第811話:本音と建前
「リヒター……ヘキサグラム……!!」
「お久しぶりですねぇ、イレヴンさん……」
――――帝都ゲヘナを目指し、国境都市テンタティオへと選択した俺たちタスクフォースⅩⅠを待ち構えていたのは、アーカーシャ教団の“審問官”リヒター=ヘキサグラムだった。
俺たちを呼び止めた糸目の男性は、あいも変わらず胡散臭い笑みをこちらに向けている。人を喰ったような、他者を見下したような表情だ。俺は彼が苦手だ。前に俺の理想を粉々に砕いて踏み躙ってくれたからだろう。
「なんでお前が此処に居る? 答えろ!」
「なんでって……そりゃ仕事に決まってますよ。教皇ヴェーダ様から命を受けましてねぇ。アロガンティア帝国第十一代皇帝スペルビア……彼が“海洋自由都市”を襲撃し、あまつ“禁忌”を持ち出した真意を問い質せと……ね」
「教皇ヴェーダが……動いている……!?」
「その通り、今回のバル・リベルタスでの一件でアロガンティア帝国は“影でコソコソする怪しい連中”から“女神アーカーシャの秩序に弓を引いた不穏分子”へと変化したのです。ならば……私のような教団の“狗”が出向くのは当然だと思いませんかぁ?」
「…………」
「ですので……ええ、あなた方と出会ったのは単なる偶然ですねぇ。無論、邪魔者である事には変わりありませんが……今回の私の目的はあくまでも皇帝スペルビアへの謁見と、彼への審問にあります」
「信じろと……?」
「そもそも、私は前に“幻想郷”でおたくの所のトリニティさんにこっぴどくやられ、あなた方の拠点に監禁された経験のある身だ。また同じ失態を演じたくはありませんのでねぇ……今回はあなた方に危害は加えませんよ。そもそも、見ての通り私は戦闘は苦手でしてねぇ……クッククク……」
リヒター=ヘキサグラムはどうやら教皇ヴェーダの命を受け、先のバル・リベルタスの戦いの真意を皇帝スペルビアに問うためにアロガンティア帝国を訪れたらしい。
そう言って彼は両手を白々しく上げて、交戦の意思は無いことを俺たちにアピールしてきた。どうやら戦闘の意思は無いらしい。それを確認して、俺たちは武装を解除する事にした。もちろん、警戒は怠らないが、リヒター=ヘキサグラムがこの場で問題を起こすとは考えにくいのも事実だったからだ。
「それで〜……アロガンティア帝国の皇帝に用がある奴がわたしたちに何の用なのよ? お前はどうにも“嘘つき”の匂いがする。何か理由があってわたしたちに接触してきたんでしょ?」
「弊機もキルマリア様と同意見ですね」
「おやおや……信用されていませんねぇ? 麗しき“吸血姫”レディ・キルマリア……流石は人間に憎悪にも似た復讐心を抱いている事はある。私が“嘘つき”だとよく見破りましたね〜」
「お前、わたしを侮辱するか……人間!!」
「やめなよ、キルマリアちゃん。この人は相手を誂って挑発するのが趣味のクズなんだ。素直に言われた事の“内容”だけ抽出すれば良いんだよ」
「けどウィル、こいつ失礼よ!」
「おや……あなたは冷静なようですね、サジタリウスさん? クッククク、私が喋り掛けた時も一人だけ警戒していませんでしたし……ひょっとして、最初から私の真意、分かってました〜?」
「ウィルさん……今の話、本当ですか?」
「まぁね……どうせ、一人で皇帝スペルビアに謁見するのはリスキーだから手っ取り早く協力者……工作員を調達しようとしたんでしょう、ヘキサグラムさん? 敵対している組織に声を掛けるとは……随分と大胆な行動にでますね?」
ウィル曰く、リヒター=ヘキサグラムが俺たちに接触してきたのは、どうやら彼がアーカーシャ教団から課せられた『皇帝スペルビアへの真意の追求』と関係しているようだった。
リヒター=ヘキサグラムは単独で行動している。“幻想郷”ではトネリコたちと、天空大陸では殺害されたが二人の『光導十二聖座』を引き連れていたが、今回はそのような同行者の姿は見えない。
「生憎と、アーカーシャ教団も優秀な人材が不足してきていましてねぇ……私もこうして単独で動く羽目に。そこで、偶然見かけたあなた方に協力して貰おうと思いましてね」
「ふざけるな、誰がお前なんかに協力なんて……」
「帝都ゲヘナに潜入したいんでしょ、イレヴンさん? 私はこれからアーカーシャ教団の使節として、アロガンティア帝国軍の空中戦艦に乗り込む手筈になっています。これが意味する事は分かりますか〜?」
「私たちの目的に合致した誘いだと言うのね?」
「そのとーり! いや〜、私の意図を汲んでくれてありがとうございます、聡明なお嬢さん。どうですか、ここは一つ……私に引率されたアーカーシャ教団の使節に扮し、帝都ゲヘナへと潜入するというのは?」
「な!? そんな事してお前に何のメリットが……」
「いざという時……あ~、例えば〜……皇帝スペルビアが審問を拒否し、アーカーシャ教団の使節である私を排除しようとした時とかですね。そういう時にあなた方には“保険”になって貰いたいんですよ」
「俺たちは用心棒かよ……」
「理解が早くて助かります、イレヴンさん。そっ、あなた方は用心棒です。いや〜、教皇ヴェーダ様はこういう事には関心が薄くてね〜。大義の為の少数の犠牲は仕方がないって言うんですよ〜。まったく……私の身にもなって欲しいですよねぇ?」
どうやらアーカーシャ教団、教皇ヴェーダはリヒター=ヘキサグラムに単独での任務を命じたらしい。だが、万が一の為のリスクマネジメントをしたいリヒター=ヘキサグラムは俺たちタスクフォースⅩⅠを即席の用心棒として雇いたいらしい。
もし、謁見中に皇帝スペルビアがリヒター=ヘキサグラムを排除しようとした場合、用心棒であるタスクフォースⅩⅠが出撃する事になるらしい。その見返りとして、彼は俺たちを帝都ゲヘナに最速で潜入させてくれるらしい。
「ふざけるな! お前はルチアを捨てた……」
「任務に私情を挟むおつもりですかぁ、イレヴンさん? いけませんねぇ、それでは組織に帰属できませんよぉ? どうやら……多大な戦果を挙げても、性根はまだまだ未熟な青二才らしい……クッククク!」
「人間の原動力は“感情”だぞ、リヒター=ヘキサグラム。組織の歯車になったお前は立派な大人とでも?」
「ちょ、イレヴンくん……言い過ぎじゃ?」
「おやおや……どうやら口だけは達者なようだ。どうやらあなたはまだ、人間の在り方に“希望”を抱いているようですね。その幻想がいつか壊れなければ良いですが……」
俺はリヒター=ヘキサグラムが苦手だし、信用もしていない。彼は幼いルチアを捨てた人間だ。同じように父親に捨てられた俺からしたら到底、許せる相手じゃない。
だが、リヒター=ヘキサグラムは俺に『任務に私情を挟むな』と忠告してきた。確かに、彼の言う通りアーカーシャ教団の使節に扮すれば、帝都ゲヘナへはスムーズに潜入できる。だが、その見返りの為に俺はリヒター=ヘキサグラムという“悪”を許容しなければならないのだろうか。
「イレヴン……彼の言う通り、私たちの任務に貴方の私情を挟むのはいただけません。あなたがこの軽薄な男を信用できないという感情も理解できますが……その感情は今は心の奥底に仕舞っておきなさい」
「ステラ……」
「おやおや、あなたは“本音”と“建前”の『仮面』を使い分けるのが上手そうですねぇ? どこかで帝王学でも学んだんですか、クッククク……!」
「う〜ん……人間って複雑ね」
「挑発は無駄ですよ、“審問官”。私は常に最善を選択します。イレヴンが迷うなら、私が決定しましょう。貴方の提案に乗ります、リヒター=ヘキサグラム。貴方の護衛として振る舞う代わりに、私たちの帝都ゲヘナ潜入を手引きなさい。これは公正な取り引きです」
「弊機はステラ様の案に賛成します」
「クッククク……これで決まりですね。では、あなた方には私の個人的な部下として同行してもらいましょうか。では……そろそろ約束の時間なので空中戦艦が停泊している駐屯基地へと向かうとしましょうかねぇ」
「ルチア……ごめん。俺は……」
「さっ、私がご案内しますので向かいましょうか、タスクフォースⅩⅠの皆さん。クッククク……これは面白い事になりそうだ。まさか皇帝スペルビアも想定していないでしょう……私があなた方と手を組むなんてねぇ」
俺の中で答えは出ないまま、アリステラはリヒター=ヘキサグラムとの協力を認め、俺たちはタスクフォースⅩⅠは彼の部下として帝都ゲヘナ行きの空中戦艦へと乗り込む事になるのだった。




