第796話:死の兵器
《旗艦アウチェプス、攻撃座標に到着。主砲、核ミサイル装填。電磁障壁タルタロス解除。目標、バル・リベルタス、冒険者ギルド本部……攻撃準備完了しました》
――――ノアの拉致という目的を果たしたアロガンティア帝国軍がとった行動、それは“海洋自由都市”バル・リベルタスに核兵器を撃ち込むという非人道的なものだった。
エージェント・ブレイヴとの戦闘中に旗艦アウチェプスは“無限螺旋迷宮”の裏から移動し、“海洋自由都市”バル・リベルタスを直接狙える位置に布陣していた。雲海に覆われて直接は見えないが、旗艦アウチェプスが街を射程に収めているのは間違いないだろう。
「やめろトネリコ! そんな事をしたら……」
《もう手遅れだよ、ラムダくん……撃て》
俺の制止に聞く耳を持たずトネリコは核ミサイルの発射を指示、その数秒後には轟音と共に旗艦アウチェプスの艦首砲塔からミサイルが雲海に向かって撃ち出された。
全長十メートル程の大きさの真っ白なミサイルがブースターを噴射し、勢いよく雲海に向かって飛んでいく光景が艦首からも確認できた。トネリコの言う通り、もうすでに手遅れな状態だ。
「まずい、俺たち以外は核ミサイルの発射に気が付いていない! ステラ、俺たちで止めるぞ!」
「ですがこいつらを……」
「そんなこと言ってる場合か!! アレが爆発したらバル・リベルタスが丸ごと消し飛ぶんだぞ!! 仲間を、なんの関係もない人々を、お前は黙って見殺しにするつもりなのかッ!!」
「イ、イレヴン……」
「時間が無い、艦橋の窓から飛び降りてミサイルを追うぞ! フラヴンアース【自動操縦】――――開始!」
もう悠長にエージェント・ブレイヴと戦っている暇は無い。俺は格納庫に置いてきた飛空艇フラヴンアースを【自動操縦】で起動させつつ、艦橋の窓を持っていた可変銃の高出力砲で撃ち抜いた。
窓が割れた瞬間、気圧差によって艦橋の空気が吸い出されていく。内部の機器や負傷した兵士は吸い出されていき、エージェント・ブレイヴは剣を床に刺して、余力のある兵士も近くの固定型の機材に掴んで身を守っている。
「アハハハ! 無駄だよ、無駄。バル・リベルタスは壊滅する、あの街にいる全員が死ぬ! 今さらラムダさんが何をしようと止められはしないんだ!!」
「そんなこと、やってみなくちゃ分かんねぇだろ!!」
「そっか……ラムダさんは“英雄的な死”をお望みなんだね。じゃあ勝手にすれば? ここでお別れだね……じゃあねラムダさん、さようなら」
「じゃあな。いくぞ、ステラ! ついて来い!」
「待ちなさいイレヴン、飛び降りるのは無謀です! せめて格納庫に……ちょ、なに伸ばした左手で私の手を掴むのですか!? 待ちなさいイレヴン、私は飛び降りるとは……ぎゃあああああああッ!!?」
窓に向かって走っていく俺をエージェント・ブレイヴは嘲笑して見送っていた。“海洋自由都市”バル・リベルタスの壊滅は免れない、俺が今からしようとしていることは無駄だと笑っている。
そんな彼女の真横を横切って、伸ばした左手でアリステラの手を引っ張って、俺たちは旗艦アウチェプスの艦橋から大空へと飛び出した。
「俺は自前の“光の翼”で核ミサイルを追う! ステラは後を追ってくるフラヴンアースに自力で乗り込んでくれ! じゃ、そういう事で!」
「ちょ、待ちなさいイレヴン、それはいくらなんでも無茶振りでは!? あっ、手を離さないで……きゃあああああ!? 落ちるぅぅ〜〜〜〜っ!!?」
アリステラの事を格納庫から脱出した飛空艇フラヴンアースに任せ、背部に装着したアーティファクト『光の翼』を起動させ、俺は街へと向かう核ミサイルを追って雲海へと生身で突撃していく。
《マスター……ミサイルが高速で某機たちの居る空域に向かってくるんだけど……アレ何かな? 嫌な予感がするんだけど……》
「核ミサイルだ、下手に撃ち落とすなよ!」
《げっ、核ミサイル〜!? 通りでアロガンティア帝国軍が撤退していく訳だ! ミカエルお姉様、ラストアーク騎士団に停戦命令を! 上空から核ミサイルが降ってくる!!》
「グロリアス大公にも警告を!」
《なによアルマゲドン……は? 核ミサイルですって〜〜ッ!? ぜ、全機攻撃止め! 上空から降ってくる核ミサイルは迎撃するな!! もしこの空域で爆発したら自機たちも巻き込まれるわ! バハムート軍もラムダの指示に従いなさい、全軍攻撃止め!!》
俺が(生身で突っ込んだ事を激しく後悔するぐらい荒れに荒れた環境である)雲海を突き抜けている間、ミカエルたち機械天使たちやバハムート軍は激しい混乱に陥っていた。
全員、アロガンティア帝国軍が核兵器を奪取した事は把握しているし、核兵器の製造者であるアルバート=ファフニールのオフィスから発見した設計図で核兵器の威力も把握済みだからだ。
「ご主人様、空中で核ミサイルを爆破してもバル・リベルタスは放射能の影響を受けます! すでに『迎撃』は選択肢には入りません!」
「分かってるよ、e.l.f.! グラトニスたちは?」
「艦内のジブリールより状況報告……ラストアークはスペルビアの強襲を受け、内部で大規模な爆発が発生……環境が損害を受けてグラトニスさんたちの安否は不明だと……」
「グラトニスが……!? くっそぉおおおッ!!」
雲海を抜けた先、バル・リベルタス空域内で核兵器が爆発すれば、仮に街が爆風による損害を免れても放射能による汚染に曝されてしまう。
以前、アルバート艦隊を搭載した核兵器ごと消滅させた戦艦ラストアークの主砲『絶海砲ジェネシス』の使用を考えた。しかし、淡い期待を抱いた俺に伝えられたのは戦艦ラストアークが襲撃を受けた事だった。主砲は使えないだろう。
『ラムダ=エンシェント、迎撃ではなく回避を試みなさい! なんとかして核ミサイルの軌道を逸らし、バル・リベルタスに影響を及ぼさない場所で爆発させるのです!』
「メメント、それ出来るのか!?」
『出来る出来ないの問題ではありません、それしか選択肢は無いのですよ! 全員を救いたいのなら私の選択に賭けなさい!!』
迎撃は完璧な回答ではない、戦艦ラストアークの主砲も使用不可、残された手はメメントの提案した核ミサイルの軌道を変えてバル・リベルタスに影響を及ぼさない場所に着弾させる事だ。
それが上手くいくかは分からない。だが、メメントが提案した選択肢以外を思いつけないのも事実だ。意を決した俺は飛翔速度をさらに速めて雲海を突き抜け、バル・リベルタスへと向かう核ミサイルへと到達した。
「ご主人様、着弾まであと二十秒です!!」
「一か八かだ、テメェを信じるぞ、メメント!」
《ラストアーク騎士団、バハムート軍、総員距離を取れーーッ!! 核ミサイルが来るわ……って、ラムダ!? あんたなにしてんのよ!?》
「ここは俺に任せろ、ミカエル……!!」
核ミサイルの装甲に左手を突き刺し、翼の出力を最大にして、俺は決死の抵抗を始めた。着弾までの二十秒の間に核ミサイルの弾道を変える為に。
自身の浮力で核ミサイルの軌道をズラす。そして、バル・リベルタスの上空を通過させて遥か彼方へと飛ばす作戦だ。しかし、核ミサイルは俺の想像以上に重く、ビクともしない。
《ラムダ……頑張って、ラムダ!!》
見かねたツヴァイ姉さんが必死に叫んでいる。それだけではない、俺の抵抗を見届けたラストアーク騎士団やバハムート軍のみんなが俺に対して声援を送っている。
もし、俺が失敗すれば、俺に声援を送る全員が死ぬことになる。それは許されない、絶対に。時間が無いという危機感が、仲間を死なせたくないという恐怖が、俺の“自己保全”というリミッターを外していく。
「うぉぉぉ……【オーバードライヴ】発動ぉぉ!!」
全身全霊、全力全開を込めて左手に力を込めて核ミサイルを持ち上げようと試みる。力みすぎて左腕がもげそうになる。
それでも歯を食いしばって左腕に力を込めて核ミサイルを引っ張り上げ続ける。着弾まであと七秒、俺は残された力を全て振り絞って核ミサイルを持ち上げる。
そして、着弾まであと一秒の所で――――
「うぉぉ、持ち上がれぇぇーーーーッ!!」
「――――ッ! 軌道、僅かに上昇!!」
――――俺は奇跡を起こす事ができた。
核ミサイルが冒険者ギルド本部に直撃しようとした刹那、俺は核ミサイルの軌道を逸らす事に成功した。
左腕が身体から千切れるのと同時に、核ミサイルは僅かに持ち上がり、冒険者ギルド本部の一番高い位置にある屋根を掠りながら逸れた。そのまま核ミサイルは“海洋自由都市”バル・リベルタスの街の頭上を横切るように飛んでいく。
「ラムダ、大丈夫!?」
「ね、姉さん……」
落下していた俺はワイバーンに跨がるツヴァイ姉さんに拾われ、そのまま俺と姉さんは遥か彼方に飛んでいく核ミサイルの行方を呆然とした表情で眺める。
目標に着弾し損なった核ミサイルは街を素通りし、そのままぐんぐんと飛距離を伸ばして海の彼方へと飛んでいく。そして、数十秒程で核ミサイルは肉眼では見えない程の彼方へと飛んでいってから着水した。
「これが……古代文明が作った悪魔の兵器……」
核兵器の爆発が起こったのは着弾回避から数分後の出来事。遥か彼方、数百キロメートル離れた位置で爆発が発生し、その爆風は“海洋自由都市”バル・リベルタスにも見えるぐらい巨大な火柱となって、俺たちに改めて核兵器の恐ろしさを伝えたのだった。
こうして、ラストアーク騎士団とアロガンティア帝国軍との間に発生した『バル・リベルタスの戦い』は幕を降ろした。結果は惨敗、街は救えたものの、ラストアーク騎士団はノアをまんまと奪われ、機械天使ラファエルをはじめとした多くの騎士たちを亡くし、戦艦ラストアークも大きな損傷を負ったのだった。




