第810話:国境都市テンタティオにて《from:Lambda》
「さて……なんとかアロガンティア帝国領には入れたけど……ここからどうするんだ、ステラ?」
「ちょっと、帝国領で気安く名前を呼ばないで」
――――アロガンティア帝国領、“国境都市”テンタティオ。魔界とグランティアーゼ王国の国境に位置する都市で、帝国防衛の要所。魔界方面に行けば吸血鬼の居城『ルージュ城』を通過しサキュバスの街アマンティスへ、グランティアーゼ王国方面へと行けばエンシェント領サートゥスへと到達する。そんな場所を防壁で守るのがこの街の役割なのだそうだ。
“海洋自由都市”バル・リベルタスでの戦いから二日後、拐われたノアを奪還するべく、俺はアリステラ、ウィル、キルマリア、ジブリールの五名で結成された特殊部隊『タスクフォースⅩⅠ』は国境都市テンタティオへと潜入していた。
「キルマリアさんが秘密の抜け道を知っていたから、検問をすり抜けて意外とすんなり潜入できたな。ありがとうございます、キルマリアさん」
「ふっふ~ん♪ もっと褒めなさい」
「ラム……イレヴンくん、残念だけどあの抜け道はキルマリアちゃんが以前に作っていた侵入用の通路だよ。キルマリアちゃんはあの通路からこっそりこの街に侵入して、夜な夜な住民を襲っていたんだ」
「最低ですね、キルマリアさん」
「ちょ、余計なこと言わないでよ、ウィル! ジブリールもそんな軽蔑した言い方しなくても良いじゃない。結果として街には侵入できたんだからさ〜」
「あ~……レイチェル様が襲われたのって……」
「そ、この街だよ。キルマリアちゃんはこの街に滞在していたレイチェルちゃんを誘拐して、護衛だったおじさんとルージュ城で戦うことになったって訳……いや〜、懐かしいなぁ」
「ゔ〜……わたしの黒歴史が〜〜……」
「お黙りなさい、あなたたち。私たちの目的は此処から帝都ゲヘナへと向かい、囚われたノアを救出する事よ。今は自分の成すべき事に集中なさい。それとレディ・キルマリア……祖国奪還の折には、あなたに相応しい罰を与えますので覚悟しておきなさい」
「ひ〜ん、来るんじゃなかった〜〜(泣)」
国境都市テンタティオの雰囲気はピリピリしている。住民たちも、街を訪れた冒険者たちも、街の治安維持にあたる帝国軍も全員だ。俺たちタスクフォースⅩⅠはローブで全身を覆い隠し、人目を避けながら街の中を進んでいく。
この街ではここ数か月で大きな事件が二つあった。一つ目は先ほどウィルたちが語っていた“吸血姫”レディ・キルマリア討伐事件。もう一つは魔王継承戦が本格化する数日前に発生したアーカーシャ教団の聖女セシリア=ブルームハートが邪教徒に暗殺された事件だ。
「アラヤ=ミコトがアズラエルにセシリアがどうとか言っていたから、たぶんあいつらが絡んだ事件なんだろうな、その聖女セシリア暗殺事件は」
「そのようね。おかげで警備が厳しいわ」
「街の上空には空中戦艦が二隻、地上を監視するように滞空しているし、軍の駐屯基地にも空中戦艦が停泊している。この監視をすり抜けて帝都ゲヘナ方面へと行くのは容易じゃないとおじさん思うな〜」
「ジブリール、他に情報は集まってる?」
「イエス、マイマスター。現在、アロガンティア帝国領では複数の空中戦艦が常に領内を巡航しています。おそらくはラストアークやバハムート艦隊を警戒したものかと。空中からの領空侵犯はオススメできません。陸路から行くべきかと進言します」
「やっぱ警戒されてるか……そりゃ同然だな」
二つの事件、先のバル・リベルタスの戦いでアロガンティア帝国領の警戒ムードは張り詰めていた。国境都市テンタティオだけでも三隻の空中戦艦が駐屯し、アロガンティア帝国領内も空中戦艦による監視網が敷かれているらしい。
グラトニスの事前の読み通り、戦艦ラストアークや飛空艇での侵入は得策ではなかった。帝国領付近までは飛空艇を使えたが、俺たちタスクフォースⅩⅠはこのまま陸路で帝都ゲヘナへと向かう事になる。
「ちなみになんだけど、ステラ……此処から帝都ゲヘナまで歩いたらどれぐらい掛かるもんなの?」
「歩いて一週間、馬車でも三日は掛かるわね」
「げっ!? それじゃ間に合わない。そんなにもたもたしてたら、もう一人の俺……皇帝スペルビアにノアが酷いことされちまう!」
「ちょっと、帝国兵に聞こえるわよ、イレヴン」
「イレヴンくん、気持ちは分かるけど、空中から帝都ゲヘナに向かえない以上、おじさんたちに出来るのは地道に足を使うことだけだよ……。それに、相手はノアちゃんを殺したりなんかはしないさ」
「今ごろ……どうせノアは牢屋から脱走して、トネリコたちを変な感じに巻き込んで大騒ぎを起こしているに違いない。早くノアを迎えに行かないと、状況がシッチャカメッチャカの混沌になる前に……」
「あんた何の心配してんのよ……」
しかし、歩いて行くには帝都ゲヘナはあまりにも遠すぎる。馬車を使っても最低三日は掛かるらしい。空中戦艦や飛空艇で行けば半日足らずで到着できるのに対し、時間がかかり過ぎる。
おそらくはそれも見越した上での監視網なのだろう。皇帝スペルビア、もう一人の『ラムダ=エンシェント』は俺が飛空艇を持ち出そうとする事を完全に読んでいたのだろう。
「じゃあ、飛行能力のある俺とジブリールで先に帝都ゲヘナに向かうのはどうだ? それなら……」
「わたしも飛行能力あるんですけど?」
「その提案は否決します、マスター。グラトニス司令からは『タスクフォースⅩⅠは必ず“五人一組”で行動せよ』と厳命を受けています。単独行動は許可されません」
「グラトニスの奴……」
「どうやら思考を読まれていたみたいだね、イレヴンくん。まっ、グラトニス司令の考えにはおじさんも賛成。帝都ゲヘナがどうなっているか、どれぐらいの戦力が結集しているか分からない以上、迂闊に行動するのは危険だよ〜」
「ぐぬぬ……」
「そんな恨めしそうな表情をしない、イレヴン。ともかく……この街で帝都行きの馬車を調達し、少しでも早く帝都ゲヘナへと到着できるようにしましょう」
「分かった……わがまま言ってごめん、みんな……」
「大丈夫、ノアちゃんを想うイレヴンくんの気持ちはおじさんたちも分かってるよ。だけど、おじさんたちは君も大切に想っているんだ。それだけは忘れないでおくれよ〜?」
「ありがとうございます、ウィルさん……」
「へ〜、あんた良いこと言うじゃない、ウィル。流石はわたしが見込んだ……あ、違う違う、わたしを倒した男ね。別に……わたしはあんたみたいな冴えない中年、好みでもなんでもないんだからね///」
「なに言ってんですか、この年増吸血鬼は?」
「ジィ〜ブゥ〜リィ〜〜ルゥ〜〜! あんた次、同じこと言ったら解体するわよ? わたしは永遠の“淑女”! この世界一の美貌は永遠に損なわれないの。つまり……わたしは永遠にピチピチのイケてる最高の女なの、お分かりぃ? 本来なら、こんなウィルみたいな冴えないオッサンよりもラム……イレヴンくんみたいな凛々しい男の子の方が似合ってるのよ、ホントよ?」
「はいはい、そっすね(笑)」
「鼻で嘲笑うな、ジブリール! ちょっとイレヴンくん〜、この機械天使、ほんとにアンドロイドなの? 明らかに人間より高性能なんですけど??」
「はは……そっすね(笑)」
俺たちタスクフォースⅩⅠが出せる最高速は馬車による移動だ。けど、それでも三日は掛かる。すでにノアが拐われてから二日経過している以上、これ以上の遅延は避けたい。
しかし、素早く帝都ゲヘナへと向かう為の手段が塞がれている以上、俺の提案は使えない。大人しく俺はアリステラの『馬車を調達してできる限り素早く帝都ゲヘナへと向かう』という案に乗り、馬車の乗り場へと向かう事にした。
その時だった――――
「おやおや、誰かと思えば……こんな所で奇遇ですねぇ。“幻想郷”マホロバ、天空大陸ルイナ・テグミーネ、魔界マルム・カイルムに続いて……今度はアロガンティア帝国の観光ですかぁ?」
――――その男が現れたのは。
不意に後ろから声を掛けられ、ウィル以外の全員が殺気を剥き出しにして後ろを振り返った。相手はローブで変装した俺たちを見破り、俺たちが幻想郷、天空大陸、魔界を渡り歩いた事を確信していた。
つまり、俺たちをラストアーク騎士団の構成員として見抜いた上で喋りかけてきたのだ。警戒しない訳にはいかない。そして、俺たちは背後に現れた人物へと視線を向けた。
「お、お前……なんで此処に!?」
目の前に居たのは、漆黒の祭服に身を包んだ糸目の青年。艶のある黒髪を帽子で隠し、細身でスラリとした長身で俺たちを見下す、顔面に笑顔の“仮面”を張り付けた胡散臭い聖職者。
「リヒター……ヘキサグラム……!!」
「お久しぶりですねぇ、イレヴンさん……」
リヒター=ヘキサグラム、アーカーシャ教団に属する“審問官”の男で、ルチア=ヘキサグラムの実の父親。俺たちラストアーク騎士団と敵対する筈の人物が俺たちの前に立っていたのだった。




