第797話:復讐の狼煙
「アルマゲドン……その、ラファエルは……?」
「見つかったのは武装ナイチンゲールの残骸だけ。ラファエルの駆体はバラバラになって海の藻屑さ。殆ど見つからなかった……」
「そうか……。ちくしょう……俺はまた仲間を……」
――――冒険者ギルド本部、アロガンティア帝国軍の撤退から六時間後。本来であれば大勢の冒険者で賑わう筈のエントランスは現在、大量の死体袋が所狭しと並べられた沈痛な空間と化していた。
“海洋自由都市”バル・リベルタスに住む住民、街を追い訪れていた冒険者、戦いに参加したラストアーク騎士団、この戦いで犠牲になった全員が一箇所に纏めて安置され、家族や親友の死を生き残った者が嘆き悲しんでいた。
「うぅ……ナナ、私のせいで……」
「ツヴァイ卿、ナナは誇り高き竜騎士。死は覚悟の上だった筈です。あまり自分を責めては駄目ですよ……」
「でも……ナナの助けに……私、応えれなかった」
「あの場ではツヴァイ卿も私も、他の竜騎士たちも輸送艇と自分の身を守るので精一杯でした。ですから……」
「ゲドラさんも、他のみんなも犠牲に……」
「あ、姐さんのせいじゃねえッスよ! 悪いのはアロガンティア帝国軍の奴等だ! それに……ゲドラもおれたちも元々空賊、ただのゴロツキです。大義の為に死ねるだけ幸せってもんですよ、ハハハ……」
「ケスティスさん……」
「くそっ……プロヴィアの姐さんもゲドラも逝っちまいやがった。なんだよ……自分だけ良いカッコして死にやがって……ちくしょう……」
亡くなった竜騎士の亡骸の前でツヴァイ姉さんが嘆き悲しんでいる。輸送艇を守る為に戦死した二番隊の騎士たちだ。天空大陸で俺と戦ったゲドラも亡くなっている。
昨日まで一緒に居た仲間が居なくなる喪失感はいつになっても堪える。大量の死体袋、彼方此方からすすり泣く声に気が滅入った俺は、すぐそばのベンチに腰掛けてため息をついてしまった。
「ずいぶんと疲れた表情をしているな、ラムダ卿? せっかくの凛々しい顔が台無しだぞ」
「…………イザヨイ公。来ていたんですね……」
「ああ、グロリアス大公殿に誘われてな。軽く肩慣らしのつもりで来たのだが……どうやら我も大公殿もアロガンティア帝国を甘く見ていたようだ」
疲れてため息をついていた俺に語り掛けて来たのは和服の男、ミカゲ=イザヨイだ。グロリアス大公と共にラストアーク騎士団の応援に駆け付けてきた彼は俺の事を心配そうに見つめていた。
「俺は……」
「みなまで語らずとも良い。責任を感じているようだな。無関係な人々が、大事な仲間が死んだのは自分のせいだと抱え込んで……」
「…………」
「アロガンティア帝国軍はあのノアを連れて行ったようだな。奴等の狙いも彼女の誘拐が本命だった……そう見て良いな? 顔にそう書いてるぞ」
「それは……」
イザヨイ公は俺の顔を見ただけで、アロガンティア帝国軍の侵攻の真の目的が『ラストアーク騎士団を誘き寄せ、ノアを連れ去ること』だったのを見抜いた。そして、その事の俺が責任を感じている事も。
スペルビアの正体を考えれば、ノアが目的だった事を考えれば、今回のアロガンティア帝国の侵攻も大勢の犠牲も自分のせいだと思えてくる。
「よほど数奇な運命を持つ女を選んだのだな、貴殿は。それでアロガンティア帝国軍の侵攻と犠牲を自分のせいだと思っている訳か。まぁ、貴殿の考えを否定はせんし、事実そうなのだろう……」
「…………」
「犠牲が出たのは嘆かわしい。それを悔い、死者を偲ぶ貴殿を我は否定せん。思うように嘆けばいい。だが忘れるな……貴殿は多くの友を失ったが、同時に大勢の命を救ったのだ。我もその内の一人だ」
「それは……」
「貴殿がなんだ……核みさいるか? そんな名前の兵器を命懸けで食い止めなければ、もっと大勢の者が死んでいたし、我も死んでいた。貴殿に命を救われたのはこれで二度目だ」
「はは……そうですね……」
「まぁ、いちど半殺しにされてるから0.5を差し引いて……我は貴殿に1.5回命を救われた事になる……」
「俺を半殺しにした0.5加算しろテメー」
「ともかく……貴殿は大勢の命を救ったのだ。責められる道理は無い。この戦いで生き残った者に貴殿を責める資格は無い。胸を張るのだ、ラムダ卿。此度の貴殿の戦いに落ち度はなに一つ無いのだ」
落ち込む俺をイザヨイ公は激励する。確かに大勢の者が犠牲になったが、それでも大勢の命を俺が救ったのも事実であると。
アロガンティア帝国軍が撃った核兵器がバル・リベルタスに直撃すればもっと大勢が犠牲になっていた。それを命懸けで食い止めた俺は称賛に値するのだと。
「それでも俺は……」
「分かっている。今は亡くなった者を弔うが良い。それに……みなまで言うまい。貴殿は強い男だ」
「はい、諦めません……必ず立ち上がります」
「それで良い。それでこそアサガオ様を託すに相応しい男だ。まっこと……侍でないのが惜しいわ」
「イザヨイ公……ありがとうございます」
「礼には及ばん、力不足なのは我も同じだ。ではなラムダ卿、我はグロリアス大公とカルマ殿を交えて今後の策を練る。気持ちの整理がついたらカルマ殿の執務室まで来るが良い、待っているぞ」
「はい、分かりました」
俺には立ち止まる時間は無い、蹲る暇も無い。死者の無念を背負い、立ち上がらねばならない。スペルビアにまつわる因縁を招いた張本人なら尚更だ。
そんな事はイザヨイ公も百も承知なのだろう。彼はグロリアス大公たちを交えた作戦会議をギルドマスターの執務室で行なうと告げて去って行った。後で俺も顔を出せと言うことなんだろう。
「師匠、追加の棺桶を運んできました」
「身元の確認ができ、オリビアさんとラナさんの鎮魂を受けたご遺体から棺桶に納めなさい、イヴ。まだまだ忙しくなるよ」
「手伝うよ、レスターさん……」
「イレヴンさん……良いんだよ、ぼくたち“葬儀屋”の仕事を無理に手伝わなくても……。あぁ、そういう気分じゃないみたいだね。なら助手のイヴを手伝って棺桶を運び込むのを手伝ってくれるかな?」
「分かった、そうするよ」
「今回の仕事の請求はアロガンティア帝国だ。“葬儀屋”としても“死神”としても……二重で請求しないと煮えくり返った腸は治まりそうにない」
「そうですね。この借りは奴等に必ず返します」
死者たちを葬送する準備を進めるレスターを手伝いながら、自分の中で気持ちの整理をつけていく。今回は大勢の仲間を失った、守れなかった人も大勢いる。それでも、助けれた人が大勢いる。
そして、再び立ち上がり皇帝スペルビアを討たなければ、また新たな犠牲が出続ける。だから俺は戦わなければならない。
(ノア、すぐに向かえにいく……待っててくれ)
ラストアーク騎士団はまだ死んでいない。アロガンティア帝国に、皇帝スペルビアに今回の落とし前を付ける為に、俺たちはさらなる戦いに身を投じる必要がある。
まだ始まったばかりだ。アロガンティア帝国との戦いは。そして、大切な仲間を奪われた復讐を。ラムダ=エンシェントの復讐もここから開幕の狼煙を上げるのだった。




