうか?」
「…………いえ、貴方の従者に不審な点は見当たりませんでした。疑うような真似をして申し訳ありません。どうぞ皆様、このまま施設を通り抜け、帝都区内へとお進みください」
「ふっ……チョロいものね♡」
「ありがとうございます、ディミシオ大佐。では我々はこのまま帝都内のホテルへと滞在させて頂きます」
「ああ……宿泊場所はインペルティ宮殿に……」
「いえいえ、お気遣いは結構。大聖堂に居られます教皇ヴェーダ様へのご報告もありますので……ここからは約束の時間まで自由に行動させて頂きます。よろしいですね?」
そして、次に口を開いた時、帝国兵たちは俺たちタスクフォースⅩⅠを完全に『白』と見なしていた。兵士たちは元の持ち場へとそそくさと戻り、将校の男性は俺たちに先に進むように促している。
「分かりました。インペルティ宮殿へは私から連絡しておきます。スペルビア陛下との謁見は明日の正午となります。時間になりましたらお迎えにあがりますので、どうぞ我が帝都を存分に見て回ってください、ヘキサグラム殿」
「ではお言葉に甘えて〜」
将校の男性に見送られながら、俺たちはリヒター=ヘキサグラムの案内の元、帝都ゲヘナの市街地に向けて歩き出す。もしもの時の為に仕込んでいたキルマリアの策が功を制したようだ。
発着場から離れ、誰もいない連絡通路に入った途端、気が抜けたのか俺たち全員が大きく安堵のため息をついてしまった。リヒター=ヘキサグラムの適当な作戦に乗ったのが間違いだったと後悔している。
「それにしてもキルマリアちゃん……“魅了”なんて使えたんだ? あの術式はサキュバス固有のものとおじさん思ってたんだけど……」
「ふん……わたしをただの『かわいいお姫様枠』だと思って侮っているの、ウィル? わたしはレディ・キルマリア、様々な魔法や術式を開発したれっきとした“魔導師”よ。サキュバスの“魅了”を再現するなんて訳ないわ。まっ、流石にグラトニスの【色欲魅了】程の性能は出せないけど……」
「ふ~ん……そっかぁ。キルマリアちゃんはすごいね」
「べ、別に……あんたに褒めて欲しくて術式を研究したわけじゃないんだからね/// わたしを煽てても無駄だと知りなさい、ウィル///」
(すげー分かりやすい反応だな……)
「ともかく……キルマリアさんのおかげで我々は無事に帝都ゲヘナへと潜入できました。ではでは〜……まずはホテルで作戦会議と参りましょうか。いや〜、面白くなってきましたよ〜、クッククク!」
しかし、第一の関門は突破し、無事に俺たちは帝都ゲヘナへと見つかる事なく侵入できた。ここからリヒター=ヘキサグラムとスペルビアとの謁見まではまだ半日以上ある。
ノアを取り戻す為の特殊部隊『タスクフォースⅩⅠ』の任務が、ここから始まろうとしていたのだった。




